「うあ〜…いい所だなぁ…」

は宿の窓から町の景色を眺めていた。

、ここからまた南下するからな。」
「うん、判ってる」
「俺たちは買い出しに行くが…お前なにか要るものあるか?」
「ないよ。大丈夫!!」

は声をかけてくれた男に笑顔を向けた。
一緒に旅をするのは、同じ店の人間一人と、鉱山の場所まで案内してくれる人間が三人いた。
他にも、鉱物を運ぶ手伝いをしてくれる人が四人いて、彼らは部屋で自由に過ごしている。

「早く着くと良いな」
「うん!!」

ずっと楽しみにするを見て、皆は笑った。
まだまだ子供だという声がして、は口をへの字に曲げた。

「楽しみだもん…」

男達の話し声が徐々に小さくなっていく。
自分の部屋から十分離れたのを感じ取ると、は呟いた。
楽しみだけど、気になることはあった。

「…小十郎に何も言わずに来ちゃった…」

仕方なかった。
連絡する暇もなかった。
急に来た情報で、急な出発だった。

「珍しいことでもないし…」

よくあることなのだ。

「小十郎…忙しいといいな…」
忙しくてウチに来る暇がなくて、自分が旅に出てるなんて気がつかないと良い。

「……」

しょっちゅういなくなるって知られて、いつか呆れられたら嫌だ。

「…男の人って、どうなんだろうな…」

女は家を守るものだろう。
自分の母もそうだった。
男はそれに安心して外で働くんだと思う。

「…ただでさえ、私は男っぽいのに…」

嫌われるのは嫌だが、仕事をしなくなる自分も嫌だ。

「…難しいな」
は自嘲にも似た笑いを浮かべた。

「……」
自然と唇に指が触れる。

「………!!」
小十郎を思い出すと最近こうなってしまう。
顔が赤くなる。

「うぅぅ…」
やはり自分は子供なのだろうか。
動揺してしまう。

「こじゅ…あの野郎…」
本当にずるい奴だ。
あの感覚が忘れられない。

「…小十郎…私のこと好きになってくれたんだよな…」
不思議な感覚だ。
言葉や行動で、人間の関係なんて何通りにも変化する。

「………」
そして、幸せだと感じる。

「…だめだ私これ…」
は落ち着こうと、外に出た。











ここは甲斐という場所らしい。
武田家の人間が統治しているらしいが、は政には疎い。
町は活気に溢れているため、立派な人間なのだろうとは思う。
戻ったら、梵天丸にお話をしてあげようと思った。

「お土産も買っていこうかな…うーん…」
は食べ物は悪くなってしまうなと考え、玩具を探した。

少し歩くと、風車やこけしが並ぶ店を見つけた。
覗くと、色鮮やかなものがたくさん並んでいた。

「いらっしゃい」
「自由に見ていい?」
「どうぞ」

許可を貰い、手にとって何がいいか選ぶ。

「万華鏡可愛いな…けど男の子だしなあ…」
覗いて、くるくる回した。
「…これは…綺麗…」
気に入ってしまった。
しかしこれを買ったら、梵天丸のお土産は安物になってしまう。
我慢しようと、しぶしぶもとあった場所に戻した。

「…眼帯に使えそうなものがいいか?うーん…あ、小十郎にも…」
あれこれと手にとって見ていると、いつのまにか、の隣に小さな男の子が立っていた。
「おじさーん」
声で気付き、は目線を向けた。

「……」
足音もしなかった。
橙色の髪の、質素な服を着た細い男の子だった。

「どうしたのかね?」
「これ、竹とんぼ、飛ばない」
「おやおや、おかしいね…」
店主は、子供が差し出した竹とんぼを受け取ると、外に出た。

も気になって、外に出ると、店主がちょうど竹とんぼを飛ばしていた。

「飛ぶじゃないか」
「もっとって言うんだ。もっと飛ぶやつがいいんだって。」
「おやおや、困ったお友達だね…」
「…?」
男の子の、主語を言わない言動が気になった。

「お姉さん、見ない顔だね」
「へ?」
男の子は後頭部で手を組み、をじっと見ていた。
にこっと笑顔を向けたあと、竹とんぼを拾いに行った。

「お姉さん、竹とんぼ上手?」
「そうだなあ…ちょっと見せてもらっていい?」
「うん。ねえ、もっと飛ばしたいんだ。やり方知ってる?」
「んー…」

は軸と羽をいきなり分解した。
店主は驚いたが、子供はぱちぱちと数回瞬きをするだけだった。

羽の中心を人差し指の末端に乗せ、はバランスを見た。
「羽が重い。…それに、左右均等じゃないね…」
「…そうなの?」
客観的には判らないほどの差だった。

「削っていい?」
は懐から小さな刀を取り出した。
「飛ぶようになるなら、いいよ。」
「よし」
子供は、店主に、このお姉ちゃんがやってくれるからいいや、ありがとうとお礼を言った。
店主は店に戻っていった。

