小十郎が店に入ると、は接客をしていた。

「あ…」

は会話を止めて小十郎に視線を送ったが、小十郎は、後でいい、といったように手をひらひらと軽く振った。

接客が終わると、刀を見る小十郎の隣りに立った。

「よっ…小十郎…ど、どうした?」
は少し動揺している。
「俺にはあの見事な接客はしてくれねぇのかい?」
小十郎は、をリラックスさせようと、そんなことを言った。
「な、なんだよっ…!!まさか昨日の今日で…来るとは思わなかったから…」
の調子が狂っていて面白いと思ってしまった。

「昨日じゃねぇだろ?昨夜?」
「…お…お前な…」
わずかにの頬が赤くなった。
ふっと笑い、小十郎は外を指差した。

「今少し…いいか?」
「今日は店番私だけじゃないから…」

は同じくここで住み込みで働く弟子らしい若い男に目で合図を送った後、小十郎の背を軽く押して外に出た。



細い裏路地まで来て、小十郎はとまった。
「どした?」
「…忘れ物だ」
小十郎は懐から紙に包んだ櫛を取り出した。

「…あ、朝、無いなぁと思ったら」
「布団の中にあったぞ…」
「ご、ごめん」
この会話をしているのが恋人同士でないなんて誰が信じるのだろうか。
「店の中じゃ渡しづらい…忘れ物とも贈り物とも思われては厄介だしな…。しかし、仕事中にすまない。」
「はは、こちらこそ気をつかわせてごめんな…」

何故かといえば、 の師匠が凄く怖いからだった。

「…泊まったなんて知られたらなぁ…ただでさえ梵天丸様が一緒でないと良い顔しないし…」
娘のように可愛がるに、恋人の存在は許せぬようだ。
「顔も怖いもんな〜あはは」

ちなみにこの時、
小十郎もも、そのうち小十郎の顔がその男にも負けないくらい怖い人になるとは想像もしていなかった。

「小十郎、忙しそうなのに来てくれてありがとな」
「いや…」

このまま帰ってしまっていいのだろうか。
あの忍が折角気を使って作った時間…

…いや、ただ楽しんでるだけかもしれねえな…

「あ…、その、午後、も仕事だよな?」
何を誘おうとしてるんだ俺は…

「午後は、森に行く」
「またか?」

は頻回に墓参りだといって森に向かっていた。

小十郎は、森に迷ったときにに会って道案内してもらえたのが親の命日だなんてすごい偶然だと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。

「そんなにしょっちゅう行ってどうするんだ?花を飾りに行くわけでもないし…」
「あそこに行くと、なんか…上手く頭が回るんだ。」
「装飾か…」
「いや」
がニコッと小十郎に笑いかけた。

「小十郎の刀。どんなのがいいのかなって。」
「あ、ああ…ありがとな」

小十郎はのその理由に違和感を感じていた。

の父親はそこそこ有名な職人で、は赤子の頃からずっと技術を見て育って…
しかし不幸があってあの場所で殺されてしまい、知り合いだった今の師に世話になってここに居るらしいが、それ以外の詳細は聞いてない。

「…
「ん?」
「……聞いても、いいか?」
「…んー…」

の返事を待たず、小十郎は言葉を発した。

「お前の親父さんは…なぜ、あんなところで?」
「…あ、あー…」

は俯いてしまった。

「刀…取られて…」
「刀?」

言いたくないなら、は黙るだろう。
聞いていいのだと自分に言い聞かせ、小十郎はそのまま聞くことにした。

「父さんが、誰の依頼でもない…私のために、作ってくれた刀…」
「…」
「綺麗な刀…切れないものなんて何もなさそうな…私には重くてまともに振ることも出来なかったな…」
「女物ではなかったのか?」
「私、刀、好きだった…その頃は…作るほうじゃなくてな…」
「想像できるな」
幼いは、やんちゃだったのだろう。
小さいが木の枝を振り回す様子などはすぐに想像できる。

「どうして自分は男じゃないんだろうなって、思ったときも、あったけど、その刀見て…」

作りたい、と思ったのだろう。

「お得意さんがそれ見て…いくらでも出すから譲ってくれって言われても、自分の子供のだからって、断ってた」
「立派なものだったんだな」

そういうと、はこくこくと頷いた。

「譲らないって何度言っても、噂は広まって…夜盗だか…浪人だか良くわかんないけど、盗まれたんだ」
「取り返そうとして、あそこに?」
「…私ごと、盗まれて…」
「…!!」

