畑を耕し終えた小十郎は岩に座って汗を拭いて一休みしていた。

「ふう……ん?」

急に馬の蹄の音がしてそちらを振り向けば、見知った体格の人物がマントを被って明らかに怪しい恰好をして移動していた。

様!」

小十郎が名を呼ぶと、ビクリと肩を震わせて一度止まった。

「供も無しにどちらへ向かわれるのです?政宗様にはお伝えしましたか?」
「お、お、お、お兄ちゃんには、い、い、言いました。お、おふこーす、です。」

明らかに言っていないだろう困惑しきった声で、嘘が下手すぎる我が主君の妹君に深くため息をつく。

「行動力は政宗様と同じくらいなのが危なっかしい。どちらへ向かわれるか、せめてこの小十郎には申して下さいませ。」
「散歩、散歩です。」
「二度同じ言葉を並べるのは、様の嘘ついたときのくせですね。」
「小十郎は、賢いですね…いつも我ら兄妹をしっかりと見ていて下さって嬉しい限りです。」
「話を逸らそうとしてもダメですよ。」

話を逸らそうとしたわけでは無かったが、小十郎にそう言われると黙るしかなかった。

「…元親殿から近くに来たとの文が届きましたので会いに行きたいのです。」
「長曾我部ですか。なぜこっそりと…」
「お兄ちゃんが一緒だと戦い…というか喧嘩が始まってしまいます。私、元親殿と探検というものをしてみたいのです。」
「それだけの為に…家臣の心中も察して頂きたいのですが…。すぐに行ってこれる距離なのですか?」
「そう、おっしゃっていました。…あ…」

が小十郎から視線を外し、前方を見ると嬉しそうに微笑む。
小十郎もそれを追うと、馬に乗った元親がこちらへ向かってくる。

「お、よお!!、と、竜の右目!!」
「元親殿、どうして…」
「あ?姫さん一人で来る気だったんだろ?何かあったら大変だろうが。」
「何かあったら大変だと思ってるならなぜ探検など…」

馬から勢いよく降りた元親は、呆れる小十郎の肩をポンと叩く。

「そいつは違ェ。冒険てのはたっくさんの宝を得られる。危険でも価値が違うんだよ。」
「…少し様と話をさせろ。」
「おうよ。」

小十郎はに近づいて、小さい声で話し掛ける。

「小十郎。反対意見は私、聞き入れません!!」
「…変装は…まあ髪を下しているだけでも様は随分雰囲気が違いますからいいですね。人がいる場では羽織で顎元を隠してくださいませ。」
「!!」

驚いた顔で小十郎を見ると、穏やかに笑っていた。

「後の事は俺に任せて、無事帰ってきてくださいませ。…但し、時期が時期です。」

送り出す言葉には感謝の念を持つが、続けられた言葉に戸惑う。

「あらぬ噂が立たぬよう、怪我などせぬよう、お気を付け下さい。」
「…はい。」

はゆっくり頷いた。
そしてまっすぐ元親を見て、行きましょう、と声を掛けた。

二人の背を見つめながら、政宗に似た強い眼光に僅かに影をみせるを想って心が痛む。

「政宗様の前で嘘をつくのは得意なのですか…。この小十郎、それは気が付きませんでした。」

嫁ぎ先が決まった時、あの方の所ならば私は嬉しいと、有難うお兄ちゃん、と笑顔を見せたを思い出す。













山道をある程度登ると、馬を下りて徒歩で進んだ。
どこに行くのですか?と尋ねればさあな?と返された。
不安な顔をしたを見ると、あんたらの領地じゃねえか、と笑って手を掴んで引いてくれる。

「領地でも、知らない場所はございます…。」
「まあ、そうだろうなあ。ほら、。」

元親が植物の実を取って、に差し出した。
赤く熟れていて、美味しそう、と思う。
自分の分を取って口に運ぶ元親を見て、も食べる。

「うん、甘いな。」
「私のはちょっとすっぱくて…でもおいしい…。子供の頃…食べました。」

小さい頃、政宗と一緒に食べた実もこれだったか、と懐かしく思う。
あの時は政宗が差し出してくるものなんでも口入れていた。
どんぐりを食べたとき、政宗が慌てての口に指を突っ込んだのは少しの期間、トラウマになった。

