痛みをこらえ、休憩休息は最小限にして、左馬助は必死に奥州を目指した。

上手く織田軍から逃れられたのは、奥州をたつ前に小十郎から領地に入ったらそれまで以上に滞在する場周辺を警戒し調べてから落ち着くようにと念を押されていたからだろう。
馬を置いていた場所はバレずに済み、乗って逃げることができた。

寝不足もあり、周囲へ気を回すことが出来ないほど疲労感を感じていたが、この道を登れば城に着くということだけはぼんやりとわかっていた。

そして多くの人集が見えたところで手綱を引く。
馬から降りようと片足に体重を乗せると、上手くバランスを取れずに落馬してしまった。
だが地面への衝撃の前に、大きな無骨な手が左馬助を支える。
見上げると、小十郎がよくやったと言わんばかりの優しい表情で笑いかけてくれていた。

「小十郎様ァ!!!!!」
「よく無事で帰った。」
「ありがとうございます……!!!」
「怪我してるじゃねえか……!おい!誰か医者を!!」
周囲に向かって叫ぶ小十郎の肩を急いで掴み、ストップをかける。

「大丈夫です!途中町医者に診てもらってきました!ほかの奴らも……!!だから、報告させてください!!筆頭に……。」
「しかしその様子では……。」
「さっさと報告して、ゆっくり休んだほうが気が楽だろ……。」
心配する小十郎を止めたのは、後方で佇んでいた政宗だった。

「そこの部屋に運べ。急ぎ報告を。」
「はい……!筆頭!!」
「やれやれ……。」

小十郎自ら左馬助に肩を貸し、部屋へと移動し、すぐに報告を始めた。






報告を聞き、政宗は口元を上げて小十郎に呼びかける。

「OK……進軍経路は決まったな。」
「ええ。小十郎も異論はありませぬ。急ぎ上杉、武田にも報告を。」

そして左馬助に向き直り、小十郎が口を開いた。

「やられたのは織田軍にか?」
「はい!!奇襲を受けましたが、小十郎様のおっしゃった通り十分に地理を把握してましたので逃げることが出来ました!ここに居ない奴もいますが、そいつらは治療のため近くの町に残して来ました!!」

それを聞いた小十郎が、目を細めた。
「てめえも随分な怪我してるじゃねえか……。」
「へへ……最初の処置がよかったみたいで、腫れたり変な色になったりもしてませんし大丈……」

不自然に語尾を切ってしまった。
政宗と小十郎が喜んでくれたから、自分も嬉しくなって一瞬忘れていた。
に会って、に処置をしてもらったのだ。
織田軍であるに。

「そ……そうだ。」
「どうした?」
左馬助の表情が一変したため、双竜は身を乗り出した。

「……あの、結構な重症負っちまった奴がいまして……そいつが、桔梗の家紋を見たって……。」
「桔梗の家紋……織田家臣、明智光秀か。よく生きて帰った……。」
「明智光秀……あの胸くそ悪ィ野郎だな……。」
「…………。」

政宗がふと何かを思い出すように遠くを見て、頬杖をついた。
報告で祭りの時にが襲われた件を聞いていた小十郎には、政宗が何を思い出しているのかがなんとなく分かっていた。

