信長に謁見して数日後、の部屋に贈り物が届けられた。
大層な包であったため恐る恐る開けてみると、茶器が一式揃えられていた。

「信長様からか……すごい……。」

金をねだっても良かった。
だがそれより、には信長と接したことがあるという物証が欲しかった。
そして思いついた言葉が、茶器、であった。

「似たようなの、松永様のところで見たかも……確かに、松永様に何か言われたと思われてもおかしくないみたい……。」

確認したあとすぐに元に戻し、押入れの奥の方にしまい込んだ。
だが、なんだかすごいものを貰った気がして落ち着かない。
盗もうとする輩がいるかもしれないので、鍵のかかるものに入れておいた方がいいかもしれない。

「でも、私みたいなのがこれ貰ったとか誰も知らないかな?」

ならば常に見える位置に、すぐ取り出せる場所に置いておくべきかもしれない。

「?」

庭の方から何かを踏みしめる音がし、視線を向けた。
の部屋に訪ねる人間など限られているが、意外な人物で慌てて廊下に出る。

「松永様……!?」
「……しっ……。」

人差し指を唇に当て、のそれ以上の言葉を遮る。

「……見つかっては困る。部屋に上げてくれたまえ。」
随分と勝手な話のようだが、はとりあえず中に招き入れた。

小声で話し掛ける。

「どうなさったのですか……!?」
「君が面白いことをするから、私は居ても立ってもいられなくなってね。」
「どうして先程の事をもう耳に入れているのです?」
「私にも楽しみが必要でね。」

全く答えになっていない言葉を聞きながら、は押入れに向かう。

「見せてくれるのかね?」
「見ないと帰らないんじゃないんですか……?」
「分かっているじゃないか。」

ははは、と松永は笑い、はため息をついた。

「そこまで理解したなら……もう少し知っていると君にとっては良いのだろうが……。」

小さく呟かれた言葉は、押入れに四つん這いになって体の半分を突っ込んでいたには聞こえなかった。
はまだ、松永の内に秘めるどす黒い程の欲望の深さを知らない。

「こちらです。あ、盗んだりしないで下さいよ?」
「承知しているよ……。」

丁寧に包と箱を開けると、松永の口元が上がる。

「これは美しい……。」
「え、そうなんですか?私がもらっては恐れ多いのでしょうか……?」

途端に不安になるを視界の端に入れ、そっと持ち上げて、器を眺める。

「素晴らしい……。信長公気に入りの1つだろう……。君に授けるとは……奥方の世話をしていることに対し感謝の念でもあるのかね……?だとしても……」
「松永様……?」
「……今後の活躍に期待する、という意味もこもっているだろうね。」
「うっ……そうなんですか……。期待されるのは嬉しいですが、もっと頑張らないと……。」
「そうだなあ……私も……。」

そこまで言うと、松永様も何か頑張るんですか?と無邪気な笑顔で問いかけられた。
内緒だよ、と誤魔化して、茶器を大人しく丁寧にしまい、に返す。


『私も、君の今後の活躍に期待して、ここは我慢しよう』


頭の中でそう思っただけなのに、気持ちが満たされる。
刀、茶器、次にこの娘は誰の何を手にするのか、
そしてそれらを一気に奪ったとき、自分の心はどれほど歓喜するのか、想像しただけで楽しい。

が再び茶器をしまう。
二段になった押入れは、上に布団があり、下には少しの衣類と小さな荷物しか入っていないようだった。
そんなところは隠し場所にもならないだろうが、それほど馬鹿でもないは一時的に置いておくだけだろうと予測する。

「!」

松永が障子に視線を向ける。
立ち上がって、すぐの元へと寄った。

「……少々、よろしいかな?」
「え?」
すぐ後ろから声がして驚いて振り向こうとしただったが、それより先に松永に押されて押入れに入れられてしまう。

「ええ!?な、なんで……!」
さらに驚いたのは松永も一緒に中に入ってくるのだ。
を抱え込むようにして、身体を丸めて横になり、戸を閉める。

急な松永の行動にの頭は混乱したが、それもすぐに理解する。

「おおい!!蘭丸様と稽古……あれ?いないのか?」
障子を勢い良く開け、蘭丸が部屋に入ってきた。

「蘭丸君……。」
「……静かに……。」

暗闇の中で密着した状態で、普段はあまり意識していなかった松永の香りが鼻孔をくすぐる。

「っ……!?」

咳き込みそうになったの口を、松永の大きな手が覆う。
松永から漂うのは異様な香りで、空気を吸うことに抵抗を覚える。
早く蘭丸が去ってくれることを祈り、は眉根を寄せてきつく目を閉じた。

「散歩かなあ……。」
ぱたぱたぱたと軽快な足音が徐々に小さくなっていき、聞こえなくなるのを確認してから松永が戸を開けた。

「……平気かね?」
「げほ!!!う、だ、だいじょうぶです……。」

そんなに吸ってはいないと感じたのに、ほのかに指先に痺れがある。

「……?」

いったいなんの香りを身に纏っていたのか疑問になってしまい、押入れからのそのそと出るとまっすぐ松永を見つめた。

「申し訳ない。着替えるのを忘れていたようだ。」
「着替え……?」
「少し体の調子がおかしかろう。この程度なら休めばすぐ抜けるから心配しなくていいよ。」
「毒……ですか?……罠……でも……?」
「そうだね。物騒な世だからね。」

