「慶次!暇しているのなら手伝いなさい!!」
「ちょっと待ってよまつ姉ちゃん!!良い知らせが来たんだよ!!」
「何ですかもう!先程から文を見てだらしなく笑って!!どうせまた女性からでしょう!!」
「そう、女の子から。お市さんから。」

その名を聞き、まつも忙しなく動かしていた手を止めて、慶次に近づく。

「まあまあ……お市様から!!」
「少しは元気になったみたいだ……。良かった。友達が出来たってさ。」
「まあ!!ご友人が……!!なんという方で?城の方かしら?」
「それが書いてないんだよねー。友達が出来たから頑張れるって。」

まつはそれを聞いて自分のことのように喜んだ。
それを見て慶次もまた嬉しくなる。
人の幸せに心から喜べて、幸せが伝染していくのは、最高なことだ。

そしてこの幸せをくれた、市の友人になってくれた子はどんな子だろうかと想像する。
人の痛みが分かる、優しい子なのだろう。

「……会いに、行きたいかなー?」

しかし庭の雪に目を向ける。
まつもこればかりは菓子折りを持って慶次に、その友人に挨拶をしてきて欲しいと思うが、それは雪かきが終わってからだ。
近所のお爺さんも手伝ってくれているのに、慶次が何もしないわけにはいかない。

「さっさと終わらせて、ご挨拶に行かないとな!!」

どっこいしょ!と掛け声をかけて立ち上がり、懸命に雪かきをする利家の元へと駆けていった。


















どうもおかしい、とは腕を組んで首を傾げていた。

ここ最近の周囲から受けるのは腫れ物に触るかのような態度だ。

明日もまた茶会が行われるということで手伝おうとしたが、必要ないどころかやめてくださいと言われるのだ。

「遠出しての茶会とか、人手あったほうがいいのにー」

安土城を出て馬を走らせ、屋敷に昨日着いたばかりだ。

「……ふふ。」

もしかして、衛生兵としての地位を確立しつつあるのかなーだからこんなことより衛生兵としての役目をしなさい、ということかなーなどと想像し、喜んでしまう。

。」
「濃姫様!」

呼ばれて笑顔で振り返れば、きょとんとした濃姫の表情が一番に飛び込んでくる。

「どうされました?」
「いえ……思った以上に元気そうだったから……。」
「大丈夫です!!疲れてませんよ!!」
「そ……そう……。」

以前の茶会では濃姫も楽しみにしていたようだが、今回は浮かない顔をしている。
何かあるのだろうかと思うが、濃姫に先に口を開かれ問いかけることができなかった。

「私には何も遠慮することないからね…。」
「え?何がですか?」

なんのことか分からずまた首を傾げると、流石に濃姫も眉根を寄せる。

「光秀に……聞いてないの?」
「え、あ、光秀さんですか?え?何……を……?」

抱きしめられたこと囁かれたことを思い出しては動揺してしまう。
次の日朝会った時も光秀はいつもと変わらぬ様子だったから自分も気にしてはいけないと思うが、急に話題を出されると態度に出てしまう。

聞き返したの反応を見て、濃姫が頭に手を当ててため息をついた。

「わかったわ……ちょっと待っててね……。」
「はい……すみません……何も聞いていなくて……。」

しゅんと頭を下げるが、それを見ることなく濃姫は背を向け歩き出していた。
光秀に怒りを感じてしまい、自然と早足になってしまう。



光秀が泊まるはずの部屋の戸を勢いよく開けるが誰もいない。
すると奥の襖が開けられ、これはこれは、とのんびりした口調で現れた。

「如何いたしましたか?帰蝶……。」
に、何も言っていないそうじゃないの。」
「そうなんです。言おうとしたんですが、私もそこそこさんのことを分かってきましてね、逃げるのではないかと。」
「……。」
「討たれるのを覚悟してでも逃げます、あの子は。そういう子です。」
「ならばどうしろと……。」
「逃げられない状況に追い込み、告げるしかないでしょう。」
「……光秀、この際だからはっきり言うけど、私は貴方が……貴方は……に好意を持っているように見えたのよ。」
「私がですか?そんな馬鹿な。一体どこでそのような思い違いを。」
「……そう、思い違いなの……。」

濃姫は胸がちくりと痛んだ。
自分自身を、自分が一番分かっていない男なのだ。

「明日、明日分かりますでしょう。そんなに鈍くはありませんよ!」
光秀は何を思ったか、濃姫が暗い表情になったのを元気づけるように手をパンと叩いて楽しそうに笑った。

「……貴方がそうするなら、それでいいわ。」
「?はい……。」

吐き捨てるように言い、また早足で出て行ってしまう。
光秀は後ろ姿が見えなくなると、ニタリと、笑った。

「明日の夜など……訪れませんが……。」

そしてまた奥の部屋に入り、襖を閉めた。














待っていろと言われたらその場で待つしかない。
縁側に座ってたら市が来て、何をしてるか問われたが濃姫さまを待っているとしか答えられなかった。
市も待つ……と隣にちょこんと座ってくれたのでお話をしていたが、今日は天気がよく暖かい日差しに負け、市は眠りだしてしまった。
膝を貸して、市の美しく手触りの良い髪を撫でていた。

……。」
「濃姫様ー。お市様が寝ちゃっているのでこのまま失礼します!!」
「明日は忙しくなるから……今宵は早く寝るのよ?」
「はい!!」
「明日は……女中が準備してくれるから……従うのよ……。」
「????は、はい……。」