「いいな、兄妹仲がいいってのは。」
「最近はさすがに一緒の時間は減ってきましたが…でも、いつも気にかけてくれるんです。」
「あんたに何かあったら俺は本気で殺されるかもなあ。」
「では遺書を書いておきましょうか。私に何かあっても元親殿を責めないで下さい、と。」
「縁起でもねえこと言うなよ。大丈夫だ、守るから。」

不謹慎だと怒られるかもしれないと思ったが、元親の手を握る力が強くなる。

は頬を赤らめて黙り込んだ。

「お…」

元親が何か発見したようで、上を見上げる。

「良い予感がすんぞ。」
「ほんと?」

手を繋いだまま歩行速度が速くなり、も軽く走ってそれについていく。

「見ろ。」
「わ…!!」

小さく開けた場所があった。
そこは辺り一面が蔦に覆われて美しい緑色の景色が広がっていた。

「元親殿、こんなところを知っていたのですか?」
「いんや?偶然。」
「凄い…経験がある方は事前情報が無くとも勘で見つけ出すことが可能なのですね。」
「そんな大層な経験はねえよ。そうだな…すげえもんを見つけてェって気持ちの方だろな。」
「気持ち…」
「座るか?」

柔らかい蔦の上を少し歩くと、元親が座った。
も隣に座り、蔦を指に絡ませたり葉を弄ったりして感触を楽しむ。

「あのね、この前お兄ちゃんの所に南蛮の方がいらっしゃって、洋の庭園の絵を見せて頂いたのですが、煉瓦に蔦をたらして見事な…」
「……。」

愛おしそうに呼ぶ声に、は下を向く。

「…ええと、その、それで…」
「会いたかったぜ。」

大きな手がの髪を優しく撫でる。

「…元親殿…。」
「呼び捨てしてくれねえのかよ?」
「!!」

距離を置くにもどかしさを感じて腕を掴んで無理やり引き寄せる。

「あ…」
「元気がねえな。なんか悩み事か?」
「わ、わあ!!」

髪に口づけを落とされ、心臓が高鳴る。

「……!!」
元親に寄りかかってしまうと、どうしようもない安心感がある。

特に愛の言葉など言い合ったわけでは無い。

自然と互いに近づいた。

信頼するようになって、支えあうようになった。

少しずつ、触れ合うようになった。

いつからか、一緒に居る時の空気が変わってきた。

まだ、それだけだ。

「相談しろよ。最近の文だってなんか落ち込んでるみたいだったじゃねえか。」
「そんなこと…」
「じゃあ、何もないのか?いつも連れ出そうとすると家臣の皆に心配かけるからって城か船で…」

二人きりになれやしねえ、と呟く元親は、どこかふてくされた子供の様に見えた。

「……。」
が瞼を伏せ、手を握り、静かに深呼吸した。

「お兄ちゃんが頑張ってるの。伊達家の為に、私も、頑張ろうと思って。」
「おう…」
「…今度、お嫁に行くんだ!!」

そう言って元親の顔を見上げたは笑っていた。
とても嬉しそうに笑っていた。

覚悟を決めたときの嘘は、はとても上手かった。

「…どこにだ?」

元親も表情一つ変えなかった。

「まだ教えられないんだ。今度正式に結納を交わして…」
「そうなのか。」

きっと、分かってくれると思った。
自分が元親を好きなことも、その気持ちを押し殺して別な人のところへ行く自分の選択も、きっと分かってくれる。

「お前なら、きっとどこでもやっていける。誰が相手でもうまくいくさ。」
「おだてるのが上手だなあ…元親は…」

今日で、元親との関係は変わる。
小十郎もの気持ちを察して送り出してくれたのだと思った。

「……。」
「!!」

しかし元親は、を離すどころか抱きしめる。
きつくきつく、抱きしめる。

「もと、ちか…!?」
「だから、俺のとこにしろよ。」
「え…!?」
「俺のとこに、嫁に来い。」

そのような言葉をかけられることを全く期待していなかったわけでは無かった。
だがこんなにも嬉しさや戸惑いや、政宗に対する申し訳なさの混じった複雑な気持ちになるとは思わなかった。

