と幸村は、縁側で茶を飲みながら話をしていた。

「ひどいんだよ―?不器用とか下手くそとか言いたい放題で!!」
「はぁ、政宗殿ももう少し優しい言葉をかけて下さってもいいだろうに」
「政宗さんが優しい言葉!?いや、結構だ!!」
「何で某に愚痴を言いに来たでござるか!?」

はえへへと頭を掻いた。

幸村は口をヘの字に曲げながらも、そんな仕草が可愛いと思った。

「私、髪結うの本当に下手なの。上手くなって政宗さんに褒めてもらいたい。」
「…というと」
「あらこんなところに長い髪が」

は幸村の後ろ髪をむんずと掴んだ。


…練習台になれと…


「慶次も長いけど、幸村さんのほうがやりやすそう」
「…というか、そもそも何故髪の話に?」
「あぁ」


小十郎さんを如何にかわいく変身させられるか、政宗さんと対決してさぁ

片倉殿―!!!


「小十郎さん、髪乱したくないって暴れだすし、髪短いのも相俟っておかしなことに」
「…練習の前にいろいろと問題のある対決でしたな…」

は懐から巾着を出し、中身を一つずつ取り出して廊下に並べた。

「いろいろ持って来たんだ!!」
「はぁ…」

櫛や簪や整髪料などが出てきて、幸村に見せてくれた。

「どれも可愛らしい」
「政宗さんチョイス!!」
「ちょ…?」
「政宗さんが買ってくれた」
「……」
「おっと、その整髪料は私のですぜ!!」

幸村は小さい椿の装飾がついた簪を手に取った。

…確かに似合いそうだ。
政宗殿は、に似合うものをご存じなのか…

なんだか悔しい。


「む?」

が幸村の結んでいた髪をほどき、櫛で梳し始めた。

「幸村さん、髪サラサラ」
のほうが、綺麗でござる…」
「あはは!!枝毛すごいよ〜?私!!」
「えだげ?」
「あぁぁ気にしないで!!はいはい、幸村さんは何が似合うかな〜…」

幸村の髪を捩じったりアップにしたりしながらうーんうーんと悩んでいた。

「ん―」
「悩まず、好きにしてくれて構わぬ」
「ありがとう、幸村さん」

は手始めに三つ編みを始めた。

終わると幸村の前方に回って、真正面からじっと見て
「うわぁ可愛い…」

目を輝かせていた。

「…か、鏡…」

幸村がきょろきょろしたが

「はい次!!」
「早い!!」

はお構いなしだ。

「ハーフアップ!!」
「は、はあふ…?」
「んんん…やっぱ全部上げちゃったほうがいいかな…」
「そ、某、いったいどのような状態に…!!」
「可愛いよ、旦那」

とんっ!!と佐助が屋根から降り立った。

「佐助」
「片倉さんって人選だよ、問題は。器用じゃん」
「聞いてたんだ、佐助」
「日向ぼっこしてたら聞こえてきたのー」

佐助が幸村の隣に座った。

「幸村さんの髪が柔らかくてさー、いじり易いんだよね…」
「あ、判る判る。まあ、旦那の手入れやってるのは俺様だけど」
「…羨ましいよ…。私にもケアしてくだされ」


が突然立ち上がった。

?」
「厠に行ってくる!!」
「え!?某このまま放置!?」
「佐助がいるから大丈夫だよ!!幸村さん!!」


が行ってしまうと、幸村は大きくため息を吐いた。

「なに、旦那。落ち込まなくてもいいよ。似合ってるって。」
「そうではござらぬ〜。」

幸村は目を細めて非常に鬱な顔をしていた。

「あれえ?旦那、そんなに疲れちゃったの?の事大好きなくせに」
「佐助…そうでもござらぬ」

佐助は、幸村ならそんなんじゃないでござる!!!と佐助の発言を撤回させるかと思ったが、予想外に幸村は冷静にしていた。

「…の口から、政宗殿の名前が出てこないときは無いなあ…」

「……」

嫉妬疲れ?