ぺたりと座り込むの横に膝を立てて座り、優しく頭を撫でる。

「いやいや……大人しいとここまで小動物のように見えるとは。可愛らしいよ。」
「……松永様……?」
「誰かの視線を感じたから虫除けを調達したに過ぎない。君と私の秘密にしてくれるかね?」
「…………。」

松永もこの乱世を生きる一人だ。
保身を咎めることが出来ないは、この程度の毒なら死ぬことは無いのだろうとぼんやりとした頭で考え頷いた。

弱ったところにとどめを刺すような行為を松永がするとは思えなかったは、まだまだ甘い人間だった。

「……休めば、抜ける……?」
「誰かが来たら白湯を貰うといいよ。」

枕と敷布団を出してくれた松永に感謝し、は重い体を横にした。

「ありがとうございます……松永様……。」
「私のせいだ。気にしないでくれ。」

部屋を出ていく松永の背を見送ったあと、静かに目を閉じた。

一度肩越しに振り返り、毒は効くのだな、とぼそり呟いたことには、は気付けなかった。












ゆさゆさと揺さぶられ、はゆっくり目を開ける。

「……お元気そうで。」
「……明智、さん……?」
「貴女が昼寝するなど初めて見ました。」
「あ……すみませ……。」
「松永殿から文が届きましたよ。貴女に昼頃、米を運ぶよう依頼したがまだかと……。」
「え……!!」

がばりと起き上がり焦りの表情を浮かべたが、光秀は怒ることも呆れることもなかった。

「別の部下に運ばせましたからご安心を。そもそも先日、さんは貴方の部下ではないのですから少々お呼び出しを控えて下さるよう進言したばかりです。」
「え……。」
「信長公も帰蝶も、貴女に期待を寄せているようなのでまあ当然の配慮ですけど。」
「明智さん、その、文句言われませんでしたか?お手伝いに使えと言ったのはそちらではないか、など……。」
「……あのですねえ……」

盛大にため息をつかれ、手を伸ばされる。
光秀の冷たい指先が、の目元に触れた。

「疲れているのでしょう。なんですか、顔が真っ青ですよ。」
「…………。」
「私の心配など必要御座いません。何か飲みますか?」
「あ……あの、大丈夫です、私、自分で……。」
「……女中でも付けますよ?」
「うわあああそ、そんな結構です私なんか……!!!!あの、ええと、白湯……白湯頂きたいです!!!」

松永との会話を思い出して頭を下げてお願いすると、光秀は再びため息をつく。
分かりました、と一言言い、部屋を出ていった。

「やっぱり変なの嗅いじゃってたんだ……ちゃんと昨夜は寝たもの……。」

自分の手を頬に当てる。
近くの手鏡をとって覗くと確かに顔面蒼白で、どこからどう見ても体調の悪い人にしか見えなかった。

「……明智さん、私を松永様のお手伝いにしたこと気にして、気遣ってくれてるのかな……。」

米を運ぶ約束などしていないから、松永が誰かをの部屋に差し向けるために嘘の手紙を書いたのだろう。
が粗相をすれば、それは任命した光秀のせいになるという構図になってしまっている。
だから叱りに来た、ということであればどこにでもある話なのだが、光秀はより圧倒的に松永に敵意を向け、そして今、心配までしてくれたようだ。

「……あんな色白激細今にも倒れそう明智さんに心配されるなんてだめじゃん……。私、しっかりしないと……。」

大変失礼なことをつぶやいた後、は手の感覚を確かめる。
痺れもなく、動きも問題ないため、本当に一過性だったようだ。

「松永様は、そんなに明智さんのこと嫌いな感じには見えないけど……」

布団をたたんで、部屋の隅に置いて、ぼうっと庭を見つめる。

「松永様にとっては、人間も鑑賞の対象……って気もするけど……」

そこには好きも嫌いもないのかもしれない。
自分は松永の事を理解できる日が来るのかどうか怪しむが、それ以前に理解してしまったら自分は変人確定になる気がして知らない方がいいのかもしれないとまで考える。


「白湯、お持ちしましたが。」
「ありがとうございます。」

静かに現れた光秀に一礼し、畳に置かれた盆から湯飲みを一つ頂いた。
もう一つ載っていて、それは光秀が手に取る。

自然と一緒に居る時間が増えていることに少々違和感を感じながらも、は光秀を見つめたまま白湯をちびちびと飲んでいた。

「…私の顔に何か?」

眉を顰めて聞いてくる光秀に、にこりと笑顔を向ける。

「白湯おいしいです。」
「白湯がですか?」

初めて見た時から、慶次を傷つけられた時から、距離がこんなに近づくとは思わなかった。
恐ろしかった光秀の狂気はどこにいってしまったのか、それとも自分が慣れてしまったのだろうか。

「……まあ、私も嫌いではないですが……」


少し目尻を下げて微笑む目を見つめ、光秀がくれるこの時を、穏やかに過ごしたいと思えた。

そしてもし、知る歴史の通り、謀反を起こしてしまうならば

そこに、光秀の確固たる信念が存在していて欲しいと、思った。






















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松永様書くのかなりむずかしいですね…!!!
こちらではキャラ崩壊しないよう頑張ります…!!