何年も昔のことだ。
父上に初めて城下に連れて行ってもらって
初めて見るものだらけで緊張して
そんな俺を父上が気遣って下さり、一休みしようと茶屋へ寄った時の話だ。
その店に俺と同じくらいの娘が居て
店主の親に背を押され、緊張しながら俺に茶を運んできてくれた。
「おや、可愛らしい娘がいるな。何、そのように固くならずともよいぞ?」
父上は優しい声でその娘に話しかけた。
俺は、俺よりも緊張しているその娘に目が釘付けになって
「わ、わかさま、ゆっくりやすんでいってください」
そう、ボソボソと言うので
「ありがとう」
優しく言ってみると
その娘は、破顔して
その笑顔が可愛らしくて
自然と俺も笑顔になれて
「運命の相手だと思ったんだぜぇぇぇぇ!!!!!!!」
「運命の相手を追いかけ回すたぁどんな根性ですか―!!!!!?」
米沢城城下を、伊達政宗は野獣の目をして1人の獲物を追っていた。
追われているのは、政宗曰く運命の相手、という名の、今までとくに苦難を乗り越えた経験も無いごく普通の町娘。
「何で逃げるんだ!?俺は話がしてェんだぜ!?いきなり食ったりしねぇってんだ!!!」
「じゃあその今にも斬りかかりそうな形相とわたしを追いかけるのをやめてください!!」
「逃げるから追ってんじゃねぇか!!!」
「追われてるから逃げてるんです!!!」
何事かと町人は二人に目を向けるが、すぐに消えてしまう。
が政宗から上手く逃げているのは、町の地理を完全に理解し、上手いこと裏路地を使って逃げていたからだった。
この追いかけっこは、伊達家家臣が止めにはいって終わる。
「殿―!!!もうやめ!!すとっぷ!!軍議始まる!!」
「い、今いいとこなんだぜ―!?」
今日は成実が止めにはいったようです。
「どこがだよ!!今日はお手紙渡すっていっただろ?何で追いかけ回してんの?ってかそんなの誰かにやらせなよ!!」
「自分でやらねぇなんて、んなの粋じゃねぇ!!」
「だからってお家に迷惑かけないでよ―!!」
は路地裏から顔を出し、その様子を見ていた。
二人の背が見えなくなるまで隠れ、そしてから家に戻る。
「よし…」
「あの」
「わああ!?」
いきなり背後から肩を叩かれて、驚いて振り向くと
「いつもすまねぇな。」
片倉小十郎と名乗る男が菓子折りを手に立っている。
ここまでが恒例の出来事。
小十郎は、では、と軽く頭を下げて去っていった。
「…小十郎さんて誰の味方かな…」
当然政宗だが、時と場合によるようだ。
「ああ〜クソ…上手くいかねぇなあ…」
軍議も一段落した後、政宗は小十郎と自室で過ごしていた。
「あの娘を城へ呼んだら如何でしょうか」
「ビビるんじゃねえか?」
「そう言っていてはお話も出来ないでしょう」
「…町がいいんだよ。殿としてじゃなく、一人の人間として」
「政宗様…」
小十郎は一度目を伏せ
考えて
「では、あの娘の家に行きましょう」
「…家に?余計警戒されるんじゃ…」
「誠実な態度を見せるのが良いと聞きます。いいですか、手を出してはいけませんよ。ただお話をするんです。控え目な態度で」
いつもの政宗の迫りとは違う態度を取れば、あの娘も少しは安心して気を許すのではと小十郎は考えた。
「OK!!小十郎の言う通りやってみるぜ!!」
政宗は素直に小十郎の案を受け入れた。
「…だからって…」
「小十郎、塀が高いぞ。中見えねぇ」
円い月が町を照らす中
政宗と小十郎は、人の家の前をうろうろして不審者になっていた。
「今日じゃなくてもいいでしょう!?もう夜なんですけど!?寝てますって!!」
「小十郎、最初っから希望を捨てちゃいけねぇ」
「どうして無駄に良い事言ってんですか!!」
政宗は小十郎の叫びも気にせず、塀をよじ登り始めた。
「政宗様!!お召し物が…」
「平気だ…ほら登れた!」
ひょいと顔を出して家を覗くと
「起きてる」
「いるんですか?」
「蝋燭の明かりに人影が見える。行ってくる」
「ちょ…」
止める間もなく政宗の姿が見えなくなった。
庭に着地して
なるべく音を立てずに近付いて
「…」
影が動かない。
障子を開けると
「……」
が机に突っ伏して寝ていた。
「…火ィ消さねぇと危ないだろうが…」
残念な気持ちになりながら蝋燭を消して
の背に布団をかけてあげた。
そして去ろうとすると
「…誰?」
「!!」
起こしてしまった。
「私寝て…ごめんなさい…」
「…い、いや、勝手に入ってすまねえ」
すぐ立ち去ればいいのに、もう少し話したい気持ちが政宗を引き止めていた。
「…え?あなた…誰?」
政宗がゆっくり振り向くと
「!!!わ、若様!!」
「もう若じゃねぇ。殿だ」
「あ、すいません、つい…」
つい?
