は味噌汁を作っていた。
少し味見をして、うん、と小さく呟き、火を消した。
そして居間に行き、机を拭いた後、朝餉を並べていく。
「!!」
庭先から砂利を踏む音がし、は玄関に駆け寄った。
「、居るか?」
声が掛けられるとほぼ同時に、戸を開く。
「居るよ、どうしたの、小十郎。お城勤めで忙しいんでしょう?」
「…よお、少し、久しぶりだな。これは姉からだ。」
風呂敷を受け取ると、小十郎を中に促した。
貰ったものの中を確認すると、美味しそうな漬物が入っている。
「飯、これからか。邪魔したな。」
「ううん。良かったら小十郎も食べてく?」
「…の手料理か…久しぶりだな。迷惑じゃなければ頼む。」
「いつも作りすぎちゃう癖があってね。」
は食器を取り出し、二人分の用意をする。
先にお茶をだし、あまりにメニューが質素だったので、魚を2匹追加して焼くことにした。
居間と台所はそれほど離れておらず、通常の声量で会話はできる。
「梵天丸様はお元気?」
「もう梵天丸様じゃないんだ。元服して、政宗様、になった。」
「そうなの…。」
魚の焼けた良い香りがしてくると、はご飯と味噌汁、だし巻き卵と頂いた漬物を運んできた。
「美味そうだな。」
「ええ?何言ってるの?もう私の料理の味忘れたの?」
「…まあ…そんなに忘れてねえ。」
と小十郎は幼馴染であり、兄妹のように育ってきた。
小十郎が梵天丸の世話役になった頃に流行病で両親を亡くしたを心配し、自身が忙しいながらも暇を見つけては尋ねるようになっていた。
最も、は一人でやっていけると言い、実際生活できているのだが、女一人というのはやはり気がかりであった。
「…、俺の伴侶にならねえか。」
そしてその小十郎の言葉に、は笑顔で答える。
「だめ。小十郎は私に同情してるの。小十郎にはそのうちすっごく素敵な人が現れるから、それまでとっておきなさい。簡単に言うんじゃないの。」
そう言われてしまうと強く出れない小十郎は、ふう、とため息をついてまたお茶をすする。
「…。」
「今度は何?」
焼き魚に大根おろしを添えたものを運び、は小十郎の隣に座る。
「政宗様もお前のことを気にかけていたぞ。」
「え?」
「梵天丸様が片目を失って間もない頃、姉を訪ねた時に遊んでくれただろう。それを政宗様はしっかり覚えていてな。」
「私も覚えているけど…。」
「あんな良い女が一人暮らしで顔なじみの店の手伝いだなんてもったいねえ。女中として雇いたい、と言っていた。」
その言葉を聞き、は口に運ぼうとした魚の白身をぼとりと落とした。
「も…もったいねえ?あの可愛らしかった坊ちゃんが…」
「…くれぐれも本人の前で“坊ちゃん”などと呼ばぬように…」
「とりあえず大きくなったのは分かったわ。」
「どうだ?」
真面目な顔を崩し、にこりと小十郎が笑う。
「そろそろこの生活に飽きてもいいだろう。確かにお前はもったいない。」
「ううーん…」
「俺の剣の相手もしてほしい。」
その言葉を聞き、は嬉しそうに笑ってしまった。
こくりと、頷いた。
「と申します。」
「久しぶりだなあ!!俺と遊んだこと、覚えてるよな?」
「ええ、もちろんです。政宗様。」
政宗は人払いをし、小十郎とを呼んだ。
と会ったときは目に包帯を巻いていたが、今は眼帯をして随分雰囲気も変わって見える。
かたっ苦しいことは無しだ!!と、政宗は嬉しそうに笑う。
「困ったことがあったらなんでも言ってくれ。の話は小十郎から色々聞いててな!!」
「政宗様…」
「小十郎…様、がなんとおっしゃってます?」
「はは、黙っていたら良い女、だとな!!」
「あら…」
はちらりと小十郎を見る。
何度も伴侶になれと言っておきながら、外ではそんな風に言っているとは。
「まあ、小十郎も黙っていたら良い男ですので、似たもの同士ということでしょうか。」
「何言ってやがる!!」
「口を開けば政宗様か野菜の話しかしないじゃない。」
「そ…そうだったか…?」
たじろぐ小十郎を見て、また政宗は笑った。
「楽しくなりそうだなあ、小十郎!!の部屋を案内してやりな!!」
「はあ…」
と顔を合わせる機会が増え、今までのように心配しなくていいのは安心だが、政宗に弱みを握られたような感覚になり、ため息をついた。
