戸から漏れる光、障子を照らす光が、一つ、一つと消えていく。

それを崖の上から見下ろし、光秀は鎌をべロリと舐めた。

「クク……私は好きですよ……。この、人の住処が暗闇に染まる時間が……。」

そして、静かな夜が一瞬にして悲鳴と絶叫に包まれるのが、大好きだ。

ただ光秀の出撃の合図を待つ兵しかいないはずの背後から、慌ただしい足音とがさがさと草木が揺れる音がする。

「み、光秀、さん!!!」
「おや……さん。」

振り返る光秀は目を丸くしていた。
だが直ぐに優しげな声をかける。。

「夜中に一人で外出なんて、危ないですよ?」
「光秀さん……これは……。」

並ぶ兵と光秀の姿を交互に見ながら、光秀の元へ駆け寄った。

「ふふ……貴女に最初に見つかるとは……。」

また一つ、屋敷から明かりが消える。

「どうしても、ですか……?」
「……さん……貴女……私が何をしようとしてるか分かってらっしゃるんですか?」

がぎゅっと口を結び、自分を強い眼差しで見つめる。
ああ知っているのか、と感じるには十分だった。

「……あのですね、我が織田軍を急襲しようとする動きを察しまして、急な出撃の命が出まして……。」

がさらに光秀に近づき、裾を掴む。

「……と、言うつもりでしたよ。何も知らない人でしたら。」
「信長様を、討ちたいのですか……?」
「ええ、楽しみでなりません。」
「死んじゃったらもう、言葉を交わすことも、触れることも、お酒を酌み交わすことも出来ないんですよ……?」

また一つ、明かりが消える。

「私が殺せば、信長公は永遠に私のものとなるんです……。」
「何を見てきたんですか光秀さん!!戦でいっぱい殺してきて……!!何言ってるんですか!!」

殺されるかもしれない恐怖と戦いながらも必死に訴えるを見て引き寄せたいと思ってしまったのは、今の自分が高揚してるからだろうと思う。

「誰だって死にます!!いつかは死にます!!死んだらその人は……終わってしまいます!強い気持ちを抱ける人と出会えたのに、どうして殺すなんですか!?共に生きる時間を大切にしたいと、思えませんか……!?」

控える兵が二人のやりとりを見て徐々に動揺し始める。
この出撃に疑問を持つものはもちろんいる。
中には、光秀に怒鳴るを攻撃したほうがいいのかと悩む者もいる。

「生きてる方が、良いじゃないですか……!!」
さん、……ありがとうございます。」

屋敷の明かりが全て消え、見回りの兵の交代時間がやってきた。

「光秀さん……?」

一歩、に近づくと、胸元に触れる。

そしてドンと後方に押されたと同時に、鎌が振られた。

さんは我々の軍ではございませんからねえ。」

血が飛ぶ。

の両脚の腿に、一筋の傷が走る。

「いっ……!!!!」
「さあ皆さん!!敵は本能寺にあり!!信長公を討つのです!!」

本能寺に鎌を向け、速やかに走り出した兵が次々と崖を下る。
は傷を押さえながら、土煙にゴホゴホとむせた。

「みつひで、さ……。」
「邪魔だ女!!」
「!!」

走り抜ける兵の一人がに向かって刀を下ろす。
何も対応できずにただ見上げることしかできなかったが、刀は力なくの横に音を立てて落ち、その主は膝をついて倒れ落ちた。

その背中からはドクドクと血が溢れ出していた。

さんを手にかけることは許しません……。」

を救ったのは光秀だった。
兵の背後に周り鎌を振った光秀は、今度はを見下ろす。浴びた血飛沫が頬を伝うのを拭いもせずに。
は意味が分からず、ただ傷口を押さえながら、呆然と見上げることしか出来なかった。