「……ほ、報告は、以上になります。」

小十郎に一応医者に診てもらえと言われ、左馬助は席を外した。

言えなかった。

「……何かの……間違いだったのかもしれねえ……。」

そう自分に言い聞かせ、左馬助はゆっくりと歩を進めた。

























信長は光秀の報告を静かに聞いていた。

「……全て、誠であろうな。」
「ええ。織田軍に居させて欲しいと。」

口元が上がる。
そして声を上げて笑い出した。

「フハハハハハハ!!!!」
「…………。」
「怯える小犬と思うておったが……あ奴が興味を持つのも当然といったところか……。」
「信長公……まさか本気で……。」

懐から扇子を取り出し、光秀に向かって向ける。

「我が側室となることを許す。」
「…………。」

光秀は静かに頭を下げた。

「帰蝶には……。」
「余が伝えよう。」
「は……。」

背を向けて、去ろうと歩き出すが、後方で銃声がした。
振り返ると信長が天井に向かって発砲していた。

「光秀……貴様は我が配下よ。分かっておろうな。」
「ええ……私は信長公のために生きておりますよ……。だからさんを連れて行って……試したのです……。」

今度こそ部屋を出て、廊下を歩く。
の所に報告に行かねば。

「………………。」

胸のあたりが気持ち悪い。
こんな事は初めてだ。

「よかったですね、認められましたよさん……信長公のお側にいられるのです……。」

感情がよく分からない。
彼女に向ける感情が、自分の中で宙に浮いて形すら見えない。

自分は信長公をお慕いしている。
殺したいほどに。
だからきっと信長公の目に留まったが羨ましく妬ましいのだ。
だから動揺しているのだ。

本当は逃げ出して欲しかった。
そうすればこの手で殺せたのに。

殺したくないから、殺さねばならない理由が欲しかったのに。


さん、いらっしゃいますか?」
部屋の前で膝をついて声をかける。

布の擦れる音が聞こえたので着替えをしているのかもしれない。

「ちょ、ちょっとお待ちください!!」

慌てた声と足音がしたあとで、人影が障子の前に立つ。
自分の格好を確認しながら、ゆっくりと開けられる。

「お待たせしてすみません。どうぞ、汚い部屋ですが……。」
「失礼いたします。」

中に入り座布団に座って周囲を見渡すと、机の上に本が散らばり、床には薬草の調合をしていた様で道具と束ねた草本があった。
は風呂上がりのように髪を濡らして薄着だった。

「…ちゃんと髪くらい乾かしてから作業なさい。」
「す、すみません……!!やっとコツ掴んで……楽しくなってきて夢中に。」
「仕方無いですね。」
「!!」

光秀がの後ろに回り、布を髪に当てた。

「え、ええ!!いいですそんな……!!」
「黙りなさい。」
「そ……そんな……。」

ごしごしと髪を拭き、乾かしてくれるようだった。
はせっかく光秀がやってくれるのだしと大人しくしていることにした。

「ありがとうございます。ところで何かご用があったのでは……?」
「ああ、そうです……。…………信長公がさんを評価してらっしゃいましたよ……。」
「?そうなんですか!!嬉しいです!!」
かなりの間が有り疑問に感じたが、わずかに後方を向き、笑顔になる。
「…………。」
「?光秀さん……?」
あまりに様子がおかしいから、もう一度名を呼ぼうとする。

しかし次の瞬間、光秀のぬくもりがあまりに近くに迫ってきた。
驚きに何も言えなくなってしまう。

「へ?え……!!え!?」
「……憎い、ですよ。」

言葉とは異なり、額をの肩に当て、腕はを包み込むように優しくて混乱する。

「憎いです……私は、信長公を尊敬しております……信長公が気にかける人間……貴女が憎いです……。」
「私が、その、信長様に、評価して頂いたから、ですか……でも……!!」
「ええ、仕方ないことです。組織である限り……有能な人は必要です。認められる人間は、必要です……私の、個人の感情です……。」
「光秀さん……。」

腕にそっと触れると、驚いたようにびくりと反応した。
だが払いのける様なことはしなかった。

「光秀さん……大丈夫、ですか……?」
「信長公は、渡しません……貴女にも、渡しません……。」
「わかっております……。私は光秀さんには敵いません。自分の程度位わかってます……。」
「渡しません……。」

どんな表情をしているのか分からない。
回された腕が徐々に強くを抱きしめる。


「渡しません……誰にも……貴女の、ことも……」















































自室に戻った後も、様々な感情が入り乱れたの顔が頭から離れなかった。



「何を……してるんでしょう……私は……」



夜空を見ながら、自問自答を続ける。






「そろそろ……始めましょうか……」








「ああ……お伝えするのを忘れてしまいました……大事なこと……」








「まあ……いいですかね……」








「そうです……全て終われば……何も悩むことなんてないんです……」











「信長公を殺すのは……私です……。そして……私は……」













さん……」

















「最後の宴……ぜひ……見届けて下さい……。」




















































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