小さい頃の印象が強いのか?
「…いっつも追いかけて悪かったな」
「…あ、いえ、私…逃げて…」
が背を正した。
「少し、話をしてもいいか?」
「は、はい」
…やっぱり昼間は
追いかけるのが悪かったんだな…!!
「思い出にこだわってウゼェと思うかもしれねぇが、…あんたが気になって仕方ねぇ」
「…あ、あの」
やはりは困惑している。
「…判った。はっきり言え。そのほうが諦めがつく。」
政宗がどかりと胡座をかき、と視線の高さを合わせた。
「あきらめ…?」
「俺の事なんか何とも思ってねぇと言え」
「あのう」
「なんだ」
「最近お店の売り上げがよくなくて」
「……」
何の話だ。
「…俺に援助して欲しいってか?えぇ?なかなか肝の据わった奴だな」
「いえ!!そんな!!違います!!あの、出前のようなことも始める事にしたんです」
「出前…」
「うちの品、頼んでいただければお届けします。あの、もし、よかったら」
それは
「いつでも会いたい時に呼んでいいってことか…?」
「あ、あの…もし、お互いの事知り合えるきっかけになったらって…」
「困ってるように見えたのは、俺が殿だからか?」
「…だって…殿って…あのお城に…どんな生活してるのか想像もつかない…」
政宗の顔がみるみる笑顔に変わっていった。
「判った!!城に呼んでやる!!絶対お前来いよ!!」
「はい…!!だ、だから町でもう追いかけないでくださいね…!!」
「ああ!!約束だからな!!」
「じゃあこれ…」
は先ほどまで突っ伏していた机の上から紙を取り出した。
「ちらしです」
「ありがとな!!」
素直に笑う政宗に、も笑顔になった。
政宗の背を見送った後、はぼーっと空を見つめた。
「政宗様、笑顔変わってない…」
昔の事を思い出す。
あの日この店で
政宗様が優しい顔で話しかけて下さって
私は笑顔になれて
「本当は」
気になってるのは私のほうで
「覚えててくれるのが嬉しくて」
追いかけられるのは本当に怖かったけど
「…が、頑張ろうかな…政宗様に気に入られたい…」
口に出すと一気に顔が赤くなって
「…寝よ!!」
布団を勢いよく被った。
「政宗様!!遅かったではありませんか…!!」
「話し込んじゃったぜ!!」
政宗は笑顔で塀から飛び降りた。
「如何でしたか…?」
「今度城に呼ぶって約束をした!!」
政宗の顔は緩みっぱなしだ。
「楽しみだ!!何聞こうかね…趣味だろ?家族の事だろ?好きな食い物…はは!!何でも良いや!!とにかく会えるんだ!!みろこのちらし!!」
小十郎は政宗からちらしを受け取り、眼を通すと
「…政宗様…騙されてませんよね…?」
「騙されてねえ!!明日早速頼む!!」
政宗は軽い足取りで城への道を歩いた。
小十郎は少し不安になりながら政宗の後ろを早足で歩いた。
次の日
あまりの量の甘味を注文されて
へとへとになりながら城に運んできて、材料がこの注文だけで無くなりましたよどうしましょうと小十郎に相談するを見て
ああ、政宗様は騙されてなどといなかったなと安堵するどこかずれた小十郎がいました。