刀身を見つめ、政宗は目を輝かせる。
早く振りたい、そう思わずにはいられない。
彼女が作る以上に美しい刃先と紋様を見たことはない。
あとは強度がどの程度か調べて問題がなければすぐに実戦で使いたかった。

正座をして静かに言葉を待つに政宗は笑みを向けた。
「気に入った。よく頑張ったな、。」

急な刀の破損で指定した納期はあまりに早かったが、それに対応し予想以上のものを作ったに感謝の気持ちが溢れる。

「もったいなきお言葉。」
は穏やかな笑みを浮かべ、政宗に深々と頭を下げる。

「金子を用意する。ちと部屋の外へ出てくれ。」

はい、と返事をして、は立ち上がる。
すぐに部屋を出て、廊下を歩いた。
後ろから、と、と、と、と歩幅の大きな足音が近づく。

!」
「わあ?」
そして後ろから抱きついてきたのは先程自分を見下ろしていた政宗だ。

「お殿様が行儀悪いね…」
困った顔を見せるが、は慣れっこだ。
「なんだよ、公私を分ければ良いんだろ?さっきの会話で仕事は完了だ。」
「私は一応、城の外に出るまでが仕事と思ってるのだが?」

は硬いんだよ頭が!と言って、政宗は嬉しそうにの手を握った。
元服し、伊達家当主になった政宗とは一業者として接するべきであるとは思っていたが、政宗は違った。
仕事の話の時以外は、子供のときのように姉のように慕ってくれる。
周囲の視線が気になるも、正直嬉しかった。

「小十郎は今道場にいるはずだから、行こうぜ。」
「金子は?」
「帰りに渡すって!用意させてるからよ。」

そして手を引かれ、歩き出す。

「はいはい…」

呆れた声を出しながらも、は嬉しくて仕方がなかった。









道場では小十郎と数名の家臣が、俵を相手に打ち込んでいた。

「小十郎〜」
「政宗様…と、…!」

来るのは知っていたが、まさかそちらからやってくるとは思わなかったという驚き顔だった。
すぐに手ぬぐいで汗を拭きながら、こちらへ歩いてくる。

「ご用事はもう済まされたのですか?」
「ああ。完璧だった。」
「見ただけで判断できるとは、お高い評価感謝するよ。」
呆れが若干含まれるぶっきらぼうな口調だった。

「お前なあ…俺も一応多くの刀を見てきたんだぜ?狂いはねえよ。」

自慢げににそのような言葉をかける政宗に、本当に彼女の技術を信用しているのだというのは伝わってくる。

下心も何も無い爽やかな関係が、小十郎には少々羨ましくも感じる。
輝宗が亡くなった後、は一度目標を見失いそうになった。
輝宗が刀を作って見せてくれと依頼することが、を必死で仕事に向かわせる理由になっていた。

「…そのうち、俺にも頼むな。」

認めてもらえる前にこの世から去ってしまった。それも政宗の指示によってという残酷な知らせで知った。

「…!!!!」
政宗が目を見開き、露骨に動揺した顔をした。

「すまない小十郎。今日から小十郎の刀に取り掛かる。」
も申し訳ないような、やや困った顔をしていた。










その夜、政宗は小十郎の部屋に酒を持って現れた。
読んでいた書を閉じ、政宗と向かい合う。

「…すまん」
「どうされたのですか?」

御猪口を渡されると、政宗が注いでくれる。

「…ずっと、約束してたんだろ?が、お前の刀作るって…」
「…………。」

それより先に政宗の刀を作っている。
それを申し訳なく感じているようだ。

「…政宗様の前に、輝宗様にを横取りされてましたから。」
おどけた口調でそういうと、政宗は一度視線を小十郎へ向け、笑った。

「そうか、そうだったな…。」
「慣れていますよ。その分、楽しみですよ?一刀作るごとにの腕は上がってますから、後回しの俺には政宗様の刀より素晴らしいものをくれるかもしれません。」
「oh…だったらまた依頼してグレードアップしてもらわねえと…」
「では小十郎もさらに追加を。」
「それが終わったらさらに腕あがってんぞ。また依頼する。」
「政宗様、が過労死しますよ…」

それは困ると笑いながら、酒を一口で飲み干した。


輝宗に見せようと、今までで一番の最高傑作を抱えながら立ち尽くすを思い出した。
現実を受け入れられなくて、逃げるように立ち去ったを追いかけて、森へ入った。

初めて会った日、一緒に過ごした小屋ではうずくまって泣いていた。
一番つらいのは梵だから、自分の落ち込む姿は見られたくなかったと呟いた。

「…そうですね…しかし、嫉妬してないと言えば嘘になります。」
「そうか…すまねえ…」

その後は刀作りはしばし休憩だと言って、営業に回っていた。
見かねた小十郎が呼び出して、俺の為に作ってくれるのではなかったのかと問うと、気持ちの切り替わりが上手くできなくて困っていると言われた。
輝宗に認められれば、梵天丸も小十郎も守れるような気がして、刀と向き合うと今でも輝宗の顔を思い出してしまうと、は話した。

