まだ肌寒い日が続くが、日差しは徐々に暖かくなっているのを感じる。
廊下に胡坐をかいて座り込み、小さく芽生えている庭先の桜の芽を見つめながら、元親は盃を呷る。

「アニキ!!見てくださいよ!!作って貰いました!!」
「おう……?何だ何だ!!イカナゴじゃねえか!!」

そこへ部下が駆け寄ってくる。
持ってきた小皿を覗くと、イカナゴの釘煮があり、摘まんで口に運ぶ。

「うめえ!!」
味より何より、春の風物詩である魚を一番に食べさせてくれる部下が可愛くて仕方がない。

「春の恵みはいいねえ。優しくてよ……。」
「夕食はもっといいもの作ってもらってますからねえ!!楽しみにしててくださいよ!!」

満面の笑みを浮かべて去っていく部下に、おうよ、と声を掛ける。
姿が見えなくなると、再び視線を上げる。

「……暁丸がもうすぐ完成するなあ……。」

さすがに同時進行で富嶽を制作するのは骨が折れる。
だが、豊臣軍の動向が見えない以上軍事力を強化しておいて損は無い。

「…………。」
伊達軍とも距離を置いている。
元就はが消え、正気を取り戻しつつあるのか愛をつぶやくことは無くなっているらしく、冷徹冷酷な智将との評判しか聞くことが無い。
彼もいつ四国に牙をむくか分からない。

「風魔は、どうしてるかねえ……。」
どこかで傭兵をやっているとの噂もない。
噂が立つ前に目撃者は殺しているのだろうか。
と一緒に居た小太郎は随分人間らしいと感じたが、それも彼女が居なければ失ってしまうものなのだろうか。

「一番気になんのは、お前だけどな…………。」
元の世界に戻って、何事もなく過ごしているのだろうか。
それならそれでいいのかもしれないが、がそんなに強いとも、罪悪感で潰されるような弱い心の持ち主とも思えなかった。

「……お前に一番に見せてんだよ……富嶽をよ……。」

ごろんと寝ころんだ。
晴天の空に、ぽつぽつと浮かぶ小さな雲が流れていく。

「……!!」
そしてひらりひらりと、一枚の漆黒の羽が落ちてくる。
起き上がって、元親に向かうそれに手を伸ばす。

「……風魔……?」

















は城下の地図を2枚見比べて感心していた。

「す、すごい……!!こんなに早く……!!」
「ふふ、織田軍は軍事力だけじゃなくてよ?」

濃姫は腕を組み、誇らしげに笑った。

「これなら汚濁した水が溜まることもないです!!」
「……まあ、貴女のことも感心するわよ……。流行病の原因がこんなところにあったなんてねえ……。」

嬉しそうに笑いながら、は地図を折りたたんだ。

「日付を書いて、大切に保管します!!」
「ええ。貴女用に書いて貰ったものだから自由にして頂戴。今後も頼むわね。」
「はい!!」

濃姫を見送ったのち、また地図を見る。
建築は専門外のは、見比べて、どのように構造を変えたのか気になるところを見に行こうと思っていた。

「……ここ……と……、あ、ここも……。」

随分と仕事を貰え、自分の腕試しが出来ていると思う。
もちろん、織田信長という巨大な存在が居て、それで出来るものかもしれない。

「……長居、しちゃってるな……。」
そろそろ、場所を変えた方がいいのではないかと考える。
今後も頼む、と言われ、期待して頂いているのは分かるが、最近は派手に動きすぎているかもしれない。

「……。」
奥州の話題は一切入ってこなかった。
義姫はどうなっただろうか、自分の裏切りなど何の役にも立たなかったという可能性だってある。
それが気がかりだが、今は確認する手段を一切持たない。

「……うーん……。」
遠まわしに、濃姫に忍のような敏捷に動ける存在が衛生兵にいたらとても活躍できる、誰か傭兵のような存在はいないだろうかと話を持ちかけているが、織田軍の忍数名使っていいと言われてしまう。
有難いが、が欲しいのはもちろん小太郎の情報だ。

「情報収集能力無いのかな……私……。」
ならば、自らの足で探すべきだろうかとも考える。
しかしそうすることで、多少は得た信頼を崩すことになりはしないだろうか……などとも悩んでしまう。
怪しい動きをしている、何か企んでいるのでは……と陰で話されても安心できるほど、織田軍での功績もないしそんなに優しい場所ではないと感じている。

「……。」
お金を巾着に入れ、地図を持って外出する。
理由はよく分からない。
小太郎が心配なのだ。
何か言われた時の口実など何とでもなる……そう考えて足早に町に向かった。










用水路を覗き込む。
地図と照らし合わせ、周囲も確認する。

「うまいこと繋いだなあ……こういうのはやっぱ職人じゃないと思いつかないな……。」

流行病の話を耳に入れた後に訪れたら悪臭がひどかったことを思い出す。
助言をしても的確にどうすればいいか問われれば答えることは出来ず、建築業者を訪ね歩いてなんとか形になっていった。

「お嬢ちゃん」
「はい……あ……。」

声を掛けられて振り返ると、屈強な体つきの男が立っていた。
薄緑色の着物に草履というシンプルな恰好で背景には溶け込んでいるが、その切れ長の目と鍛え抜かれた体に無数の傷が覗き見える様はかたぎの人間ではないと一目瞭然で分かる。

「あんたの提案だってな、これ。」
「公にはされてませんが……。」
「公にされてねえことを俺が知らなくてどうするよ。」

の横を通り過ぎ、しゃがんで用水路を覗き込んだ。
「随分きれいな水になっちまって。」
「臭いもしませんよね?」
「俺は鼻が利くからなあ。ちいと臭うな、まだ。」
「そうですか……。」

