元親は打った頭を撫でて、ひたすら山道を歩いていた。

「うっわやべえ、まじ迷った…。あいつら探してんだろうな…。」

慣れない土地で敵情視察をして歩いていたら、崖で足を滑らせて落ちてしまって少々気絶してしまった。
気が付いた時には日が傾いていた。

「だーから、丘は嫌いなんだ…窮屈でしょうがねえ…。…お?」

大木の下に人が見えたが不穏な空気だ。
山賊のような男たちが三人、一人の白い衣装に身を包んで小奇麗な恰好をした少年を囲んでいた。

「山賊のが土地詳しそうだがしゃあねえな…」

低姿勢で草陰に身を隠しながら、少しずつ近づいていく。
会話が聞こえてきた。

「持ち物すべて置いていけ。そしたら命だけは助けてやるよ。」
そういって少年の頬に小刀を近づけた。

「いやだなあー、なんて予想できる発言だ。きっとあなたの人生はそれでよかったのでしょう。」

少年はのほほんとした明るい口調で、怯えもせずに滑舌良く話し出した。

「いえ、私の父の教えでね、決して現状に満足するなと、そう教えられてきたのです。私があなたの立場でしたら“その荷物をそこに置け”です。 旅支度のような大荷物で単純な構造の荷造りでしょう?ならば売っても価値のないものが多くある可能性がある故、この場で簡単に中を確認し 金目のものだけ取って次のカモを待つ方が宜しいかと存じます。私の荷物すべてを奪おうとしたら三人しかいないうちの一人が価値があるかどうかも 分からない荷物運び役になる。非常に効率が悪い。そもそもこの付近での待ち伏せもどうでしょうか。 ここを利用するのは主にこの先の村人、もし一人でも逃がしたら村人の皆様に警戒されるでしょうが、ここより1里離れた小道なら人目に付かず利用者の多くは 近くの町の名物である温泉を楽しむ一定階級以上の方々でそうそうこのあたりの道を使う方々じゃない。山賊に遭っても“二度とこの道は使わない”程度で済まされる可能性もあるわけです。」

いきなりぺらぺらぺらと話す少年に、山賊は呆気にとられた。
しかし馬鹿にされていると感じた一人が歯ぎしりをして少年に刀を向けた。
元親も拍子抜けしながらも、口元が上がってしまった。

「てめえ…殺しはしねえと思ったが…」
「あはは!!まあ私も旅人の身、護身用の武器くらい持っておりますよ。」

懐に手を入れすぐに引き抜き、出した刀で山賊の一撃を防いだ。

「実戦経験はあまりないのでお手柔らかに?」
「安心しろお!!息の根とめてやる!!!」
「ちょおっと待ちなよ、山賊のにーさん達よお。」

元親は少年と対峙していた男の頭をまず掴んで後方に引っ張った。

「おお、かっこいい!!」
少年は驚きもせず素直に喜ぶので、元親は自信に満ちた笑みを向けた。

「この坊主の言うことやることに賛成は出来ねえが、略奪は罪だからな?俺が倒してやるぜ!!」
「誰だお前…」
「なあに、ただの迷子よ。」

碇槍を振り回して山賊追い立てる。
実力の違いに驚いた男たちは、一目散に逃げて行った。

「どこの誰かも分かりませんが、ありがとうございます。ここは名乗らず去っていくのですか?」
「そうしてえところだが、さっきも言った通り迷子でなあ。どこか宿でも知ってたら教えてくれねえか?」
「はあ、では一緒に参りましょう。当然の如くお礼をさせて頂きます。お食事は何がお好きです?」
「刺身と酒の気分だ。ははは!!あんたおもしれえなあ!!!」

並べば元親も胸にも達しない背で、可愛らしい。
後方で結んだ髪は風が吹くたび綺麗に揺れ、顔を見れば眼鏡をかけていた。

「そんな身なりだから狙われるんだ。明らかに金持ってますって雰囲気だぜ?」
「この時刻にここを通ったのは予想外なのです。もう少し日の高いうちに通るはずでしたが、途中可愛らしい猫を発見しました。」
「戯れてて遅れたか。はは、かわいい理由だな。」
「お兄さんは?」
「ああー、まあ俺は、慣れねえ土地で仲間とはぐれてな…。」
「仲間を探さなくてよろしいのですか?」
「日が落ちたからなー…明日だな。」
「では、私にお任せを。」

