城に着くと、やけに騒がしい出迎えが待っていた。

「小十郎!!何をしていたの!?」
「す、すいません…姉上」

喜多が怒りを隠さず、小十郎を怒鳴りつけた。

「道に、迷ってしまい…」
「ああ、もう、若様だって心配してらっしゃるわよ!?」

小十郎はその言葉にぴくんと反応した。

若様が…心配…

「わ、判りました。この小十郎、若君のもとに…」

すすすと小走りになりながら、梵天丸の部屋に向かった。




廊下をしばらく歩き

日の光りがあまり入らない暗い部屋にたどり着く。

「若君、小十郎、参上いたしました」

質素な戸を開けず、呼びかけるが

「…」
人の気配が有るのに、返事は無い。

「若君…申し訳ありませんでした」

小十郎の声だけが廊下に響く。

「……」

…礼は…あと何年後になるか判らんっっ…!!

そう思った矢先、戸がかたんと音を立てた。

「っ!!若君!?」
「……どこへ、行っていた?」

わずかに戸が開いた。
か細い声で話しかけられる。

小十郎は、夢かと思うほど幸せだった。

「はっ、この小十郎…森へ散策に行きましたところ、盗人に会い、相手をしていましたらどんどん深く入ってしまい…」
「…迷子になったのか」
「……………………はい…」
「………」

笑われるか馬鹿にされるかと思ったが、何も反応なし。
それも悲しい。

「…若君…?失礼します…」
「あ、開けるな!!」

そっと戸に触れただけだが、梵天丸は思い切り叫んだ。

「申し訳ありません…!!」
小十郎はすぐに頭を下げたが、わずかに視線は戸に向けていた。

「………………た…」
「はい?」
「……おもっ…た…」

鼻をすするような音が聞こえた。

今なら大丈夫な気がして

そっと戸を開けた。

「若君…」
「お、おまえまで…おれのこと…き、きらいになったのかとおもった…」
「若…!!!!」
小十郎は感激して
無礼とかもうどうでもよくなって思いっきり梵天丸を抱きしめた。

