豊臣軍なんてでけえ軍にこの俺がいるのがまだ信じられない。
といってもそんなこと言って夢か現実かと疑う暇もなく三成様に仕事任されてんだけどね!
人生どうなるかわかったもんじゃないようだ。

でも俺の運はまだまだ尽きちゃいないらしい!
俺に食事を運んでくれる子がいるんだけどめっちゃ美人!!
綺麗な黒髪に長い睫毛に、伏し目がちだけど大きな瞳。桃色のぷっくりした唇も可愛らしくて目を奪われっぱなしだ。
なんつーか、その、体型もすっげえ俺好みだし!
ほんと信じらんねー!!!
来たばかりっつー遠慮もあったし膳を置いたらすぐ行っちゃうから今まで何も話しかけられなかったけど、まあ新入りっていっても世間話くらいならしても罰当たんねーかなって……。
そう思って声をかけた。

「ねえねえ、君、可愛いよね!名前教えてくんない?」

いや俺としてもこれ普通の声のかけ方だと思うんだよね!!
そしたらぴたりと動きが止まったかと思ったら目を泳がせ始めて、

ふげええええええええ!!!!!

奇妙な叫びとともに三成様ばりの足の速さで逃げられた。












「左近!!!」
「はい!三成様!!」

いるかどうか伺いもせずに急に戸を開けて名を呼んでくる。
最初はびびったけど、そういう遠慮のない感じが三成様らしいなって思って、今じゃこれがないと物足りない感じ。

でも今日は違う。
不機嫌そうな顔はいつもだが、眉根を寄せて声を荒らげ、三成様は怒っていた。

「ど、どうしたんっすか……?怖いっすよ三成様〜。」
「黙れ。様に変な事を言ったと聞いたのだが本当か。」
……?って誰っすか?」
「お前に飯を運んでくださっている方だ。」

あの美人さんはって言うらしい。
三成様の態度からすると随分の上の立場のようだが、なんでそんな方が俺の世話してくれたんだろう。
変なことと言われても叫んで逃げられたときの話だろうか。
となると焦る。
何か誤解を生んでしまったのか。

「ふ、普通に話しかけただけですよ!!そしたら逃げてっちゃって……。」
「お前の普通は様の普通ではない。今回は私が間に入ってやるが今後は気をつけろ。」
「えっ!?それってどういうことっすか!?俺のこと何か言ってたんです!?それに三成様が間に入るって何でですか!?」
「半兵衛様のご好意で、お前がここに慣れるまではと、半兵衛様の幼馴染兼戦国美食会副会長兼豊臣軍兵糧管理者の様がお前の食事を担当していたのだ。」

情報量が多すぎるが、とりあえず凄く偉い人に気安く声を掛けてしまったことだけは分かった。
左近は絶句し、ただ三成を見つめる。

「追加すると私は美食には興味がないが、必要とあらば戦国美食会会長はいつでも潰すとお伝えしてあるのだがなかなか命を下さらない。」
「はあ……そうなんすか……。」
「追加すると様はとても繊細だ。刑部が輿に乗って浮いているところなど毎日見てるのに毎日驚いていらっしゃる。」
「か、かわいいっすね…!!」
「追加すると言われて一番腹立つ言葉は、君可愛いね、だから覚えていろ。」
「追加が多いっす三成様!!そしてすみません俺見事に様怒らせたみたいっす!!!!」

そんな失礼なことしてないですよ〜と訂正したかったが見事に地雷を踏み抜いていたらしい。
背を向け、去っていこうとする三成に、左近は駆け寄った。

「三成様待ってください!!じゃ、じゃあ半兵衛様も怒ってるんじゃないんですか!?どうしよう俺……!三成様に迷惑かけちまった!!」
「半兵衛様に至っては、は男性に免疫がないからそのくらいの刺激ちょうどいいんじゃないか?と微笑んでらっしゃったから大丈夫だ。」
「半兵衛様ぱねえっす!!!」

そしてまた背を向け去ろうとする三成の肩を、必死で謝りながら掴んで引き止める。
説明不足が過ぎてどうしたら良いか分からない。

「そ、それで、あの!俺は半兵衛様と様にひとまず謝罪したほうが良いですよね?」
「そうだな。私が半兵衛様には一言入れておいたから、わざわざ半兵衛様の貴重な時間を割いてまで謝罪する必要はないが機会があれば謝っておけ。」
「分かりました!すみません三成様…!それで、様は?」
様は秀吉様のおやつを用意するのに忙しい。」
「お、おやつっすか!?じゃあ調理場にいるってことですよね?」
「バナナを選定しているかもしれん。その場合は中庭だ。」
「言わなかったのに!!俺ちょっと思ったけどバナナって言わなかったのに三成様!!」
「?どうした左近。」
「そうですよねー!!ひえー!そんな澄んだ目で見つめないでください三成様!!」