小さいくせに頼りがいがあり、元親は良い出会いをしたと楽しそうに笑った。










町に着くと、早速刺身の食べれる店を探し始めた。

「ねえならなんでもいいからな?」
「ここは港と近いですので、ありますよ。問題はどこの店がおいしいか、ですね。」

港が近くにあるのはもちろん元親も知っていたが、ここはなんとなく知らんふりで通そうと考えた。
一国の主と知られて変に恐縮されても嫌だった。
恐縮されるかどうかは分からなかったが。

「こちらのお店の評判は道中お聞きしました。ここにしましょう。」
「はいはーい。」

暖簾をくぐって席に着くと、少年は非常に姿勢よく座り、店の人間に礼儀正しく対応した。

「食べれないものはございますか?」
「いや…」
「かしこまりました。では、店主のお勧めを頂きたい。―ええ、金額は如何ほどでも。」
「おいおい、いいのか?」
「恩人ですので。」
「はあ…どうもな…」
元親は頬杖をついて、いつもは宴会が多いためめったに来ない高級店の居心地の悪さに少し疲労を感じた。

「申し訳ございません、私少々厠に…」
「ああ…そういやお前、名前は?」

立ち上がり、白い上着を脱ぐ。
下に着ていた着物はシックに淡い色で整えられ膝上までスリットが入り、知的で大人びた印象を周囲に植え付けた。
そして美しい体のラインが、今まで性別を誤っていたことを元親にすぐに知らしめた。

と申します。」
「…女だったのか…」
「男装は基本ですので。あなたは?」
「元親だ。」

髪もほどけば、自分とあまり歳も変わらなさそうな美しい女性と外観がすっかり変わってしまった。
そして一礼され、元親は背を見送る。

「お…女怖ェ…やべ、坊主って言っちまった…。」





厠から戻ってきたのを見計らったように料理が運ばれ、二人で新鮮な刺身を頂いた。
雑談をしているとに聞きたいことが徐々に出てきて、つい身を乗り出した。

「…何か?」
「なあ、何で旅してんだ?金持ちそうだし、何か訳ありか?」
「ふふー」

よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに笑うの顔は、やはりあの山賊に襲われていた人間だと感じさせるくらい幼く見えた。

「私は小説を書くことを生業としておりますので、こうして世の中の動向を勉強しているのです。」
「小説家…?」
「ええ。」
「このご時世、儲かるのか?そんなに…」
「お金が欲しい時は欲しいなりのものを出しております…」

荷物をごそごそと探り、一冊の本を元親の前に差し出した。
開くとあまりに艶めかしい官能小説で、元親は食べていたものを吐きそうになった。

「な…これ…」
「やはり売れるといえばこういうものですね。」
とりあえず閉じて落ち着きを取り戻し、おそるおそる尋ねてみる。

「な、なあ、こういうのってなんで書けるんだ?まさか実体験…」
「まさか。私のようなものの体験など書いても一庶民の日記。取材を致します。遊郭へ行って。」
「遊郭…」
「ええ、時には忍び込んで…面白い話を沢山提供してくださいます。私結構女性に人気がございます。悲しい恋など書くのが好きでして…。」
「へえー…俺にはあんまり縁のない世界だな…」
「あまり読みませんか?一応男性の方からも賞賛のお声を頂きますが…そうですね、整ったお顔でいらっしゃいますので、女性には困らなそうで…」
「そうじゃねえ!!!俺はーその、からくり技師だ。からくりにどっぷりはまってるからな!!」
「からくり技師…!!おもしろそう!!是非お話をお聞かせください!!」
「お…」

世辞ではなく目を輝かせて食いついたを意外そうに見つめる。

「なんだあ?もしかして俺を題材に話でも書くんじゃねえだろうな?」
「現在は単なる好奇心ですが、今後登場人物の職業としてはありですね。嫌でしたらもちろん書きませんし…」
「馬鹿野郎。俺の話聞いたら主人公にするしかなくなるぜ?」

ニイ、と笑って腕を組む元親を見て、自信家ですね、とはクスリと楽しそうに笑った。

「…美人だけど、笑った顔は結構可愛いのな。」
ぼそりと呟いてしまったが、にはうまく聞き取れなかったようで、聞き返された。
何でもねえ、といい、礼儀作法を無視して刺身を豪快に食べ始める。

