は激しく緊張していた。
朝蘭丸にたたき起こされて何事かとおもったら、

「信長様がに会いたいって言ってた!!早く準備!!!」

そう言われて飛び起きて、顔を洗って身支度だけを整え、食事もせずに蘭丸の案内に従って進んだ先に、重々しい雰囲気の部屋があった。
ここで待ってて、といわれたため、一人部屋の前で正座をしていた。
何を言おうか、何を言われるのかと様々なシチュエーションを想像する。

やがて、濃姫が襖をあけてを招き入れた。

「濃姫様……。」
「安心しなさい、上総ノ介様は本日ご機嫌よ?」

にこりを笑いかけられ、は表情を緩ませた。

部屋中央の椅子に鎮座する織田信長を一目見て、一度頭を下げてゆっくりと近づいて行った。
ある程度の距離で座り込み、今度は深々と頭を下げた。

「お目通りかない恐悦至極に御座います。」
「……先の戦での活躍、余の耳にも届いておる。」
「!!」

いざそう言われると、素直に喜べない自分がいる。
全くもって余裕がなかったのだ。
この時代の人が知らない言葉を叫んだりしていなかっただろうかと不安になり、生唾を飲み込んでしまった。

「竹千代が敵方に回るかと危惧したが、今朝、書状が届いた。愚かな男よ。」
「……?」
「……徳川軍の多くの兵が織田軍衛生兵の迅速的確な処置により助けられたことを感謝している、とな……。」
「は、はあ。」

顔を上げて二人の穏やかな表情を見るが、には先の展開が全く読めなかった。
“竹千代”が徳川家康のことというのは分かる、だがなぜ敵方に回る可能性があるのか、なぜ愚かなのか、簡単に述べられた書状の内容からは理解することが出来ない。
その疑問は、濃姫が口を開くことで解消された。
だが、それはあまりに喜べない内容だった。

「徳川軍の援護にあたるはずだった鉄砲隊は伊達軍急襲によりそちらに向けてね…よって徳川軍は大打撃を受けたわ。けれど、それには触れずにただあなたたちの活躍に感謝していると…」
「は……はい……。」
「もちろん間者を送り込んで確認したけれど、竹千代君は全くもって織田軍に逆らう気は無い様子なの。」
「それが……私の……。」
「ええ、貴女のおかげよ。まだ、利用価値があるわ。」

動揺しきっているのを隠せているか分からず、また頭を下げた。

政宗さんは本当に大丈夫なの?
家康さんは織田軍に利用されているの?
私が人を助けたことが、家康さんを追い詰めているの?

「義の厚さ、このような方法で操ることが出来るとは余は知らなんだ…。今後の活躍も期待しておる。」
「も、もったいないお言葉。」
「して……褒美は何を望む……?」

頭が上手く回らない。
でもこのチャンスは絶対逃してはいけない。

「……茶器を……」
「ほう?」
「茶器を頂きたく……存じます……。」

頭を下げていたには、信長が口元を上げたことにも、濃姫が驚いていたことにも気付けなかった。











あまりの気疲れに、戻った後も部屋でぼうっとして過ごしていた。
そこに急に光秀が訪ねてきて、呆れられてしまった。

「信長公に謁見した後にそんな情けない顔をする人間初めて見ました。」
「普通はやる気に満ち溢れるものです?」
「そうですねえ、まあ、人によりますけれど。」

よろよろ立ち上がって光秀に座布団を差し出す。
そこに胡坐をかいて座り、僅かに笑いながら話し掛けられる。

「帰蝶が驚いていましたよ。まさかあなたが茶器を所望するとは思わなかったと。」
「何を望むと思われていたのでしょう?」
「貴女は見た目が真面目だ。部下、薬、南蛮人との繋がり、そのための金……などまあ、様々なことを予想してはいたそうなんですが。」
「……茶器が、いいんですよ……。」
「松永公になにか言われたわけではありませんね?」
「はい。」

即答したを、光秀はじっと見つめた。
真意であると察し、視線を庭に向ける。

「珍しく本日は予定が無いのです。よろしければ町の様子でも見に行きましょうか?」
「え?」
「え?ではありません。行くんですか行かないんですか?」
「い、行きます!!」
「よろしい。」