「第二陣の皆様も…分かりましたね…?」
どす黒いオーラを放ち兵を睨む光秀に全員が頷く。

「では、なんだか警備の兵が増えてるようなので、皆様も行ってください。」
そして今度はニッコリと笑って、再び鎌を本能寺に向ける。

動揺しながら、お、おおー!!と声を上げ、兵たちは進軍を始める。
それをただ見送って、崖の上に光秀と二人きりの静寂が訪れる。
そこでやっと口を開いて疑問を呟いた。

「み、光秀さん……どうして……?」

傷つけておきながら殺すなというのは、今のには理解しがたいことだった。

「困惑しないでください。私は貴女の何倍も……貴女に困惑され続けました。」

そして歩み寄り、座り込むの正面で膝をつく。


「貴女と一緒に居ると……私はただの人間であるような気がしました……。」

そっと

の瞼に唇を落とす。

「もう……お別れにしましょう……。」

唇を離し、を見つめる光秀は美しかった。

切なく目を細め、柔らかな微笑みを浮かべるその姿は、武人でもない、狂気もないただ一人の男の姿だった。

見つめたまま、涙があふれる。

自分にできることなど何もないことを思い知った。

「み、みつひで、さ……。」

この傷は

進むな、と

追いかけてくるな、と

光秀からのメッセージだった。

「お元気で、さん。」

そして、本能寺に向かって歩き出す。

光秀の姿が見えなくなって、は歯ぎしりをする。
ぐしゃぐしゃと裾で涙を吹き、腰に下げてきた巾着から包帯を出した。

着物の上から、傷口を思い切り縛る。
左脚の傷がやや深いが、右は皮膚表面を切ったくらいだ。

右脚を軸に立ち上がり、光秀の後を追った。

「……。」

既に斬り合いが始まっている。
光秀が向かうのは信長のところしかなく、そのまま追っても追いつくはずがない。
そもそもこの脚では崖は降りられない。

「……そうだ……通ってきた道を引き返したら……とりあえず蘭丸君の部屋の近くに……!」

蘭丸と合流し、一緒に行ってなんてこんな状態では言えないけれど、とにかく道を作ってもらおうと考える。

「……。」
例え光秀に追いついても、何ができるんだ、私なんかに、と思い、頬を自分でパンと叩いた。

そして振り返り、光秀に殺された兵の亡骸に手を合わせる。

「何ができるか……なんて……何でも……頑張るしか、ない!!私は生きてるんだから!!」

熱をもって痛み出した脚を引きずり、歩き出した。














屋敷にちらほらと火の手が上がって周囲を照らし、明智軍が怒涛の攻めをみせていた。
不意打ちをくらった織田軍も懸命に対抗する。
しかし無数の火矢が飛び交い、本能寺を燃やし始める。

「こんなに火が……!」

草陰に隠れて急ぎ蘭丸を探す。
派手に弓矢を放ちながら接近戦もこなしている様が目立ち、直ぐに見つけることができた。
周囲の兵を一掃すると、子供らしく慌てた表情で周囲を見渡す。
立ち上がって、名を叫んだ。
弾かれたように振り返り、駆け寄ってくる。

!!大丈夫か!?」
「うん、大丈夫!蘭丸くんは……?」
に言われてから、嫌な予感がして、武装して部屋にいたんだ!!お市様も一緒だったんだけど、はぐれちゃった!!」

を涙目で見上げながら、蘭丸は慌ただしく言葉を続ける。

「蘭丸が、活躍して、みんなを守るよ!!でも、なんで、光秀の軍が襲ってくるのか、わからないんだ!!!」
「うん……うん……。」

蘭丸の頭を優しく撫でて、なんとか落ち着かせようとするがなかなか動揺はおさまらない。

「光秀さんが、信長様を狙ってるの……。」
「えっ……?」
「蘭丸くん……信長様のところへ……!」
「う、うん!!」

子供であっても武人である。
やるべきことを見つけた瞬間、蘭丸の雰囲気が変わり、大きな瞳いっぱいに溜めていた涙がすっと消えていった。

そこへ銃声が近づいてくる。

も蘭丸もすぐに音のした方向を振り向いた。

「濃姫様!!」
「ご無事ですか!?」
!蘭丸くん!」

こちらに気づいた濃姫は明智軍に向かって3発発砲した後、駆け寄ってきた。

「光秀が裏切ったようね……。」
「濃姫様!信長様を守りに蘭丸、行きます!!」
「ええ蘭丸くん、一緒に行きましょう……。」

蘭丸が信長がいる筈の方向に一歩動いたとき、それまで蘭丸の体で隠れていたの脚の傷が目に入り、心配そうに眉を顰める。

「大丈夫……?……それ……。」
「大丈夫です!!私も後ろから付いていっていいですか!?邪魔は、しませんから!!」
「その、傷は……。」
「あ、こ、これは……。」

おそらく一目見て、光秀にやられたことを察したのだろう。

「だ、大丈夫です……。」
「…………そこに、倒れてる兵……!矢が脚に刺さったみたい!ちょっと助けてあげてくれないかしら?」
「え?」

振り返ると、確かに倒れている兵がいた。
脚を抱えて痛そうに悶えている。
傍らには血のついた矢が転がり、自分で抜いたのだろう。

「はい!」
近寄ると前に回り込み、大丈夫ですか、と声をかけると、深く呼吸をした後に、大丈夫です、と返事が来た。
怪我の様子を診ようとした瞬間、腕に一筋の灼熱が通り過ぎる。

