細い光秀のどこにそんな力があるのか分からないくらい、ぐいぐい引っ張られる。

「明智さん…この先には先程の三人が…」

今のこの状況を、松永の部下に見られるのは良いことではないと思い、声をかける。

「ええ…そうですね…」
スッと腕を離し、一気に冷静な足取りになる。
三人にまた軽く会釈をして門をくぐる。

「女など寄越してと不快になるかと思いましたが…逆でした。」
「そうですか…?なんだか松永さんって、よく分からない方ですね。」
「それは貴女、見る目がある方です。」
「え?」

長い髪の間から除く目は、普通にを映していた。
狂気も無く、見下しても無く、あまりに普通で、光秀と対等に話している自分の立場が不思議に感じられた。

「あの穏やかな表情を見て、優しい方だと言う人間もいます。そういう方はすぐに利用され殺されていきますがね。」
「……。」

きっと

穏やかな顔のまま、人を斬れるのだろう。

そう考えて、は足元に視線を向けた。

「ふふ…私と彼は、気が合わないんですよ。」







城に着くと、は光秀にお辞儀をした。

「ありがとうございます。お手伝いさん、しっかり仕事したいと思います。」
「おやおや素直だ。嫌な役を押し付けたのにそうされては楽しくありませんねぇ…。」
残念そうに肩を落とす光秀を見て、くすくす笑ってしまった。

「根性と好奇心は負けません!!ではっ」
早速注文された品を取りに行こうと走り出したの背に、声がかかる。

「任命したのは私ですが、気を付けなさい。」

振り返って、またお辞儀をする。
心配してくれるのが嬉しくて、自然と笑顔になった。







の背が見えなくなったところで、光秀は肩を揺らして笑い始めた。

「くっ…ククッ…」

先程のやりとりを思い出す。

「気を付けなさい、とは…私がっ…ククッ」

ただの比較だ。
が松永に辱しめられる、それは何とも思わない。
しかし、あの男が悦ぶ顔を想像すると不快になる。

松永が楽しい思いをするのが気に入らないから忠告しただけだ。

織田信長が一目置く、松永久秀が気に入らないだけだ。

「貴女は運がいい。良い時期に私のところにいらっしゃいました。あの男と比べてしまうと可愛く見えて仕方ありませんよ。」















は運ぶものを風呂敷に包んで背負った。

「よしっ」
、どこか行くの?」

その姿を見た蘭丸がに尋ねた。

「うん、お届けものを任されたの。」
「ふーん、ご飯には間に合うようにしろよな。」
「うん!」
「…重そうだな、蘭丸が手伝おうか?」

なんとなく、蘭丸と松永は明智よりさらに気が合わないような気がして、首を横に振った。

「蘭丸君は忙しいでしょ?大丈夫だよ。ありがと。」
「べっ別に心配したわけじゃないけどなっ!?ま、まあ蘭丸も忙しいしな、うん、は分かってるじゃん!!」

そう言ってスタタタと去ってしまった。

「蘭丸君は可愛いなぁ…さてと…」

空を見ると日が傾き始めていた。
急がないと暗い道を歩くことになると、小走りで進んでいった。







ぜぇはぁと息を荒くして門をくぐる。
仮面を被った三人はおらず、遠慮なく走って玄関に向かった。


「やあ…、待っていたよ」
戸を開けると、松永が寝巻き姿で現れた。

「遅くなって申し訳ありません!!」
「まだ私は寝床に入る時間ではないよ。ついでに布団を敷いてくれるかね?」
「かしこまりました!!」

失礼しますと頭を下げ、家に上がる。
寝室に行き、風呂敷を下ろした。

「羽織をどうぞ。」

松永の後ろに回り込み、着るのを手伝う。

「ああ、これは暖かいな。」
「はいっ…!!明智様がご用意下さったようです。」
「そうか…。彼は私が嫌いなようだがね。」
「えっ…いやそんな…」

急な言葉で反応に困ってしまった。
そんなを松永は穏やかに笑う。

「君は素直だな。」
「す、すみません…」
「構わないよ。」

は松永に向けられる視線に耐えられず、布団に向かった。
敷いたらすぐにここを出て城に戻ろうと考えた。

「松永様は、芸術品をお集めになられているのですね。」
沈黙も嫌だったから、差し障りがなさそうな話をしようとそう切り出した。

「興味があるなら教えてあげよう。しばらく私はここに籠ることになっているからね。」
「ありがとうございます…」

布団のシワを整えている最中に、松永はに近づいてきた。
そして手を捕まれる。

「君は様々なものを持っているね。」
「え…」
「私は君に興味がある。」
「わ、私のような者に…」
「光のようで影も持つ…希望のようで絶望にもみえる…」
「な、何をおっしゃって…」
「無知のようで思慮深くもある…何だ君は…?」