分からないまま、はいはいと頷いてしまう。
濃姫の様子がおかしかった。

「大丈夫……ですか?」
「ごめんなさいね。私もちょっと休むわね……。」
「はい……。」
濃姫が去ろうとすると、入れ違いで元気に蘭丸が走ってきた。

ー!!!!!」
「蘭丸くん!!しっ!!!」
「あ……お市さま寝てるのか……!!」

市も蘭丸も何も知らない。
楽しそうに笑う皆を見ていると、明日から確実に何かが変わってしまうのが悲しかった。














早く寝なければならないのに、市が起きたあと折り紙で遊びたいというので遊んでいたら時間があっと言う間に経ってしまった。
皆より遅めの夕餉を3人で頂いた。

「蘭丸はこのたくあん好き!!」
「そうだね!」
「市……このお野菜好き……。」
「ほうれん草?」
「うん……。」

他愛のない話をしながらだったが、には心配事があった。
濃姫の様子がおかしかったし、一人で夕食は食べると言っていたし、明日何があるのかは聞けないオーラがあった。
……もし、懐妊でもしていたら、教えてくださると思っているが……。

「……、どうしたの?」
「明日って、茶会なんだよね?」
「うん。蘭丸はそう聞いてるよ?」
「市も……。」
「だよね……?」
「蘭丸は良さがよくわかんないけど、信長様の威厳をみんなに知らしめるのにいいんだってさ!」
「うん……。」
「でもわざわざ本能寺まで来てやることなのかなって思っちゃうなー。」

箸が止まる。
蘭丸を凝視し、詰め寄る。

「いま……。」
「え?何……?」
「ここが、何だって……?」
「ここ?本能寺だよ?は初めてだろ来るの。」

戦から戻った直後の急な出発で、詳細を旅立ち前に聞かなかったことを後悔した。
織田軍で気を抜いてはいけなかった、ここがどこだかなど二の次で手伝いをしたいと奔走してたなんて。
箸を置いて、ごちそうさま、と一言発して立ち上がった。

、まだ全部食べてないよ?」

蘭丸の声に振り返るの顔は動揺しきっていた。
市も何かを察し、箸を置いた。

……?」
「お市様……蘭丸くん……。」
何を言うべきか、の頭は真っ白だった。
今日であるとは限らない。
でもこのまま去るわけにはいかない。

「……もしかしたら、ここが襲われるかもしれない……。」
言葉を、慎重に慎重に選ぶが、にも余裕がない。

「急に何言ってるんだよ。大丈夫だよ。すっごい広い範囲で、警戒してるんだよ!織田軍は!!」
「蘭丸……もそれは知ってるわ……。」

市は立ち上がり、の表情を伺いながら近づいてくる。

……市……誰も……もう誰も……大切な人、失いたくないの……」
「……っ!!」

市は、当たり前のことなど無いと知っている。
きっと、より何倍も、平穏な日々が一瞬にして壊れる恐ろしさを、悲しさを知っている。

そして、その失いたくない人に、光秀は入っているのだろうか。
胸が締め付けられる。

「兄様と濃姫様と明智様に言って……警護を増やす、ね……?」
「はい……お願いしますっ……!!!そして……もし、もし危なかったら、逃げてください……。」
もお市様もどうしたの!?織田軍が簡単に負けるわけないじゃん!!」

は声を荒げる蘭丸に駆け寄り、ぎゅっと抱きしめる。

「うん、織田軍は強いから、死んじゃだめだよ……?」
「……!!」

蘭丸にも嫌な予感が駆け巡る。
背に回されたの手が、小刻みに震えていた。

「し……死なないよ!!死ぬもんか!!」
「約束だよ……!!」

そしてまた部屋を出ようとするのを、市が着物の裾を掴んで止めた。

「…………。」
……どこ行くの……?」
「……止めに行く。」
「…………?誰が襲ってくるか、知ってるの……?」
「…………。」
「そう……。」

言えなくて、申し訳ない気持ちいっぱいで市を見ると、市は笑っていた。

は、強いのね……。」
「強くなんか……。」
「一人で戦えるなんて……強いわ……市もね……」

市がゆっくりを目を閉じる。

「頑張ろうって、思ったの。が、一人で頑張ってるから、市も頑張ろうって。」
「ひとり……で……。」
も、死んじゃだめよ?」
「……はい……!」

市が手を離すと同時に走り出した。
そうか、私は一人だったか、と思った。
織田軍の一員として働いていたつもりだったが、市には一人に見えていたのか。
それもそうだ。
私が居たい場所なんて、一つしかなかったんだ。
また別の感情の波が押し寄せてくるが、頭を振って気持ちを切り替える。


一度部屋に寄って、もしもの武器になりそうなものを持っていく。

「……小刀と……銃……弾丸は15発……。」

武装しなさいといわれて持ってきていてよかった。
でもその武装しろと言ったのは、他でもない光秀だ。

「探さなきゃ……!!」

足袋に履き替え庭に出て周囲を見渡す。
すでに暗くなっている。

光秀が泊まっているはずの部屋を庭から覗くが誰もいない。

恐る恐る入ると、本当に何もない。

武器も、防具も、ない。

「……。」

再び外に出て、火種を持とうかどうか悩む。
あれば明るいが、誰かいたら見つかってしまう。

「あれ……?」

目をゴシゴシとこする。

自分はこんなに目が良かっただろうか。

暗闇に順応し、ある程度のものならばはっきりと輪郭がわかる。

「……?」

そして周囲を見渡す。

岩壁上方に、大勢の集団が見えた。


軍旗を数本立て、先頭に立つのは、長髪で両手に鎌を構える男の姿だった。































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いよいよ本能寺の変でございます〜〜
主人公場所聞けよお