「うふふ、なんだか今日は良い事がたくさんあって嬉しいです。偶然とはいえ、元親さんのような素敵な方とお食事できて。」
「あんたみてえなお上品な奴と俺は釣り合わねえだろうよ。全く世辞が上手いねえ。」
「上品だなんて、先程の私を見たでしょう。野蛮なことも致します。あまり女性に理想を抱くのは危険ですよ。」
「……まあ確かに。少しは慣れてるようだったが、その細腕で本当にあの場面を乗り切れると思ったのかい?あんた俺がいなかったら死んでたぜ?」
「ですから、こうしてお礼を。」
「そうじゃなくて、ああいうときは逃げた方が賢明だって話だ。」
「…そうですね、以後気を付けます。」

本当に分かったのかどうか怪しいの返事を聞きながら、元親はお茶をすする。
店の人間がてんぷらをサービスしてくれたので、が刺身を食べ終わるのを待たずにばくばく食べ始めた。

「…宿は如何いたします?」
「あんたはこの町で?」
「ええ。」
「んじゃ、よろしく。」
「あら、足りませんでしたか?身体でご奉仕しろと?」
「そーじゃねえ!!!やたらしつこい山賊もいるから護衛がてらだ。そのかわり宿代はお前持ちだ。」
「…山賊って厄介ですね…。お願いいたします。」

目の前にいるのは海賊だがな、と心の中で呟いた。

食べ終えて店を出た後は、まっすぐ宿を訪ね歩いた。
3件ほど訪ねたところで丁度隣同士で2部屋取れたので、雑談を交えながら共に部屋に向かう。
そして着いて荷物を下ろすとすぐに、元親は部屋を仕切っていた襖をあけ、の部屋にずかずかと入ってきた。

「ど、どうされ…」
「ん?からくりの話が聞きたいんじゃなかったのか?」
「あ、そうでした…」

何も考えずに尋ねた元親だったが、が少し狼狽えたので安心させるためにも距離を置いた。

「で、では、からくり技師を目指した切っ掛けと現在の日常生活についてまずお聞きしても…」
「に、日常!?からくりの話じゃねえのかよ!?」

日常は戦をしたり釣りをしたり政務も行っているためもちろん“からくり技師”ではない。

「えーとな…」

そこはうまく誤魔化すことにして、話しはじめた。





「―からくり技師といえどさまざまな人脈をお持ちで、しかもこんなに多くの時間を費やして一つのからくりを作ることもあるとは、さすが職人です、素晴らしい!!!」
「あ、ああ、まあな…」

誤魔化したとはいえど、途中うっかりザビーにからくりを取られそうになったことや毛利に狙われたことを話しそうになったり、そもそも行っているのは戦力になるような発明なので完成に何か月もかかるからくりの話をしてしまった。
しかし素直にメモをとるのでどこか矛盾点を指摘されないか不安で冷や汗をかいた。

「なあ、もう遅い。風呂に行って来いよ。俺は寝る直前に入りてえから気にしねえで…」
「あ、ああ、そうですね!!では先に失礼いたします。」

浴衣を持って、元親に一礼して部屋を出て行った。
元親は一安心してふう、とため息をついた。

「……。」
なんの気もなしに、の荷物に手を出した。
中からの書いた書物を取り出す。

「…ふうん…」
さっきは慌ててしまったが、官能小説といっても情景が繊細に描かれ、登場人物の関係性や心情が複雑ながらもうまく生かされていた。

「こっちもか?」
本以外にも書簡があり、ぱらりと開いた。

「…こりゃ…」






「元親さん、ただ今戻りました…」
「おう…」

上の空の返事に不思議に思い部屋に入ると、元親が何かを読んでいた。
風呂上りで眼鏡を外したの視界はぼやけてすぐに分からなかったが、近づいて自分の書簡を読んでいることがわかると慌てて駆け寄った。

「お、なんだなんだ。」
「こちらの台詞です!!!!勝手に見ないでください!!!」
「やっらしい話は見せてくれたじゃねえか。」
「あれは商品として出回っているものです!!!!ですがこれは…」

元親から奪い取ろうとしたが、離してくれない。
破いてしまわないか不安で強くは引っ張れず、は困惑した。
そんなの肩に元親は片手を置いた。

「……」
「な、なにか…」
「これ、これお前が書いたんだよな?どこまでが実話だ?」

その話は、ある村の生活を題材にしたものだった。
良い国主に恵まれず、高い年貢を払わされ、時に飢饉、伝染病に襲われる。
しかしある時、旅人が訪れ、国主に巧みな話術で取り入り、その村の管轄を任された後、土地の改良や年貢の引き下げを頓智を使って行っていき、徐々に村を救っていくという書きかけのエピソードだった。

