庭から鶯の声が聞こえてくる。
暖かい陽気が心地よく、は窓から晴天の空を見上げてほっと息をつく。

「なんとか形になったレベル……。」
そして泣きたくなってくる。

今日が茶会本番だ。

さん。」
「光秀さん……。」
部屋へとひょっこり顔を出し、まだその格好なのですか、と目を細められてしまった。

「着替えと、そのぴあの、を運びますから、そろそろ諦めてください。」
「諦めてってとても感じが悪いです光秀さん……。分かりました……。」

立ち上がって部屋にを出ると、入れ違いで家臣が入っていく。
光秀は構わずの背を押した。

「さあ、早く。帰蝶は支度に手間取っているようなので、別室を案内しろと命令されましたので。」
「光秀さんに?」
「ご安心を。私が着替えさせるわけではありません。」
「そんな不安は抱いておりませんが……ありがとうございます。光秀さんはご準備は……?」
「正装に着替えるだけです。」

背を向ける光秀の後を追う。

濃姫は今日の客が松永で、松永がを気に入ったことを少々気にしていた。
あの男は急に現れてにちょっかい出すとも限らない。
護衛の意味も込めた案内を光秀に頼んできた。
考えすぎだと思うし、がどうにかされたからといって何か損害が出るわけでもない……と思いたくても思えず、素直に頷いてしまった。

「本日は信長公も大変楽しみにしているもので、問題が起こるのは避けたいですね。」
「粗相しないよう頑張ります……。」
そういう意味ではなかったが、まあ頑張ってください、と光秀は呟いた。

辿り着いた部屋に入ると、既に女中が待っていた。
自分が着飾るのはどうも恥ずかしく感じるが、今日は織田軍の一員として気品よくせねばならない。

宜しくお願い致します、と声を掛けると、濃姫様に指示を頂いておりますので、楽しみにしていてください、と笑顔で言われる。
まつさんに続き、濃姫様プロデュースに変身できるとは、とても嬉しいが

「ろ、露出は」
「さすがにございません」
「ですよね!!」

ほっと胸をなで下ろし、着物を脱ぎ始めた。










足もとにお気を付け下さい、と、声を掛けられながら、はやっと部屋から出てきた。

「すみません、大丈夫です……はい、ありがとうございます。」
笑顔で女中と話し、廊下に出て柱にもたれ掛る光秀を見るとは一瞬目を見開いた。

「お美しい唐織ですね。帰蝶も雅な色を選んだもので……なかなか似合っておいでです。」
「え、あ、は、はい……ええと……お褒めの言葉……ありがとうございます……。」

光秀が髪を結っていた。
といっても髷ではなく、簡単にうなじ部分で結んでいるだけというラフなものだったが。
普段あまり凝視することない頬から首筋にかけて細いラインがくっきりと見え、肩衣から袴は淡い紫のグラデーションで整えられて白肌の光秀に良く似合っている。
まさか光秀に、美しいと見惚れる日がくるとは思わなかった。

さん?」
きょとんとした顔で、光秀が名を呼ぶ。

「は、はい」
「早く行きましょう。」
「そ、そうです、ね!!!」
「?」

こんなぎこちなくしているよりは、はっきり言ってしまった方が良い気がしてくる。
何より粗相は許されないのだ。
何言ってるんですか、頭沸いてるんですかと言われて気分を切り替えたい。

