戦が終わって数日後、まだ疲労が抜けない身体を動かして、は小さな馬に乗って荷物を運んでいた。

「……いっぱい、死んじゃったんだ……。」


織田軍には殆ど犠牲者は出なかった。
必死になって負傷者の手当てをして、戦が終わったとの報告を受けた後も働き続けた。

ひと段落して周囲を見渡すと、多くの亡骸が地に伏せていた。

ご家族のもとへ帰してあげたい、とぼそりと呟くと、何を言っているんだ、そんなのは無理だとすぐに周囲の人たちに返されてしまった。

無力感を感じながら佇んでいると、どこからともなく人が現れ、亡骸から刀や甲冑を取っていった。


「……おい。」
「……どこへ行く。」
「それ松永様のだろう。」
「あ。」

気が付くと松永が住む家の門を通り過ぎようとしていて、三好三人衆に声を掛けられた。

「す、すみません。お邪魔します……。」

ぺこりと頭を下げると、彼らも軽く返事をしてくれる位には交流が出来るようにはなってきた。

「松永様、失礼いたします。」
「ああ、ありがとう。墨はこっちに持ってきてくれ。」
「はい。」

そっと机に置くと、文を書いていた松永の視線はに向けられた。

「戦はどうだったかね?」

穏やかに質問をされるので、単なる興味なのだろうと感じる。
戦を思い返すと、の笑顔は消えてしまった。

「……なんだか……虚しかったです……。」
それは素直な感想だった。

「虚しい?」
それを聞いた松永は、笑みを浮かべて聞き返した。
こくりと頷いてから、口を再び開く。
「皆、目指すものがあって戦っているというのは分かっているつもりですが……戦が終わった後は……ご遺体があるだけ……。」
「ふむ、そうか。しかし君はよく働いていたと聞いたよ。」
「私なんて……なんの役に立ったのか……。」
自嘲気味に笑うを覗きこむ様に首を傾げる。
「慰めて欲しいかね?」
「……慰めより助言が御座いましたら欲しいです……。」
それを聞くと松永は、顎を指で撫でながら思案するように視線を上に向けた。
「しかし君のやろうとしていることは私にとっての専門外だ。この前のように具体的に何かを所望するなら協力しよう。」
「ありがとうございます。また、多々ご相談させて頂きたいと……。」
「なに、私も暇だ。」
「………。」

今日の松永は随分と饒舌だ。
あまり干渉されるのは好まない人間かとも思ったが、松永の方からに言ったことなので聞いていいだろうと判断し、気になっていたことを聞こうと口を開いた。

「傭兵の方のご契約は順調で?」
「いいや、まだあまり進んでいないのだよ。」
「そうなんですか……。」
「まあ、時間の問題だろう。それより、信長公のご様子は如何かな?」
「戦後はお会いできておりませんが、ご健勝であられるかと……。」
「そうか……。」

ゆっくり筆を置いて、文を折り始めた。

「明智殿は?」
「明智さんですか?戦後の処理に追われているとお聞きいたしまして……」
「そうか……。」
「……。」

松永にそのように言われては、否が応でも気になってしまう。

「明智さんが……何か?」
「彼は今回色々動いていたようだからね。」
「はい。」
「彼を少しでも気に掛けるならば、訪ねてみてもいいんじゃないか?」
「……。」

は露骨に眉根を寄せた。

「……その後明智さんのご様子を伺った私に、さりげなく探りを入れたい、ということではございませんよね?」
「ほお……君はなかなか賢い。そう、私は織田軍傘下の中でも異質だ。そのような人間に内部情報を漏らしてはいけないよ。」

の返答を聞くとすぐに口元を上げ、いつもより機嫌の良い声でを褒めた。

「いやいや、君のような妻が居たら余生を楽しめるであろうな。ふむ、しかしここは素直に明智殿が心配だからお尋ねいたしますと受け止めるような女性の方が無難だろうか?」
「……松永様は奥様候補に不自由してないでしょう……。」
誤魔化さないでください、と続けようと思ったが、おそらく松永は誤魔化したつもりもなく、普通に疑問に思っているのかもしれないので言葉を止めた。

