茶会が終われば準備に追われていた城内も徐々に落ち着きを見せていた。
しかし世の情勢は変わらない。
天下を治めるべくまた戦多き日々が始まっていった。

。」
「はい、濃姫様。」
「近々西への牽制として一つ城を落としに行ってくるわ。兵糧攻めだし貴女の出番はないから、お市や蘭丸くんをお願いね。」
「はい、かしこまりました。濃姫様……お気をつけて……。」

ニコりと笑いかけ、の頭を一度撫でると、一気に表情が凛々しく変わった。
情けなど一切持たないとの、意思の現れなのだろう。
銃器の確認に兵を遣わせ、濃姫自身は装備の点検を始める。も持っていくべき荷物の選定を手伝い始めた。

「……失礼、致します。」
もうすぐ終わるというところで、部屋の入口で光秀が片膝を付き、頭を下げて現れる。

「光秀、どうしたの?」
「信長公にお許し頂きました。最近、東の国境付近でこちらを伺う不逞の輩がいましてね。討伐に向かうのですがその際にさんに同行をお願いします。」
に?」
ゆっくりと顔を上げ、濃姫に安心してください、と言わんばかりに静かに笑う。

「少数精鋭で奇襲をかけます。上手くいけばすぐ終わりますがね……。場所が森ですし地の利は向こうにあると考えると、多少のことならば何かあってもさんの応急処置で人員を減らさぬようにしたい。」
「光秀さん……。」
自分の出来ることが評価されたようで嬉しかったに対し、濃姫は眉を顰めた。
「奇襲に……。」
「もちろん、私が守ります。」

きっぱりと言い切った光秀に、今度は目を丸くしてしまう。

「……上総ノ助様が許可を出しているなら私に言えることは何もないわ。」
そして額に手を当てて困惑する。

「いつなの?」
「明日にはここを発ちます。」
、準備なさい。」
「は、はい!!」

必要なものを風呂敷の上に乗せた後で部屋を出る。
奇襲って何が必要なんだろー!?というの独りごとが外から聞こえてきたので、今度会ったときにそういうのはもう少し離れた場所で聞こえないように言いなさいと躾けなければ、と濃姫は苦笑いする。

「……光秀……貴方から守るなんて言葉が聞けるとはね。」
「守らねばいけないのですよ。今回は必ず。」
「どうして……?」
「不逞の輩は伊達軍です。」
「!!」

それを言ったあとでも光秀の表情も雰囲気も変わらない。
これはの立ち位置を確認する戦になる。
可哀想、という感情が無いわけではないが、必要なことであるという認識のほうが強い。

「もし……」
「ご安心を。伊達軍に縋り付くようなことあっても、そのまま連れて帰ります。処遇は信長公にお任せします。すぐ斬るようなことはしませんので、お別れの挨拶ぐらいは出来ますよ。」
「……光秀。」
「はい。」
「あの子のこと、どう思ってるの……?」
「ふふ、それがよく分からないんです。私にもわからないことがあったなんて驚きですね。」

まるで他人ごとのような口調で喋りながら、濃姫に背を向けた。

「……分からないからいっそ、死んで頂いた方が手っ取り早いように思うんですが……どうしてですかねえ……あの子の血が……見たくありません……。」
「…………。」
「失礼します。」

光秀が部屋を出ていき、濃姫は自分の手を組んだ。

……お願い……織田に忠義を……。」

この企みをいっそ話してしまったほうがいいかもしれないということが脳裏に浮かぶが、きっとそれはを混乱させる。
一緒に上総ノ助様の天下を見たい。

「濃姫様ー!!」
明るい声のする方向に視線を向けると、廊下で蘭丸が元気良く手を振っていた。
すぐに駆け寄ってくる。
「濃姫様!戦にいくんですよね!?いいなあ!蘭丸もいっしょにいきたい!!」
「蘭丸くんは、このお城を守っていて。お願いね?」
「うん!!わかってます!!」

何も知らずに笑う蘭丸に、終わったらと食べようとしまっておいたお菓子をとりだして渡す。
これを食べ終えたら自分の集中すべき任務に取り掛かろう、と思いながら。




















昨日の今日で用意が不安だったが、必要になりそうなものを兵達に聞きつつ進み、無いものは途中寄った町での補充を行い、もしもに備えていた。
そして敵が潜んでいるらしい森へと足を踏み入れる。
何度か衛生兵として戦に参加していただったが、これほど敵と近づくのは初めてだった。

「先ほど捻った足は大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。腫れてもきていねえし痛みもねえ。」
「よかった。」

精鋭部隊といってもとも面識がある人がいて、お荷物と思われもせず声も気軽にかけてくれて、和やかな雰囲気だった。
敵が目の前に現れれば、眼光も空気も一気に変わることももちろん知っている。