「光秀さん……今日……綺麗ですねえ……!!」
隣で見上げて、微笑んでそう言うと、今度は光秀が目を見開く。

「は?」
「いえ、その、髪結んで……着物も似合ってますし!!」
「私が?」
「あ、いや!!その女性っぽいとかじゃなくって……!!!!!」
「………。」

黙ってしまったので、予想以上に癇に障ったのだろうか……と肩を強張らせる。
ごめんなさい、と言おうとすると、笑い声が降ってくる。

「?」
「ふ、ふふ……。」

口に手の甲を当て、静かに、照れたように笑う。

「!!!!!!?????」
「初めて言われました。貴女は人に世辞を言うのがお上手だ。」
「せ、世辞……!!!?」

まさかの反応だ。

「お世辞のつもりでは……し、失礼しました……。」
「ふふ……。」

目を細めて笑われ、目を逸らす。
本当に、綺麗だと思った。

やや下を向いて歩いていると、穏やかな口調で声を掛けられる。
あまりに穏やかで、でも内容と合わなくて、は顔を顰めることになる。

「私は貴女が嫌いなんでしょうね。」
「!!!?」

良い雰囲気だと思ったのに、光秀はそんなことを考えていたのかということに衝撃を受ける。
打ち解けてきたと思ったのに。

「光秀さん私の事嫌いなんですか……。」
反応は、オウム返ししか出来なかった。

「そうみたいなんです。貴女を殺したいと思えないんです。」
「…………?」

先程から光秀が何を言っているのか分からなくなってくる。
常人では理解しがたい感情を持っている男だということをは忘れていた。

「光秀さん、私殺そうとしたことが……。」
「ええ、でも今はさっぱりなんです。何ででしょうか……。」
「……そうなんですか。」

再び見上げると、はて?と首を傾げて斜め上に目線を向けて、心から疑問に思っているようだった。
その姿に今度はが笑う。

「それ、私は結構嬉しいですね。」
「おや酷い。」
「酷いはどっちですか!!!!」

互いに目線がバチリと合う。
寂しそうな顔をする光秀に、頬を膨らませる
言ってることもやってることもちぐはぐなやり取りに、は噴き出した。

「あはははは!!!!もう、意味分かんなくなってきました!!!」
「折角化粧したのですから馬鹿笑いは止めたほうがよろしいかと……。」
「はあい!!」
「…………。」

光秀が、独り言のように呟く。

「まあ、一緒に居て悪い気はしないんですけど。」

は一気に機嫌が良くなった。
殺したくない相手と一緒に居て悪い気はしない。

普通の事じゃないか。

光秀が、普通の人と同じ感情を抱いている。

なにも難しいことはない。








茶会の場は華やかに彩られていた。
咲き誇る花々が飾られ、笛を奏でる者もいたため、開始に遅れてしまったのかと焦るが、光秀は一礼するだけですぐに席についた。
光秀は信長公の近くへ行くのかと思ったが、下座に控えた為、もそれに続く。

「落ち着いて周囲を見てごらんなさい。平和なものだ。」
「!」
そう言われて見渡すと、信長は松永と不穏なオーラを放っていた。

「久秀ぇ……古天明平蜘蛛を以って馳せ参ずとはどの口が発したか……!」
「ははは、申し訳ない。ものにも機嫌というものがあり……損ねているものを卿にみせるわけにもいかず……。」
「もう少しましな言い訳をせぬかぁ……!!」

苛立ちを隠せない信長と、穏やかに笑う松永を見て、くすりと笑ってしまった。

の視線に気づいた松永が、穏やかに微笑みこちらを振り向いた。
軽く手を挙げて挨拶をされ、は頭を下げた。

「近くへ行ってご挨拶した方がよろしいでしょうか?」
「その必要は御座いません。」

の質問に、光秀は間髪入れずに返事をする。
その様子だと松永に関わるなの一点張りをされそうなので、接触はあまりしない方が自分の身のためだろうかと思えてくる。
視線を外して漂わせると、濃姫と市が並んで何かを話しているのが目に留まった。
二人もこちらに気づき、にこりと笑いかけてくれた。
そして濃姫が口だけをパクパク動かすのを読み取ると、き、れ、い、よ、と言っているのが分かり、赤面して下を向いてしまった。
信長の隣で菓子を食べる蘭丸は手を振ってきたので、それには手を振って返す。

「お久しぶりですね、利休殿。」
「!!」
光秀の声に反応して顔を上げる。
かの有名な千利休の茶が飲めるということを、はとても楽しみにしていたのだ。

既に茶を点ており、それをこちらへ運んでくる。

「お久しぶりです、明智殿。殿とは初見で御座いますな。お噂は聞いておりますよ。」
と申します!う、噂ですか……!?え、ええと、私の方こそ、利休様とは是非お会いしたいと以前より思っておりました!!」
落ち着きのない返答に、自身が口をへの字に曲げて恥ずかしがる。

「まあまあ、ここは花見の席。無礼講で、どうぞ。」
「利休殿の茶室に赴いた際にはこのような事出来ませんから。無礼が許されるうちに飲みなさい。」
「明智殿、それでは利休が茶室では鬼の様で御座いませぬか。ご招待しにくくなってしまいます。」

