政宗は縁側に寝ころんで考え事をしていた。
隣には読書をする小十郎がいた。

「…ヴァレンタインねぇ」
「(…やけに発音に気合いが入ったな…)どうしました?政宗様」
「いや、南蛮の文化にはヴァレンタインと言って、愛する者に贈り物をする日があるらしい」

それでずっと黙って考えてたんですか…

小十郎は主の遠回しなやり方を微笑ましく感じた。

俺に背中を押してほしいんですね、政宗様…

「ならば政宗様は当然に?」
「当然て何だよ!!」
ガバッと起き上がり、政宗はあぐらをかいた。

「おや、違いましたか…申し訳ありません…」

素直じゃない政宗にはこういう方法が一番良い。
本当に悲しそうな顔をして見せた。

「む、な、南蛮にはそんな文化があんのかと思ってただけであって…そうだな…愛する者ってぇ訳じゃねぇが、たまにはに何か送るのも良い…か?」
「そうですね、は絶対喜びます」

その気になってくれたらしい。

さて、次の問題は

「何をやったらいいかねぇ…」
「そうですね…」

の好きなもの…

「可愛いものをみると、本当に嬉しそうに笑いますよね」
「可愛いもの…だめだ。範囲が広い。明日なんだ。間に合わねぇ」
「明日ですか…確かに」

にとっては小十郎も可愛い範囲らしいから。

「装飾品などは…」
「ん―…かんざし…草履…って今のままで十分俺の与えたもんだろ?」
「贈り物となるとまた話は別ですよ」
「…そうか…」

決まりそうだ。
では今から使いを出して買いに行かせ

「ふふ…」

突如聞こえてきた怪しい声

「何言ってんだよ…二人とも…」

スッと

片手だけ腰に当て、ゆらりと出てきたのは

「成実様」
「成実、お前提出書類の期限過ぎてんだが」
「あ、ご、ごめんなさい…」

一気に怪しいキャラが吹っ飛んだ。

「話は聞いたよ!だめだよ殿!殿にはずば抜けた才能があるだろ!」
政宗の隣にまたあぐらをかいて成実が座った。

「…ずば抜けた…どれ?」
「わお!どれ?って思い当たる節がいっぱいあるのがムカつくね!!殿は料理が得意だろ!」
「…なぁ小十郎、今こいつムカつくって言った?」
「…さぁ、俺には何も聞こえません」

ちゃんのために、愛のこもった手作り料理をあげるのさ!やっぱり甘いものかな?砂糖思い切って使ってさあ!」
「…さっきこいつムカつくって言ったよな?」
「政宗様、気のせいです」

「というわけでささ、行こう行こう!!」
本人たちの同意を得ぬまま、政宗と小十郎は成実に引っ張られていった。
「成実、ヴァレンタインは明日だ」
「明日になると同時に渡す!!ろまんちっくだ!!」


「……」
小太郎がその様子を木の上で寝ぼけ眼で見つめていた。




女中には出て行ってもらい、三人で調理場に立った。

ちゃんは甘味は何が好きかな?」
「あいつは与えれば何でも食う。きび団子でも与えよう。きっと俺の忠実な下部にな」
「こらこらこら!!ばれんたいんなんだろ!そういうのは抜き!」

そんなやりとりをしながら政宗は小さなエプロンをつけた。

やる気満々だ。

「そういえばずんだ餅をあげたこと無いですね」
「ha?ここでそれ出すのか?」
「ん〜でも悪くないんじゃない?餅の形工夫してさ」
「形…」
「はぁとだろ!はぁと!」