そんなを救ったのは政宗の言葉だった。


軍の大将にふさわしい刀を作れ。
切れ味だけじゃだめだ、外見も、俺にふさわしいものだ。


この時は政宗も苦悩していた。
一つの組織をまとめるのに、天賦の才はあっても、乗り越えるべき壁はいくつもあった。
心が乱れて、慕っていたに上から目線で無茶な依頼をしたと言った後で後悔していたが、にはそれがやる気を思い出させるものとなった。
軍の全てを守る刀を夢中で作った。

その日から、は梵という呼び方を止めた。

そして作成された刀の美しさは、政宗を奮い立たせた。


「…俺よりも、と会う時間が多いではないですか…。」
「はあ!?そっちかよ…」
「しかも本日は手を繋いで…」
「…は…?…あっ!!あれは癖だ!!ちいせえころからと歩くときは手を繋いでたから…」
「そろそろ恥ずかしくなっても良い頃なのになと思って早10年…一向に…」
「は、恥ずかしいのか…?良く分からねえよ…」
「まあ、似たもの同士というか…」

にも言ったところで、きっと政宗と似たような反応が返ってくることは予想でき過ぎている。

「…………。」

主に遠慮して、との時間を作る努力をしていないことも、自覚してはいる。








目が冴えてしまって工房に立ち、出会ったばかりの小十郎を思い出していた。
まだ若い時の小十郎と比べると随分と落ち着いてしまった。
少しでも自分を、伊達家を愚弄する者あれば手を出してしまいそうな危うさは消えてしまった。

伊達軍の忠臣、政宗の右目。

「……これじゃない。」

小十郎のことなら何でも知っている気になっていた。
だが出来ない。
小十郎にふさわしい刀が出来ない。

乱暴に出来た刀を床に転がした。

目を閉じて小十郎が戦場に立つ姿を想像しても、手元に霧がかかってよく見えない。

「はあ…」
よろよろと頼りない足取りで寝室に戻って、壁に寄りかかって目を細める。
としても一番作りたかったものなのに、もどかしい。

「疲れてんの?」

労わるような何も考えていないような声がして、視線を向ける。

一瞬、迷彩色の布が視界の端に映るが、すぐに満面の笑みを浮かべる男の顔が目の前に来る。

「やー、どーも」
「佐助。」

中座で覗き込むように顔を近づけ、の少々驚いた反応に満足すると隣に座って同じく壁に寄りかかる。

「お疲れさん。」
「何か依頼?」
「うん。苦無下さいな。」
「了解しましたー。」

立ち上がって在庫確認に向かおうとするの腕を佐助が掴む。

「?」

そしてぐいと引かれると足が変に捻ってしまった。
ドッと転ぶが、佐助が抱き留める。

「いつもお世話になってるに恩返ししよう。俺が相談相手になるよ。」

背も肩幅も自分より大きくなり、力でももう敵わなくなった。
ぎゅっと抱きしめられれば逃げ出すのも難しい。

「…小十郎にね」

名前を出すと、相変わらずにこにことした表情を浮かべたままだったが、やや雰囲気が変わるのを感じる。

「なかなか、似合う刀が作れない。」
「作って渡して、だめだったらまた作ればいいじゃない。」
「そ、それはだめ。」
「なんで?」
「最初が肝心。作って渡して…一目見て、感動した顔がみたい。」
「ふうん…。」

佐助の腕の力が緩む。

「?」
「もしかして…戦ってるその人見たことないんじゃない?」
「殺気立ってるのならあるけど…本気は…無い…けど大体刀作る時相手が戦ってるとこなんか見てないんだけどなあ?」
「見たら出来るかもしれないよ?」

佐助がそこまで言うなら、じゃあ政宗と手合せしてるところでも見せてもらおうかな…と考えていると、頬に冷たい感触が当たる。
目線だけ動かすと、佐助は普段と変わらない表情で笑っていた。

「…こんな使い古して切れ味悪そうな苦無…逆に怖いなあ…力任せに使わないと殺せないねえ…」
「大丈夫、俺がのこと殺すはずない。…大好きだよ。」

耳元で囁かれて背筋にゾワッとした感覚が走った。

しかし外から聞こえる声とゆっくり開く戸に一気に緊張が走った。

…入るぞ。話がある。」

小十郎だった。
こんな時間に訪ねてくるのは初めてではない。

佐助に離れろと言う時間も無かったし、小十郎が来るから今このような状況を作り出しているのは分かっていた。

「…!!!」
戸が開くと、少し難しい顔をした小十郎が現れるがすぐに驚愕の表情に変わる。

「忍…!?」
「やあやあどうもはじめまして。」

小十郎には状況が全く分からない。
金銭目当ての強盗か、を強姦しようとしていたかのどちらかしか思いつかない。
しかし、只者ではないのは感じている。

「よく分からねえが…から離れろ。」
「嫌だよ。俺様はこの子に惚れているんだ。こんな時間に男と二人きりになんてさせないよ。嫉妬で気が狂うよ。」
「なら狂えよ。俺はそいつの恋人だ。」