「……っ、ゥ、あ!!!!」
悲鳴にもならない声を上げ、咄嗟に手を当て正面を見ると、濃姫の銃口から硝煙が上がっていた。


「濃姫、さま……?」


濃姫の鋭い眼光が自分に向けられているということが信じられず、何が起こったのか分からず、ただ手だけが震えだす。


「その男は明智軍よ…!!」


徐々に濃姫の声が大きくなる。
周囲にいた兵も、濃姫に視線を向けた。

「明智軍兵士を救うとは……。貴女はもう、織田軍ではないわ!!!!!」

怒りを込めた声で叫び、そして再び発砲する。
の肩を弾丸が掠めていく。

「濃姫様!?どうしたの!?どうして……!!」
蘭丸も混乱し、濃姫に駆け寄り縋り付く。

「やめてよ濃姫様!!は蘭丸の友達なんだ!!!濃姫様だって……!」
「蘭丸くん……ごめんね……黙って、見ていて……!」
「でも……!!」

蘭丸が肩ごしに振り返る。

が震えながら、ぼろぼろと大粒の涙を流し泣いていた。

「のうひめ、さま……!!!」
声を搾り出し、涙でぐしゃぐしゃになりながらもまっすぐ、濃姫を見つめる。

「私は、織田軍の人間に、なれていたのでしょうか……?」

その問いに、ゆっくりと銃口を下ろす。優しい優しい笑顔を浮かべて、一度だけ頷いた。

「貴女は、立派な、私たちの仲間だったわ……。」

そして再び、銃口を向ける。

「ありがとう…………。」
「ありがとう……ございます……。濃姫様……蘭丸くん……!」

そして立ち上がり、逃げるように林の中に入っていく。

!!まって……!!」
「いいの蘭丸くん!!これでいいの……!!をこれ以上……巻き込むのは辛いわ……。あの子は人を救える子なの……。」

頼りない足取りで消えていくに背を向けて、濃姫は走り出す。
夫である信長を救うために。
蘭丸も混乱しながら、時々後方を振り返りながら、濃姫の後を追う。

途中、織田軍の忍が濃姫の後方に現れ、更なる悪い知らせを届けた。

「第三勢力が、こちらへ向かっています!!」
「想定してるわ……蘭丸くん!!」
「はい!」
「悲しんでる暇は無いの!!この戦が終わったら、好きなだけ金平糖をあげるからね!」
「……はい!!!!」

















はまだ諦めてはいなかった。
林の中を通っては遠回りになってしまうが、それでも信長がいるであろう場所へたどり着こうと、歩き続けていた。

「はあ、はあ……。」

脚が震えだしていて、包帯を縛り直そうと木の根元に座り込んだ。
思っていたより深い傷なのだろうか。
息を整えながら、冷静に傷口を見るがいまいち判断力が働かない。
ぎゅっと縛って、立ち上がろうとした瞬間、後方から足音が聞こえ、一気に緊張が高まった。
手で口を抑え、息をひそめる。