千利休は、良いおじいさん、といった印象で終始目元に笑い皺を浮かべていた。

「で、では……!」
はゆっくりと茶碗を持ち上げる。
何度か練習し、濃姫に上手いと言われたのにいざやり始めると緊張してきてしまった。
左手を茶碗の下に、右手を横に添えて、頭を軽く下げて会釈をし、茶碗を回した。
3口で全部飲みきり、右手の親指で茶碗の飲み口を軽く拭き取る。

「如何ですかな。」
「美味しいです!!!」
予想よりもやや苦かったが、にとっては苦さより感動のほうが勝っていた。
誰でも知っている茶人の点てたお茶が飲めたのだ。
一生の思い出になりました!と声を荒げると、光秀から呆れたようなため息が漏れる。

「信長公に謁見したときより元気で嬉しそうにしないでください……。」
「えっ!?いやそんなつもりは……!!!!あれ!?お市様がどこかへ……!!私追おうかな……!!」
慌てると、目を細めての感性のおかしさを話し出す光秀を、利休は静かに微笑みながら聞いていた。

その光景をさらに眺めていたのは、松永だった。

「いやいや……なかなか美しい指使いをする子だね……。」
か。」
傍らにはやっと落ち着いて酒を飲み始めた信長があぐらをかいていた。

「貴様の目に留まるとは思わなんだ……」
「作法は私が仕込んだもの。美しくて当然と思って頂きたいものだわ。」
市が散歩に行ったため、信長に寄り添っていた濃姫が妖麗に笑う。

「ほう、奥方が直々に……。随分と可愛がっているようで。」
「ええ、可愛らしい子よ。貴方もそう思っているのではなくて?」
「やれやれ、敵わないな。」

信長が盃を置いて松永を横目で睨みつける。

「意図はなんぞ。」
「はっはっは。意図などないよ。ただ、あの子をただ飼うだけなのはもったいないと、そう思ってね。」
「…………。」
「どうせなら、織田の繁栄の為に……。」
黙れ、との視線を受け、松永は困ったような表情を浮かべて笑った。

そんな会話に気づかないは、市を探しに席を立つ。











木陰に座り込んで、花を一輪愛でる市を見つけ、は駆け寄った。

「お市さまー!!」

顔にかかる髪を掻きあげ微笑む市に、も笑顔を向けた。

「こんなところで何を?」
「市……ちょっと疲れちゃって……。」
「隣いいですか?」

花の花弁を弄っていた市がを見上げ、うん、と頷く。
着物を整えてから座ると、ふふ、と市が笑い声を漏らす。

「?」
「いつもより、綺麗にしてるのね。」
「あ、はい、あの、せっかくなので……。」
「とても似合うわ。」
「お、お市様だって、美しいお召し物で!」

市は子供のような屈託のない笑顔で、まっすぐな声でを綺麗だという。
恥ずかしながらも素直に受け止め、市にも言葉を返した。

「春といってもまだ寒さがありますね。もう少ししたら皆のところに戻りませんか?」
「そうね……。体調を崩して迷惑かけたら……申し訳ないものね……。」
「迷惑じゃなくて、心配、ですよ。お市様。」
「心配、してくれるかしら……。」
「当たり前ですよ!!」
は、とても優しいのね。」

市がに向かって手を伸ばした。
大人しくしていると、髪に触れ、すぐに離す。

「葉っぱ、付いてたわ。」
「気づかなかった!ありがとうございます!!」
「お礼なんていいのよ。」

自分のすること為すことに感謝の意を過剰に示す家臣なら多く見てきた。
だが市はにはそれとは違うものを感じている。
丁寧に接するし、どこか遠慮がちだが、表情豊かで楽しそうな声色は一人の、ただの人として扱ってくれているように感じる。
信長の妹としてでなく、友達だと、本当に思ってくれているように感じる。

「嬉しい。」
「!!??へ!?な、何がです!?」

突然目を細め、柔らかな可愛らしい笑顔を向けられたは動揺した。
そんな自然体の姿を見せてくれるのも嬉しい。

「お市様……このあとのご予定は?」
「そうね……もう少し休んだら戻るわ……。」
「あ、あの、よかったら、最後の方で私、楽器の演奏するんです……。よかったら……。」
「本当?聞きたいわ!」
「お市様……!!」