わずかに水の流れる音がして、皆が足を止める。
一人の兵が光秀と視線を合わせ、こくりと頷き、足音を立てぬように進んでいった。
ゆっくりと、生い茂った草をかき分け様子を伺うと、こちらに向かって手を上げる。
一瞬にして張り詰めた緊張の糸をやや緩め、歩みを進めた。

「居ません、が、ここで水を補充しましたね……。」

そう言った兵が指を差す先には、泥の上に複数人の具足の跡があった。

「この先に小高い丘がありますね。」
指を顎に当て、思案するように光秀が言う。

「なんとかは高いところがお好きでしたねえ。」

地図を持った兵が広げて確認する。

「そこからでしたら、先ほど立ち寄った町が一望出来ますでしょうな。」
さん、先ほどお買い物してましたね?」
「はい、ええと……あ、そういえば炭鉱が近くに……?」
「そうです。その様子はついでかもしれませんがねえ……今年は鉄砲が沢山出来ますよ。まあその程度知られても問題ありませんが、面白くないですねえ。」
「……お相手はどこか、分かっているのですか?」
「ええ、ええ、わかります。あんなわかりやすい軍旗、下級の忍でもすぐわかったそうです。」

勿体ぶった口調に、は首を傾げた。
良くない予感が脳裏を巡る。

「血気盛んな伊達軍の皆様。一掃して差し上げましょう。」
「……!」

心臓が一気に高なった。
動揺してしまうのは光秀にはもうお見通しだろう。
その先自分がどういう行動に出るか見ようとするに決まっている。

「我ら二人で、様子を探ってまいります。光秀様はこちらでお休みください。」
「よろしくお願いいたします。」

兵を見送ったあと、光秀は岩にもたれ掛かった。
腕を組んで、を見据える。

「光秀さん……。」
「かまいませんよ。」
「……?」
「どう動いても、構いません。自由にしてください。」

やや挑戦的な視線だった。
そしてその言葉に偽りはない。

「はあ……。」

どう動いてもかまいませんと言われても、相手は武装した伊達軍で自分と顔見知りとも限らない。
光秀の冷ややかな視線を受けつつも、は冷静だった。

「じゃあお言葉に甘えて……お水の補給を……。」
「……。ああ……お願いいたします。」
一瞬がっかりした様子を見せ、光秀は兵の向かった方向に視線を向けた。

「皆さん、装備の確認は問題無いですね?」
その問いに兵たちが一斉に頷く。

「光秀様!」
偵察に行った兵が戻ってきて、すぐに報告を始める。

「丘には三名のみ……周辺に分散している兵もいると予測いたします。」
「なるほど……。ではこちらは四名ずつ組んで……周辺を捜索して下さい。見つけ次第手を下して構いません。」
「はっ!!」

兵が散らばり、その場にはと光秀だけが残される。

「……え、と……。」
「さて……。」

光秀は鎌を肩に担いだままで、戦闘態勢には入っていない。

さんは人気がなくなったら丘に居てください。負傷した際はそこに行くよう言ってあります。」
「分かりました。」
「全て終わりました時も、皆丘を目指します。」

に背を向ける。
単独で行動するようだが、おそらくそのほうが光秀は動きやすいのだろう。

「丘、は、こっちか……。」

も周囲に気をつけながら、ゆっくりと歩き始めた。













細い小道を登っていくと、開けた場所があった。
人が居たといっていたが、誰もおらず、かといって血の跡もなかった。
上手く逃げられたのだろうか。

周囲を見回しながら一歩踏み出すと、木の根元に荷物が散乱している場所があった。

「……これは……。」

近づいて拾い上げると、周辺の地図だった。
新しくなにか書き込み、乾かぬうちに奇襲を受けたようで、墨の細かい汚れが付いている。

「何を調べていたのかな……。」

×印は奥州からこの地までの道のり点々と付いており、織田領内への最短ルートにある町を記しているように見える。
それ以外にも○印が付いているが、なにをマークしているのかは分からない。

「他には……。」

風呂敷には食料や金子の入った巾着もあった。
これがないと困るだろうな、とのんきなことを考えてしまう。

「!!」
急に背後からガサガサと音がする。
どちらの軍かの可能性は今のにとって予想出来るものではなく、強ばりながら振り返った。

「だ、誰だお前……え!?」
振り返った先に居たのは、足を負傷し引きずった、青い羽織を着た男だった。

「あなたは……左馬助さん……。」
……さん!?え、どうして、こんなところに……!?」

政宗の信頼する部下の一人である左馬助が痛みに耐えながらに近づいてくる。
それにどう対応していいのか、困惑してしまった。

「ここは危険です!俺らと一緒に……!!」
「こ、これは左馬助さんの荷物で?」
「ええ、そうです!ありがとうございます!早く、行きましょう、はは、ちょっと俺じゃ、頼りないかもしれませんが……!」
「左馬助さん……。」

