「はい、梵、ここに梵の大好きな柿が二つあります」
「ほしい!!」
「うん、待ってね〜。形が違うけどどっちが欲しい?」
「こっちじゃ!!丸いほうが甘い!!長いほうはしぶがきじゃ!」

は梵天丸に渋柿と言った方の柿を切って、楊枝を刺して渡した。

…おれがきらい…?」
「食べてごらん?」
「しぶいのはいやじゃ…まずい…」
「ちょこっとだけ!!」
「う…」
「若!この小十郎が毒味を…」
「毒なんかいれるか小十郎てめどっかいってろ!!」
「ひどくね!?」

梵天丸がびくびくしながら柿を食べた。

ぱくり

「若ぁぁぁ!!なんと、なんと勇気のある…!!この小十郎、感服いたしました…!!」
「いちいち叫ぶなよ迷惑だ!!」
「ひどくね!?」

梵天丸は目を丸くして、柿を食べ続けた。

「…、これ、柿じゃない…」
「え!?」
「おいしい?」
「うむ、うまい!!」

が得意そうに踏ん反りがえった。

「細工なら任せな!!それは私がこしらえた菓子!!」
すごい!」
「びっくりしたか!?梵!!可愛いなぁもう〜」
が梵天丸に頬擦りした。

小十郎は溜め息をついた。

たまに遊びに来ると何かしら用意してるし…

普通にしてていいのに…

「見た目ではんだんしてはならぬのだな!!」
「そう…そうだ…それが言いたかったんだ…!!賢いな!!」

「…」
嘘つけ…








小十郎が梵天丸の右目を切り、眼帯をして遊びに来たときははもっと優しかった。

もやはり今のおれのがよいか?と梵天丸が聞くと、頬擦りが遠慮なくできるからな!!と答えた。

本当に遠慮が無かったので小十郎は本気で止めたが。

…その時、は小十郎にも抱き付いて来て、すごい笑顔で、小十郎ぉ!!と嬉しそうに叫んでくれた。

正直、あれは可愛かったんだがな…


梵天丸はすっかり懐いてしまい、少ない時間ながらも会う機会が増えたため、小十郎はの事を一応調べた。

さすがに、生い立ちまでは判らなかったが、周囲の評判は判った。


…笑顔が可愛く、器量もあり、心優しい看板娘。

小十郎はこれを聞いた時身震いが止まらなかった。

実際、が接客をする時の非の打ち所の無い優しく可愛らしい笑顔を見た時は吐くかと思った。

もちろんそれを察したにすっごい文句を言われた。




「若、そろそろ戻りませぬと…和尚に怒られます」
「もうもどらねばならぬか!?おれは、からも、教えてもらいたいことがたくさんあるのじゃ…」
「可愛いなこいつは―!!」
「ぎゃあああ!!お前の頬擦りは肌荒れの元だ!!控えろ!!」
「小十郎!!お前も何気にひどいこと言ってるぞ!?」

梵天丸はからゆっくり離れて、名残惜しそうにしていた。

「梵、なにが聞きたかった?といっても一個じゃなさそうだ…今、ひとつだけ答えるよ。残りは次来たときな」
「うん…じゃあ…かたなの…」

そこまで言って、梵天丸は悩みだした。

「まって!ちがうのでもよいか?」
「いいよ」
「えっと…」


小十郎は梵天丸をじっと見つめた。

若がどもるのは…の前だけだな…


悔しいくらい懐いている。

和尚の前や、輝宗様の前とは全然違う、この甘えた態度…


と若は、ちょっとした二つの顔を持つという点では似た者同士だ。


「……」

小十郎は、そんな二人の両面を見ることができる事に対しては喜びを感じている。

気を許した相手でないと、こうはできまい…

そう思っていた小十郎は油断をしていた。

だから

は、小十郎がすきか?」

そんな事を問う主の声に、思い切り反応した。

「若!!な、何を聞いてらっしゃるのですか!?」
もこれには驚いていた。

「おれは小十郎とがすきじゃ…。ふたりはおれのことすきと言ってくれる。なら、ふたりは…?」

あっ

純粋な疑問だった!!