「そういう、村がある、というところだけです。別に故郷だとか、そういう同情するところはございませんが…こんなものは、世に出せません。」
「でも、書きてえんだろう?」
「…そうですね、本当は、様々な国の実情を書いて訴えたいんです。生の声を聴いて、こんなに苦しんでいる人たちがいることを、偉い人に知ってほしい…」
「…そうか…この、旅人ってのは?」
「架空の人物です。」
「へえー、じゃあこの旅人の頓智はお前が考えたのか?」
「つ、つたないでしょう…?」

そういって恥ずかしそうに俯くを、元親はじっと凝視した。
そして顎をつかみ、引き寄せる。

「…お前さん…眼鏡外すと一層美人だなあ…もったいねえ…」
「!!!」
顔を真っ赤にして、驚かれ、今度は元親が動揺する。

「え、なんだよ。言われたことねえのか?」
「ありませんよ!!私は根無し草ゆえ、こんな男性との交流などめったに…!!」
「そんなもんかねえ…あんまり交流できねえのに男心をあんな風に…まあ、男心綺麗に書きすぎてる感はあるか?」
ちらりと先程読んだ官能小説を見る。
女受けしそうな純粋な男心は、確かに知らないからこそ想像で書けるものかもしれない。

「ま、まあ、売れることを前提にとなると、綺麗に書いてしまいます!!」
「なんだよ、強がりだな。正直に処女って言えよ。」
「しょ…!!!!」
「ははは!!!」

上品で賢く、一見近寄りがたい女性の正体がこれでは元親は可愛がりたくてしょうがなくなってくる。

「世の現実か…そうだな…大名ってやつは、それを想って国を豊かにしていかなきゃならねえよな…」
しみじみとそう言いだす元親に首を傾げる。

「え、ええ。元親さんもその技術力が御座いますならば、よろしければ…民の生活のためのからくり等の発明も頭の片隅に置いて頂ければ…」
「そうだなあ…」
「そのときはもちろん取材させていただきます。大阪などで小冊子にして配布すれば多少は知名度も上がるかと…」
「大阪ねえ…大阪は俺の名を知るでけえ奴がいるからやめておいた方がいいぜえ?」
「え?」
「こっちの話だ!!そんでよお、こっちの殴り書きしてある、女子供がこき使われている村ってのはどのへんにあるんだ?あとこっちの金になる産業ばかり優遇する…」
「どれだけ読んだんですか!?そっちは本当に…うまく作り話として書けないか構想を練り始めたばかりですし…」

元親は人懐こそうな笑顔をに向け、ぽんぽんと頭をなでた。

「勉強になった。そうだな、そろそろ寝ようぜ?明日もう少し話を聞かせてくれ。」
「あ、の…あ、いえ…はい…」

またが恥ずかしそうに俯いたが、顔を近づけすぎたせいだろうと思い深くは考えなかった。









はもぞもぞと寝返りをうっていた。

(なんなんなんなんなの〜元親さんって女ったらしじゃないの〜なんであんなことさらっと言えたりさらっと触れたりできるの…現実の男性ってあんなかんじなの〜?)

どきどきして仕方がない。
最初は平気だったのだが、宿に来てからというもの意識して仕方がない。

(…急に真面目な顔したり…よく分からない人…)

しかし元親のことを理解する必要はないのだ。
明日でお別れなのだから。

(少し…寂しいかな…)

