大阪城に着くと同時に受け取った報告書に目を通し終わると、半兵衛は顔を上げた。
視線を受けたの肩に力が込もる。
「織田信長、明智光秀両者、確認出来ず、だよ……。遺体もね……。」
「…………。」
「濃姫、蘭丸、お市、は兵からの目撃情報がある。だが捕まえるには至っていないよ……残念だ……。」
「そうなのですか……。」
書状を折り、畳の上に置くと、に向き直る。
「離れに部屋を用意させてもらったから、そこで休むといい。湯も用意してあるから、少し休んだら身を清めるといい。」
「……着いたばかりで休むなどそんな……。秀吉様にご挨拶は……。」
「秀吉はまだやることがある。本能寺から休みなく移動したんだ。君の脚……治るものも治らないよ。」
「ありがとうございます……。」
控えていた兵がの横に膝を着き、立ち上がるのを手伝ってくれた。
そしてそのまま案内してくれるらしく、半兵衛に一礼をして去っていく。
「さて、三成くん。」
びくりと、三成の体が震える。
部屋に来てから今もずっと、の横で、畳に付くか付かないかのところまで頭を下げて正座している。
最初びっくりしておろおろしていたの反応を思い出すと、自分はもう日常となってしまっているが動揺するのが普通だろうなと感じ笑いそうになる。
「はっ、半兵衛様のお知り合いとは知らず、誠に、無礼な真似を!!この私に!!謝罪する許可を!!」
「して、あの者とのご関係は……?」
震えながら謝罪する三成に対し、吉継は冷静だった。
「一度ここに来たことがあるよ。君たちには出陣してもらってたから知らないだろうけどね。」
「刑部!不躾な質問をするな!!」
「しかしあれは織田軍配下では。内通者にも見えぬが……。」
「刑部!!」
「三成は賢人の女と言いたいようであるが。」
「ぎょおおおおおおおぶううううううう!!!!!!!!!!!!」
「ははは、戻ってくるときに二人並んでひたすら会話してると思ったら君が何者かって話してたのかい?」
「さ、最初だけで!そのあとはもちろん秀吉様のために今後なすべき事を議論しておりました!私は、察するに、半兵衛様程の方が身を案ずる者ということは、仲睦まじき間柄なのではないかと!」
半兵衛は笑いたくて仕方がなかった。
色事に疎い三成は、半兵衛や秀吉が隣に女を連れていたら『敬愛する上司の隣に女=上司が認めた女=愛する女』と短絡的に解釈してしまうだろう。
「言うなら……僕の予想を越える人、かな……。」
「は、半兵衛様の!!??」
「変な子だよ。」
いちいち大げさに驚く三成に構わず、半兵衛は質問を続けた。
「で、あれは、君を殺そうとしてたのかい?」
「そ、それは……!!」
また土下座をして謝る三成に、吉継はため息をついた。
「まあ殺さなくて良かった良かった。顔を上げなよ。大丈夫。僕はね、君の心配はあまりしてないんだ。」
「それはどういう……?」
「不思議なんだけどね。誰がいつ死ぬか分からないこんな時代なのに、あの子は下手な所じゃ死なないなって思ってしまうんだよ。」
三成も吉継も、穏やかに笑う半兵衛を見つめた。
最近はずっとピリピリしているようで、こんな表情を久しぶりに見た。
織田軍が事実上滅びたことももちろん影響しているだろうが。
「は、はい。同意致します。とても腕の立つ忍のようで……。」
三成も落ち着き、今度はやや首を前に傾げる程度に下げて言葉を発すると、半兵衛の動きが止まったのを感じて頭を上げる。
「忍?」
半兵衛が珍しく、目をやや見開いて驚いている。
「間違っておりましたでしょうか……?」
もしかして姫の身分であるのに忍などと言ってしまったのだろうかと、冷や汗をかく。
「君がそう思った根拠は?」