小十郎は一瞬でも梵天丸が二人をからかっているのかと思った自分を恥じた。

「…小十郎のことは…」

が考えながら口を開いた。

「一緒にいて…楽しいな…」

「…」

が真剣に答えるので、小十郎はぽかんとしてしまった。

「すきか?」
「き、嫌いじゃない」

その言葉に、梵天丸がぷぅと頬を膨らませた。

「ぼ、梵?」

「小十郎は、のことすきだな!?」
「えっ!?あ、いや、あの…」

を見ても目を合わせてくれなかった。

「き、嫌いじゃないです」

不満そうに、梵天丸はまた頬を膨らませた。

「なぜじゃ?なかよしなのにすきと言えぬのか?」
「梵…あの…ごめん…」
「むぅぅ…」

が本当に申し訳なさそうな顔をするので、梵天丸はそれ以上聞くのをやめた。


店を出て、いつものようには見送ってくれたが、あまり元気がなかった。






「…小十郎…おれは聞いちゃいけないことを聞いたか?」
「…いいえ。そんなことはございませんよ。それより…若の期待に沿えず申し訳ありませんでした」
「いいのだ!!嘘などついてほしくない!!」

梵天丸は小十郎の手をぎゅううと握った。

「小十郎!!がんばるのだ!!」
「え?」
「がんばっての気をひき、およめにもらうとよい!!」

…わ―…若君暴走しちゃってる―…

「若…しかし…」
「なら、ずっと一緒にいられるではないか!!」
「…小十郎には、出来ません」
「なぜ!?」

左目で精一杯小十郎に怒気をぶつける梵天丸は、今の小十郎には可愛らしく見えて仕方が無かった。

「俺は、にとって、刀以上になる自信はありません」

は刀が大好きだ。

商売道具だとは思って無いし、人殺しの道具とも思って無いだろう。

小十郎は、楽しそうに手入れするの姿を見てるのがとても好きだった。

「小十郎せんぞくにすれば…」
「俺はを縛りたくありませんよ」


小十郎自身も

目の前の主に捧げた身で、1人の女を愛したいとは思わなかった。











その夜、小十郎はに文を書いた。




昼間は、困らせて悪かった

次会う時は、今日の事は忘れて若君に元気な姿を見せてあげてくれ




簡単に、それだけ書いた。


夜だが、忍を呼んで、もし起きていたら鍛冶屋の娘に渡して来てくれと頼んだ。

何だか、は起きてる気がした。

俺と似た気持ちで夜を過ごして居るような…


「小十郎様」
「え」

文を渡して半刻も経たずに忍は帰って来た。
障子を僅かに開けて、部屋の中を伺っていた。


…寝てたのだろうか?

………さ、さっきの発言なし。
撤回撤回


小十郎は誰に聞かれてもいないのに、何だか恥ずかしくなった。

「返事を持って参りました」
「返事…」

早いな…



ずるり



「…何これ」
「返事です」

忍はでかい袋を引きずって来た。

「え、待て、中身は確認したな?安全なものだな?」
「おそらく」
「おそらくって…」

袋を置くと、忍は去ってしまった。

もぞもぞ

「!!」

う、動い…


「小十郎!!出して!!」

の声。

「……」

ななななななにしてんのおぉぉぉ!?

と…

さ、さっきの忍!!


「何をしてるんだ!?」

袋を急いで開けると、が寝間着姿で入っていた。

「入ったはいいけど出れなくなって…」
「そうじゃなくて…」

…どういうことだ!?
返事って…

…昼間の…?

まさか、俺の事が好きとかそういうことで…

伝えに、来てくれたのか…?