スッと立ち上がり、すぐに出発する様子の光秀の後を慌てて追いかけて行った。
まさか光秀が自分にまるでデートの誘いのようなことをするとは思わず、嫌な気持ちは無いながらも動揺を隠せなかった。











町の様子といっても小高い丘から見下ろすという形で、日が落ちる前には城に戻らねばならないということから、は光秀の馬に乗せてもらった。
後方で、光秀の腰に手を回して大人しくしていた。

「信長公に馬を頂いた方がよろしかったのではないですか?小さい馬にしか乗れずしかも遅いとは……。」
「……ぐ……あの、これでも結構乗れるようにはなっているのですが……。」

というか皆さまが早すぎなんです…とふてくされてみたが、光秀は反応を示さず眼下を見下ろした。

「異常は無いようですね。雪への備えも行っているご様子だ。」
「明智さんって、真面目ですよね。」
「そうしないとこの様な仕事はやっていけませんよ。」
「そうなんですか……?」

部下に確認させればいいのに、と思うが、もしかしたらあまり信用していないのかもしれない。
自らの目で確かめるという行為は大事だと思うは素直に感心し、変に探りを入れることはやめた。
何より、ええ、信用していません、などと言われた場合、人ごとに思えず自分まで精神ダメージを負いそうだった。

「…なかなか、良い場所でしょう?」
「!!」

風に吹かれてなびく髪をかきあげた。
穏やかな声と表情を見た後、も町を見下ろす。

「はい、時間がゆっくりと感じられます。」
「少々歩きましょうか?」

返事を聞かず、光秀が馬から降りる。
こくりと頷き、も地面に足をついた。

馬を引く光秀の隣を自分が歩くという構図が少々慣れない。
しかし嫌な雰囲気は全く無く、居心地は良い。
どこからともなく虫の声が聞こえてきて、は目を閉じ自然を感じた。

「……人は、どのような状況でも、きっと生きていけるのでしょうね。」

呟く声は、誰に向けられてもいなかったが、は目を開き光秀を覗き込む。

「しかし、居場所、目的を見つけてしまったら、もうそこにしか生きる意味を見いだせないのかもしれません。」
「明智さん……?」
「……貴女は……。」

光秀がに視線を向ける。
どちらからともなく歩みを止め、見つめあう形となった。
に向かって手を伸ばすが、はただ無防備にただ立ち竦んでいた。


「もし私が貴女に手を差し伸べたら、貴女は私に身を委ねるのでしょうか?」


それは光秀にとって疑問ではあったが、質問ではなかった。
最初からに返答など欲しいとも期待してもいなかった。

「明智さん……?」
「……申し訳ありません。何を口走っているのでしょうか、私も疲れているのでしょうか。」

伸ばしていた手をゆっくりと引込め、手の平を凝視して自分の行いが良く分からないといったように首を傾げた。

「あの」
「先程の言葉は忘れて頂けると。」
「……また、ここに、連れてきてくださいますか?」

の真剣な声に、視線を向ける。

「……構いませんよ。」
「ありがとうございます、とても楽しみにしています。」



は何となく感じ取っていた。

そう遠くない未来、本能寺の変が起こる。

信長も光秀も、死んでしまう姿を想像できないし、したくもなかった。
光秀の思考を、少しでも明るい方向に向けたかった。
この程度の事でこれから起こる事態が好転するとも思えなかったが。

「……絶対ですよ?」
「しつこいですねえ。言われなくても、春には桜が美しく咲くので貴女を荷物持ちにして花見に来ますよ。」
「いいですね、桜!で、でも荷物持ちですか……ま、まあ……良いです……けど……。」

唇を尖らせるを見て、光秀がわずかに目を細めて笑った。
嘲りでもなんでもない、素直な感情から来た笑みのようにしか思えず、は数回驚いたように瞬きをした後、嬉しくて声を出して笑ってしまった。




















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光秀は松永様をなんて呼ぶんだああああ!!わからぬままバヒュン!!!