日が落ちて、夜になる。
女中としての仕事初日を無事に終え、部屋で髪の手入れを行っていた。
部屋の前を、一人分の足音が通る。
は立ち上がった。
小十郎は畑を見回り、異常がないか確認を終えた。
「小十郎。」
「随分薄着だな。羽織一枚か。」
「中に着込んでるのでご心配なく。」
は小十郎に声をかけながら近づく。
「こういう場所じゃないと無理かしらね。」
「ああ。そうだな。」
と小十郎が見つめあう。
じりっと、小十郎が一歩踏み出し、に向かって抜刀する。
も忍刀を抜き、小十郎の攻撃を受ける。
「腕は衰えてねえな。」
「ちょっと腕が痛かったかな。」
小十郎は一度引いた後、さらに一歩踏み込んで今度は上段の構えから振り下ろす。
寸でのところでかわして、は喉元めがけて突きで襲いかかる。
首を反らし身を反転させて避けるとがすぐ引いて距離を取った。
乱れた服を直そうと、が一瞬気を抜いたのを見逃さずに、小十郎は一気に距離を詰め、柄頭での頭を殴打する。
倒れたに馬乗りになり首元に刀を当てようとしたが、それよりも早く、が忍刀を小十郎の首元に当てた。
「上手い倒れ方だな。気を失ったかとも思った。」
「こういうところで技術見せないと、女性は負けちゃうからね。」
小十郎は立ち上がり、に手を差し伸べた。
その手を取って立ち上がると、小十郎はの土の付いた背中をポンポンと払い、汚れを落としてくれた。
「ありがとう、小十郎。」
「いや…、倒したのは俺だ。しかし安心した。」
最後に髪に付いた汚れも落とす。
途中から、手つきが頭を撫でるような優しいものになる。
「城内で、不穏な空気もあるものね。」
「ああ…まだ奥州平定もなってねえんだ。政宗様に敵も多い。」
「小十郎が居ないときは、私が政宗様を守ります。」
それが目的でしょ?と笑顔で問うに、苦笑いする。
「すまんな。利用してるみたいでな。」
「いいよ。利用して。政宗様は良き領主だと思うわ。お守りしたい。」
「ありがとう。しかしまあ…俺の伴侶になるという道もあったのにお前…本当は最初から分かってたんだろう?」
「そろそろ、何か活動したいなあって思ってたのよ。こっちで。」
忍刀をひょいと持ち上げる。
「気をつけろよ。間違えるんじゃねえぞ…。」
「ええ。気を付けます。政宗様に私の素性は…」
「あえて明かさなくてもいいだろう。には政宗様も気を許してらっしゃるようだしな。ばれても構わねえが、他の部下には内密に。」
「政宗様に好かれるよう努める?」
「それはいいだろう。普通に接してくれればいい。」
「かしこまりました、と。たまには私と今日みたいに相手してね。」
「今日みたいに…ねえ…」
小十郎としてはもう少し男女の関係に行きたいのだが、今朝断られたばかりなので言葉を切る。
静かに頷き、と共に城へと戻った。
翌日、は政宗に頼まれた衣類を運んだ。
部屋に伺うと、政宗は静かに政務を行っていた。
「政宗さま、お持ちしましたが、これはどちらに…」
「おー、その辺においときゃいいぞー」
「その辺…でございますか?」
困惑してしまったが、これから着るかもしれないし仕舞うものかもしれないしで悩み、結果箪笥の近くに置いておくことにした。
「では失礼しま…」
「待った。、お前さん、小十郎のプロポーズを何度も断ってるんだってェ?」
「ぷろ…?」
「求婚だ。求婚。」
「ああ…ええ。」
政宗が筆を置いて、を見つめる。
「幼馴染ってえと色々あるかもしれねえが、その、俺が言うのもなんだが、もしが小十郎の嫁になってくれたら…結構安心するんだが」
「腹心の部下である小十郎の奥方に推してくださるとは、ありがとうございます。しかし…そういうわけにも…」
「そうか。まあ、俺はいまいち女心ってやつは分からねえから…」
「女心といいますか…」
は政宗を潤んだ瞳で見つめる。
そしてすり寄ってくるので、政宗は少々困惑した顔をする。
「お許しください…政宗様…」
「…?」
が腕を回してくる…と思ったら、手首を軽く振る。
天井にクナイが数本突き刺さり、くぐもった声がした。
「…失礼いたしました。政宗様。」
「そーいう訳かい。歩き方も何もかも普通だったから知らなかったぜ。」
