朝起きて、掃除、洗濯、食事を終えたら蘭丸と書の学習をするのが日課になった。
たまに蘭丸のトレーニングにも付き合って足場の悪い道を走ったりもした。
濃姫が暇な時は、花や茶を教えてもらった。
医師が城へやってくる日は傍らでやり方を見て学んでいた。
「本日も異常はないですな。濃姫様、何か気になることなど御座いますか?」
小太りで人の良さそうな医者は、濃姫に問いかけた。
「え、えぇ、そうね…。問題ないわ…。」
何か言いたそうな濃姫が心配で、はじっと見つめた。
それに気付いた濃姫は、苦笑いを浮かべた。
医者が帰った後、正座していた足を崩し、ため息をついた。
「聞けなかったわ…。なんだか、怖くてね…。」
「何を…?」
「…なかなか、子が出来ないから…」
そう言ってお腹に手を当てた。
「ふふ、あんな細い女に立派な跡継ぎが産めるのかなんて陰口叩かれたこともあるのよ。」
「濃姫様…」
「あら…あなたがそんな顔をしないで。」
そう言われてはっと、頬に手を当てた。
「すみません…。でも、濃姫様は骨格からして安産型のように思います!!」
「そうなの?」
「はい!!あの、私でよろしければぜひご相談ください。前回出血された日はいつでしょうか?」
濃姫に近づいてコソコソそんなことを聞くに優しい笑みを向けた。
「ねぇ、勉強は進んでる?」
「はい、おかげさまで…。今は薬草を学んでいます。」
「そう…。私、考えてみたのだけど…」
「はい。」
「のような女性のお医者さんがいたら、いいなって」
「えっ…」
「何でも相談できそうだわ。」
は表情に出た以上に嬉しかった。
今まで以上に頑張ろうと心から思えた。
「邁進、いたします…!!」
「えぇ、楽しみにしているわ。」
女性の体について少し話をしたあと、濃姫の部屋を出て、廊下を歩く。
早く部屋に行って勉強しようという気持ちでいっぱいになった。
「あれ…?」
途中、いつも戸が閉まっている部屋の前を通る。
今日は開けられ、中の様子が良く見えた。
「わあ…!!」
何故不用意に踏み込んでしまったのかは、気が緩んでいたとしか言えない。
いつも閉まっていることの意味を良く考えるべきだった。
「天秤…世界地図…地球儀…お城の模型…?アンティークのお人形もある…」
そこだけが違う世界で、のテンションが上がりきってしまっていた。
「わ…凄い…。グランドピアノ…。」
鍵盤を押すと、心地よい音が響いた。
きちんと調律がされていた。
「ちょっとだけ…」
一度入り口に戻って戸を閉めた。
壁をノックすると鈍い音がし、厚いものだと確認する。
「ようし…」
ピアノなど小さい頃に習っていた以来だ。
最初は簡単なキラキラ星を弾いてみる。
「意外と指動く…。」
腕捲りをして、今度は自分の好きだった曲を弾く。
映画を見て好きになって、友達といっぱい練習したことを思い出す。
「………。」
松永様に殺された人だけではない、今この瞬間も、命を落としている人がいるだろう。
冥福を祈る気持ちと、何もできない自分への戒めも込めた、レクイエム。
「!!」
途中、人の気配に気づいて手を止める。
入口に視線を向けると、ゆっくりと戸が開き、男が一人現れた。
「あ、か、勝手に、申し訳ございませ…」
「…よい。続けよ。」
「え?」
部屋から急いで出ようと立ち上がったは、男を二度見してしまった。
「続けよ。」
「わ、私なんかの演奏でよろしいのですか?」
「娘…余に何度同じ言葉を言わせるつもりか…」
「す、すみませ…!!」
また座り、鍵盤に手を掛けた。
「えっと…」
どこまで弾いたか忘れてしまい、また最初から演奏を始めた。
男は近づいてきて、椅子に座ってこちらを見ていた。
姿や所作で、地位の高い人だということはすぐにわかる。
出来るところまで弾いて、立ち上がってお辞儀をした。
我ながら子供のピアノの発表会のようで恥ずかしくなってくる。
男はじっとを見つめた後、言葉を発した。
「異国の者以外、奏でられる者など居なかったがな…」
「えっあ、その、勝手に、すみませ…」
「娘…濃の女中よな…。」
「のう…?あ、濃姫さま、はい、お世話になっております。」
そこで気づいて、は目を丸くした。
濃姫様を、濃、と呼ぶ人間というと、限られてくる。
「あ、の…」
目の前の男は、織田信長ではないか、疑問というより確信を持っていたが、一気に緊張し脚がすくんでしまっている。
「非力な娘で、医者を志していると聞いておる。無害、とな。」
「私の顔も、ご存知だったんですか?」
信長はゆっくりと立ち上がる。
「時折、庭を眺める故」
に背を向けて、戸に向かう。
「また余に音色を聞かせよ。」
「はい…」
信長様に会えたら、衛生環境を整えることの大切さや兵の体調管理、食事についてなど進言したいと考えていた。
だが、あの威圧感に圧倒され、言おうという思考さえ浮かばなかった。
「上総の介様に会ったの?」
小さな饅頭を口にしながら、濃姫は瞬きをした。
「はい、偶然でしたが。」
も頂いた饅頭を一口かじった。
「色々申し上げたいと考えていましたのに、頭が真っ白になりました…。」
「ふふ、会っていきなり語り明かすほうが無粋だわ。もう少し機会を伺うほうが賢明というものよ。」
「そ、そうですよね…。しかし、自分のことを知っていたようで、それにはびっくりしました。」
「もちろん、私が言ったのよ。」
濃姫に視線を向けると、穏やかな笑みを浮かべていた。
「もしかしたら伊達、武田への脅しに使える娘かもしれませぬ、とね。」
「うっ、の、濃姫様…」
そのようなことを言われて、露骨に顔をしかめられるくらいにはここの生活に馴染んできている。
「洗濯物を干しているあなたを指差しながら言ったのよ。」
「信長様はなんと…?」
「”くだらぬ、捨て置け”とね。ならば私の配下に置きますゆえ、ご用命の際は申し付け下さいと言っておいたわ。」
「はあ…お手柔らかにお願いいたします…。」
「変な子ねえ。驚いて逃げる素振りでも見せたら?」
「そのように穏やか〜な口調で言われましても…」
濃姫の湯飲みに茶を注ぎながら眉根を寄せる。
「近々大きな戦があるわ。」
「濃姫様もご参戦されるのですか?」
「ええ。それで、せっかくの人員だし、あなたにもなにかお願いしようと思ったのだけれど…」
もしかしたら、戦の救護としての役を下さるだろうか、アピールし続けて良かったと期待をしながら言葉を待った。
「参戦、したい?」
こくこくこくと、思い切り頭を上下に振った。
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レクイエムはナウシカ・レクイエムをイメージしてみましたよー良い曲!!
信長様登場だけど若本さんの言い回しが表現できませんがこれどうしたらいいですか!!