「せ、折角、小十郎が文くれたのに…返事しないのは申し訳ないと思って…」

あ、うん。
そ、そうだね。

「…え?でもわざわざ来なくても…」
「文字書くの、苦手だ…」
「……」


そうか

だから口で伝えに来たのか


「あ、あのな」
「ああ…」

が頬を赤くしながら、小十郎の顔をまっすぐ見つめた。

小十郎も見つめ返すとさらに真っ赤になって

「…や、やっぱ、文にするわ!!帰る!」
「書くの苦手なんだろ!?」

いきなり立ち上がろうとしたの腕をとっさに掴んだ。

「いや、その、印を作るのは得意!!削って紙に押して届けるよ!!」
「何その得手不手!?初めて聞いた!!というか何日かかるの!?」

が何日かかるか考え出した。

「〜〜今でいいだろ!?来てしまったんだから…」

戻るならまた忍に頼まなくてはならないし、ここで騒がれては困る。


「小十郎…」

が大人しく小十郎の前に座り込んだ。
小十郎はほっとしたが、すぐに心拍数が上がった。


がここまで言い淀む言葉とはなんだ!?

「ひ、昼間は、ごめんな…」

やっぱり昼間の事…!!
おいおい…!!このの反応は…
嫌いか好きかの二択だろう!?

どっちもどうしよう!!

「…好きって…言えなくてごめん…」
「え…!?…!!」

どうしようと思ったが

いざ言われるとなかなか嬉しいものだ…!

「だって、梵は、可愛いし、すぐ好きって言いたくなるし、好きって言うと嬉しそうにしてくれるから…言えるけど」

…あれ?

「小十郎は、同い年くらいだし…そんな可愛い顔してないし」

さん?

「好きって言って、小十郎が気分を害したらどうしようとか…」

あの、それ、

「でも、私、小十郎の事、好きだかんな!!困ってたんじゃなくて、言いづらくて…」

その好きって

「私、ちっちゃい頃から刀ばっかりいじってて…友達なんて居なくて…」



友達―…

「判ってるよ…!!小十郎も梵も、私とは身分違うし…友達なんて、恐れ多いけど…」

小十郎はため息をついた。

「…
「な、なにさ…」

「俺はと友達だと思ってたがな」
「…!!」

が表情をパアァと明るくした。

小十郎は、は俺たちを友達だと思って無かったんだな…残念だ…といじけて、を困らせようとしたが

「……」

があまりに素直な笑顔を見せるので、言えなくなった。




「……小十郎?まだ起きているの?」

「うっ…!!」

廊下から声が聞こえて来た。

小十郎は慌てて蝋燭の火を消し、を引き寄せて布団の中に入れた。
自らも入り、の入った布団の膨らみを隠す。


「申し訳ありません姉上!」
「明日もあるんだから早く寝なさいね」
「はい!」

はびっくりしたようだが、大人しく静かにしていてくれた。
喜多は少しだけ障子を開けて、小十郎の顔を伺っただけですぐに行ってしまった。


、突然すまない…」
「う、ううん、大丈夫」

布団を剥ぐと、は硬直していた。

「あ、姉がいるのか、小十郎には…」
「あぁ…みつかれば何を言われるか判らんから…」
「そ、そうだな、ごめんな…」
?起き上がってもいいぞ?」
「え?あ、あぁ、うん…」

はゆっくり立ち上がった。

「おい?」
「え、えぇと、じゃあ、帰るわ」
「まっ…!!待て待て!!門番に見つかったら大変だ!!忍を呼ぶから…」
「そうか…頼む…」

は部屋の隅に移動し、膝を抱えて座り込んだ。

小十郎は、丸まったに視線を向けながら立ち上がった。

「誰か来ることはないだろうから、そんなに警戒しなくても大丈夫だ。少し待っててくれ」
「う、うん…」

は首をきょろきょろ動かしていた。

「…お城の中は、すごいな…」

がぼそっと呟いた。

「良い匂いがするし…建築には詳しくないけど…綺麗だ…」
「……」

小十郎は、部屋の外に向かわず、に近付いた。

「小十郎?」
「今日、泊まって行かないか?」
「…え?」
「折角来たんだ。一泊くらい良いだろう?仕事が忙しいなら明日、早起きすればいい」
「でもっ…私みたいな…」

…いつもの強気なはどこ行ったんだ…

明らかに俺達と距離感じているだろう…

このまま帰す訳にはいかない。










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完全に強気な女の子って書けない…
人間ってそんなもんだと自分に言い聞かせてみる。