「おや、なぜそう思うのかね?」
「松永様はとても魅力的な方だということです。では、私はこれで……。」

立ち上がろうとしたの腕を、松永が掴んだ。

「松永様?」
最初触れる程度だったのが、急にぎゅっと力を入れられる。
逃げることは許さないというような気迫を感じ、は身動ぎした。

「ええと……何か……?」
「こんな話が出来る女性は君が初めてだ。」

なぜこんなに明智のことを気にかけているのかには分からなかったが、松永の感は当たりそうな予感がする。
何かが起こるのかもしれない、注意しなければ…と思考を巡らすが、松永に掴まれているという状況に恐怖を感じていないわけでもなかった。

「そんな、お世辞など……。」
「いいや、世辞をこの様に口にする趣味は私にはない。どうだ、私に攫われてみては。」
「さ……!?」
「そうだ。先の戦での活躍で君が軍をすぐに抜けるのは難しかろう。すべての罪を私に擦り付け共に自由な身に……」
「な、なななにをおっしゃるんですか!!私はまだ、ここで勉強したいことが……!」
「そうかね?私は君がどこかへ行きたがっているように見えるがね?」

そう指摘され、瞬時に政宗の顔が浮かんでギクリとした。

「そう、ですか……?」
「ああ、そうだ。」
「…………。」

自然と、は松永から視線を外すことが出来た。
俯いて、目を閉じる。。

「なおさら……なおさらです。」
「……忘れたい男かね?」
「忘れたくない方です。……でも、いつか……その方に胸を張って……」

の手に力が入り、松永はそっと掴んでいた手を離した。

「謝罪をして、命乞いを、出来るように……」
「……?胸を張って、命乞い、だと?」
「はい……。共に、戦う道を歩みたいと確固たる意志を持って、その方にも感じてもらえるように。」
「……なるほど。そのような人生を選ぶのか。いいや、もう選んでいるのだったね。」

松永は再びの手を取り、文を握らせた。

「?」
「偽善だと笑ってやりたい君の行いだが……まあ私も少ないながら感情はある。美しいものは愛でる。」
「はあ……。」
「それを、門のところにいる三好に渡してくれたまえ。ご苦労。」
「か、かしこまりました。」

今度こそ立ち上がり、松永の住まいを後にした。

「…………か……。そうだな……覚えておこうか。」
















「はい!!」

戻ってすぐに、軽装の濃姫に呼びかけられた。

「あの男のところに行っていたのね。」
「遅くなり申し訳ございません!!湯浴みでしょうか?」
「いいえ、あなた、疲れているでしょう?」

へ?と気の抜けた返事をしてしまい、その後すぐに顔に両手を当てた。

「疲れた顔、してますか……?」
「顔は可愛いから隠さなくていいわよ。歩きがふらふらじゃない……。今日はもう休みなさい。」
「ありがとうございます。あ、でもその前に、明智さんのところにお伺いしたいのですが……」

ぱっと手を外すと、目をぱちくりさせた濃姫の顔があった。

「光秀の?」
「人払いしてお部屋に籠っているとお聞きしました。お茶をお持ちしようかなと。」
「あ、ああ、心配してるのね……。驚いたわ……。」
「何故ですか?」
「光秀を好きになったのかと思ったわ。」

まさかの言葉に今度はが目をぱちくりさせた。

「濃姫様!!」
「ごめんなさい、勘違いしないで頂戴。嫌と言ってるわけではないのよ。むしろのような子が光秀に嫁いでくれたら皆嬉しいわ。ただ、貴女にあの男はもったいないと思って……ほら、私が言うのもなんだけど、ちょっと変でしょう?」
「そそそそうではございません!!!と、とにかく行きます!!」