長篠の戦い以降、ずっと自分に励ましのお手紙をくれているあの人に、文を書こう、と思った。


まだ悲しくて悲しくて、どうしようもないときがあるけれど、可愛いお友達ができたと。


素敵なお友達ができたから、市はまだ頑張れそうだと、前田慶次に、文を出そう。













そしてその時間がやってくる。
笛の奏でが終わったあと、の順番だ。

早くからいなくなったは最後の悪あがきでもしているのだろうか、と光秀は思ったがそうではなかった。
すでに用意されているピアノは皆の注目を浴び、あれは何だ誰が奏でるのだと話す声も聞こえ、期待値が高まっている。

そこへが現れる。

相変わらずの低姿勢で、ぺこりぺこりと挨拶をしながらの登場だったが、その場は一瞬にして静かになり、そして感嘆の声が漏れる。

はドレスを着ていた。
肩が晒され、マーメイドラインの西洋の貴婦人が着るようなその服は、レースが歩くたびに軽やかに揺れる。
そしてヒールの高い歩きにくそうな靴をものともせず、は軽やかな足取りで美しい姿勢のままピアノに向かう。

にとってはこちらのほうが馴染み深いため、当然履きこなせるものであったから、周囲から驚かれているとはあまり想像しなかった。
むしろ、久しぶりの洋服だー!!!と喜んでいた。

そして緊張するので客席のほうは見ないようにしていた。

練習していたのは2曲。席に着くと、深呼吸をして鍵盤に指を置く。



ピアノの音色と、艶やかに奏でるその姿は、その場にいる人間を魅了するには十分すぎるものだった。










「……ふう……。」
気合が入りすぎていたのか、額に汗を滲ませていた。
演奏を無事終え、立ち上がると、ポカンとした顔で皆が見ている。

「……。」
今度は違う汗が出る。

下手だったろうか、いきなり2曲とかやりすぎだったろうかと焦りが襲う。

その場にひとつの拍手が響く。
すると皆も続いて拍手をし、歓声が上がり、は目を丸くした。

何よりも、最初に手を叩いたのが信長であったことが、今までの努力が報われたと感じさせられて視界が潤むほど嬉しかった。

すごーい!!!!!」
そして蘭丸が駆け寄ってくる。

「蘭丸君。」
「びっくりした!!なあなあ、蘭丸にも教えてー!!」
綺麗だった……曲も……その服も……。」
「お市様!!」
市も笑顔での隣に来てくれた。
一緒にその場を去り、場の隅に寄る。

他にも寄ろうとするものはいたが、一人の男が立ち上がったため、それに遠慮して座り込む。

「この服、着れる人が居ないから良いぞと信長様がくれてねー。」
「兄さまが……。」
「でもお市様でも着れそう?良かったら合わせましょうか……。」

後ろに人の気配がして振り向こうとしたが、ぱさりと肩に羽織が乗せられて驚く。

「あまり露出が高い衣装は感心しませんがね……。」
「光秀さん。」

光秀がそんな気遣いをみせるなど、蘭丸には驚きでしかなかった。

「み……光秀……。」
「なんですか蘭丸……その化物を見たような顔は。」

も軽くお礼を言った以外は普通の態度で、かけてもらった羽織に袖を通した。

「凄いわ……。」
「?何がですかお市様。」

その様子を伺う男がいることに気付き、光秀は視線を向けた。
にやりと笑い、おいでおいでをすると、その男は一礼して近づいてきた。

「談笑中失礼します。ワシは徳川家康と申します。」

その声に弾かれたように、は振り返る。
有名すぎる名前に、驚きを隠せなかった。
そして若いということにも、予想外過ぎて口が空く。

「用件はまあ分かっておりますよ。この方がさんです。」
「長篠にて我が軍の将、兵の救護を行ってくださったとお聞きし、この場を借りて御礼申し上げます。」

まだ、成長途中の、少年とも青年とも表現しにくい男だった。
中途半端につく筋肉と自立しきれていないその様子に、も落ち着いて対応する。

「いえ、出来ることをしたに過ぎません。頭を上げてください。その後皆様は大丈夫でしたか?」
「はい、もう怪我は治り、いつでも戦場に出れる程に。……素晴らしい腕と、お聞きしましたが……まさかこんなに美しい方だったとは…。」

