「やれやれ、信長公は何を考えているのだ…。私と卿のみを呼び付けるとは…。」
「そうですね…。」

信長に呼ばれ、安土城に訪れた帰り道、松永とは宿で盛大に溜め息をついていた。
宿に着いた頃には既に辺りは暗くなり、簡単に湯に入り宿屋の寝間着に着替えた。
さぁ寝ようという時になって、少し話をしようと、隣りの自分の部屋にやってきたのだからから眠気は既に吹っ飛んでいた。
ちらちら視線を移動させ、窓辺に肘掛けを置き、もたれかかる様にしているリラックスモードの松永を見てときめいていた。

(…正確には、松永様と私にのみ、用があったようで…)

「しかも卿は帰蝶に呼びだされてばかりだったではないか。」
「はい。松永様と離れ、多少不安ではございましたが、濃姫様は信長様の奥方としても戦人としても尊敬すべきお方。この機会にあらゆることを吸収したかったのですが時間の都合上…今回は私のすべき配慮を濃姫様自らご指導下さいました。」
「…ほう、どのような。」
「はい。まず部下への心掛け。私に出来ることとして、女中の噂話に耳を傾けたり、仲違いがないかを調べたり…」
「うちに女中いたっけ…」
「いまーすよ!!!!松永様いますよ!!!誰がみんなのご飯作ってくれてると!!?」

松永と真面目な話が出来ると意気込んでいたは、一気に脱力してしまった。

「…松永様は嫌だったようで…」
「信長公に嫁を娶れと言われたよ。」

の頭から一気に血の気が引いていった。

「おあっ、おあい…お相手は…」
「いや、誰かいないのかと言われたよ。」
「そ、そうでしたか…!!」
「安土城爆破しちゃいたい。」
「そんなスネ方やめて下さい!!!」

眉間に皺を寄せながら、松永はキセルを吸い始めた。

はそのくらいか。」
「はい。」
「またおいで、などと言われなかっただろうね?」
「困ったことがあったらいつでもいらっしゃい、と。」
「ならば私は巻き込まれんな。」
「もちろんでございます。」

本当は、濃姫から、あの男を操れるような女になりなさい、とも言われていた。
もちろんあの男とは松永。
そうすれば友好関係をこの先ずっと築けるかもしれない、あなたを傷つけたくないとも言ってくれた。

(まぁ…疲れたけど嬉しかったな…)

松永様が一番だが、信長様も濃姫様も憧れの人。
蘭丸君はいつもお菓子せがまれたり自慢話されたりするけど嫌いじゃないし、明智様は怖いけど主君の為に有能に働く聡明なお人。

(いつも出向くと、一言二言、皆さんお優しい言葉を下さるし、大好き。そんな人達に、松永様が側に置く人間として認知されるのはとても喜ばしい事だ…。)

松永に茶を淹れようと、外で買った茶葉を取り出す。
自然と笑みがこぼれる。
ご機嫌な時は勘が働く。
このお茶は少し濃いめに淹れよう。

「松永様、どうぞ。」
「すまないね。」

視線を部屋に飾られた水墨画から離さず、湯飲みを手に取る。
一口飲み終わった後に、に視線を移した。

「美味い。」
「有難う御座います。」

静かに笑って二口目を飲んでくれれば、嬉しさで照れてしまい、正座のまま後退りしてしまう。

「…卿には才があるが、良い縁談は無いのだな。」
「松永様のお陰で、茶に花、書、舞、歌、絵、大抵の事は人並み以上にはこなせる自信がございます。」

自信があるのは、人から称賛を浴びたことがあるからというのもあるが、
松永に急に次の茶会で見せろと要求される度に、血の滲むような努力をしてきた記憶があるからだった。

「けれど…私には縁談など…」
必要無い。考えたくない。
そもそも姫でもないし身分も普通。
このまま松永様と居ることが私の幸せだ。

「…もし、私がと結ばれたら」
「え…」
「今と何も変わらずに、居られるな。」
「えっ、いや、お…」
恐れ多いと言うのが常識。
言わなければいけないという理性と、言いたくない女心が葛藤する。

「世に、私が必要とする人間がどれほど居るか…。あぁ、小さな宴で笑いを取ってくれる馬鹿共は別の意味で必要だ。」

宴、には戦も含まれているに違いない。

「松永様…」
「一つの部屋に男女か…。」
「はい?」

キセルを持ったまま立ち上がり、に寄ってくる。
そのまま片腕で布団に押し倒され、組み敷かれた。

「まっ…松永様…?」
驚きや恥じらいより、真っ先に浴衣が乱れた姿を晒したことを謝罪したいと思う自分はどこかおかしいのだろうとは思う。

…」
「うっ、げほ…」

ふぅっと、煙草の煙を吹き掛けられてむせってしまった。
しかし抵抗せず、大人しくされるがままになろうと思い、松永の目を見上げた。
相変わらず右手はキセルを持ち、左手はの顔の横に突いたまま動かなかったが。