「は。私がその、失礼にも斬りかかった際、あのと申す者が小刀を取り出して対抗したのですが。」
半兵衛が知らないということは違うのだろうと思いつつ、口に出した。
「居合の軌道を読まれたらしく、流されました。……あの交わし方は……」
一気にあの夜の、あの一瞬を思い出す。
すると途端に、確信に変わる。
「あれはどう考えても……忍の動き……。」
ぼそりと呟いたと同時に、我に返る。
「だがしかし半兵衛様が知らぬことなどございません!!私の!勘違いです!!!!!」
「みーつーなーりー君。頭を上げてくれたまえ。何度言わせるんだい?」
「申し訳ありません!!!!」
「あーもう……また……まあいいか。二人共お疲れ様。戻っていいよ。」
「三成、下がるぞ。」
「失礼いたしました……半兵衛様……。」
ふよふよと御輿に乗ったまま先に吉継が下がり、落ち込んだ様子の三成がそれに続く。
「あ、そうだ、あと一つ……。」
半兵衛のその言葉に振り返ると、半兵衛は優しくにっこりと笑っていた。
「明日、君にここを案内してあげてくれ。もちろんお客様ということを忘れないでね?」
「はっ!!」
「……半兵衛様のご命令とあらば……。」
お願い事にしゃきっと背筋を伸ばす三成に、少々めんどくさそうに答える吉継は予想通りで面白い。
「ふふ、なんだか面白いねえ。三成君が女性のお相手なんてしてるとこ見たことないから大丈夫かなあ。しかし僕の女って……あの動揺っぷり……。」
心配の言葉を呟きつつも、半兵衛はプククと笑っていた。
落ち込んでいた三成が徐々にいつもの調子を取り戻してきたのか、先に行く吉継の隣に並ぶ。
「刑部、離れに行くぞ。」
「とやらのところにか?」
「ひとまず謝罪をする。そしてあの半兵衛様の口ぶりでは具体的な立ち位置が曖昧だ。本当に豊臣に、秀吉様に害のない人間か確かめる。」
「……三成……。」
「それに織田の元に居たのだぞ。明日ここを案内する前に、信用に足るものかどうか私自身が見極めなければならない。」
「……我も病に冒される前は……おなごに結構もてていたのでな……。」
「?何を言っているのだ刑部。」
「多少は女心を察することも出来る。賢人もそうであろうな……。」
言っていることの意味が分からず、ずんずんと進み、離れの戸に手を掛けようとする。
しかし、止まる。
中から、すすり泣くような声が聞こえた。
「…………。」
「さて……おなごに興味も持たずろくな交流もせず邪魔だ邪魔だとあしらう三成殿は……泣いているおなごにどう接すればよいかご存知であるのか……。」
「………………。」
「客人であるぞ……強行は許されぬ……。」
「……飴などの備蓄は……。」
「子供では無いぞ。」
くっ!と悔しそうに手を引っ込め、拳を握る。
そして道を引き返す。
「客人とおっしゃるのにこのような暗い離れに通す意図を察しやれ。……随分とお優しいことよ。」
離れに通してもらえてありがたかった。
は布団の中で丸まって、包帯の巻かれた脚と腕にずっと触れていた。
「うう……う、明日から、明日からまた……頑張ります……頑張りますから……。」
一人になったら涙が止まらなくなってしまった。
今日はもう涙が枯れるまで泣いてしまいたい。
「光秀さん……濃姫さま……信長様……。」
自分だけは、覚えておこうと思った。
織田が滅んで喜ぶ人たちはきっといっぱいいる。
だから自分くらいは、織田軍の滅びを、悲しませて欲しい。
「蘭丸君……お市様……。」
覚悟していたつもりでもだめだ。
悲しいものは悲しい。
「光秀……さん……。」
一番気がかりな男の名を何度も呟いてしまう。
願いは叶いましたか?
信長様を、討つことは出来ましたか?
それはとても嬉しいことでしたか?
