は荷物を運び終わった後、兵士と一緒に川に水を汲みに来た。

「よい…しょ…」
「重いだろう?」
「このくらいなら…大丈夫です。」

そして周りの風景を眺める。
これから戦が始まるなど想像できない、穏やかに時が流れる野原だった。

「…!!」
「どうした?」
「あの、黄色い旗は…葵の旗…」
「ああ、徳川軍だ。気合が入っているだろうなあ。」
「……。」
「まあ、俺達はそれどこではない。忙しくなるから、飲み水しっかり確保しておけよ。」
「はい。」

遠くに赤い旗が見え、は目を細めた。
近くに居るのに遠い、などという形容をするのにぴったりの距離感だ。

「織田軍、徳川軍、武田軍がここに勢揃い、ですか…」
「そんなに恐れるな。聞いた話だが、向こうには上杉軍もいるがこちらには浅井軍がいるらしいぞ。我々の勝利以外はない。」
「上杉軍と…浅井…浅井長政…?」
「ああ。お市様の嫁ぎ先だ。」

ぎゅ、と拳を握り、武田軍の無事を祈ってしまう。



地味に活動するたちを丘の上から見下ろし、明智光秀は馬に乗って単独移動していた。

「面白いことになるかと思いますが…さんは観客にはなれませんねえ…。残念です。」

浅井長政の元を目指し、にやりと笑う。

「…私の部下に怪我人が出たら宜しくお願いいたしますね…。お市様とは正反対の貴女…。」














「お館様」
「幸村よ、どうした。」
「我が隊、配置につきましてござりまする。合図一つで出撃出来まする。」
「……。」

ちらりと、幸村を見るが、以前と何も変わったことはないようにも見える。

「…どうなるかと思ったがのう。」
「ご心配をお掛けしましたことについての謝罪は…この戦の功績にて。」
「楽しみにしておるぞ。」
「は!!戦無き世は、お館様、某や民、…の、望みでもございます故…!!!」
「なるほど、迷いは無いということか。では、幸村、徳川をどう思う。」

そう問われ、幸村は徳川軍を眺めた。
川中島では両軍、戦による兵力減退もなく、徳川にも同盟を求める文を送ったが断られた。
織田軍とともに戦う姿勢を見せ、信玄はそれを受け入れた。

「織田が…真に徳川と共闘の姿勢を見せるのか…。家康殿も志高き武将、いつか、織田・豊臣両軍をも敵に回す危険性が御座います故…」
「うむ…」
「しかし某は、お館様の上洛の道を阻むものに容赦は致しませぬ。」

幸村が槍を構えた。

「佐助!!」
「はいは〜い。」

黒煙とともに現れ、幸村の後方に現れた。

「兵力はこっちが圧倒的です、が…本多忠勝の所在確認しましたよ〜。出陣するみたいだからこりゃ余裕ってわけでもなさそうだ。」
「上杉軍はどうだ。」
「戦略通りにしっかり動いてくれてるよ。報告によると浅井軍はこちらに向かってて一刻経たずに到着しそうだ。織田援軍の姿はまだ見えないね。衛生兵っぽいのはいたけど。」
「そうか。」
「先に潰すかい?」
「潰すのは兵のみ!!!戦う意思無き者達を手にかけることは許さぬ!」
「はいはい。」

強い眼差しで戦場を見ていた幸村が急に振り返る。

「佐助、肩の調子は。」
「絶好調だよ旦那〜。いつの話してんの?」
へらっとした笑顔で腕をぶんぶん回す佐助を見て、うむ、と頷いた。

「勝つぞ!!」
「もちろんですとも!!」






















が戻ると、衛生兵の仲間に呼ばれた。

「なあ、あんたがこれ、作ったんだって?」
「はい。そちらの金具はその、職人の方に余りものをもらって組み合わせただけですが…」

言われたものは、細く平べったい金具曲げて先を削った簡易なピンセットと、石鹸で油分を取った完璧とはいえない脱脂綿だ。

「すまねえ、転んで血が出た奴がいたから試しに使わせてもらったんだが…結構、使えるな。」
「……。」

出陣前に皆で打ち合わせる時に作成が間に合ったから、少し時間を貰って使用法を説明させてもらった。

その時は女の戯言だといわんばかりの視線だらけで、は少し落ち込んでいた。

「そ、そうなんです!!!使えるんです!!!!衛生的ですし、傷口に付いた小さな石をその金具で取り除くことも出来るんです!!」

は興奮して、一人でやろうとしていたことを話そうと考えた。
結果が出ればきっと認めてくれる。

「他人の血に触れることも良くないですし、誰かの血に触れた手で他の誰かの傷口に触れたりするのも危険で、本当はこんな布の手袋しないで使い捨ての薄っぺらいもののほうがいいんです!」
「あ、ああ…?使い捨てなんてもったいなくて…」
「重篤な感染が起こったらどうするおつもりですか!!実はたくさん金具作ってきました!これで済む怪我はこれで処置してください!1回使ったらしっかり洗ってお酒かけてください!」

は完全に妥協して、やらないよりまし!!これからどんどん発達させるという意気込みで呼びかけた。

「あと葉っぱ!!これ綺麗な葉っぱです!」
「は…葉っぱ?」
「傷口をしっかり!しっかり洗ったら、これを当てて、包帯でぎゅーです!!」
「薬草か?」
「傷は、乾燥させたら治るのが遅くなっちゃうんです!!」

