詳しい事は良く判らないし、話してくれないし、話してくれても私には意見をする権利がない。

ただ、近々出陣するという事を聞いて

信仰する神も仏もはっきりしないは、ただ空を見上げて、政宗が無事であることを祈っていた。


「戦かー…戦…皆、健康、皆、元気に帰ってくる…頑張って伊達軍」
「…うるせえなお前は…よくそこまで一人で喋れるな…」

一人しかいないはずの部屋で、政宗の声がした。

「何してんだー!!!!寝ろ!!政宗さん今何時とお思いで!?体調管理!!寝ろー!!!!寝ろおおおおおおお!!!!!!」
「…何で呪いをかけそうな勢いで俺の心配してんだよ…」

私が添い寝してあげるから寝ましょ?ぐらい言えねえのか、とぶつぶつ言いながら、政宗がの部屋に入ってきた。

「…え?添い寝して欲しいの?政宗さん」
「…あ?」

が必死な顔で政宗に聞いてきた。

「…なんだその、政宗さんが望むなら!!みたいな…」
「それで健康に寝れるなら!!だって戦が始まるもん!!」
「…Oh…」

政宗は頭を抱えた。

俺とお前は親子でも兄妹でもない…。

健康に寝れるわけねえだろ…。

「…結構だ。心配だろ、一緒なんて…その…」
「な、何が…あ、や、やだ私…そ、そんなつもりじゃ…」
「お前の寝言と寝相といびきが…」
「しないいいいいい!!!!いびきしないいいいいい!!!寝言も言わないいい!!!寝相は…ふ、不安…」

そんなやり取りでとりあえず誤魔化してみた。

はがっくり項垂れた。
けれども落ち着いて、何とか回復してまた政宗に顔を向けた。

「…ところで、どうしたの?私に何か…」
「あ、ああ…」

政宗は何でも無い事のように

「お前の顔が見たくなっただけだ」

さらりとそんな事を言った。

「……そ、そうですか…」

は嬉しいような恥ずかしいような気持ちで俯いた。

「報告があってから皆ピリピリしてんだもんな…」
「小十郎さんも、忙しそうだもんね…」

は敢えて深くは聞かなかった。
だが、政宗の言葉が聞こえてきた。
「…佐竹…潰してやる…」
「……」

…ピリピリしてるのは、政宗さんもか…

「政宗さん、あ、あの、」
「…ん?」
「え…、と、あの、」

話しかけたはいいが、政宗になんと声をかけたらいいのか判らなかった。

「れ、冷静に…なって」
「ああ」

「…戦、して」
「…判ってる」

「戻ってきて、下さい」
「…もちろんだ」

政宗はと目を合わせると、にっこり笑って

「こんなところでくたばるわけねえだろうが、この俺が」
「そうだよね…!!」

も笑った。
政宗を心配する自分の事を、逆に政宗に心配させてはいけない。
「だから、大人しく待ってろよ?」
「うん…!!」

政宗はの背をぽんぽんと叩いた後、部屋を去って行った。


「あんな事言って…もしかして、政宗さん、私のこと元気づけに来てくれたのかな…」

私は政宗さんに元気を与えるような事を何一つしていない。
なのに政宗さんは行ってしまった。

「…戦の前に、何気遣いさせてんの…私…」

こういうとき、政宗は大人に見える。
そのせいで自分がやたらと子供に見えてしまい、は情けなくなった。






政宗の言葉で安心するはずだったのに、は布団の中で戦の事ばかり考えてしまった。

気づかないうちに寝てしまい、夢を見た。

政宗が、戦場を走りぬける姿を、自分は見ていた。

政宗の背中をどこかで見ていた。

血飛沫が飛ぶ。

―…怖くないよ

びちゃびちゃと、政宗を濡らしていく。

―…怖く、ないよ。だって、あれは、政宗さんだもん。

目を閉じてはいけない。

はじっと見つめた。

政宗の声が、耳に届いた。


『オレを斬りたいんだろ?気合入れて来いよ!』


「…政宗さん…」

楽しんでる。

戦を、楽しんでる。

「まさむねさん…」


なんだろう

…寂しい気持ちでいっぱいになってきた…

「……」

…近づいたら私も

殺されるんだろうな…

…そうだ、死角の、右側から

近づいたら、すぐ、斬られるんだろうな。


「何を…」

何を考えているんだろう?自分は…

の足は

政宗に向かった。

右側に、回りこむと

政宗が勢いよく振り返り

「…!!!」

刃がのすぐ目の前を通り過ぎた。

『下がってろ!!馬鹿!!!』

「……」

のすぐ横にいた敵の胸を突き刺した。

なんだろう

なんだろうこの夢は

…夢

……夢じゃないだろう。

現実だ。

私が今まで見てきた

今まで一緒に居た

政宗さんの姿だ。






「……」

はのっそり起き上がると

真っ暗の廊下を、迷うこと無く進んだ。

明かりは無いけれど、障子を開けて

「…政宗さん…」

「…何だ?どうした?俺に寝ろって言ったのはお前だろうが」

布団にすでに横になってはいたが、政宗は目をぱっちり開けていた。

「本物…?」
「…こんなところに影武者はいねえ」
「…ううん、皆、本物。私の夢の中の政宗さんも、本物…」
「ど、どうしたんだ?寝ぼけてるのか?」
「政宗さん〜…」

は、子供のように政宗に両手を差し出しながら近づいた。
政宗は何がなんだか良く判らなかったが、とりあえず起き上がり、抱きついてくるを受け止めた。

「…なんだこりゃ。嫁貰う前に子供が出来た気分だ。」
「ごめんなさいー…」
「別にいい」
「…一緒に寝たいよー…」
「…誘ってんのかーって、そんなわけねえか…」

それ以上は何も言わず、政宗はを抱えたまま横になった。

は、政宗の首に回した腕を放さなかった。

「…政宗さん…」
「どうした」
囁くような声だったが、政宗にははっきり聞こえる。

「…ごめんね」
「…何がだ…?」

…少しでも

私と、政宗さんは、違うって、おもって、ごめんね

「…守ってくれて、ありがと…」
「……」
「……そばにいてくれて、ありがとう…」
「馬鹿…」

それはこっちの台詞だろうと、の耳元で呟いた。

「お前が居るだけで、俺は安らぐからよ…」

政宗はの腕を首からはずした。

「でも、お前は、俺のこと求めて、ここまで来たんだな?」
「…うん」
「俺の一方通行じゃ、ないな?」
「…あたりまえだ…」
「だったら、ここで、ゆっくり休みな…」

その代わり、今度は政宗が優しく抱きしめた。

「…安心する」
「俺もだ」
「……戦終わって戻ってきたら、また一緒に寝て…」
「…そんな可愛いおねだりなら、喜んで」

鼻先がくっつく位に顔を近づけて

二人でにっと笑いあった。