自身もこんなに早くばれるとは思っていなかったが、外部から忍に侵入されているとは予想外だった。
「優れた忍のように思えましたので、早急に始末すべきと判断いたしました。泳がせた方が宜しかったでしょうか?」
「いや、始末してくれて結構だ。わりいな。」
「私は陰から、政宗様を支えたいと思います。」
にこりと優しく笑い、は部屋を後にした。
「…はは、俺は、恵まれてるねえ…。」
これから黒脛巾組を創設しようと考えていたが、を頭にしようということは考えられなかった。
「部下にも、黒脛巾組にも属しない俺と小十郎しか知らない影の存在…いいねえ。」
そして小十郎もそう考えて連れてきたのだろうと思う。
「…でもなあ…」
それ以上に、忍と知っても尚、は“姉のような存在”に思えた。
一人ぼっちで泣いていた自分を、片目を無くしてから初めて抱き上げて、あやしてくれた女性だった。
立ち上がって、廊下に出た。
「!!」
背中に声を掛けると、すぐに振り向く。
「あんたは最終兵器だ。だから…」
「女中ですよ!!」
は政宗の言葉に元気に応えた。
「小十郎の幼馴染で、政宗様の女中で…政宗様をお支えします。」
「ああ…」
「いつでも、なんでも、お申し付けくださいね!!」
あくまで自分は、表向きには戦力外、という態度だ。
政宗は自分が安心するのを感じた。
「俺を見る目が…あのころから全然変わってねえぜ…」
「政宗様?どうされました?」
「小十郎、ちいと始末頼みたいんだが…」
たまたま通りかかった小十郎だったが、政宗に促されて部屋に入ると、天井にクナイが刺さっているので驚いた。
「あー…その……ですか…」
「おう。良い腕してやがんな。」
「はあ…まあ、俺でさえ敵わないときが御座いますので…」
「でも、お前の幼馴染で、俺の、姉のような存在だ。」
満足そうにそう言う政宗に視線を送る。
「政宗様?」
「表向きは女中を一人雇っただけなのに…こうも安心するとはな。」
そして政宗は座り、政務の続きを始める。
「お前らは俺を守ろうとか思ってるのかもしれねえが…」
「政宗様…言わなかったことは謝罪致しますが…」
「俺は、お前らを守るつもりでいるからな?」
政宗がにやりと笑うので、小十郎は一瞬何のことか目を丸くしたが、すぐに笑みを浮かべた。
「俺は政宗様もも守るつもりですから。」
「は多分俺と小十郎守る〜とか考えてそうだな。何だ何だ、三角関係で全員両想いなんて聞いたことねえな。」
家督相続など立て込んでいた最近だったが、小十郎は久しぶりに政宗の心からの笑顔を見た気がした。
「…そうですね…。」
「安心しろよ、小十郎。俺はとのこと、応援するから。のことは好きだがそういうことじゃねえ。横取りはしねえ。」
「……振られてばかりなんですがねえ…」
弱気な小十郎を初めて見た政宗は、意地の悪い笑みを浮かべた。
そして部屋から駆け出して、の部屋に向かって走って行った。
おかしなことを吹き込みそうで、小十郎は慌てて追うのだが、これが今後のあたりまえになってしまうかもしれないと思うと政宗の思い通り動くのは危険かとも考える。
しかし楽しそうな政宗の期待を裏切ることは出来なかった。
二人での部屋に侵入し、の耳元で何か言おうとする政宗を必死に引っ張り止める。
その光景を見て、は面白そうに笑っていた。
(救われたのは、政宗様だけじゃないんですよ)
小十郎は、心の中だけで思う。
(両親を亡くして沈んでいたところに梵天丸様と出会い、その姿に励まされ、は元気を取り戻したんですよ。)
やっと揃った、という思いがあった。
こうしているのが当たり前のように感じられた。
(何年も前から、お二人は両想いですよ…全く。)
少々嫉妬にも似た気持ちがあったが、この関係が心地よかった。
ずっと続いていけばいいと、小十郎は切に願っていた。
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ヒロインとこじゅは幼馴染設定で。政宗さまを守ってる感じの、ほのぼのとリク頂きました!!
ありがとうございます!!
オチ無くね!?
小十郎ヒロインに好意寄せてるくだりいらなくね!?などと思いながらその、愛され夢要素として残しておきまする!!え そうでもないです?