小十郎が思っていた以上には辛い思いをしてきているのだと 、今知った。
…今頃、知った。

「それは、私が離さなかったから、なんだけど、父さん…追いかけてきて…」

は片手を頭に添えた。
小十郎はその手に自分の手を添えた。

「そうだったのか…」
「そいつらは…躊躇わずに私から刀奪って…それを…父さんに向けて振ったんだ…。後から来た母さんも、殺されたけど…私は…何でか、無事で…」
目の前で、死んでいったのだろう。
、すまない、もういい…」

「父さんの血を吸った刀は、この世で一番綺麗なものだと、思ったよ」

の言った言葉の意味を理解するのには時間がかかった。

?」
「それは取られちゃった。けど、覚えてる。私、父さんみたいな…父さんに負けないくらいの刀、作るんだ…」

生みの親を喰らった刀のようなものを?

「…
「頑張るから…」
「時間がいくらかかってもいい、俺に、お前の最高の刀を作れ」
「こじゅ…」
の肩を掴んで、小十郎はをまっすぐ見つめた。

「俺は刀を奪われたりしない。お前を、殺したりしない。」
「…小十郎?」

小十郎にはがどうしても、 自分が作った刀に、殺されたがっているように思えた。
尊敬し続けた父親の死が、理想の死なんだと。
それが、武士が戦場で死ぬように、職人に相応しい死に様なんだと考えているのではないかと。

「そんなことしなくても…刀は完成する…」
「な、何も、言ってないだろ…私…」
「…そうだな、すまん…ただ…それを、覚えておいてくれ」

が、小十郎の手を両手で包んだ。
「この手に合う刀を作るんだ…」
「その後も、手入れしてくれよ」
「そうだね…」

力が入り、小十郎の手の形を覚えるように指で弄りだした。

「小十郎はずるいな…」
「なんでだ…」

「私の今までの人生で…後から加わった人間のくせに… 父より母より…師より…私の深いところに入ってくるんだ」

小十郎はがそんな想いを自分に対し抱いているとは思わなかった。

「…それはお互い様だろ… お前に会いに来るのが…日常になっちまってる…」
「小十郎…」

友達、という言葉では収まらない感情が自分の中に在るのを、小十郎は自覚した。
もっと、のことが知りたい。
の弱い部分は、俺が支えてやりたい。


照れてくると、先ほどまでは気にならなかったのに、突然後ろで歩きながら話をする人たちの声が聞こえた。
昼間の裏道とはいえ外で、一体自分達は何をしているんだろうと、恥ずかしさがこみ上げてきた。

「な、なあ、小十郎…」
「なんだよ」
「今の言葉、は…」
どういう意味だ、と続きそうで、小十郎は慌ててしまった。
「俺は一度しか言わないからな…!!どうとでも捉えればいい…!!」
は小十郎に近づいて、顔を見上げた。

「何度も聞きたかったから、どうすればいい?」

真剣な顔で、そんな事を言う。

「…お前が…返してくれたら…」

小十郎はゆっくりゆっくり、の顔と自分の顔を近づけた。

「俺は、応える…」
「こじゅ、ろ…」

触れるだけの口付けをして

が強張りながら、小十郎の背に手を回したので、小十郎は一度離して、

「…もう少し上を向いて…」
「こ…こう、か?」

もう一度、今度は深く口付けた。












「小十郎、さきほどから机に突っ伏してなにをしておる」
「梵天丸さま…」

梵天丸は小十郎の背にもたれ掛かった。

「暇ならば俺の稽古をつけるのじゃ」
「梵天丸様ぁ〜」
「…なんじゃ…顔がまっかだぞ?病気か?」

梵天丸は小十郎のおでこに手を当て、熱を測ろうとした。

「…わからぬ」
「病気ではありません…俺は…外で…俺は…何て恥ずかしいことをして…」
「小十郎、恥ずかしいことをしたのか?」
「今思うと凄く恥ずかしいです…!!!!」

にかけた言葉も、にしたことも。

「し、しかし、あれぐらいしないと…は…」
に何かしたのか?」
「……」

心で思おうとした言葉が口に出ていた。

に、脱げといったのか?」
「言ってません!!!!!!!」
「脱がせたのか?」
「脱がせてません!!誰だ梵天丸様にこういうことを教えたのは!!!!!!!!!!」

しかしそこまではしていないということで、少し気持ちが軽くなった。

「梵天丸様は…家臣想いの良い領主になりますな…」
「む?」

小十郎の感覚がおかしくなっているのだ、ということを今の小十郎には言えない梵天丸だった。
















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最近ちょっとしたらぶなシーン書くにもどきどきする自分どうした…!!
す、すいません、こんなしょぼい両思いですいません…!!