がさがさがさと葉を踏みしめながら、森の中を1人の男が走っていた。

「ちいっ…刃こぼれが…」

夜盗に会い、倒したは良いが愛刀がボロボロになってしまった。

「しかも、迷った…」
さっきから同じ場所を回ってる気が…

「…城では若様が待っておられるのに…」

言って考え直す。

…待っててくれてるだろうか?

守役になってしばらく経つが、若様は一向に懐いてくれないし…

「いかん、俺が沈んでどうする…」

早く会いに行こうと、しっかりと前を向いた瞬間、気配を感じる。

「……」

背後の茂みに何か、居る。

まあいい、相手して、ぶちのめして、道を聞こう、そう考えて、鞘ごと刀を持つ。

がさ

「んなとこで何してんの?お兄さん」
「!!」

振り返ると女が涼しい顔して立っていた。

…女か、と、緊張していた気が緩む。
油断してはいけないと思うが、細い手足は小十郎が本気を出せば折れそうだ。

「お前こそ。こんなところで何している」
「見てわかんない?山菜取りだよ〜」
女はにこりと笑って山菜が乗った籠を持ち上げた。

「…迷ったのだが、道を教えてくれ」
「いやだな兄さん、刀を持った手を離してから尋ねてくれる?」
「…ん?ああ、すまない」
「女相手に武器を持つとはいただけないよ。」
「……」
年は…俺と同じか少し下くらいだろうか…?

「どこへ行きたい?」
「…米沢城」
「だったらあっちだ。今からじゃ日が暮れるね。真っ暗の森は恐ろしいね」
「…」
「ぼろぼろの刀じゃ不安だね」
「…なぜ、知ってる」
「私は鍛冶の仕事に就いてる」
「女で?」
「偏見だね」
くすくすと、唇に手を添えて女は優しく笑った。

「……」
「自由にしな」

女はくるりと背を向けて、森の奥へと歩みを進めた。







小さな小屋に、男女が二人。
「本当に来るとは思わなかった」
「…うるさい」

囲炉裏を囲んで、夕餉を貰って一緒に食べていた。

「お兄さん図々しい。頭くらい下げろ」
「自由にしろと言ったのはお前だ」
「そうだな」

ダンッと男の前に麦飯が置かれた。

「…ありがたく、頂く」
「あれ、礼儀正しい面もあるね」
「お前は頭が悪いな。刀で身分も判るだろ」
「ああ、そうだったな。浪人じゃあないんだな。名前は?」

目の前の男は高いとは言えずともそこそこの身分だというのに、この馴れ馴れしい態度…

「片倉小十郎」
「私はという」
「…お前、姓があるのか」

失礼ながら驚いてしまった。

「昔の話だが。とっくに滅んだ」
「お前…親は…」
「狼に育てられた」

はにこにこと笑うばかり。
冗談だろうが、よく判らない女だ。

「よし、小十郎。今お前、私に興味を持ってくれたな?」
「は?」
「私もお前に興味を持とう。お前の刀貸してくれ」
「誰がっっ…!!」

は椀を置いて、手を伸ばしてきた。
「大丈夫だ。刀などなくても、お前は容易に私を殺せる」
「お前が刀を振り回したらどうする!」
「懐にあるのは何?」
「…」

短刀がある。
…何で判るんだ…

「鍛冶屋と言った。鼻が利くんだ。直してやるよ。」
「…」
確かに、工房のようなものは外にあったが…

「なぜ、こんなところで?」
「悪いか?誰の私有地でもない」
「鉱石は?どうやって仕入れている?」
「そりゃ秘密」
「…お前が胡散臭くなってきた…」
「あっはっは!!確かに。まあ、応急処置くらいしか出来ないが、どうだ?」
「…なぜ?」
「そりゃああれだ、恩を売ろうとな」
「判り易くていいな」
「素直と言ってくれ」

小十郎が打刀を差し出した。

「そっちも」
「…腰刀もか?」

はにっこり笑って頷いた。
仕方ないから渡した。

「獣は出ないのか!?」
「ここらは出ないね」

一言だけ言って、小十郎に向かって毛布を投げてから外に行ってしまった。

「…」
一応は警戒しよう。

夕餉を一気に口の中に入れ、毛布に包まって壁に寄りかかった。

「…女がこんな暮らし…」

遠くで狼の遠吠えがした。

静かに目を閉じた。

…若君にこの事を言ったら、面白いと笑ってくれるだろうか…

「……」

作り話だと笑われそうだ。















「兄さん、兄さん」
「む…」
ぺしぺしぺしと何かで頭を叩かれる。

「っ!!誰…!」
「お前なあ…」

目の前に呆れた顔した女が1人。

ああ、そうだった、昨日はここに泊まったんだ…。

「寝ぼけてたよ。ぼん…なんとかってぶつぶつ」
「…気にするな」
「はいはい、じゃあ朝餉食べなよ」
「すまない…っと?」

小十郎の目の前に昨夜預けた刀が差し出される。

受け取って、すっと抜いてみる。

「…これは…」

昨日とは比べ物にならないくらいの鋭い光を宿していた。

「そんなもんで大丈夫か?」
「ああ…こんな短時間で…っと、もしかしてあんた寝てないのか?」
「そりゃな。仕事だ」
「すまない…」
「有難うって言葉が欲しい」
「有難う…」

にっと笑って、手招きされた。

「昨日の夕餉と変わらないけど文句言うなよ」
「もちろんだ」

ゴザの上に座り、昨日採ってきた山菜を使った粥を頂いた。
「…小十郎さあ」
「なんだ?」
「打刀ばっかり使ってるだろ」
「…?」

この女は刀に関してよく判らない理解があるのは昨夜で知ったが…

「ああ、そうだな…最近は…」
「腰刀が可哀想だ。使ってやれ」
「…」

こいつ…不思議と言うか
…変

「小十郎?」
「い、いや、判った。そうだな…最近はなんでも打刀で乗り切ってきたからな…」
「使い分けしろよ」
「気をつけよう」

こくりと頷くと、はよろしい、と言った。




支度が済むと、は道案内をしてくれた。
は何刀かの刀を持っていた。
小十郎が何度か、持ってやろうかと言ったが、大丈夫だと言うのでそのまま森の中を進んだ。

触られたくないのかもしれないし…

「しかし、小十郎、なんでこんなとこで迷ってたんだ?」
「少し、気分転換がしたくて歩いてたらこの様だ」
「なんか悩み?」
「…関係ねえだろ」
「なんだよ。一緒に一夜過ごした仲じゃないの」
「一緒とは言えねえだろうが」


しばらく話をしながら歩いていくと、町が見えた。

「城下」
がぴっと指差した。
「ああ、礼を言う」
「私も町まで行く」
「ならば、俺は城へ行って、金を持ってくる。」
「金?」
「…飯と、刀の…」

何のこと?と首を傾げるに、小十郎はため息をついた。

こいつ、商売に向いてねえんじゃねえの…?

「…いらない」
「は!?おい、お前は馬鹿なのか!?」
「馬鹿で結構。小十郎、」

が小十郎の手を握ってきた。
小十郎は訳がわからなかった。

「悩み解決したら、うちに報告に来て」
「……え」
「そん時に少しの礼の品を持ってこい。私は菓子が好きだ」
…」
「それがいい」

にっこり笑って、の手がするりと離れて

人ごみの中に消えていった。





■■■■■■■■
正直、いきがってる、ってどんな状態かわかってない。
梵天丸様が懐いてくれなくて悩む小十郎が書きたい…