今度こそ去っていく三成を見送り、左近はひとまず中庭に向かった。
このくらいの時間に業者が大荷物を背負い込んで門をくぐっているのを見たことがある。
さすが豊臣軍は違うな、と思っていたが、あれは美食家の様のための業者だったのだろう。

「ちょっと暗い感じの豊臣軍で、様の美人っぷりは眩しかったのにな〜。やっぱちょっと変な人か……。」

ぼやきつつ、駆け足で向かえば予想通り業者が荷を御座に広げて笑顔で話していた。
すぐ隣にの姿がある。嬉しそうに、優しい笑顔をしていた。
見ていたのはバナナだけではなく野菜や肉もたくさんあったが。

左近は終わるまで待とうと、近くの塀に隠れた。

「そういえば俺には一言も話しかけてくれなかったのって……嫌々やってた感じっすか……?」
それはさすがにへこむ。その場でしゃがみこんで頭を垂れた。

「……。」
でも、初めて膳が出てきたときすっげえ嬉しかった。
こんな美味しそうな飯初めて見たって感動した。そんで美味しいだけじゃなくって、食べやすくって、体が漲る感じがした。
豊臣軍じゃこれが普通なんだって思ってた。
でもあれ、様が俺のために作ってくれた料理なんだよな……。
嫌いな奴相手に、あんな凝った料理作れんのかな……。

悩み始めるとキリがない。
直接聞くしかないんだと立ち上がって、様の様子を伺おうとすると、人一人入れそうな籠いっぱいに食料を入れて業者を見送っているところだった。

そして様が一人きりになったとき、歩み寄ろうとしたが一歩踏み出しただけで止まる。

様は、籠の中身を覗いていた。
そして籠をゆらゆら揺らしたかと思えば、首を左右に動かしてなにかを探しているようだった。
だが目当てのものは見当たらないらしい。
一度口をすぼめた後、意を決したような表情になり、細い腕で籠を持ち上げようとした。
だがびくともしない。
もう一度持ち上げようとする。
籠はまったく浮く気配がない。

「ぶは!!!!」
「!!!!!!」

その姿が可愛らしくて、思いっきり吹いてしまった。

「す、すみません!!」
塀の影から飛び出すと、は大きい目をさらにまんまるくしていた。

半兵衛様の幼馴染なんて、ちょっと声を掛けたらだれか手伝いに飛び出して来そうなのに誰も見当たらなければ自分でするなんて。

「左近君……。」
「!!」

ぽそり、と漏らした声だったが聞き逃さなかった。初めて名前を呼んでくれた。

「俺が持ちます!調理場に運べばいいですか?」
嬉しさにまた無礼なことを話してしまう前に、駆け寄って籠の縁に手をかけると、様は手を反射的に籠から離した。
いけねえ。繊細なんだった。

「いいの……?」
「当たり前です!力仕事は男に任せてください!むしろ喜んで!」

ひょいと軽々持ち上げると、様はまた驚いたようだったがすぐにニコリと微笑んでくれた。

「ありがとう。」
「うっ、か、かわ…!あ、いやなんでもないです!」
また地雷を踏み抜きそうになるが耐える。
だがこれは言わずにいられる自信がない。絶対にうっかり言ってしまう。
ひとまず回避するために視線を逸らして、籠を運び始める。
様が小走りで近づいてきて、隣に自然と並んでくれたのが嬉しくて顔が緩んでしまうけど。

「あの、この前は変なこと言ってすみませんでした!」
ぺこっと頭を下げると、様は首を横に振る。

「ううん大丈夫。逃げてごめんね。人見知りしちゃうんだ……。」
人見知りという言葉でまとめられるものではなかったが、左近は構わず会話を続ける。
言いたいことはこれを逃したらもう言えなくなりそうな予感がしていた。

「俺、いつも食べてるのが様作ってくれてるもんだって知らなくて……!いっつも、美味い料理作ってくれて、感謝してます!」
「ほんと?そんなこと言ってくれるの君くらいだよ。」
「えっ。そうなんっすか……!?でも様美食家だって……。」
「半兵衛も三成も関心ないもん。だから好き勝手薬膳料理出させて貰ってるんだ。食べたあとは顔色良くなるんだけどすぐいつもの真っ白い顔に戻っちゃうの。悔しい。」
「薬膳料理っすか……。」

美食家というと贅沢な印象を持っていたが必ずしもそういう訳ではないらしい。広い範囲で食にこだわる人が集うのが戦国美食会なのだろうか。

「今から秀吉に出すおやつ作るんだあ。どんなのにしようかなあ。はちみつがね、手に入ったから、バナナにかけるか、それとも果物いっぱいすりつぶして飲み物にしてはちみつ入れようか迷ってるんだ。」
「か、かわいっ……!!いいいいいやなんでもないっす!!え、えっと、俺に手伝えることがありましたら何でも言ってください!」