報告してくれるまで、お別れなんて認めません。
残してきた豊臣軍兵士から織田信長のものと思われる焼け焦げた武具が発見される。
遺体こそ出なかったものの付近を捜索しても、逃げた痕跡は一切無かった。
これは明智光秀についても同様であったが、竹中半兵衛の用意周到な謀により、明智光秀の裏切りによる織田信長の死と、明智討伐を豊臣秀吉が遂行したとの情報が日の本を駆け巡った。
そしてそれは、織田軍へと進行している最中であった伊達、武田、上杉軍の耳にも届く。
「織田が……滅んだだと……?」
政宗は道中の馬上で黒脛巾から情報を得た。
その報告を傍らで聞いていた小十郎は、武田、上杉両軍へ至急文を届けるよう政宗に進言する。
同盟を組む理由は、豊臣を討つことにあった。
しかしそれを成し遂げるには織田領地を掻い潜る必要があったが、殺戮を繰り返す織田を見逃すわけにはいかないと意見を一致させ、織田を討ち大阪へ進軍する手筈だった。
織田が豊臣に敗れたとなれば勢力が大きく変わる。
今この場で新たな策略を練るには情報が少なかった。
「政宗様!本日はひとまず近くの町へ……!」
「おう、わかってる!!」
小十郎の呼びかけに振り向いた政宗の視線が一点で止まる。
目を丸くして、驚きと動揺と焦りをいっぺんに抱えた左馬助に向き直る。
「左馬助。お前が懸命に動いてくれたことは絶対に無駄にはしねえ……!!」
明智光秀に奇襲を受けても必死に持ち帰った情報が無下になることを恐れているのだろうかと思い、そう声をかける。
だが、左馬助は怯えたように政宗を見た。
そして辛そうに下を向き、馬を降りて黒脛巾に近づいた。
「生存者は、分からないのか……?情報は……?」
「今はなんとも……。」
政宗よりも切羽詰った声に、忍も不思議がる。
「織田を……豊臣が攻めたのか……力の……豊臣が……。」
惨状しか思い浮かばない。
手に汗を握り、体を震わせる。
政宗も小十郎もその姿を見て心配になり、馬を降りようとしたところで、左馬助は地面に座り込んで頭を下げた。
謝罪の言葉を叫びながら、何度も何度も頭を下げた。
「すみません筆頭!!すみません!!すみませ……申し訳ありません……!!俺……俺……!!」
「急にどうしたんだ!落ち着け!!」
「俺……俺、見たんです……。」
双竜が顔を見合わせ、震えの止まらない左馬助の元へ馬を降りて近づいた。
「何をだ……?」
「会って、話したのに……あんなに近くにいたのに……!」
「落ち着いて、話せ……それに今じゃなくてもいい。」
同じく心配になる他の兵は小十郎の命令で先に町へと向かわせ、その場は3人だけとなった。
ひたすら謝る左馬助も、政宗に気遣われて徐々に落ち着きを取り戻し、続きを話し始める。
「……いたんです……明智の……部隊に……織田軍として……!」
「いた……?」
「さんが……いたんです……。」
政宗の動きが止まる。
小十郎も目を見開く。
「間違い……ねえのか……。」
「顔も、声も……俺のことも覚えていました……俺の、俺の怪我……手当してくれて……。」
左馬助は下を向いたまま、どうして報告を渋ったのか後悔した。
もっと早く言えば、織田領地に兵でも忍でも送りこんで、の身を確保できたかもしれないのに。
「一緒に、奥州へ戻ろうと思ったんですが……さん……ごめんなさい、って……。」
「そう、言ったのか。」
「はい……!それが、それが俺信じられなくて!筆頭になんて言えばいいか分からなくて……!!」
政宗が落胆していると思った。
しかし肩に手を優しく置かれ、ゆっくり、頭を上げる。
「大丈夫だ。は。」
政宗は、優しく笑っていた。
「筆頭……。」
「……こうなることが分かって……あいつは織田に残ったんだ……。」
が織田の辿る道を知っているというのは、未来の人間だったからと予想がつく。
織田に残って何をしようとしたのかは分からないが、見捨てられなかったんだろう。
「咎めたりしねえよ。だがな、もう少し俺を信用しろ?」
無邪気な笑顔を見せ、左馬助を小突く。
「信用して、ます!!す、すみませ……。」
「とりあえずお前も町行って宿取って、風呂にでも入ってこい。いいな?」
「は、はい……!!」
背を押されて、左馬助は走り出した。
馬に乗って、道を引き返す。
「……政宗様。」
小十郎は、ただ名を呼んだ。
そこには喜びも悲しみも不安の感情も込めなかった。
「止めようと、したのか?いや……。」
政宗が視線を送るのは、本能寺の方向。
「……救いたいと、思ったんだろうな……。」
その言葉に、小十郎は強く頷く。
「本能寺まで行く。共に来るか、小十郎。」
振り返る政宗は、既に強い決意を抱いているようだった。
「もちろんです。」
生きていたとしても、きっともう、そこにはいない。
だが確認したいのだ。
もちろん、のことがなくても、政宗はそう言うだろうとは思っていた。
「小十郎も、お供いたします。」
そしてまた、を探しましょう。
そう言えば、政宗は笑った。
泣きそうな顔をして、笑った。
「ああ……!!」
そして、ちゃんと事件の終わりを迎えよう。
■■■■■■■■
豊臣軍は邂逅編になります!
やっと政宗が主人公の存在知ったどーーー長かった長すぎた!!
全盛期豊臣書けて嬉しいんですが三成の台詞難しすぎる!勉強します!!