自分のことを探られることが急に恐ろしく感じられた。
自分にすら分からない自分の深層心理まで見破られるような、そんな気持ちがした。

「…申し訳ありません松永様…」
緊張の中、何とか声を絞り出す。

「もう、遅いので…」
「ああ、そうか…すまない…」

意外にも呆気なく手を離し、窓から夜空を見つめた。

「夜道は気を付けたまえ…。」
「はい、お気遣いありがとうございます…」
ぱっと頭を下げ、小走りで部屋を後にした。

「…良いものを、持っているな…」

ゆらりと、3つの影が動いた。









「はぁっ…びっくりした…」
外はすっかり暗くなってしまっていた。
足音が回りに響くが構わず走った。
織田軍の領地にわざわざ居る不審者もいないだろうと考えて走る。

城の明かりが見えてくると、ほっとして気が緩んだ。
その瞬間、横の雑木林から人が飛び出しての前に立ちはだかった。

「え…」
「懐のものを、差し出せ」
山賊だろうかとも思ったが、この雰囲気は違うととっさに感じた。
そして見たことがあるシルエットだ。

「あなたたちは…松永様のところにいた…」

僅かに影が揺れる。
雲に隠れていた月が顔を出し、三人の姿形をぼんやりと映し出す。

「仮面の人たち…」
「…懐のものを、出せ」

懐に入れていたのは、政宗からもらった小刀だった。
これがなくなっても、身を守るものとしては銃がある。
しかしただの武器じゃない。
政宗からの貰い物だ。

理不尽に奪われたくない。

「拒んだら…?」
「拒む理由が分からない。」
「力尽くで奪うことになる。」
「殺しはしない。」

三人が一言ずつ話し、一歩一歩近づいてくる。

はジリッと後ずさった。

そしてもう一つ、足音がした。

三人の後ろに見えた人影には安堵する。

「女性一人に三人の男が群がるとは…感心しませんねぇ…」
「「「!!」」」
「明智さん…!!」

構えた鎌が月明かりでギラリと光る。

「…貴殿と戦う気はない…。」

そう言い残し、三人は再び雑木林に消えていった。

「残念…殺せる機会かと思いましたが…」
「ありがとうございます…!!」
光秀に近づくと、ちらりと視線を送られる。

「懐のものとは?」
「これだと思います…」

が小刀を取り出し、光秀に見せる。

「…こんなものではろくに人を殺せないというのに…」

それを取り上げ、抜刀し、まじまじと見つめた。

「なるほど、品としては良いものだ。あの男が欲しがるのも分かります。」
「あの男…」
「あの三人が勝手に動いたとでも?松永久秀が命令したに決まってますでしょう?」
「は、はい…」
「私からお話いたしましょう。まさか任務初日からこのようなことになるとは…」
「明智さん、あの…」
「何ですか?」

光秀から小刀を返してもらい、それをぎゅっと握った。

「引き続き、何事もなかったかのように、このお仕事させて下さい。」

その申し出に、光秀は首をかしげた。

「何故です?」
「小刀はお城に置いていきます。もう少し、松永久秀という人間を知りたい。」
「…やはりわかりませんが?」
「様々な考えを持つ人間がいる。私は学びたいです。様々な方と、話をしたい。話を聞きたいです。」

言葉を聞き、しばし考えこんだ後、光秀はニヤリと笑った。

「次は助けられないかもしれませんよ。」
「はい…。」
「その様々な人たちの中に、私は入っていますか?」
「はい。」
「私は貴女と深く交流するつもりはございませんよ。」
「それでも…」
「…わかりました。強情な方。」














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光秀がイケメンポジション(?)になるとは管理人も思ってなかったよ…