梵天丸が熱を出して寝込んでしまった。
その世話をしていた女中が梵天丸のつぶやきを聞いた。

「…のだ…」
「どうされました?梵天丸様。」
の、つくったおかしが…たべたいのだ…」













いきなり来たかと思えば手を引かれ、理由を聞いても何も答えてくれない。

「な、んだよ!!小十郎!!」

そして人目のつかないところへ着くと、やっと小十郎が振り返った。

「梵天丸様が体調を崩されてな。」
「噂で聞いた!!心配してた!!」
「女中の前で、の作ったお菓子が食べたいと、言ってな。」
「え?私のか?」
「…誰だ、どんな奴だと、城内でちょっとした騒ぎになってる…」
「そりゃ未来の奥州を担うお方だ。騒ぐだろうよ。」
「お前もう少し慌てろ…」

そして今度はが小十郎の腕を引く。

「小十郎、金を持っているな?」
「ま、まあ…」
「理由も伝えず引っ張ってきたから私の懐には何もない。菓子作りの材料を買うぞ。お前が払え。」
「分かったよ…。」

ため息をついて、の隣に並んだ。
すると掴んでいた手を離し、いつものように小十郎を見上げながら世間話を始める。

最近になってやっと外に出るようになった梵天丸が皆の知らない人間の名を、あの弱った状態で口にした。
まず怪しまれ、よからぬことを考える者と捉えられてしまうことを予想できない女ではなかろうに。

きっとそんなことを聞けば、不安になるのは梵にお菓子を作ってからだ!と笑顔で返されるだろうが。







果実をいくつか買って、の家で果汁を搾った。
小さな器に7分目ほどに入れて蓋をし、どうするのかと思えば奥底の浅い木箱に入れて運べと小十郎に命令する。

「これをどうするんだ?」
「凍らせる。」
「凍らせる…?」
「ああ、地下の寒いとこで作業してる知人がいるからな。頼もう。」
「いつ出来るんだ?」
「もうすぐ冬だしな、このくらいの気候なら明日にも出来るよ。美味しいんだ。熱っぽい体にはスッキリするだろう。」
「……。」

女中の中にだって、こんなに無垢に梵天丸のことを思える人間はいない。
小十郎は決めた。

「明日だな?」
「ああ。」
「城に、持ってきてくれるか?」
「え?そりゃあ…いいけど…?」

むしろそっちはいいのか?と首を傾げる。
をもう紹介してしまおうと、決めた。
怪しむ人間がいたら、徹底して説得しようと。













商売で金持ちの接客なら何度もしている。
きっとは何でもないような態度で城に来るかと思ったが、やや緊張しているようだ。
門まで迎えに来て良かったと思う。

「行けるか?」
「小十郎…私変なところないか…?」
「無い。き…大丈夫だ。」

綺麗だと、言いそうになり静かに訂正する。

梵天丸が名を呼んだ人間として、しっかりと世間体よくせねばならないという重圧が原因だ。
商売の時は多少失敗しようが皆うちの刀に見惚れる自信があるから平気なのだときっぱりと言えるあたりは職人気質で尊敬したくなるが。

「梵天丸様が待っている。」

そう言うと口元を緩めて、歩き出した。

溶けてしまうものだからと、挨拶はほどほどに梵天丸の部屋に向かう。





「この部屋か?」
「ああ。」

小十郎がずっと傍にいてくれているということで、の緊張も和らいできている。

「梵?」
声をかけると、小さく、う…、と声がした。

障子を静かに開けると、浅い息遣いをして、梵天丸がこちらを見ていた。

…。」
「梵。おかし持ってきたよ。」
…なのか?ほんとうに…?」

手をに向かって伸ばすので、すぐに近づいて握る。

だよ。心配で来ちゃったよ。」
…あいたかったぞ…」

今まで眠かったのか、微睡んでいた左目を大きく開ける。
そして起き上がろうとするのを、小十郎はの反対側に回って支えた。

「お腹は?」
「すいてはいないが…。」
「お水を、ちょっと飲もう。」
…先ほど、おかしと…」
「うん。」

湯呑の水を口に含みながら、何かを木箱から出すをじっとみつめた。
すると、綺麗な氷のようなものが入った器が目の前に出される。

「これは…?」
「味が付いた氷だよ。あとこれ…。」

何やら小さな金属のヘラを渡されるが、梵天丸はすぐに気付く。
これを食べやすくするために、が作ってくれたのだと。

「い、頂く!!」
「うん、食べて!!」

そしてシャリシャリと音を立ててヘラですくい、口へ運ぶ。

「みかん…?」
「うん!!」
「…!!」

梵天丸が微笑む。
小十郎としても久しぶりに見る笑顔だった。

「氷が美味いなどと感じたのは初めてだ…体が喜んでいるのが分かるぞ…!!」
「すっきりするかなって思って!」
「ありがとう、。おれがの菓子が食べたいと口にしてしまったから来てくれたのだな?」
「それもあるけど、心配してた。機会があるなら様子を見に来たかったよ。これてよかった。」
「食欲がなくて、でも何か口にせねば動けない気がして辛かったのだ。の作る菓子を思い出し、それなら食べれる気がしたのだが…これは嬉しい。予想以上に…。」
「辛かったね…よかった、梵。」