多分皆に引かれているのは感じているが、勢いのまま移動し、叫ぶ。

「えーと、あと…馬に蹴られたなどして運び込まれてもし意識が無かったら、揺さぶったりしちゃだめなんです!安静に寝かせて…」

まさかとは思ったが、この時代は本当に何も分からず行う医療だった。
薬品の発明も全然だったが、もともと薬というのは成分をもった植物から特定の物質を抽出して作られたものであるから、は薬草の力は信じることにしていた。
信じて使って、だめだったら考えるしかない。

しかしそれより知識や最低限の道具の理解と普及が先だ。

「あと、担架というものがありまして…」
「担架…」

地面に絵を描いて説明をした。

「こういう、人を運ぶ道具です。今回は間に合いませんでしたがそのうち作りたいと思って…」
「あんた、いろんなこと知ってるなあ…んでこれは普通に抱えて運ぶのとどう違うんだい?」
「動けない人をすぐ運べますし、怪我した方にかかる負担が少ないとおもいま…」

そのとき、音が聞こえた。

皆立ち上がり、その方向に視線を送る。

徳川軍が動き出した。











小十郎は政宗の眼光の鋭さをいつもに増して感じていた。
奥州に戻ってからの政宗の仕事ぶりは、小十郎に小言を言う暇を与えないほど素早く正確だった。
同時に、危うさを感じていなくもなかったが。

「政宗様、この先武田軍の陣です。」
「おう。虎のおっさんが徳川軍に劣るわけねぇだろ。俺達は織田のおっさんを目指すぞ。」
「政宗様…しかし…」

腕組みしていた政宗が前傾姿勢になり、手綱を掴んだ。
小十郎はその珍しい動作に驚き、続く言葉が出なかった。

「…早く、戦を無くすんだよ…」
「政宗様…」

皆と別れたあと、政宗と小十郎はまず米沢城に行ったが、義姫は政宗と会ってはくれなかった。
小次郎は政宗のもとを訪れ、今まで拒絶していたことを謝罪した。
政宗にしてみれば謝ることもないとの考えからそんなことはいい、と告げたが、小次郎は謝らせてほしいと頭を下げた。

「……。」






『母上のことが無くても、俺はお前の目の上のたんこぶだぜ。憎んでたってこのご時世、何もおかしなことはねぇ。』
『こんな時代だからだなんて、兄上らしくございません。従来の常識に捕らわれず、己が信じた道を行くのが兄上です…。私はそんな兄上を、ずっと、尊敬してございました。』
『……。』
『一度も…恨んだことも憎んだこともございません。母上の味方になるための口上でした。…もっと良い方法があったのでしょうが、私にはこの程度しか知恵がございませんでした。』
『…お前は立派だよ。この長い間、それを貫き通したんだ…』
『…でも、墓場までとはいきませんでした。半端者でございます。でも、半端者で良かった。そうでなければこの様に兄上と話など出来なかった。』
『小次郎…』
『このまま死ぬのは、嫌でした。兄上に死なれてしまうのも…。はは、さんの様に、非力ながらも暴れまわる…憧れてしまいました。』
『…あ、あれは見習うんじゃねえ…。』
『ふふ、分かりました。…では兄上…、私は母上の傍におりますゆえ、ご安心下さい。詳細は、成実殿に告げました。』
『頼んだぞ』
『あと、兄上』
『なんだ?』
さんはいつ私の姉上になりますでしょうか?楽しみでなりません。』






「…!!!」
いきなり現実に引き戻され、再び腕を組んでため息をついた。

「政宗様?」
「厄介なことしてくれたからなぁ…。まず周囲の誤解をどう解くか…」
「何の話ですか?」
「…。」

誤解で、はまたここに来て、一緒になれると信じてしまっている。

「…結構、泣かせたからな…」

もしこれが叶わぬ夢になりそうなら、を想って一晩くらいは泣いてやる。

「天下をとるのはこの独眼竜だ!!行くぞ!!」

部下は皆大騒ぎで盛り上がっているが、小十郎だけは頭にクエスチョンマークを浮かべ不安になっていた。














戦が始まれば、勝ち負けもなにも考えることが出来なかった。

「水を!!!もっと汲んできてください!!」

遠慮する余裕もなく、は指示を飛ばした。

「腕の出血!動脈です!!!これで、ここを縛って!!!」

に圧倒され、反論する余裕も理由もなくただ従っていた。

「血で汚れた服は着替えて!!汚れた手のまま次の負傷者に触れないで!!!!…その方は打ったところを冷やして!!」

目に入りそうになる汗だけ拭って、は活動し続けた。

「弓…!!だ、だめ!!乱暴に抜かないで…!!」

大腿に刺さった弓を見て、一瞬動きが止まるも、なんとか駆け寄って治療を施していった。

「頑張ってっ…!!」

血を浴びながら、臭いに耐えながら、励ましあいながら、は完全に衛生兵の一人として溶け込んでいた。



その時遠くから、たくさんの銃声が聞こえてきた。

「…織田軍が、出陣してるんだ…!!」
さん!!こいつ武田信玄の風圧に飛ばされて…!!」
「(風圧…??)意識はあるのね!?どこを打ったの!?」



















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アニメの展開少々入れさせて頂きました!!