「…あ、あのねえ、旦那。だったら逆に、は奥州に帰ったら、竜の旦那に真田の旦那の話題をめちゃくちゃ喋ると思うよ?」
「ま、政宗殿なら、その、俺の前で他の男の話するな、とか、に普通に言えるだろう…?」

え、何旦那、そんな台詞をに言いたいんですか


佐助は、今の幸村は末期だと思った。
せめて、政宗殿に某がこのような髪型をしたという事がばれてしまうのか!?とか、そういう事気にして欲しかった。

「ん〜…」

とりあえずが厠から戻る前に、目の前の上司を元気付けねば。

「髪、すごい褒められてたね」
「む?うむ。の髪の方が綺麗だと思うのだがな…」
「…あげたら喜ぶんじゃないの?」
「佐助!?」

幸村は一瞬、ハゲになった自分を想像してしまった。

「お待たせしました〜」
「おー、
っ…」

はまた幸村の背後に回り、髪を解き始めた。

幸村はそれよりも佐助がにやにやしてるのが気になった。

…い、いくらの為にでも、某はハゲるのは…

……あ

考えすぎた。

「次はどうしよっかなあ…佐助みたいにしてみる?」
「え〜?俺様?旦那は似合わないでしょー?」
、待って下さらぬか?」
「ん?」

幸村の髪から手を離すと、はにこにこしたまま正座していた。

「ええと、ええと…」

ごそごそと幸村が懐を探って取り出したのは

「おお、これはちょうどいい」

お守りが出てきた。

「…お守り?」
「佐助」
「りょーかい」

佐助が幸村の後ろ髪を一束とって

ざく

「…え!?」

毛先をクナイでわずかに切った。

佐助はそのまま一本たりとも落とさぬよう気をつけながら、どこから出したのか小さな紙で包み、幸村の目前に差し出した。

それを受け取った幸村は、お守りの中にそれを丁寧に入れ、

「受け取ってくださらぬか?」

に。

「え、え?」

は突然の事に少々慌てていた。

髪を、

自分の一部を贈ることの意味を、は咄嗟に理解する事が出来なかった。


「あ、あの、ええと、い…いいの?」
「もらって欲しい」

は恐る恐る、幸村の手からお守りを受け取った。

「あ、ありがとうございます…」
「構わぬ」

なぜだか恥ずかしくなって佐助に視線を向けると、佐助はに向けて口をぱくぱくさせていた。

「…え、何…あ、あ、わ、私も、渡した方がいいのかな?」
「無理強いはせぬ。それでは意味が無いので」
「む、無理じゃないし!!すっごいダメージあるけどいいのかな!?ええい!!佐助!!切ってくれ!!」
、男らっしーい」
「切りすぎないでよ!?」
「はいはい」

が佐助に背を向けると、さくっと優しく、切ったと判らないよう丁寧に佐助はの髪を切った。

また同様に、佐助は切った髪を白い紙に包んでくれた。

「そ、そんで…」

お守りは持ってないし、簪を入れていた巾着は大きすぎるし

「入れ物は某が見繕うでござる」
「ご、ごめんね〜!!」
「突然すぎた某も悪いから気になさるな」
「い、いえ…あの、」

これって、何かの儀式?と聞きたかったが、幸村の優しい微笑みを見たら、なぜだか聞けなかった。

…帰ったら、政宗さんに聞こうかな、と、は危険な事を考えていた。







が帰ったあと、幸村は冷静に自分がしたことを思い出し、自室で赤くなった顔を両手で隠しながら悶えていた。

「旦那、やっと旦那らしくなっちゃってまあ」
「さ、さすけえ〜…!!い、頂いてしまった…!!の髪…!!某、大切にするでござるー!!床の間にも、戦場にも持っていきたい…!!あ、ああ、でも、失くしてしまったら大変でござるな…」
「………」
佐助は正直に、ちょっとキモいと思った。

「お守りに入れて持ち歩くのはやめなよ?」
「む?なぜ…」
「風来坊とかぶるから」
「…確かに!!他のものに入れるでござる!!」

幸村は勢いよく首を動かし、なにか変わりになる物は無いかと探し始めた。

「あー、そう言っちゃうとあれだな…。があのお守り持ち歩いてたらさー、もし風来坊と会っちゃったら、俺とおそろい〜とか言われちゃうね。別なモンにした方が良くない?俺今から奥州行って、に」
「その心配は要らぬ」

佐助の言葉を遮って、幸村はにんまり笑った。

「自分とお揃いなどと勘違いして喜んだものは、実は某の想いの詰まったもの…見事な空回りではないか」

……ひゃっほー、旦那黒ーい

佐助は眩暈を覚えた。

「あ、ああ、でも、竜の旦那が黙ってないって…!!にこっそり持ってるように」
「佐助、某がその事を考えなかったと思っているのか?」
「…え?」

あ、あれー?
旦那、何か考えが…

…旦那?

「そういえば、あれ、なんのお守り…」
「雷のお守りでござる」

即答。

の事だ…口でも政宗殿に勝てるようになろう…」

そんな副作用は無い。

………………………はず。


佐助はその夜、奥州の方向に向かい、両手を合わせた。