松永に続き濃姫からそんな話を聞くことになろうとは予想外で、気恥ずかしくて、は顔を赤らめながら自室に向かった。










お茶と菓子を盆に載せ、光秀の部屋に向かっているだったが、途中、光秀の部下に会った。
その方曰く、悪いことは言わないから、今は行かない方がいい、だそうだ。

「……。」

ご機嫌斜めの光秀は恐ろしい気がする。
しかし直感ではあったが、今、光秀の元に行った方がいいと感じるのだ。
松永の影響かもしれないが。

「明智さん。」

部屋の前で、声をかけた。

「……どうしました……?」

帰ってきた返事は、酷く小さく掠れていた。

「お茶を、お持ちしました。私の勝手な判断です。もし宜しければ、中に入れては頂けませんか?」

その後、数秒、静まり返った。

そしてゆっくり、返事が来た。

「散らかっております……。それでもよろしければ……。」

ゆっくり開けると、光秀はこちらを見て、ニタリと笑っていた。

「籠りっぱなしはお体によくないと……お召し上がりください。」
「戸を……」
「?」
「戸を閉めてください。」
「はい。」

は言われた通り戸を閉め、光秀の傍に盆を置いた。
北側に位置する光秀の部屋は、それだけで薄暗く蝋燭が要るのではないかと感じた。

「これでもご心配かけることはしておりませんよ。きちんと食事も摂っています。」
「余計でしたか……?」
「ふふ、そうですねえ……。」

に意地の悪そうな視線を向けるも、煎れたお茶を一口飲んでくれた。
本当に心配するほどでもないようで、少し嬉しかった。

「戦の件、どの程度お聞きしておりますか?」
「徳川・浅井軍の助けもあり織田軍の勝利。しかし徳川軍は武田軍・上杉軍に敗北するも家康殿はご健在で城に戻られ、浅井軍は長政殿が討死、お市様は安土城にいらっしゃると。」
「はい、そうですね。」
「私は……それどころじゃなかったので、軍の動きなど全く見れていませんでした。」
「ええ、丘の上から貴女の働きぶり、見えましたよ。」
「そうでしたか。お恥ずかしい……。」
「私も陰で頑張っていたのですがねえ、信長公に怒られてしまいました。」
「え?」

肩をすくめて軽い口調で言う光秀だったが、は意外でびっくりしていた。
明智さんは陰で動いて、勝利に導いた、縁の下の力持ち、だと思っていた。

「浅井長政を討死させたのは私ですよ。」

その言葉を聞き、の思考は完全に止まった。

「邪魔な存在を、上手く消したつもりでしたが、お気に召さなかったようで。」

そんな様子のに気づいているにも関わらず、光秀は続けた。
正座して硬直しているに身を乗り出し、互いの鼻先が付いてしまいそうなほど顔を近づけた。

「……竜の爪の味も、なかなかのものでした。」

心拍数が上がり、呼吸が浅く早くなる。

「なんという悪運の強いお方でしょうね。鉄砲隊に仕事させて下さいませんでした。一発くらい当たっても良いのに…。」

ゆっくりゆっくり、光秀の手がの首をめがけて伸びてくる。

「!……あ……!!!」

掴んで、そのまま勢いよく押し倒され、喉の圧迫感では咽た。

「聞かせてください、今、どんな気分ですか?」

頬に光秀の長い髪が掛かる。

「伊達政宗を殺しそこなった手で、今貴女は首を絞められていますよ?大丈夫、殺しはしません。嬉しいですか?お揃いですよ?」
「……っぐ……う、が……!」

子供をあやす親のように、光秀はに優しく話し掛ける。
容赦のない締め付けの痛みに、必死になってもがいた。

「おや、すみません、私は鎌を扱いますので……加減を間違えていますか?」
「あけち、さ……」
「信長公は、私に酒を浴びせました。あの方は本当に……クク……」
「あけちさん……」
「どうですか?私が憎いですか?私はあなたとお知り合いである…ふふ、それ以上のご関係だったら面白いのですが…伊達政宗を…」
「私は……今……明智さんを……見てるんです……。」