ギリギリのところで止まるがだがもうこれ以上可愛くされたら限界だ。
言いたくてたまらないけどまた言って逃げられてしまうのはどうしても避けたい。

「俺の料理も、薬膳料理だったんですか!?」
「うん。新入りさん、細いから、最初は訓練についてくるのが大変かもしれないねって半兵衛と話してたら、栄養のある食事を出してあげなよって言われたから。」
「そうだったんですか!うう……俺は幸せもんっす……!」

ほのぼのと会話をしていれば調理場に着くのはあっという間で。

名残惜しいけれど、様の一言でその場にいた人間はすぐに動いて籠ごと調理場の奥の方へ持って行ってしまったのでもうお役御免だ。

「あの、様。」
「ありがとう左近君。いつもは私一人でも大丈夫なんだけど今日はいっぱい買い物あってね、それをここまで運ばなきゃいけないの忘れてたんだ。」

様が目を細めて頬を赤らめ、舌をぺろっと出した。

これはだめだ。

これはあざといっすよ。

様可愛い……。」

なぜ泣きたい想いをしながらこの言葉を発しなければならないのか。
なんで可愛い人に可愛いっていうと怒られるのか分からない。

「…………。」

様マジ顔面蒼白だし。
涙を滲ませながらふるふる体を震わせている自分も情けない。
若さってやつで、そんなのおかしい!俺は本気で言ってるんです!様は美人で可愛くて素敵です!って叫びたいけどそうもいかず。
あーやっぱ言っちゃダメだったんだなーと焦りが募る。

「びえええええええええええええええ!!!!!!!!」
「うわー様ー!!!!!」

やはりは叫んで走り出してしまった。
でも今回は繰り返しじゃいけないと、左近は追いかける。

様!!」
足は速いが、角が多い廊下では身を翻すのが速い左近の方が優っていた。
追いついて、腕を掴んで引き寄せる。

「無礼を申し訳ありません!けど、なんでそんな嫌なんすか?様可愛いのに!媚に見えんですか!?」
「だ、黙れええええ!!」
「俺、本心ですよ!本当に可愛いですよ!あの時だって、本当に可愛くて、俺のこと世話してくれるの嬉しくて、名前知りたくて……!」
「お、お前に半兵衛と並んでたら私が男の子で半兵衛が女の子だと散々勘違いされて、比較され続けた私の気持ちが分かるかー!!!」
「……えっ!」

いわゆる幼少期の心の傷というやつだろうか。
半兵衛様も綺麗な顔をしていると思うが、男性と比較されてというのは落ち込むだろう。
可愛いと聞くと、それを思い出してしまうのだろうか。

「私に可愛いなんて、どうせ同情でしょとしか思えないの!私性格悪いの!」
「わっ……かりましたあ!!」
「え?」

うんうん、と左近は頷く。
そしてニコっと歯を見せて笑うと、得意満面で親指を立てて自分に向ける。

「子供の頃言われなかった分、俺がめっちゃ言ってあげます!!」
「は?」

今度はがきょとんとする番。

「大丈夫っす!俺は、まーーーーっすぐ様だけを見て、様だけに聞こえるように言いますから!俺と様だけの世界ってやつです!」
「ど、ど、どういう…?」
「そうっすねー……例えば……。」

左近はに近づいて腰に手を回して体を密着させる。
屈んで、の耳元に唇を寄せて囁く。

様……超好きです……。」

今度はは叫んで逃げ出すことはしなかった。
ただ仏像のように固まっていた。
















「左近!!!」
「三成様〜〜!!様のことっすか!?どうですか!?怒ってました!?」

また怒りの表情の三成が左近の部屋にずかずかと入ってくるが、左近は待ってましたと言わんばかりの笑顔だった。

「挙動不審が増して、刑部のおやつがバナナになっていた。」
「怒ってたわけじゃないんすね!!やったー!好きっていうのは大丈夫っと……書に認めておきます!」
「よく分からないが程々にしておけ。これまで誤りなどしなかった様だ。以前にも言ったが兵糧の管理もしている。あと刑部のおやつは芋羊羹のはずだった。楽しみにしていたんだぞ。」
「はい!けど三成様、三成様はもう少し様に感謝したほうがいいと思いますよお〜!」
「感謝?している。」
「してるだけじゃだめっす!言葉にしないと!!」

やけに真剣な左近に首をかしげつつ、またすぐに背を向けた。
独り言のように呟かれた言葉には視線だけ向ける。

「しっかし様を褒める言葉ってのも難しいっすね〜。美しさを宝石に例えたいんですけど、あれを表現するに相応しい宝石なんてさっぱり思いつきません!」
「刑部の数珠は良い艶をしているからそれにしたらどうだ。」
「い、いや……三成様……む、難しいこと言いますね!」


子供の頃の話、今となってはまったく気にすることはないと思うが。
この豊臣軍の男性陣の中にいちゃあ……気付けなさそうだなと納得してしまいますよ……。

でも、絶対俺が、心の傷を癒してみせますからね!
















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フライング左近夢でした!