「申し訳ございません!!しかし…!!小十郎が、若君を嫌いになるわけないではありませんか!!」
「ぎゃああああああ!!!」

小十郎は思い切り梵天丸に殴られた。





「まあまあ、さすが伊達家の血」
「…はい…」

あのあとまた殴られた挙句、爪で頬を引っかかれた。

喜多に治療をしてもらっている。

「戦いに関しては天武の才が…」
「…姉上、この状況は笑うところですから。まともに考えないで下さい」
「そうかしら?」

はい、おしまい、と喜多は立ちあがり、小十郎ににっこり笑いかけてからどこかに行ってしまった。

「…いかん。素でへこんでいる。」

素振りでもして気分を変えよう。

そう思い、木刀を持ち出したが

「…」

の言葉が思い出された。

「可哀想、ねえ」

木刀を置いて、腰刀を握った。

「…はっ…飾りにしちまってたな。悪かった…」

刀に話しかけて、庭に出る。

深呼吸をして

「…やっ!!」

抜刀すると


びよん


「……」

すずめが飛び立つ羽音が聞こえた。


「…あれ」


刀抜いたはずなのに

びよんびよんと

長いネジがしなってる。

その先に小さなお花の装飾品。


「…ぶっ!!」

笑い声は屋敷から。

くるりと首だけ屋敷に向けると

目が合って、びくりと震え、障子の裏に隠れる梵天丸。

「わかぎみ…」
「ど、どうした…」
「この小十郎、急用が出来ました故、しばし失礼いたします」

ぺこりと一礼すると

貴様ぶっ殺すぞてめえーーー!!!!!!!!」

叫びながら小十郎は走って行ってしまった。

「…?」






町を歩き回り、を探す。

「ちぃっ…森行っちまったか!?」

しかし何か用があるみたいだったし…

「鍛冶屋…」

近くの鍛冶屋を訪ねることにした。



「ありがとうございました」
「いえいえ、また来てね〜」

店の前で客に手を振る女がいた。

「見つけたぜこのやろ…」
「あ、小十郎」

はにっこり小十郎に笑みを向けた。

小十郎はめちゃくちゃを睨んでいた。

「なんだ、もう悩み解決?」
「それどころじゃねぇよお前俺の刀どうしたんだこれ!!!」

をびよんびよんしなるネジでばしばし叩いた。

「いて、いてて、何、お茶目じゃん〜!!ちゃんとあるよ…落ち着けって」
「ああクソよく見たら鞘も柄も違うな畜生すり替えたのかよ!!打刀しか確認しなかった俺も悪いが!!」
「あはは!!なあなあ、凄くない!?その鞘私作ったの!!綺麗に抜けたでしょう!?」
「遊びで作ってんじゃねえええええ!!!大きめに作っただけだろうがああああ!!!」
「厳しいなあ!!まあ、鞘つくりに飽きて気まぐれに作ったものだけど!!」
「遊ぶな!!しかも柄とか鍔までしっかり作っちゃって何してんの!?どんだけ手の込んだ遊び!?」
「日々何事も練習よ」

が鍛冶屋の中に入って行った。

小十郎はその後に続いた。



「はい、返すよ」

が両手で大切そうに小十郎の刀を差し出した。
小十郎は乱暴に受け取った。

「はは!!にしても今まで気付かなかったなんて…どんだけ深い悩みなんだ?」
「うるせえ…お前のせいでさらに俺は…」

小十郎が座り込んでしまった。

「さらにへタレになったか」
「うおおおおお前ええええ!!お前のせいだー!!笑われたんだぞ!!」
「誰に?女?」
「うるせえ聞くな!!」

怒鳴り散らす小十郎にはのほほんと、まあまあ落ち着けとぽんぽん肩を叩いた。

「親父たちに聞こえる。すぐ隣が仕事場なんだ」
「お前親は…」
「師だよ、師匠。親同然。迷惑はかけられない」
「客には迷惑かけるのにか…!?」
「そんなにイタかったのかあ?ま、癇癪もそのくらいにしな。子どもの前でみっともない」
「…こども?」
「お前子がいるのかあ…おいでおいで、お父さんはここだよ〜」
が手招きするほうを見ると

右目を手で隠した男の子が。

「わわわわわわわわわわわわわわかぅをああああ…!?何故!?ダメですよ1人でこんなところに…!!!!!」

こっそりと中を覗き見る梵天丸の姿があった。
うっかり若と言いそうになって小十郎はテンパったというかテンパりすぎた。

「小十郎、がいる…ひとりじゃない…」
「ですがあああああ!!!あああ門番は何をしているんだああああ!!!!」
小十郎は慌てて梵天丸に駆け寄った。

あんなに引きこもっていた梵天丸が自分を追いかけてきたのか…!!

今も周囲を気にして盛んにきょろきょろしてるし…!!

挙動不審になりながら、頑張ってついて来たのかっっ…!!

少し、嬉しいような、申し訳ないような気持ちになった。



は近くに置いてあった菓子を持って近づいた。

梵天丸はビクリと身体を震わせ、小十郎の背後に隠れた。

「人見知りか?大丈夫。お姉ちゃんは小十郎と仲良しだ」
「誰が仲良しだっっ…!!」

梵天丸は右目を失い、とても神経質になっている。
女であればなおさら怖がる。

「……」
このおかしな女は、普通じゃないが…

「お菓子あげるよ〜」
「……」
はしゃがんで梵天丸にお菓子を差し出してる。

…この方が誰だか判らないから、普通の子供扱いで

失礼極まりないが、名を言うわけには…

梵天丸が小十郎の着物をぎゅっと握った。

「…こわく…ないか?」
「何が?」
「おれの、顔じゃ…」

梵天丸がゆっくりと小十郎から離れ、に顔を見せた。

小十郎は、が何と言うか不安ながらも期待した。

拒まないで、優しい言葉をかけて欲しい。

は飛び出た眼球を見て、驚くことも無くにっこり笑った。

小十郎も梵天丸も驚いた。

この女は飄々としているが何事にも動じない心を持った…

「こらこら、なめんなよ餓鬼」


の言葉に小十郎はめまいを覚えた。











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小十郎がおしゃべりすぎた。
とりあえず梵天丸様に振り回されて欲しい