政宗と小十郎は本気で嫌そうな顔をした。

「ハート…大丈夫かよ…」
「大丈夫!政宗さんたら私のためにこんなに可愛く…って感動するって!」
「…じゃあ…」

さすがに今から餅は作れないので、忍に城下へ行ってもらい、餅を少し買い取らせた。

餅が届いたら、一口大取って、形を整える。

政宗が急に真剣になって黙々と作業を開始した。

「あれ…片倉殿…はぁとってそんなに難しかったっけ…?」
「いや…政宗様なら造作もなく…」

「…できた」
そう言って振り返った政宗の手のひらには

今にも脈打ちそうな心臓が

「キモい!!何してんの殿!和訳しすぎだよ!!」
は可愛いと叫んで飛びつくだろ」
「政宗様の中ではどのような存在で!?」

成実が急いで見本を示す。

「いいか!?もっと可愛らしい…ほら!こんな感じ!!」

成実が器用にハート型の餅を作った。

「そうか…じゃあこの心臓は成実にやる」
「いらね―!!」
「いつも頑張ってくれてるからな」
「断れね―!!こんな時ばっかり満面の笑み!!」

政宗が再び作業に取りかかる。

成実は心臓を眺めながら何事かつぶやいていた。

小十郎はひたすら政宗の手伝いをしながらふと思う。

こういった行事をが知らないとは思えないが…

は何かするのだろうか?

…そういえば今日はに会ってないな…






政宗と小十郎が縁側でまったりしていた頃

さん、とても良い香りがしますね」
「本当〜?えへへ、嬉しいなぁ〜」

白石城では喜多と一緒にいた。

「忍と一緒だから何事かと思いましたが…」
「すみません、いきなり台所貸して下さいなんて」
「いいえ、見たこと無い料理が出来上がっていく過程を見るのは楽しいですわ」

青葉城の調理場は政宗のテリトリーなので好き勝手できない。
という事で小太郎に白石城まで連れてきてもらった。

さん、これは何です?」
「バター!!」
「これは?」
「ココアパウダー!!」
「…判りません」
「あはは、えと、南蛮のものですよ!!」

何を作ってるかというと、クッキーを。
こっち来る時に材料を持ってきた。
ケーキやトリュフは移動中に形潰れそうだし

「焼けた焼けた〜」
オーブンなんてないから釜で焼いた。
こんがり焼けて美味しそうだ。
小さい袋に小分けして入れる。
リボンで口を閉めて完成。

…なんか中学生に戻った気分だよ…

「お疲れ様でした」
喜多が洗い物を手伝いながら笑顔を向けてくれた。
「ありがとうございます。では、喜多さん、これ、よかったら食べてください」
テーブルの上に一袋おいて、洗い物を手伝う。

「宜しいのですか?」
「もちろん。お口に合うか判りませんが…」
「ありがとうございます」

洗い物を終えると、喜多さんがお茶を淹れてくれた。
「忍の方はいつ頃お見えに?」
「そろそろ来ます」
「あら?なぜ判るの?」
「んー…何となくです」
喜多さんがクスクス笑った。

「喜多さん?」
「心が通じ合ってますのね」
「へ…」
さらりと恥ずかしい事を言う。

「政宗様ともそうなって頂けると、私としては…」
「喜多さん〜喜多さん〜?」
遠くを見ながら話す喜多に手をひらひら振ってみた。
反応がない。

「き、喜多さん…」
良い人なんだけど何かたまに思考がトリップするんだよなあ…

「あ」
小太郎ちゃんが庭先に現れた。
「あら、本当に来たわ」
喜多さんが現実世界に戻ってきた。
「では、お邪魔しました!!」
「いいえ。ありがとう、くっきい…?を。では、また」
「はい、また!!」
小太郎ちゃんにおんぶしてもらって、白石城を飛び出した。

「ごめんね、小太郎ちゃん。わがままに付き合ってもらっちゃって」
ふるふる

「…」
小太郎ちゃんは首を振るが

…怒ってないか?

「…小太郎ちゃん?」
「……」
反応なし。

やばい、怒らせた…?

「!!」

小太郎が急にスピードを緩め

止まって、をおろし、小太郎がの肩をがっしり掴んだ。

「え…」

小太郎が怒った顔をの顔に近づけた。

    どうして謝る?

「!!」

小太郎がはっきり喋った。

    俺はやりたくてやってる。ごめんなさいと言われたくない。

「小太郎ちゃん…」

    が俺と友達になりたいって言ったんだ。友達はこんなに遠慮しなきゃならないのか?