「お姉さん、何で刀持ってるの?」
「旅人だからね…危ないからさ〜…」
「…綺麗な刀だね」
「ありがとう…」
は会話しながらも慎重に竹を削った。

「…こんなもんかな…」
「できた?」
「宿に戻ればもっと飛ばせるよう加工が出来るよ?」
「いいの?」
子供は表情は変えないが、期待に満ちた目をに向けた。

「君、知らない人について行っちゃだめって親に言われなかった?」
「言われなかった。」
「…そうですか…」
このご時世、子供の心配をしない親はいないと思うのだが…

「加工、して。お金要る?」
「要らないよ…。ってか君、私が削って何してるか判ってる?勝手なこと言っといて君を誘拐するかもしれないよ?」
「しないよ。」

はっきりとそういう子供には頭を抱えた。
女だから?
人懐っこすぎる…
「お姉さん、削ってるとき、俺との会話、テキトーだった。誘拐する気ならそんなことにはならない。こんなことに集中するぐらいだ。職人さん?」

は驚いた。
しっかり、観察されていた。

「…そう。信用してくれてありがとう。玩具専門じゃないけど、職人見習いだよ。じゃあ…宿行こうか…」
「名前は?」
…」
「俺、佐助って言うの。」
「佐助君」
「佐助でいいよ。」

店主がいなくなった途端に口調が大人びてきた。
何者だろう?
がそう思っていると、佐助に手を引かれた。

「向こうの宿屋だろ?」
「…え?何で…」
「におい。あそこ、温泉のにおい結構きついからすぐわかるよ。お姉さんに付いてる。」
「ええ?」
随分と情報通な子供…
有名なやんちゃ坊主なのかなと、はのんびり考えた。






は佐助を部屋に入れると、早速加工に取り掛かった。

「お友達は一緒に来なかったの?」
「一緒に来れないんだ。みんなダメって言うから。」
「…ふーん…なんで?子供は外で遊んだほうがいいだろ…?」
「外で遊ぶよ。でも庭。もっと大きくならなきゃ、外は危ないって。」
「そうなんだ〜…」
喋れて間もない子なのかな…と考えることにした。

「ここで待ってて」
は佐助に煎餅を渡すと、部屋から出て行ってしまった。

「……」
佐助は煎餅をぱりぱり食べだした。

「…鍛冶の道具だよな…これ…」
そういえば最近新しい鉱山が掘れたという情報を聞いたことがある。
そこへ行くのだろうか?

「…ふーん。本当に旅人か…」
団体の泊り客。それも屈強な男が多いと聞き、佐助は修行がてら情報収集に来ていた。
一番接しやすそうな女に近づいたら、自分を怪しむことも無くこんな優しい扱いだ。

「子供に注意してる場合かってーの…」
あまりに普通すぎて、自分はただの子供じゃないというヒントは 与えたのに。

「…修行になんないなー…」
「佐助!!」
「は、はい!!」
いきなり襖が開いて、嬉しそうな顔をしたが現れた。

「できたよ!!」
「え…」
は佐助に竹とんぼを渡した。
羽が緩やかなカーブを描き、両端に錘がくっついている。

「これで飛ぶの?じゃー…」
「ためしに飛ばそ!!」
「へ?」
ありがとうお姉ちゃん、と言って去ろうと思ったのだが、ががっしり佐助の腕を掴んだ。
ずるずるずると引っ張ってゆく。
「へ、部屋じゃだめなワケ!?」
「なめんじゃないよ。天井なんかすぐぶつかる。」
「そーなんだー…」
佐助は嬉しそうなに、仕方なく付き合おうと思った。




外に出ると、は佐助に、飛ばしてごらん?と声をかけた。

「ん」
佐助はくるくると両手で挟んで回して
勢いよく上空に向けて竹とんぼを飛ばした。

「うわ…」
「ね、どお?お友達も納得できるでしょ?」

先ほどよりもずっとずっと高く上がった。

「う、うん。ありがと…お姉さん、やっぱり職人さんだ。」
「ありがと。…で」
が佐助の肩をがしりと掴んだ。

「君は何者?もういいでしょ?」
「…へ…」
は屈んで、佐助の目を直視した。
にこにこ笑ったまま強い口調になったは、少々怖かった。

「あれー?何お姉さん…いきなり…」
あまりに突然で、佐助はうろたえてしまった。
怪しまれてはいたが、変な子供、レベルだったはずだ…

「心読もうとするわ、じろじろ観察するわ、ちょっと嫌だったんだけど。こちらも阿呆の真似するのは結構疲れるの。」
「え…」

竹とんぼが落ちてきて、ころんと地面に転がった。
















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そこそこちっこい佐助を…書きたかったんだ…