が手を伸ばし、頭を撫でる。
梵天丸は一度に体を預けるようにもたれ掛かり、だがすぐに体を起こして氷を食べ始める。

「でも、ただの氷だから…ちゃんとしたご飯も食べような?」
「うん…喉がうるおったぞ!!」
「良かったですね…梵天丸様…!!」

小十郎も声を掛けると、顔を向けられる。
「小十郎がを呼んでくれたのか…?感謝する…!」
「いえ…!!俺は梵天丸様の望みを叶えたいと思ったまで…!!」

こんなにも喜んでくれるとは思わなかった。
何度誤解されても、の立場を、人間性を信じて説得した甲斐があった。

「ふふ、褒美を与えたいくらいだが小十郎、今日はおれがに甘えて良いな?」
「は!!…は?」

思い切り頭を下げて返事をしたが、言葉の意味を理解すると恐る恐る顔を上げる。

「小十郎が一番嬉しいのは、と一緒にいられる時だな?」

そう言いつつ、梵天丸はに擦り寄って嬉しそうにしていた。

「梵?」
「梵天丸様?」
「だから、城で存分にと一緒に居るがいいと言いたいところだが、今日はおれが一緒にいたい!!」

わ、私も梵と一緒にいたいよー???と頭に疑問符を浮かべつつ、は梵天丸を抱きしめる。

「ぼ、梵天丸様!!勘違いです!!」
「なぜ認めぬ?変な奴だ小十郎は。おれは小十郎がと一緒にいるとき以上に嬉しそうな顔をしているところを見たことがない。」

小十郎は青ざめる。
廊下の障子に、僅かに人影が見えた。
あれは喜多だ…!!!!!!!!

「小十郎、私と一緒にいると嬉しいのか!!私そこそこもてるんだぞ?客に!小十郎も私の魅力に気づいたか!!」

そんな小十郎の気持ちも知らず、も嬉しそうに話しかけてくる。

!もてるのか…!!??」
「昨日もねー男の人に文をもらったんだ!!でも私は文が苦手でな…」
「返さずとも良い!!はおれと小十郎といればよい!!小十郎!!何か言わぬか!!」
「ふふ、梵、いつもの調子に戻ってきたなあ!!!!」
「あ、あの…しばし、小十郎は失礼いたします…。」

梵天丸に、どうしたと、きょとんとした顔で見つめられるのが気にかかったが、小十郎は何も言わずに立ち上がった。
障子を空け、予想通り、にこやかに笑って佇む喜多の横に立つ。

「…先程の会話を…」
「聞かずとも、察しておりますよ。」

そう返されるとは思っていなかった小十郎だが、落ち着いて喜多と向き合う。

「姉上…」
「あのようにさんのことを理解し、皆を説得させたのです。ある程度の感情はあるのだろうと。」
「…はい。」

はっきりと返事をする小十郎の肩をぽんと叩く。

「応援いたします。」

それは心からの声だった。
叩かれた場所に手を当て、去っていく喜多を見送る。


姿が見えなくなってから部屋に戻ると、困った顔のがいた。

「小十郎、どうしよう。梵が膝の上で寝始めちゃったんだけど…。動かしたら起きるかな。」
「泊まっていけばいいだろう。」

すんなりと。

なんの違和感もなくそう言う小十郎に驚きの表情を向けてしまう。

「え、ちょ、そりゃ…」
「梵天丸様がそんなに気を許す相手を、悪いようにはしない…。」

目を細めて、と梵天丸を見下ろす。

その優しい眼差しを受けて、が赤面した。

「どうした?」
「と、泊まって…いいのか?」
「この部屋というわけにはいかないがな…。まあ俺の部屋でも…。」

そこまで言うと、ようやく小十郎も止まる。

「は、初めてじゃないだろう。普通に、泊まるだけだ。」
何か、がよからぬ想像をしているのではないかと不安になると同時に狼狽える。

「…梵が、心配だからな…」
「そうだ、梵天丸様も、明日もお前に会いたがるだろう。」
「梵天丸様…も…」
「……。」

つい言ってしまった言葉をが反芻した。
小十郎もそう考えていると言ってしまったことに等しい。

「…お前の、私生活が知りてえってのもある。」
「ん?」
「いつ起きて、なんの食物が好きで、時間があるときは何をしているのかとか…」

突然、何を言っているのだろう、という自覚はある。
だが町で会ったり、小十郎が押しかけたりする中でそういった情報はは自分から何も晒さない。
一緒に過ごしてみれば、分かるのではないかという、単純な興味もある。

「…。」
「人に知られたくねえなら…」
「小十郎の私生活も知れるのか?」
「俺の?」
「なら知りたい。」
「……。」

小十郎自身も、そういえば自身のことを話すことはあまりなかったなと考え出す。

「そうか…。」

なんだ。

似た者同士だったな。

「決まりだな。用意をしてくるから、しばしそのまま梵天丸様の傍にいてくれ。」

ひどく嬉しい気持ちになって、の髪を撫でた。
そしてまた部屋を出て行く。

が動揺し、喜びの声を出してしまいそうになるのを抑えるのに困っていることも知らずに。
























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夜月さまより、小十郎と引きこもり梵天丸シリーズの番外編とのお題を頂きました!
ぐおおおおこのシリーズ書く感じをうまく思い出せてかけているか謎ですが…!!
勢いで書いた話はテンションを思い出すのに必死ですプロット書こうね管理人。
番外編ということで許して頂けたら幸いです…!!
本当は寒天とかね お菓子ね 書きたかったけど調べてみたらシャーベットがいっぱいいっぱいでしょうかねと…いう結論に。更新日夏なのに内容の季節が冬て変な感じがしないでもない。

リクありがとうございました!!!