彼も、自分の裏切りの席にいた一人であった。
変わらず優しい笑顔を向けてくれるのが嬉しくてたまらない。

「筆頭に会って話しましょう!俺たちが仲介します!筆頭だって、口には出しませんが、何か事情があったって分かってます!寂しがっているに決まって……」
「私に、刀、向けてくださいませんか。」
「はや……え?」
「お願いします……!それ以外に私が今動ける術はないんです……!」
「あ、ああ……!」

左馬助は狼狽えながらもに刀を向ける。
自身はなにも感じなかったが背後に織田の軍がいるのかもしれない。
弱みを握られているから自分から逃げ出しにくい、男に脅されて連れ去られるとの見かけの方が良いのかもしれない。
と、思い腕を引こうとすると、小さな悲鳴と共に跳ね除けられた。

「わ、わかりました……直ちに……!!!」
怯えた顔をして、先ほどより大きな声を出す。

そして、膝をつき、足の傷の様子を見始めた。

「す、座って、頂けますか……!」
「え……?」
変わらず怯えた声だったが、目が、頼むといったように、眉根を寄せて訴えていた。
言われるがまま座ると、傷周りの衣類を見たこともないような小さな刃で切り取る。
素早くまだ冷たい新鮮な水で洗浄し、特に深い傷口に目の粗い布を当て、包帯を巻き始めた。

「強めに、巻きます……!替えの包帯を、持って行ってください。」
そういった言葉は小さかった。

さんは……?」
「行けません。ごめんなさい。」
「そんな……!」
「3、2、1、で、私を突き飛ばしてください。そして左側の小道から下りて……あとは、私も分かりません。」
「……!!」
「奥州まで、ご無事で。私は、やらねばならないことがあるみたいです。いきますよ……3……2……」

ちらりと、着物の合わせ目から下に武具をつけているのが見えた。
そこには明らかに、織田の家紋らしきものが刻まれていた。

「嘘だ……。」
「1…」

戸惑いながら、片手でを押しのける。
後方によろけ、尻餅をつくのを見たあと、すぐに荷物を抱え、小走りを始めた。

「……。」

戻ったら、報告するのだろうか。
それを考えると、動悸が早くなった。

「……面白いことを、する方ですね……。」
「光秀さん……。」

顔を上げると、鎌を携えた光秀が左馬助の去っていった方向を見ながら近づいてくる。
最初から視線を感じていた。だが会話が聞こえていたのかは分からない。

「……なぜ逃げなかったんです。嬉しそうに駆け寄って来ていたではありませんか。知ってる方だったのでしょう?」
「今……決めました……私……」
「どうしました?しかしあのような一兵卒と知り合いとは正直思いませんでした…。」
「織田軍を……」

座り込んだまま、光秀を見上げた。
光秀は言葉を止め、不思議そうな顔でを見下ろす。

「織田軍を、見届けます。」

大きな歴史の流れを変える勇気が無かった。
いつ逃げ出すかばかり考えていた。

「……そう、ですか。織田軍に……いたいと?」
「はい。ここに置いてください。」

織田信長の政治で良いとは思っていなかった。
でも来た時より少しずつではあるが変わっているのを感じていた。

兵は使い捨てるのではなく致命傷を負う前に引かせて救護したほうが次の戦に繋がると、その方が有利と思ってくれてきている。
敵対する者に容赦は無いが、領土が広がり豊かさがあるせいか支援する者には恐怖で支配するのではなく優しさみせる場面だってある。

天下をとるのはもう少し。

滅びを迎えるのも、もう少しだ。

濃姫に、蘭丸にお市にだけでも、希望を与えることは出来ないだろうかと思い始めていた。

そして、出来ることなら信長にも、光秀にも。

「……どうしてですか……」
「え……?」

光秀が唇を噛む。
手が、鎌を強く強く握り締める。

「光秀さん……?」
「……。」
「え!?」

そして鎌を、に向かって振り下ろした。

驚いて避けたが、座り込んでいた場所とは見当違いのところに刺さったため、を殺すつもりではなかったようだ。

「私……不快になるような事でも……?」
「……その旨……」

髪が顔を覆い隠し、光秀の表情が見えなくなる。

「信長公に……お伝え致します……。」

に背を向けて、体を力なくゆらゆら揺らしながら、小道に入っていってしまう。
どうしたらいいか分からぬまま、はその場で座っていることにした。

「……集合場所……ここだもんね……?」


























左馬助は必死に逃げていた。

頭はただ混乱していた。

ひとつ分かることは、は織田軍にいるということだ。

織田軍からの刺客だったのか?

だったら傷の手当をしてくれた意味がわからない。

とにかく今は織田軍にいる。

筆頭が潰したくてたまらない、織田軍にいる。

潰さねばならない、敵なのだ。

「筆頭に……なんて報告したら……!!」

奇襲から逃れ合流できた仲間に声をかけられても、動揺を隠すことはできなかった。

















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引き続き織田軍ですよー
急に左馬助さん出てきたよー
いやアニバサで見て以来出したいなあとは思ってたんですがこんなとこに…