目を閉じて、体の力を抜いた。
元親の部屋についつい意識を向けがちだが、落ち着こうと必死だった。

「………。」
今度は違う意味でドキドキしてくる。
窓の外に誰かが居る。
今日は一人ではないからと、1階の部屋でも構わないと判断したのはまずかったのかもしれない。

ゆっくり目を開けると、何か道具を使い、窓の格子を壊して侵入しようとしていた。

「!!」
思わずそばに置いた眼鏡を取った後に飛び上がると、何かを投げつけられ、頭に当たって倒れる。

「く…」
なんとか荷に駆け寄り、刀を出すと、入ってきた男と対峙する。

「さっきはどうもな…後をつけさせてもらったぜ…」
「殺すのが目当て?金品が目当て?」
「どっちもだよ!!!!!!」
「つっ!!!」

相手の武器はのものより2〜3寸ほど長い刀で、もちろん力押しでは負けてしまう。
弾き飛ばされ、後方に退いた。

「お相手しますよ…!!覚悟などとっくに…」
「前言撤回、可愛くねえな本当に。」

襖が豪快に開き、武装した元親が現れる。

「あ…」
そして横を通り過ぎる瞬間、またの頭をぽんぽんと叩き、山賊の前に立ちはだかる。

「護衛するっつったら、お願いしますって言ったじゃねえか。頼れっつーんだ!!!!!」
「元親さん…」
「命奪わねえとわかんねえかあ!?山賊さんよお!!!!!!」

そう怒鳴り、襲ってくる山賊に向かって碇槍を振る。
避けられても連撃で追い込み、たった数回の攻撃で元親の勝利は確定する。

「弱ェ。仕方ねえ、こいつらどっかに縛って晒しとこうぜ。」
「あ…あの…ありがとうございます…」

申し訳なさそうに礼を言うに肩越しに振り返る。
そして碇槍を肩に担いで倒れた山賊の上にどかりと座り、に向かって笑う。

「…あの旅人は、おまえさんだろう。」
「…え…」
「お国の偉ェ人間に身分を隠して取り入って、村を救おうとしたが、失敗した。何度も何度も。」
「……。」
「戦うことを知らねえお嬢さんは、あんな瞳も、あんな発言も、あんな立ち振る舞いも出来ねえよ。」
「ええ、そうです。私は非力で無能な人間です…。何度失敗しても見て見ぬ振りが出来ず…偽善を振りかざして農村を転々と…」
「そんな顔すんな。非力でも無能でもねえよ。あんたの文才は本物だ。」

そう言われても喜ぶことは出来ず、はぺたりと座り込んだ。
元親に見下ろされる形になると、を挑発するように指をさしてくる。

「媚びな。」
「え?」
「俺に気に入られて、利用すればいい。俺は四国を統治する、長曾我部元親だ。」
「からくり技師は…偽りですか…?」
「うーん、嘘じゃねえ。からくりも好きだ。」

すぐに信じることは出来なかったが、嘘だとは思えない威圧感と自信に満ちた顔に納得させられてしまう。

「…長曾我部…あなたが…」
「そんなに改めて繰り返すんじゃねえよ。どうする。それとも、このまままた一人で…」

が正座になり、頭を下げる。

「…色仕掛けを期待したがなあ。額を畳につけるたあ…ちいとそれは俺の良心が痛むぜ?」
「お、お願いします…連れて行ってください…!!」
「普通なら堅気の人間を乗せたりしねえが…一人旅で十分危険な状況にあるのがなあ。頭が良いようだし策士見習いとして雇ってやってもいい。」
「なんでも構いません!!お側に置いてください!!」
「…んん?」

の必死さが自分の考えている方向と合っているのか少々不安を覚える。

「…そんで、村を救ってください、だろぉ?お側に置いてくださいなんざ…求婚でもねえのに…」
「村?」
ひょいと頭をあげたは目を丸くして何のことかと言わんばかりだった。

「だから!!あんたはその困ってる村や町を助けたいんだろうが!?」
「…ああ、あの村でしたらすでに下剋上成されてますよ。」
「はあ!?あんた失敗したって…」

予想外の展開に、元親は身を乗り出した。

「私の潜入と献身は無駄に終わりましたので、苦しむ住民の方々に知恵を授けました。事情によりますがもちろん一揆などではなく、大名家の内部崩壊を謀るなど…。」
「そ、それで…」
「家族の幸せを願う方々の力は素晴らしいですね。私なんかより圧倒的な成し遂げようとするやる気と実行力で見事他の良き大名の統治下になりました。」
「…そうなのか…それはめでてェな…」
「しかしそれこそ出版できません…。私が世の危険因子と見なされては困ります、これでもこの国のことは好きなのです。まあそれはごく一部で、まだまだ貧困に悩む例はございましょうが…」
「ちょっとまて…じゃあお前今なんで頭下げて…」