「…………。」

足音はすぐに止まったようだった。
それ程近くはなく、声がぼそりと聞こえる位置。けれどもその人間が発する禍々しさが、背筋を嫌というほど凍りつかせる。

「織田が……滅びるか……。」

ゆっくりとした穏やかな低音は、この状況に似つかわしくなく何の感情も持たない声色だった。

「遅いくらいだが……やっとこの日が来たというものだ……さて……。」

草を踏みしめる音がする。

「卿はそろそろ……決めてくれたかね?私に雇われることを……。」

もう一人の気配がどこからともなく現れ、風が草木を揺らす。

「退屈にはさせないよ……伝説の忍……風魔小太郎……。」

後方に居る松永久秀が欲していた傭兵は、風魔小太郎だった。
傭兵と聞いて、どうして思いつかなかったのだろう。
考えたくなかったのだろうなと、どこかは、冷静だった。

「何に、執着しているのか知らないが……いや、興味はある。金で動くと聞いていた卿は、噂とはずいぶん違う。」

小太郎は返事を渋っているのか。
私のせいだろうか。
解約の口約束をしたとはいえ、急に消えてしまったからだろうか。

「噂の一人歩きか、それとも、卿が、変わったのかね?」
「…………。」

再びその場を風が吹き抜ける。
小太郎が消えていったのだろう。

「いやはや……嫌われているのだろうかね?」

そして松永の足音も遠ざかっていった。

は静かに涙を流した。
これまでのことが一気に頭の中を駆け巡り、混乱し始めていた。

そしてどうして小太郎が、あれほど優秀な忍が、自分の存在に気が付かなかったのかということも。
それとも気付いていて、あえて放置したのだろうか。

織田軍だと言ってくれた濃姫にもう一度問いたい。




私はそもそも、ちゃんとここに生きているのでしょうか。
























男は不機嫌そうに、本能寺に向かって歩いていた。

「くだらん。」

不快そうに吐き捨て、燃え盛る炎を睨みつける。

「やれ、そう言うな。これが終われば太閤の天下取りも確実のものとなろ。」
「秀吉様が天下を取ることなど決まりきったものだ。たかが同士討ち、私のみで十分なところ、わざわざ秀吉様が出陣するなど……。」
「豊臣軍、でなく太閤殿下が、織田信長、明智光秀を討った、という事実が大事よ。三成、任された仕事を全うせねば、褒美もお言葉ももらえぬぞ。」
「私が秀吉様のために動かぬことがあったか、刑部。」

三成と呼ばれた細身の男に、隣に控えていた御輿に乗った男、大谷吉継はため息をついた。
彼が豊臣軍のために武功をおさめなかったことはない。だが彼の闘志は上手に素直に表面には現れない。

いつも通りの三成から視線を逸らし、吉継は、神輿をやや高い位置に浮かせて周囲を見渡す。
二人には敵兵を片っ端から斬っていけとの命が下っていたが、元気に動き回っているものはほとんどいなかった。

「逃げる者もいれば主君を守りに奔走する者もおろう。さて、とりあえず進んでみるか……。」
おそらくこの戦では自分たちが活躍する場はもう無いと察していた。
秀吉、半兵衛両者は既に最深部に到着しているかもしれない。

だからといって秀吉の左腕である三成とともに帰る準備などするわけにもいかず、欠伸が出そうになるのをこらえて進む。

その時、面白そうなものが目に留まる。

力なく項垂れる、女の姿だった。
怪我を負っているようだったが、死んではおらず、胸が上下している。

「三成、三成。」
「なんだ。」
「ひとつ、賭けをしようではないか。」

そして女の居る方向を指差す。

「賭け?」
「織田側か、明智側か。」

それを聞いて、大谷と付き合いの長い三成は意味を察する。
「悪趣味だ。」
「暇つぶしになろ。ヒヒ、我らのことなど知らぬ女よ。助けとおもうであろう?三成が刀を向けて問うのよ。当たりを引けば助かり、外せば殺される。我はヒトが必死に思案する姿が見たいのよ。」
「……。」

三成は黙って近づき、座り込む女に刀を向ける。
月明かりを反射し光る刀に気がついた女は、ゆっくりと顔を上げた。
泣いていたようだった。
ひとりこんなところで泣いているなど、三成の目には無力以外の何者でもなかった。
力を尊ぶ豊臣軍にとっての、敵であった。
その瞬間、女であろうとも殺意がこみ上げる。

「……貴様。」
「三成。」

振り返ると、女は利用価値がある、とぼそりと呟いたのを聞き逃さなかった。
殺すな、ということだ。
三成としても任されたこと以外、勝手なことをするつもりは無い。

「問う。織田側か、明智側か。」
「…………。」

口を開かない。
答えないつもりか。

「答えられんのか。貴様が仕えるのはどちらかと聞いている。」
「…………ない……。」
「ん?」

三成を見上げたまま、ゆっくりとゆっくりと、強い眼差しに変わっていく。
「……?」
だが女の返答を聞いた瞬間、三成が歯ぎしりをする。

「どちらでも……ない……。」

逆刃で握っていた刀を持ち直す。そして鞘に収めた。

「貴様……!」

そして腰を低くし、抜刀の構えをみせた。

「答えに行き詰まった挙句に……答えがそれか……!!どちらでもないだと……?滅びゆく自軍を見捨て、主君への恩も忘れ去るか!裏切り者!!」

大谷はそれを黙って見ていた。
止めたところで間に合わないのを経験から知っていた。
瞬きした瞬間、女の首が飛んでいると思っていた。

だが違った。
キン!と甲高い音がして、三成の刃が交わされていた。
女の手には小刀が握られていたが、軌道を逸らすのに精一杯で、立ち上がろうとしていた体は衝撃に弾け飛ばされ、後方の木に背をぶつける。

「裏切らない……。」
ぶるぶると震える体を無理やり起こす。溢れる涙を気にもせずに、瞳に光を宿して、三成を睨みつける。
今、激しい怒りに震えているのは三成ではなく女の方だった。