彼は情報屋だった。
以前光秀がこの男と話しているのを町で見かけ、声を掛けたとき紹介してもらった。

「明智様の知り合いにこんな可愛い子が……って思ってたら、只者じゃなかったってな。」

その時光秀がなんの情報を聞いていたのかはは全く聞いていない。

「情報屋さんの、相場はいくらでしょうか?」

向こうから声を掛けられるのは意外だった。
この後尋ねるつもりだったのだ。

の真剣な顔を見て、男は立ち上がる。

「……モノによるなあ。」
「相談して、値段を聞いて、決めさせて頂いても?」
「いいぜ。この町に住む人間としての礼も兼ねて、相談はタダで聞いてやろう。」
「ありがとうございます。」
「払えねえ金額だったら、1晩のお相手でもいい。」
「1晩でよろしいとは、随分とお優しい。」

冗談のつもりだったが、はまっすぐ見つめて返してくる。
その姿を見て、明智様が気に入る理由もなんとなく分かるような気がした。

「場所を移そうか。」

大股で歩き出す男の後ろを、距離を空けて付いていく。

「…相談してるってことすら知られたくない、ってことかい。おバカさんで無いようなのは助かるね。」
頭をぼりぼりと掻きながら、人ごみをかき分ける。

家に着き、すぐに裏戸のカギを開けると、丁度が到着したところだった。

「随分慎重だな。入りな。」
「……はい。」

草履を脱ぐと、巾着から小さな袋を取り出してそれに入れて持って入った。
囲炉裏の近くに乱雑に置かれた座布団の一つに正座をする。
男は背を向けて茶の用意をしながら話し掛けてきた。
「何が知りたい?」
「忍の情報です。」
「忍?そりゃまた難しいことを……。」
そして茶を運んでの近くに置く。

「伝説の忍と呼ばれる、風魔小太郎の所在……いえ、今何をしているかだけでも構いません。」
「風魔小太郎……ね……。」
「?」

疑問に持ったのは、彼が困った様子で名を口にしたからだった。
困ったということは、少なからず小太郎のことを知っている。

「奴について求められたのはあんたが初めてじゃない。雇いたいけどどうしたらいいか分からないとか、探して交渉してくれとか依頼されたことがある。」
「……大名の方ですか。」
「小田原が堕ちたあと、風魔小太郎を軍に入れたいって考えた奴は多いだろうな。」
「小田原が堕ちたあと……。」
「まあ、所在不明で分からなくなったってのが正直なところだ。」

客に文句でも言われたのか、思い出したくないといった様子でため息をつく。
その後小太郎が自分のところに来たということはあまり知られていないようだ。

「あんたが奴を求める理由が想像できないが、まあそれは聞かねえさ。」
「お金は……。」
「この件に対しては成功報酬で頼むわ。今度こそなにか掴みたいけどねえ……情報屋の誇りってやつでさ。」
「お願い致します……。」

深々と頭を下げて、戻ると、男は自分を品定めするような、しかし悪い気はしないような視線を向けていた。

「あんたは姫さんじゃないのかい?」
「?いいえ?」
「……良い所作だ。」
「濃姫様に、ご指導頂いてます。近々茶会に参加させて頂くんで……。」
言って、しまったと思う。
余計なことは話さないほうが良い。何に使われるか分からない。

「そうか。あんたを気に入る人間は多いだろうな。……気を付けて帰りな。」
「…………。」
「茶会は、織田、松永だけだ。もしかしたら徳川も来るかもしれないな。前田家は今年の豪雪で無理だそうだな。」

目を見開く。
全く想像していなかった。

「前田家の風来坊に目をつけられることはねえな。よかったな。」
「前田家の……風来坊……。」
「結構な遊び人と聞くぞ。」

男がいつか会ったときは気をつけろと冗談めかして笑うがは静かに微笑むだけだった。




礼を言って、家を去った。

もう空は赤く染まり、町人は夕餉の話をしながら家へと急ぐ。

「…………。」
も城へと急いだ。

そうか。

茶会で前田家とはちあわせるかもしれなかったのか。

一瞬怖かった。

慶次に会ったらなんと言うべきか分からなかった。
政宗を乗せたあの船に、慶次の姿が見えた。
あんな豪華絢爛な衣装、見間違うはずがない。

「追って来てくれた……。どこで知ったかわからないけど……慶次も……。」

感謝しかない。

「……!」

涙が流れた。
袖で拭って、耐えて、俯いて歩き出す。

私がここに居ると知ったら、どんな顔をしてくれるだろう。

驚いて、喜んでくれるのだろうか。知らせなかったことを怒るだろうか。
皆に何も出来ないでいるのは私の弱さだ。

「……また、口だけか……。」

ぶるぶると頭を振る。

金は大分貯まってきたが、まだ全国を歩くには心もとない。

皆に会いたい、その気持ちは変わっていない。

今、をこの地に引き留めているものの正体ならば分かる。

「光秀さん……か……。」

織田のこの先を見届けたいのだろうか。

止めたいのだろうか。

それすらもよく分からない。

「……未来を知っているといっても……ちっぽけだな……。」


はまた前を向いて走り出した。

夕日に照らされる安土城は、主の禍々しさを漂わせ、何にも屈せぬ強さを思わせる。

織田の天下以外の未来は無いことを感じさせる強さも、 今のの目には、儚い未来しか映っていなかった。



















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冬が終わって春になりましたよ!!

オリキャラ回でごめんなさーい!たまに出現するオリキャラ今回はダンディなおっさんをイメージで

久々に元親が出たよおおおぽつぽつ織田軍以外も書いていくからねええ
でも織田軍編はそんなに長くなくて

ちょっとさみしい

でもはやく進めようねえ