家康の言葉に目を丸くする

のは光秀だった。

「……今日はこの服が美しいのであってですねえ……。」
「光秀さんそれ私のセリフだから謙遜して言うセリフだから光秀さん言っちゃだめですから。」
「褒められて良かったですねえ。」
「光秀さんセリフ棒読みすぎるんですけどもう少し感情込めたほうがいいとおもいますよちょっと私の目を見てくださいよ光秀さん?光秀さんなんでそんなそっぽ向いてんですか!!!!!」

そのやりとりに驚くのは、今度は家康のほうだった。

ぷ、と笑い、年相応の表情になる。









松永は信長の様子を見て、また口を開く。
「本当に、もったいないことだ……。」
「……。」

もう、なんのことを言っているのかは分かっている。
濃姫にも、日本人だけでなく、招いていた異国のものが賞賛するような声が聞こえていた。

「ただの衛生兵にするだけのおつもりならば、私にお譲り頂けないかね?」
「光秀!!」

信長に、急に名を呼ばれた光秀が振り返る。
怒鳴られたような声量だったが、慌てることもなく、と家康に何か言葉を交わしたあと、顔に笑みを浮かべながら信長の元へ向かう。

「何用でしょうか。」
「やあ、明智殿。」
「……。」

松永にはわずかに頭を下げるのみだった。

「光秀ェ……。」
「は、なんでしょうか。」
「あの者を娶る気はあるのか。」
「……は?あの者……とは……?」
だ。」
「……は……?」

城内では噂をする者が多々居るのだが、当の本人たちには何も心当たりがないかのように、光秀は目を丸くした。

「なぜ……私が……を……?」

客人の前ではいつも平静を保つ光秀だったが、今は言葉の続きをどう紡げばいいのかすら困惑している。
濃姫には、この男をそのような状態にしてしまうということがどれだけ凄いことかを知っている。
ああ、光秀の心にが刻まれているのだ、と確信した。

「ねえ、光秀、この話、私はとても良いと……」
「私が言いたいのはそういう方向では無くてだね。」

濃姫の話を遮るように、松永が声を出す。

「信長公の、側室にと。彼女にはそのぐらいの価値がある。」

光秀の穏やかだった雰囲気が一瞬にして変わる。
視線を松永に向け、眼光が獲物を見つけた獣のように光った。

「貴様の言葉は理解しがたい……。」
「そうかね?信長公にとっても悪い話ではないと思うが……。奥方もその点については理解があるかと。」
「……側室を置くことに反対も悲しみもする器ではないわ。でも、適材適所というものが……」
「ほう、でははどこに置くのが良いとお考えか。」
「……少し。」
ボソリと

濃姫と松永の話を遮ったのは光秀だった。

「考える時間を、下さいませんか。」

先ほどの獣のような光は消え、静かに地面を見つめていた。

「……同じことを申すようだが、私は卿ではなく信長公へ質問を。勘違いさせて卿を呼ばせてしまい申し訳ない。」
「いえ、考える時間を、下さい。信長公。」
「…………。」

