「政宗様?政宗様?どこにいらっしゃるか?」
小十郎は政宗を探していた。
急ぎの用は無かったのだが、姿が見えないため不安になった。
「…またを連れ出して何処かに行ったのでは…」
その姿が容易に想像できて、自然とため息が出た。
「片倉殿。殿を探してんの?」
「成実様」
通り掛かった部屋の障子が開き、煙草を咥えた成実が顔を出した。
「姿が見えないのですが…」
「何か用事?」
「いえ」
「じゃあ別に良いじゃん?」
成実がにっこり笑って、小十郎の腕を掴んで部屋の中に引っ張った。
「成実様?」
「茶でも一緒に飲まない?」
「い、いえ俺は」
「政宗様の馬はちゃんと居たぞ。城のどこかには居るだろう」
「あ、綱元殿」
「義兄上…」
振り返ると庭に綱元が立って居た。
にっと笑うと、縁側に腰を掛け、俺にも茶をくれ、と一言。
顎で促されて、仕方無く小十郎も綱元の隣に座った。
成実は嬉しそうに、廊下に座り込んで、部屋に居た女中に二人分の茶を持ってくるよう頼んだ。
「小十郎。お前は少し心配しすぎだな」
「は、はい…」
「でも片倉殿が居ないとウチの軍はやっていけねぇよ〜?綱元殿」
「確かにな」
「……」
小十郎は、褒められているのかと思うと少し恥ずかしくなった。
「しかし、最近は政宗様も落ち着いてきていると思うがな」
「そうですか…?」
「手のかかる子が増えたからなぁ」
空を見上げて笑う綱元に、小十郎と成実は首をかしげた。
「…ですか?」
「ちゃん、手のかかる子?」
「ああ」
小十郎と成実が目を合わせ、再び綱元に視線を向けた。
「まぁ…確かには放っておけない所があるな…危なっかしくて…」
「政宗様にもあの子を守ってやろうという気持ちが生まれているだろう。…忍を友達だと言うしな…」
「ちゃんが生まれた所は、とっても平和な所なんだ。俺たちと考えが違ってたっておかしくないよ」
「平和…ねぇ…」
庭をぼぅっと眺める。
遠くで兵が訓練をしている声が聞こえてきた。
「…平和な場所で生まれた娘を見て、政宗様はどのようなお気持ちを持たれているか…」
「害あることは何もございません。小十郎が補償します」
「…そうかな」
俯いた成実が、小十郎には意外だった。
「…なぜ?」
「俺が初めてちゃんに会った時、…一所懸命だった」
思い出すのは、目の前の人間を助けたいと全身で訴える姿を
「ちゃんは、人の命が尊いものだって知ってるよ」
「成実様…」
「俺、不思議なんだ。なんで戦なんてしないでって、殿に言わないんだろうって。…いつか、そう言って殿に泣き付くんじゃないかって…」
「…」
知らなかった。
成実様が、そんなことを思っていたなんて。
「…小十郎。お前はどうだ?」
「俺は…」
考える
俺の中で、は…
「…俺が、と会った時は…」
俺は、刀を抜いていた。
「警戒しましたね…見たこと無い服装に手荷物で…」
それで
「…簡単に政宗様に捕まって」
すぐ殺せそうで
「…一所懸命、でしたね」
それは成実様と一緒で
「連れて帰ってきて…未来から来ました〜なんて」
今思い出すと笑いたくなる
そんな話を俺は信じなければならなくて
「それで」
小十郎さんは、政宗さんが大好きなんですね、などと
「…片倉殿は、不安になったりしない?」
「もし、戦なんてしないでくれなどと政宗様に言ったら…政宗様はを捨てるかもしれないな」
「小十郎…お前、あの娘にそのことを伝えてるか?」
「いいえ」
「言った方がいいよ…!!ちゃんを捨てるなんて事して欲しくない…!!」
「その必要はございませんよ」
この気持ちは
言葉にするなら
ああ、そうだ
信頼、だ
「政宗様ははそんなことをしないと信じてますよ」
俺も
「でも、ちゃんは優しいよ…?殿が、人を殺して…もし、そんな姿見たらさあ…」
「信じてますよ」
振る刀に、想いが詰まってる事を
「斬る人間にも、斬られる人間にも」
に信頼されたら大変だ
「誇りを持って、その場に立っているんだと」
綺麗事ばかりで
「戦場は、そんな場所じゃない」
「ええ。でも俺は、信じてますよ?はそんなに弱い人間でもない」
「…実際見ても、その気持ちは揺らがぬと?」
「ええ」
成実がぷっと笑った。
「成実様?」
「片倉殿…!!に毒されてるって…!!」
「は…はあ…」
「全くだ」
綱元など呆れ返っている。
「お前の口からそんな綺麗事出てくるとはな」
「……」
綺麗事を言っているのは、で…
「…まあ、いい。政宗様も同じ気持ちでいるならな。…と、それともか…」
「え、ええ…」
「あーあーもう辛気臭い話は無しね!!終わり終わり!!」
ちょうど成実がそう叫んだところで、三人分の茶が運ばれてきた。
「ねーねー!!あのさ!!あっち系はどうなの!?」
「…あっち?」
「殿とちゃんの、恋愛事情!!」
成実は嬉々として小十郎を見つめる。
小十郎はというと
…れんあい…?