「松永様…」
「男に好き勝手されるのは好きかね?」
「松永様以外の男性でしたら殺したくなります。」
「そうか。宜しい。」

それを聞いただけで満足したようで、起き上がりまた窓辺に座った。
が起き上がって着物を整えるのを静かに見つめる。

「やはり卿は色事には弱いようだな。」
「からっきしです…。」
「動じぬ表情は良かった。だが体が強張りっぱなしなのはいけないよ。」
「…情けないです。」
このくらいで怯えてしまっては、松永様のお相手なんて夢のまた夢。
粗相をしない自信がない。

「私はこのまま生きていくよ。」
「はい。」
よく意味が判らなかったが、承知していたことなので返事をした。

「卿はまだ若い。」
「…え?」
「女は男より冷静に物事を見るだろう?この世で卿は先に何を望む?」
「私でしたら…松永様の支えになりたいと。松永様と共に生き、共に朽ちれば本望です。」
「そうか。」

いつもの笑顔を浮かべる。
そのまま懐に手を伸ばし、松永は小刀を取り出した。
何も言わずに左前腕に当て、皮一枚を切り血を滲ませた。

「……。」
それを見たは松永に近寄る。

「宜しいですか?」
松永から小刀を受けとり、血の付いたままなのも気にせず右手でしっかりと握り

「………。」

松永と同じ場所を同じ角度の傷がつく様、切り裂いた。

「見事。」
「痛いですが。…松永様、止血して宜しいですか?」
「構わないよ。」

はすぐに立ち上がり、包帯と布と水を持って来た。
自分の傷は布で縛り上げ圧迫止血するのみにして、すぐに松永の手当てにとりかかる。

「…松永様。」
「なんだね?眠いのか?」
「いえ、あの…私は、本当に、松永様の、側に居られるだけで…幸せですから…」

松永様が誰かと一緒になっても、それを見ているのが辛くても、松永様と離れる事のほうが嫌だ。
だから、自分に言い聞かせる意味で、松永様にそんな言葉を言ってしまった。
松永様を利用したみたいだ。
言って後悔してしまった。

でも

「ならば、居ればいい。」

松永の大きな手が、の後頭部を包み込んで引き寄せる。
ぽす、と、松永の胸に顔を埋める。

―松永様に隠し事など出来ない。
今私がこう考えていることなど見破られている。

私の気持ちを知った上で、優しくしてくれている。

「松永様…」
は甘えん坊な面があるな。」
「そんなこと…」
「咎めているわけではない。良かろう。今は私しかいない。」

良いのだろうか、良いのだろうかと何度も心の中で反芻しながら、松永の着物を手で恐る恐る握る。
何も言ってくる気配が無い。
許されるか判らないが、今度は腰に腕を回した。
どきどきと心臓の音がうるさい。
小さく髪を撫でられると、今夜はもう興奮して寝れないのではないかと不安になる。

、私は眠い。」
「あっ、も、申し訳ありませ…」

急いで離れようとしたが、松永がの頭に添えた手が退こうとしない。

「安土城では離れていたからな。」
「一緒に…?」
「罪にはならんだろう。まあ、罪になったところで私は気にしない。」

クスリと笑ってしまった。
これでは松永様のほうが甘えん坊みたいだ。

「嬉しいです。」
「知っているよ。」

蝋燭の火を消し、布団に入る。

隣に人が居る事を気にした様子も無く、仰向けで静かに眠ろうとするのが松永様らしいと思える。

「松永様。」
「なんだ。」
「松永様の方を向いていても宜しいですか。」
「何だ、そんな事か。」

クスッと笑う松永に胸が高鳴る。

「良いだろう。私はてっきり、馬の様子を見に行くと言うのかと思ったよ。」
「そんな!!折角このような計らいを頂き、そんなこと…そんな…こと?」


…馬…

あれ?馬小屋をお借りして、鞍や鐙を外してあげて…

お水をあげて…

ご飯あげたのはいつだったけ?

「……………松永様。」
「ん。」
「…………………馬に、ご飯、あげてきます。」
「急いで行ってあげたまえ。」
「も、も、もうしわけ、ありませ…」
「馬に言いたまえ。」

伝令として使えそうな勢いで走り出したを見送り、自然と笑ってしまう。

「さて、戻ってきたら私の布団に潜り込めるかな?」

寝たふりをしていれば、はおろおろとしてどうすれば良いか判らなくなるだろう。

私の顔を覗き見た瞬間、腕を思い切り掴み、引っ張ってやろう。

「混乱するの顔が楽しみだ。」

そう呟いて、目を閉じる。

信長公に呼びつけられるのは御免だが、とこういう風に過ごすのは悪くないと、心穏やかに目を閉じた。



























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『三好3人衆に邪魔されないラブラブ』ということでリク頂きました!!
松永様がかなり普通になってしまった…でもたまにはこんな松永様がいたって良いんじゃないかなとか開き直ってしまうんだ松永様スキ!!
リクありがとうございました!!
ヒロイン結局遊ばれててすいません!!