信長が困惑する濃姫に盃を差し出す。
やや慌てつつも酒を注ぎ、豪快に飲み干した。

「よい。」
そして光秀に向かって、一言呟いた。

















「明智殿のあのような顔は初めて見ました。」

話がしたいと言われ、は家康と二人で歩いていた。

「……表裏のある方ですからねえ……おおと言っちゃいけないことを言いました表裏のある方ですからねえ」
そのわざとらしい口ぶりに、また笑ってしまう。

「真っ直ぐな方ですね。女性でありながら衛生兵として活躍するというその目標、微力ながら応援しております。」

二人きりになると、家康は人懐こそうな態度になった。
笑顔が爽やかで、きっとこれが本来の彼の姿なのだろうと思うと納得する。

「私なんか……未熟すぎて……。家康さんこそそのお年で大名とは凄いです。」
「はは……織田軍の陰に隠れているだけです。」

悩みを抱えているのはひと目でわかる。
そしてそれがのせいかもしれないことも。

「……私が、助けたから、家康さん、織田軍を裏切るに裏切れない?」

その単刀直入な言葉に、家康が焦る。

「そ、そんなことは!!??様!!織田軍でありながらそのようなこと……!!」
「え、なんで?別にいいじゃないの。というか様じゃなくていいよ。、で。」

なんでもないことの様に言うに、家康は更に慌てる。

「そんなこと思っていない!命を落とさずよかったと心から思っている!!……が……」
織田側の人間に何を言おうとしているのか、動揺するが、続けてしまった。

「……このままでいいのか、というのは……悩んでいる。」
「でしょうねえ……信長様、破壊を好みますからねえ……。」

こんなことを言っているのがバレたらただじゃ済まなそうなのに、は平然とした態度で空を見つめていた。

「……ワシは、戦無き平和な世を望んでおります。今は口だけ思うだけで、支配に耐えることで民の、家臣の身を守ることしかできておりませんが…」
「うんうん。皆が生き甲斐を持てる世って、いいよね!!」
「生き甲斐……そうだな……。進むべき道はまだ見えませぬが、いつか、この手で……天下を取り……導きたい。」

拳を見つめ、呟いた。
しかしはっとしての方を向く。
自分の夢を語ってしまい、しかもその大きさに笑われるかもしれないと思った。
だがは、静かに穏やかに家康を見つめていた。

「家康さん。」
「はい。」
「良い顔してるよー。」
「……はい?」

にっこりと笑って近づいてくるに、家康はまた困惑する。

「悩みたまえ悩みたまえ!!!」
「わ、笑わぬのですか……?信念を貫き上に立つべき者がこのように迷走しているなどと……!」
「笑うもんか!!ねえ家康さん、人間の欲望は底が見えないわよ。」
「は……?」
「今の世を苦しめるのは戦。でも戦さえ無くなれば皆が幸せになれるわけじゃない。また次の問題は出てくる。それこそ終わりなく。」

家康の足元にしゃがみ込み、土を手ですくう。
それを家康の眼前に差し出す。

「ここにね、小さい小さい生き物が住んでるの。」
「ここに……?蟻などではなく……?」
「目には見えない生き物がいるの。そして細菌やウイルスと呼ばれる見えない生き物には、人間を殺すものもいるの。人が退治する方法を見つけても、小さい生き物は適応しその方法が効かなくなり、そしてまた対処法を見つけ、でも相手はまたそれに対抗する手段を持つの。」
「繰り返し……」
「そう、繰り返し繰り返し。人の世も同じ。平和になれば平和に慣れ、そしてより多くを望み、その欲求を満たすために世を変えていかなければならない。だから道を切り開く人は、常に悩むことを恐れない人であるべきと、思います。」
様……あ、その…………。」
「へへ、わけわかんないかな?」

真剣な表情をへらっと崩し、無邪気に笑って土を落とす。

「……。」
「悩んでいいんですよ。家康さん。答えは家康さんの中にしかないんですよ。」
「……ワシの……中に……。」
「きっかけを探して、もがいていいんです。苦しくなったら、休んでいいんです。」
「……。」

この一時一時にも苦しむ民が居るのになんと悠長なことをと思うのは簡単なはずなのに、出来なかった。
どうしてこんなにも頭に残る言葉なのかと、を見つめる。

誰にも言われたことのない言葉だった。

忘れたくないと思った。

家康にとって、あまりに優しい、救いの言葉だった。

「もう少し、悩んで良いのでしょうか……。」
「良いんだよ。自分を偽るよりよっぽどいいよ。」

発した言葉は、彼女自身にものしかかる。
少し汚れた手に視線を落とし、一度目を細めたあと、顔を上げて、家康に微笑みかけた。


「そろそろ戻りましょう、家康さん。」


風がふわりと、の髪とドレスを揺らす。

この方はやはり美しいと、家康は目を離すことが出来なかった。





















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家康くんは少年と青年の中間あたりでいこうか!!!!!
みんな妄想お願いします!!でも多分今後あまり出ない気がするよごめんよお!!
美しいと思っただけで惚れてはないんじゃないかなといらん補足

そんな上手いこと行くわけなかろうってことでさらに補足で・・・主人公の演奏は下手な方だけど、この時代にピアノの弾き方を知ってるってこと自体が賞賛に値するみたいな感じで読んでいただけたら!!