………れんあい
………………あ、ああ、恋愛、か
理解するのに時間がかかっていた。
「…ええと…」
最近は
「良いお付き合いしてる!?ねえねえ!!」
…付き合い、というと
政務を付き合わせ
散歩を付き合わせ
おやつを付き合わせ
チャンバラを付き合わせ
「……政宗様の一方的が多いかと…」
「何してんだよ殿はもうー!!!嫌われちゃうぞー!?」
「はは、上手い具合にいけばいいな」
綱元の言葉に、二人は驚いた。
「あれ!?綱元殿…殿とちゃんの事応援してたの!?」
「あまり喜ばしい事ではないが、政宗様があのように楽しそうに日々を送られて…反対するわけにもいかぬだろう」
「…楽しそう…」
「最初は、あの娘が珍しいからかとも思ったが」
お茶を一口飲んで、綱元が少し考えた。
言葉を選んでいるのだろう。
「…人柄、なのだろうな。政宗様を自然と笑顔にさせて」
「そうだね…!!ちゃんが来てから、殿はツッコミとかボケが多くなってさ…!!」
「…成実様…それって喜ばしい事…?」
「俺、見てて楽しいもん!!」
成実は飛び上がって、周囲を見回した。
「なんだか話してたら二人に会いたくなった!!俺も探していい?片倉殿!!」
「あ…」
小十郎の返事を聞かず、成実は政宗の自室に向かってしまった。
「成実様…」
「じゃあ、俺も探すかな」
「義兄上!?」
「俺ももう少しあの娘について知っておいたほうがいい気がしてな」
その言葉に深い意味はないだろうと、綱元の笑顔を見て思った。
「…政宗様と、か…」
小十郎も、立ち上がった。
「そーっとだよ!!政宗さん!!優しく!!」
「俺はいつでも優しい」
「その口閉じろ。」
と政宗は、一本の木によじ登っていた。
「…なにしてらっしゃるんですか?」
小十郎は困惑した表情で、二人を見上げた。
「あ、小十郎さんー」
「小十郎、見ろよ、雛がよ、巣から落ちてた」
政宗は左手に雛を持ち、右手だけ使って木登りをしていた。
雛は政宗の手の中で、ぴよぴよと警戒したように鳴き続けている。
「巣、あれだと思うんだ」
は太い枝に座って、頭上の小さな鳥の巣を指差した。
「大丈夫ですか?政宗様」
「ああ、平気だ」
あっという間に登って、巣を覗き込む。
「OK、同じ種だな。よし、さあ、おうちに帰りな。もう落ちんなよ」
政宗が雛を巣に入れると、一気に飛び降りた。
小十郎のすぐそばに着地した。
「わ、私も降りなきゃ…」
「よし、来いや」
政宗は当然と言わんばかりに両手を広げた。
「いえ、降りれます」
「いや、こうすんのが王道だ。サービスだ。お前なら出来る。飛び降りろ」
「では」
「てめえええええ!!!」
は飛び蹴り体勢で降り、政宗に攻撃しようとした。
政宗は避けて、は予想していたようで体勢を変えて見事に着地。
「も成長していますな」
はは、と笑う小十郎に、政宗は、何めでたしめでたしでまとめてるんだ!!と怒鳴った。
「…いえ」
二人でこんなに可愛い事をしているとは思わなかった。
こんなにも微笑ましい二人を
俺はずっと守りたいと思う。