急に手の力が緩んだため振り払い、は自分の手を首に添え、呼吸を荒くした。

「はあ、動揺して、すみません……。私は、今は、明智さんの……、お体が……」
「……。」
「少し、散歩などしたほうが……良いと思います……何かお手伝いできることがあれば、手伝います……だから……」

光秀は手を振り払われたままの姿勢で硬直し、キョトンとした顔でを見つめた。

「正直、心配でしたんで……籠った原因が、分かりました……。話してくださって、嬉しいです。」
「……。」
「一人になりたいときってあると思いますが……放っておいてくれって言われたからって、本当に放っておくわけにもいきませんから……。」
「………………。」
「人に話すと、少し気が楽になったり、しませんか?」
「貴女、性格が悪いです。」
「え?」
「思った通りの反応がないので、つまらないです。」

そういって、光秀は再び机に向かった。

「あの……?」
「貴女にとって伊達政宗はその程度の男なのですか……。殺そうとした男に憎しみも悲哀も何も感じないんですか。」
「……。」
光秀のそれは、呆れというより欲しいものがもらえなくて駄々をこねる子供のそれだった。

「ふふ、私、政宗さんのこと、好きですよ。」
「ならば……。」
「そう簡単に、死にませんよ。あの人。」
「……。」

怒られるかなーと考え少し構えたが、光秀は何も言わなかった。

「……わかりました。そのうち殺して差し上げます。そして貴女に憎まれます。」
「出来るもんならどうぞです。政宗さんは強いです。」
「本当におかしな方です。もう少し私を恐れては如何ですか。」
「明智さんは私を拾ってくださいました。助けて下さいました。感謝しております。」

そういってへらっと笑うと、光秀は一瞬首をかしげ、何かを思い出し、ああ、と小さく呟いた。

「犬みたいですね。犬は嫌いじゃないです。まあいいでしょう。」
「どうもどうも。」
「はあ……信長公に虐げられた余韻はどこかへ行ってしまいました。全く、貴女は……。」

盛大にため息をつかれたが、謝罪するより何よりドM発言にとれるセリフに少し冷や汗をかいた。

「の、信長様、ですか……。」
「ええ、素晴らしいお方ですよ。ふふ、いつか……」

光秀の視線が鎌に向けられるが、は茶のおかわりを注いでいてそれには気づかなかった。

「……いつか、正式に、お会いできるといいですねえ。」
「はい、聞いた話によると、濃姫様が打診してくださってるようです。戦で私が手当てした方の中に徳川軍の幹部がいて、礼状が届いたとかで……」

ご褒美とかくれたらいいですねーお金ないんで……と冗談めかして笑いながら話すが、光秀はあまり聞いていないようだったので、は大人しく退散することにした。

「では、明智さん、私はこれで。」
「……ふむ、なかなか悪くありませんでした。またいらっしゃってもいいですよ。」
「!!はい!!」

扱いづらそうな光秀にそういわれると嬉しく感じ、笑顔で戸を閉めた。


(明智さん元気そうだったし、松永さんの危惧はなんだったんだろう?…明智さんのストレス、少し和らげてあげられたかなあ…)

そんなことを思いながら自室に戻ると既に布団が敷かれていた。
濃姫のご配慮だと瞬時に感じ、感謝しながら横になった。


(今度は、縫合技術を獲得しなきゃ……と、その前に麻酔とか……今の時代は西洋でもモルヒネとか大麻かなあ……。)

横になってもいろいろ考えてしまうのは、褒められて嬉しかったからかもしれない。

(長篠の戦いの後は……なんだろう……。)

戦の名前を聞けばなんとか分かる。
だがしかし、政宗や幸村が織田信長の首を狙っているのは確かだろう。

(敵、か……敵味方関係なく救護できる組織、作りたいな……。)

瞼が重く感じ、目を閉じた。





















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宴で明智殿にうわあああああ!!!しました…
明智さんを丁寧に書きたいです…もうしばらく織田軍編お付き合いくだされば嬉しいです!!
政宗様との絡みがあると思った方すみませんですー!!