それすらもなぜそのような質問をするのか不思議そうには元親を見る。
そして立ち上がり、小走りで元親の足もとに近寄り、また正座をした。

「一国の大名が!!迷子になる!!乱暴な言動!!礼儀作法のなってない挨拶!!豪快な食の仕方!!素晴らしい強さ!!趣味からくり作り!!」

急に目を輝かせて、悪口ともとれることを本人の目の前で言い出すので苦笑いをしてしまった。

「お、おお…いや、お前の大名の印象ってのがどんなのか知らねえけどよ?別に俺みたいなのは珍しくないぜ…」
元親の頭には伊達政宗の顔がばっちり浮かんでいた。

「いいえ!!珍しいです!!」
の頭にはきちんと髷をして着物に身を包んだ、一般的大名の顔が浮かんでいた。

「元親様を…あ、それはまずいですね…ええと、元親様を模した人間を主人公にした、お話が書きたいのです!!!!」
「…俺を…」
「はい!!!!!」
頭を掻いてしまう。
これは困った、面白そうだと思ってしまう自分がいる。
なにより自分が動くより他人を動かして策を成すその技量がどれほどのものか気になって仕方がない。

「…覚悟がいるぞって脅してェが…そりゃさっきので聞いたし見たしなあ…」

悩む元親を下から飼い犬のように純粋な瞳で見つめ、良い回答を待っている。

「…わかった…。とりあえず雇う。それで様子見る。」
「やりましたああああああ!!!!嬉しいです!!!!」
「うお…!!」

が飛び上がり、元親にしがみついた。

「嬉しい…!!こんなお方に会えるなんて夢のよう!!!」
「そりゃあ…その…ネタとしてか…?」
「もちろんそれも…!!」
「あーそうかい…」

ふてくされた元親だったが、はすぐにはっとして離れ、部屋を出て、しばらく待つと縄を持ってやってきた。

「事情は説明致しました。内密に処理しますので宿には迷惑かけませんとお伝えしました。」
「…ちいと眠ィが…外が明るくなってきてるしなあ。さっさと出てくか…。」
「はい!!」

元親が山賊を縛り上げている間には支度を整えた。

、ちいと待ってろ。」
「はい…では食事を少し女将さんから頂いてきて…お待ちしています。」
「ああ、助かる。」

元親はまだ目を覚まさない山賊を抱えて出て行った。
それを見送った後、元親の部屋に視線を落とす。

「布団に入った形跡がないですよ…元親様…」

おそらく風呂に入った後、浴衣を着ずに武装して、襖にでももたれかかって仮眠を取っていたのだろう。

「本当に護衛してくれるだなんて思いませんでした…。」

この感情は興味以上のものだということは、自身も分かっていた。








そして元親の記憶との土地勘で仲間のもとへと戻る。

昼になるころには聞き覚えのある男たちの声が聞こえてきた。

「アニキ―!!!!」
「アニキ!!心配したんですぜえええええ!!!!」

仲間たちに向かって、元親は笑顔で手を振った。

「アニキって呼ばれてるんですか?」
「ああ、お前も呼んでくれてもいいぞ?」

まだ様子見の状態のはずだが、その一言で、仲間として受け入れてくれているような気になってしまい、笑顔になるのを止められなかった。

「はい、アニキ。」

ニコリと少し照れながら呼ぶを数秒見つめた後、すこしどもった声を発して目をそらした。

「…お前よお…少しあれだ、生意気に戻ってほしいのと、あんまり眼鏡外すんじゃねえ。」
「眼鏡外したら見えないのでそんなに外しませんが…?」
「まあ、たまに拝ませて欲しいときもあるかもなあ…」

言葉を受けて思案し、返答を考えつくと、意味深に笑った。

「アニキの前でしか外しません、それでいいです?」
「聞くんじゃねえよ。」

立場上その方がいいだろうと思い、は歩く速度を落とし、元親のやや後方に位置した。
そして元親の背中を見つめる。

(元親の一生を綴って、後世に残したいとも思っているんです。)

そう心の中で思うと、昨日会ったばかりの人間に対しそこまで考えるとはさすがに重すぎると笑いが込み上げる。

「おい。」
「はい。」
「紹介しちまったら後に引けねえぞ。いいんだな?」
「はい、アニキについていきます。」

一生か?とニヤニヤ意地の悪い笑みを浮かべて問うと、一生です、と即答した。

今度は元親が動揺する番だった。























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アニキィ!!って思わず抱きつく勢いな…アニキ話をリク頂きましてありがとうございます!!
アニバサ弐の元親はかっこよくて美しいです…

こんなに時間かかって本当申し訳ないです!!