小十郎が刀を抜く。
殺気が満ち溢れて、向けられていないすら冷や汗をかきそうになる。

くすりと、佐助が笑った。

「じゃあ狂うよ。お命頂戴致します。」

言い終わった後、すぐに隣から佐助の感触が消えた。
目にも止まらぬ速さで小十郎の眼前に移動し、巨大な手裏剣で襲いかかる。

「まっ…!!!」

激しい打ち合いが始まった。
小十郎が帯刀していたのは小太刀だったが、狭い空間で振るには適当な長さだった。

「……!!」

険しい顔つきの小十郎を初めて見た。
しかしの目の前で殺しをすることに対しためらいを感じてもいる、そんな感情が伝わる姿だった。

戦場では躊躇わぬのだろう。
目の前の命を奪い、生き残る。
政宗の腹心、右目として、戦場に立つのだ。

「…守る、刀だね。」
手が、分かったと、早く作りたいと疼く。
それを忘れない様、ぎゅっと握った。

「ありがとう、佐助。」

そう言うと、佐助が肩越しに振り返る。

相も変わらず笑いながら。

「またね」
「な…」

そう言って小十郎の一撃を流すとすぐに姿を消す。
黒煙が漂い、静寂が訪れた。

「…!????」
やはり小十郎には何が起こったのか分からない。
草履も脱がず、急ぎに駆け寄り、抱き留めた。

「怪我はねえか…!?何もされていないか…!?」
「大事なことを教えてもらった。」
「…は…?はあ!?」

てっきり、大丈夫だという返事が返ってくるものとばかり思っていた小十郎はさらに困惑する。
身を離し、は肩に置かれた小十郎の手に自分の手を添える。

「小十郎の刀は、守る刀だ。」
「…?」
「そうだ、ずっと、小十郎に似合う刀を考えていた。小十郎の、この手に合うものばかり。そうじゃないや。」
「お、俺の刀…?」
「皆を守る…皆が見惚れる凛々しき刀にしよう…」
「………。」

さっきの男は何者だ、と、なぜお礼を言ったのか、知り合いなのか、なぜこんな時間に二人きりで居たんだと聞きたいことが山ほどあったが、瞼を伏せて愛おしそうに自分の手に触れるにそんな野暮なことは出来なかった。

「と、とりあえず、俺の刀の出来上がりは近いということか?」
「ああ、ぐっと近くなった。どうせ催促にきたんだろう?大丈夫だ、信用しろ。」
「……。」

微笑むに、眉根を寄せる。
ため息を付いて、ゆっくり顔を近づけた。

「!!」

触れるだけの口づけを交わす。

「どうせ…?だと?俺はその…お前に会いたくて来たんだ…なのに他の男と…」
「す、すまん、冗談だ。嬉しいぞ…昼間も会ったのに、また来てくれて…さっきの奴は一応客で…その…」
「昼間も会ったのに、じゃねえ…全然足りねえ…俺はもっとお前との時間が欲しいと思うのにお前は…」
先程よりも怒気を含む小十郎に慌ててしまう。

「な、なんとでも謝るから、さっきの奴の事は許してくれ…小十郎の戦う姿を私に見せようとしてくれたんだ…!!わざと怒らせようとあんなこと…悪い奴じゃないんだ…!!!」
「………。」

あの男とはなんでもない、迷惑な奴だ自分には小十郎だけだとでも言ってくれればいいのにわざわざ庇うとは呆れてしまう。

「…今日は、泊まっていっていいか?」
「あ、ああ…今日は男どもは皆家に帰っていて私だけなんだ。好きに使ってくれよ。」
「そうか…それは丁度いい…」

寝間着を用意しようかと微笑むの肩に手を置く。
ゆっくりと、押し倒す。

「お?」
「誠意は身体に聞こう。」
「お??お、おお????」

初めてでもないのに顔を真っ赤にして狼狽えるを見るだけで、好いているのは自分だけということは伝わってくる。

「刀を、楽しみにしている…」
「あ、ありがとう小十郎…その、あのな、小十郎とした後はな、一日、だるくて仕事に集中できなくて…」
「明後日から、取り掛かってくれ。」
「お…おおー…」

手加減しようの返答でなかったのが残念だ。
上手く出来なかったら、小十郎が助平なせいだと喚きたててやろうと考え、身を委ねた。













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時間軸が梵天ではなく政宗verの刀鍛冶ヒロインのお話、相手は誰でも〜というリク頂きました!!
私の悪いところは本編にも関与しそうな話題を企画短編でやってしまうことですねうおおおおおお!!!!
でも書いていて楽しかったです!!
リクありがとうございました〜!!!!
佐助の手裏剣は後日発送でござる!!