「光秀さんは、脚を斬ってくれた…!濃姫様は、こんな切迫した状況で、私に銃弾を使ってくれた…!!」

三成も吉継も、錯乱する敵となど何度も対峙している。何を口走っているのかと、いつもの様に無感情な視線をおくるだけのはずだった。
だが今回は違っていた。手負いの、か細い女に、攻撃をかわされた。

「皆が見ている前で……明智軍じゃないって織田軍じゃないって……叫んで……逃がしてくれた!!私は誰も、誰の気持ちも裏切らない!!!」
「き、さま……!」

もう答えなどどうでもよかった。
確実に息の根を止めようとした攻撃がかわされた。斬滅せねばならぬと、この女を逃すことは己の汚名であると、三成は再び刀を構える。

「死ね……!!」
「大谷君!!三成君!!」

突如背に投げかけられた凛とした声に動きが止まる。

「こんなところで何をしているんだい?火の手の回りが早い!風下に……?」
声の主は近づいて、状況を見て目を丸くする。

三成はすぐに刀を収めて片膝をついて返事をしたが、女はふらふらと歩きだした。
近づいていくのは事もあろうに自身が尊敬してやまない上司、竹中半兵衛の元へ。

小刀を手にしたままで危険極まりなく、即座に立ち上がり止めようとするがそれよりも先に半兵衛が女に手を伸ばした。

君?」

その半兵衛の言葉に、三成の動きが止まる。

「半兵衛さん……半兵衛さん……!」
女の方も半兵衛の名を呼び、腕に手を添えた。
半兵衛も傷だらけのの姿を確認すると、手を背に回して状態を気遣う。

吉継は手を頭に添え、やれ困った……と呟いた。
半兵衛と知り合いの女を殺そうとしたなど、なんと言い訳しようか。

「どうしてこんなところに……というのは聞かないでおくよ……。もう君がどこにいても、僕は驚かないよ……。」
もう慣れた、といった様子で苦笑いを浮かべる。

「半兵衛さん……状況は……?信長様は……?光秀さんは……?」
「…………。」

脚に負った傷が鎌によるものであること、
腕にある傷が銃撃によるものであることはすぐに理解した。

「……僕も秀吉も、今は外で火が落ち着くのを待っている状態だ。信長公がいるとされるところまで辿り着けていない。」
「半兵衛さん……。」
「混戦を極めている。確信がないことを口に出来ない。」

半兵衛にもまだ状況が掴めていない、ならばまだ希望はあった。
皆、まだ生きているかもしれない。

「察するに……脚は光秀君、腕は濃姫君にやられたね?」
「え……どうして分かって……?」
「はは、素直な反応だ。」
「……うう……。」
「……そう、織田軍にも明智軍にもお暇を出されたんだね。」

茶化すような半兵衛の口調に、も徐々に落ち着きを取り戻してきた。

「ならとりあえずうちに来るかい?」
予想していなかった言葉に、半兵衛を見上げて首を傾げる。

「え……?」
「いろいろ聞きたいこともあるし。傷を癒すといい。」
「で、でも……豊臣は……私……迷惑を……。」
「君程度が僕たちの計画の邪魔をできるとでも?はは、見くびらないでくれるかな?」

歓迎するよと笑顔を向けられ、こくりと頷いてしまった。
裏がある気がしてならないが、行き場のないは一文無しで彷徨い歩くよりは余程いいだろうと思うことにした。
きっと豊臣に居ればこの燃え盛る本能寺の結末も聞くことが出来るはずだ。

「行けないんですよね……。」
ぽそりと、確認する。

「行けなくてもどかしいのは君だけじゃない。」

火の粉が天高く舞う。

きっと、みんな逃げている。
生きて逃げていると、祈ることしか出来なかった。











「やれ三成。」
ひらひらと目の前で手を振るが反応がない。

三成は目の前で起こった光景を頭が理解できず、まだ硬直していた。

















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瞼へのキスは憧憬の意味が込められるそうですね
長かった織田軍編が終わりました・・・ちょっとでも光秀が救われたらいいなと思ってこれでも愛情込めさせていただきました・・・
ばさら光秀は例えヒロインに恋心を抱こうとも信長公への気持ちは揺らがないんだろうなとおもいます
宴の光秀本当うわああああでした・・・少しでも普通の人間のようだと自覚出来る時間を持たせてあげたかった感じになりました光秀・・・

再びの豊臣軍登場です
三成がギャグってそんな馬鹿な