「お兄ちゃんが…私の為に懸命に考えてくれた相手だから」
「お前が決めた相手じゃねェだろ。」
「お家のためにって、思いたいから…」
「…お前はどこに嫁ぎたいんだ?」
「それは…」

言葉に詰まってしまう。
答えはすでに決まってしまっている。

…」
「…元親は、私がお嫁さんになったら喜んでくれるの…?」
「当たり前だ。」
「………。」

元親を抱きしめ返すと、元親はニイ、と口の端をつり上げて笑った。

「決まりだな。」
「!!え!?」

そしてをひょいと担ぎ上げ、立ち上がる。

「お前のお兄ちゃんに挨拶に行かねえと。」
「えっえっ…あ、待ってください元親…まず私からお兄ちゃんにお話しし…」
「何て言うかねえ…てめえの大事な妹さんは俺が貰い受けることになった、でいいか?」
「も、元親…!?それ喧嘩売ってませんか…!?」
「そんなことねえだろう。」

怒る政宗の表情を想像し、は不安になる。

「穏便に…!!」
「分かった、穏便に海賊の流儀ってやつで奪ってくわ。」
「それ穏便じゃないですー!!!」

















政宗は小十郎の言葉を聞いても黙々と書類に目を通していた。

「あいつが特に相手決めねえなら、戦嫌いのとこに嫁に行かせた方が安心だと思っただけだ。」
「はあ…それで姉小路のもとへ…」
「薄々気づいてはいたが、やっぱ元親か。」
「は…気づかれておいでで…この小十郎、政宗様は嘘のように色ごとに鈍い故、驚いてひっくり返るかと思っておりました。」

政宗は静かに小十郎に向かって文鎮を投げたが、小十郎は華麗に首を傾げてかわした。

「どうするおつもりで。」
「元親もが好きなら、俺は拒否しねえ。だが、あれはやらせてもらう。頑固おやじみてえな。お前、を幸せに出来るのか!!ってやつな。」
「なるほど、では小十郎は後方に控え殺気を放ちましょう。楽しみですね。」

ふと、何かが部屋に向かってくる気配がして、双竜は庭に視線を向けた。

「よお!!!お二人さん!!!!随分平和そうだなあ!!!!」
「うわあああああ!!お兄ちゃん…小十郎…!!!」

元親が弩弓で突撃してきた。

は!!俺の嫁にする!!というわけだ!!じゃあな!!」
「え、も、元親…それだけ…!?」

それだけ言い残し、再び弩弓で去っていく。

「「……………。」」

何も言えなかった。

「小十郎。」
「はい。」
「出来なかった。」
「瀬戸内に乗り込みましょうか。」
「…おうよ…」

政宗の体から、ピリピリと電撃が漏れ始める。

「俺の大事な妹…攫うような真似しやがって…!!!」

「…今回ばかりは小十郎も、政宗様の怒りにお付き合いいたしましょうか。」

飄々としていたが、やはり妹を嫁に出すことに寂しさは感じていたようだ。

を泣かせるようなことがあったら…連れ戻す…。」








元親とは楽しそうに船を目指す。

「このまま新婚旅行だな!!」
「し、しんこん、りょこうとは?」
「はは!!まあ気にすんな!!俺、子供はたくさん欲しいんだよなぁ!!」
「が、頑張り…ます…。」















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「ヒロインは政宗の妹で、元親にさらわれるような内容」ということでリク頂きました!!
ありがとうございましたー!!
政宗お兄ちゃん!!お兄様でなくお兄ちゃんにしたのは趣味ですデヘエ!!
甘くなくて!!すみません土下座!!