「あ…」

なら、言う事は

「…小太郎ちゃん、これからも仲良くしてね」

クッキーを一袋小太郎に差し出した。

「…」

小太郎はおずおずと受け取った。

政宗たちの言葉を思い出して、少し顔が赤くなっている。

「本当は明日渡そうと思ったんだけど、我慢できないや」

「…」
ぺこぺこと小太郎は頭を動かす。

「…小太郎ちゃんは、ずるいよなあ…」
「??」

喋ってくれただけなのに、何か凄く大切なものを貰った気分にしてくれるんだもん…





「殿…」
「政宗様…」
「オイ…こんなんでいいのか…?」

ハート型の餅を並べてみた。

「ねえ、殿…」
「お、お前が言い出したんだ!!文句は言うな!!」

男だらけでこんな可愛らしいもの作ってるのはおかしいというのは最初から判ってるはずだ。

「…ちゃんのお尻想像しながら作ってなかったよね?」
「作ってねえええええええええ!!!!!」
「…成実様…」

もうだめだ。
もうハートには見えなくなった。

「だって…だって…殿の餅いじる手つきが…まるで女の子を扱うかのようで…」
「食べ物は丁寧に扱うもんだ!!」
ちゃんのこともそのくらい優しくさあ…!!!」
「うるせー畜生!!出来るもんならそうしてる!!」

「政宗様…!!」
初耳です!!

「あああこんなものー!!!!!」
「政宗様!?」
「殿ご乱心だ!!」

政宗が餅を丸めだした。

あとは餡子で包むだけだったのに。


「政宗さん!?」
城に着いてすぐに騒ぎを聞きつけ、が急いで調理場にやってきた。

「!!」
政宗が止まり、肩越しに振り返った。
「どうしたの?政宗さんがここで暴れるなんて…」

小十郎と成実はこの時が天使に見えた。

「い、いや、あのなあ…」
政宗が餅を隠す。
「あれ?何か作ってたの?」
が首を動かして政宗の手にしているものを見ようとした。

!!俺の部屋で待ってろ!!」
「え?」
「いいから!!」
「は、はい…」

が大人しく去っていくと、政宗は安堵のため息をついた。

「殿…あれだね…引き下がれなくなったね…」
「ha?」
を待たせてしまって…これを何とかしなければならなくなりました。政宗様、もう腹をくくってください…」
「…」





「ん〜…政宗さんになんて言おうかなあ〜…」
政宗の部屋ではのんびりと考えていた。

かたん

「お?」
小太郎が天井から顔を出した。

クッキーを食べながら人差し指と親指で丸を作っている。

おいしい、ということか

「ありがと!!自信もって渡すね!!」

するりと小太郎が天井裏に消えていった。

「あ」

スッと障子があいて

「…」
政宗さんがお膳を持って入ってきた。

「政宗さん、それなあに?」
「…ず、ずんだ餅」
「ずんだ!?わあ、食べてみたい!!さっき作ってたのこれ?」
「ああ」
膳を置くと、はまじまじと見つめた。
餡を必要以上に絡めて、形は全て丸に見えるようにした。

「食べていいの?」
「おまえのために作った…」
「え?私?」
「…」

政宗はどうとでもなれと、少し自棄になった。

「本当は、明日なんだが…成実の馬鹿に言われて今日作っちまって…」
「あした…?バレンタイン?」
「やっぱ知ってたか…」
「うん…」
が静かになった。
頭の中を整理しているようだ。

「これ、私に?」
「だからそう言ってる…」
まさか政宗が自分にくれるとは思わなかった。

嬉しい。

嬉しくて、思い切り笑った。

「政宗さんありがとう〜!!」
「な」
政宗に飛びついた。

「お、前、は!!状況判ってんのか!?押し倒されてもしらねえぞ!?」
「そんなことしてたらずんだ餅固まっちゃうじゃん!!政宗さんはそんなもったいない事しないよ!!」
「てめえはこら…!」
「私も、政宗さんに…」

は傍らに置いておいたクッキーを政宗に差し出した。

「ha…?」
「政宗さんに、バレンタインのプレゼント!!」
「プレゼント…」
「いつも、ありがとう!!」
「俺に…?」
「うん!!」
「……」

受け取って、袋を開ける。

一口食べる。

「…食ったことないものだ」
「だろうね」
「…うまい」

がにっこり笑った。

も箸でずんだ餅を食べた。

「おいしい!!」
「当然だ」

政宗もにっと笑った。

「食わせてやろうか?あーん、ってな」
「あー」
は素直に口をあけた。

「……」
政宗が箸を持って、餅一つとっての口元に持っていった。

ぱくりとが食べる。

「おいしい」
「…馬鹿が」

もう一つ差し出してみる。
また食べる。
「…ん?形…丸じゃない?」
「気のせいだ!!」



「…なーんだ、心配要らなかったねえ」
「ああ、二人ともいつも素直ならいいのにな…」
政宗とのやり取りを二人は隣の部屋から覗き見ていた。

「え、ちょっと、今度はちゃんが殿に何か食わせてるよ?ひゃあ!!熱いじゃん!!押し倒せ殿!!」
「成実様!!お止めくださいそんなこと言うのは!!」
小十郎はそう言いながらももう少し何か進展してくれと願っていた。

「「あ」」
政宗がの頬に手を伸ばした。

いけ

いけ

いっちまえ!!

「うわ!!マジでぷよぷよじゃねえか!!ここにも餅が!!」
「ひど…ひどいいいいい!」
「「……」」
政宗がの頬をつねった。

……………………馬鹿っっ!!!!!!!

「もういいよ!!小十郎さんや成実さんにもこれ渡してくるもん!!ばいばい政宗さん!!」
「んな…俺だけのためじゃなかったのかよ!?」
「「……」」

が立ち上がって、部屋を出て行ってしまった。

本当に馬鹿っっ…!!

「殿何してんだよー!!」
たまらず成実が飛び出した。

「おい!?見てたのか!?」
政宗が慌てた。
「政宗様…慌てるような事は何もしていないでしょう…」

「ちゅーするのかと思ったのに!!」
「いや…するつもりだったが」
「あの状況でどうやってもってくんだ!?」
「成実様、政宗様にも何かお考えがあったはずで…」

期待はずれにぶーぶー言う成実を小十郎が止めた。

が…政宗さんには何か食べてみたいって思うものある?って聞いてきたからよ…」

「え」

のほっぺたは餅→杵でどつきたい  じゃなかったんだ?

成実、その連想は逆にすごい

政宗様、
のほっぺたは餅→食べたい  だったんですね

え!?小十郎まで今気づいたの!?

「遠回しなんだよ殿は…」
「政宗様、本番は明日ですよ。頑張って下さい。」
「…どう頑張れって言うんだよ…」

頭をがしがし掻きながら政宗がめんどくさそうな口調で言う。
が、顔は笑ってた。

「じゃあ…明日はちぃと頂きますかね…」
「それでこそ殿!」
「この小十郎、邪魔は致しません。無理やりじゃ無い限り」
「小十郎…俺それ無理な気がする」
「そうですか…じゃあ邪魔します」
「小十郎!?」

明日になったらに素直に詫びて

二人でゆっくり過ごそう

少しくらいの口説き文句が出たって、バレンタインなんだから許してくれるだろう。





!!てめえええええええええええ!!!!」
バレンタイン当日。

「ごめんなさい!!行ってきますー!!」
「……」
は小太郎に抱えられて城の塀の上で叫んだ。
これから甲斐に向かう。
もちろん幸村達にクッキーを渡すために。

「すぐ帰るからー!!」
「絶対だからなー!?」

と小太郎の姿が消える。

「い〜〜〜〜〜ぃ度胸じゃあねえかよぉ…」
口は笑うが目が笑っていない。

「政宗様、あれはの良い所です。怒らず…」
「アァん?もちろんだぜ?ただちぃと今日の俺は荒っぽいぜ…」

うわ、本気で怒ってる。

怒ってる分愛情があるということだろうが

…今宵は、荒れそうだ…













■■■■■■■■
バレンタインに告白したくてもなかなか勇気が出ない乙女様へ
このグダグダバレンタインを見て
あらやだちょっとこんなアホなバレンタインもあるのね

政宗の不幸を見て元気を出してくださる事を祈って書い(いやいやいやいやいや言い訳だろそれは)

どこがバレンタイン夢なのだろうか。
バレンタイン前夜夢でした。