「まさかこのようなことになるとは思いませんでした…」
「あ、明智…さん…」

光秀は首をかしげ髪を揺らして、残念そうに眉を寄せた表情をに見せた。

「あなたにあらゆる拷問、実験をして消えるかどうかを試そうなど発案すると思っていたのに、 なぜ帰蝶の傍につくような展開になるのですか…そしてなぜ消えないのですか…」

昨日は部屋を頂き、そこで就寝した。
朝になり日差しが差し込んだのを感じ、うっすらと目を開けた瞬間、顔の横に鎌が振り下ろされた。

ぎゃあああと悲鳴を上げて飛び起きたら、目の前に悲しそうな光秀が立っていたのだ。

「真に殺す気が無いと消えないのですか?しかし今の貴方を斬れば帰蝶が怒ります。困りました…。」
ずぼ!!と畳に刺さっていた鎌を引き抜いて、はあ…とため息をつかれた。

いえ、ため息をつきたいのは私ですとは思った。

「あああ明智さん…わたしもう本当に消えることが出来ないんです…。一般人なんです…なのでそういうのやめてくださいませんか…」

なんだか無理そうと思いながらも、光秀に訴える。
しかしそんなことには耳を貸さず、次はどうしようかと考え出しているようだ。

。起きている?あら…光秀?」
「おや、帰蝶。」
「あっ、お、おはようございます濃姫様!!いつまでも部屋にいて申し訳ございません!!」

膳を運ばなきゃ、お茶を運ばなきゃ、洗濯物をしなきゃ、掃除をしなきゃと次々とやることを思いつくのは、伊達軍の生活が身に染みているからだろう。

「いいわ、気にしないで。ねえ、散歩をしたいのだけれどついてきてくれるかしら?」
「散歩…?も、もちろんです!!」
「気に入ってしまわれたのですか?これはこれは…では男は退散と致しましょうか…」
「…光秀。上総ノ介様の命があるでしょう。早く準備をなさい。」
「ふふっ…そんなものはとうに終わっておりますよ…。あとは出発するのみですのでご安心を。」
「……………。」

光秀は2人に背を向け、行ってしまった。
「ごめんなさいね。何を考えているのかわからない奴でしょう。」
「いえ、なんだか…意外でした…。」
「意外?」
「な、なんでしょう…フラフラしている人という印象があったので、そうですよね、武将ですもの、きちんと任務はこなしますよね。 きちんと、準備をしてから、私のところに来て…もしかして、明智さんは私を不穏分子だと考えているのかも…」

冷酷な人、という印象だった光秀が少し変わった。
しかしそのように考えたを、濃姫はぷっと笑った。

「光秀のことをそんなに考える女の子なんて初めてだわ。取っ付きづらい、何を考えているのか分からない人、でいいのよ?」
「でも…私をここに連れてきてくれたのは明智さんで…」
「あいつのことだから面白がって連れてきただけよ。恩なんて考えなくていいわ。」
「…は、はあ…」
「さあ、支度をして、ちょっと出かけましょう。」











驚いたのは、濃姫に連れられてたどり着いたのは、光秀と会った野原だった。
今日は曇り空で、寒い風が吹く。

「どうしてここへ…」
「今日、上総ノ介様が戻られるから、何かでお部屋を飾ろうかと思って。」
「まだ、冬ですが…木の実のようなものでもよろしいのですか?」
「見つからなくてもいいわ。本来の目的はあなたと話をすることよ。」

ちらりと濃姫がに視線を向けたあと、歩き出す。

「昨日はいきなりで私も少し慌ててしまってね。とりあえずあなたを追い出すことは止めたのよ。」
はその1歩後ろを歩き、声を聴く。

「伊達政宗、真田幸村…どちらも上総ノ介様の首を狙っているのではなくて?」

それはあまりにストレートな問いだった。

「そうですね。敵は豊臣軍・・・けれどもそこへ到達するには織田軍とぶつかるのは必須・・・。討伐案が出てもおかしくないです・・・」
「あっさり言うのね。あなたはどこかに所属しているのではないの?」
「していません。」
「味方ではないの?」
「…味方…死んでほしくないとは、思ってます。」
「そう。でもね、天下を取るのは上総ノ介様よ。伊達も真田も…邪魔をするなら殺すのみよ。…私も、戦場には出るの。容赦はしないわ。」
「………。」

は、人助けがしたいと言いながら、今は自分のことでいっぱいいっぱいだということに気付く。
光秀に拾われ、濃姫様が上辺だけだったのかもしれないが優しくしてくれて、安心してしまったのだ。
先立つものとしてお金が必要なのはもちろんだし、ここなら各情勢の話を耳に入れることも出来るかもしれない。

しかしがしたいのは命を救うことだった。

一つの勢力に属することを拒み、ここから離れることを望んだほうが良かったのかもしれない。

「私はあなたを殺したほうが良いのかしら?」

濃姫が懐に手を入れ、銃を取り出した。
銃口を、のこめかみに当て、冷酷な眼差しを向ける。

「…でも、濃姫様にも明智様にも死んでほしくないと思ってしまっています。」
「昨日会ったばかりで、本音かしら、冗談かしら…」
「お任せ致します。」

けれども、気分が高揚しているのだ。
ここで何が出来るのか、自分を試してみたい。

いつ殺されるか分からない状態でこのような気持ちになるなど、政宗の影響を受けるのも程があるだろうと自嘲する。

「ここを追い出されたら、あなたはどこへ行くの?」
「町へ行きます。住み込みで出来る仕事を探し、お金を得ます。」
「ありきたりね。」
「文無しなので。」
「…ここに居たら、何がしたいの?」
「濃姫様のお手伝いをしながら、医学、薬学を学びます。いつか医療者として戦場にも立って、傷ついた人を助ける。」

―戦の世は

出会ってきた武将の誰かが、終わらせてくれるのを信じている。

だから自分は、一人でも多くの人が平和な世を迎えられることを祈って前線で戦っていきたのだ。


「…実力が伴わなければ、捨てるわ。」
濃姫が銃をから離し、懐にしまう。

「あ、ありがとう、ございます。」

一礼した後で濃姫に視線を向けると、静かに空を見上げていた。

「意外でした…。」
「私のどちらの顔がかしら?」

が濃姫が豹変した様を意外だといったのだと濃姫は受け取った。
しかしは首を横に振った。

「ここに、昨日、明智様もいらっしゃったんです。」
「ここに?」
「私はここに現れて、明智様に会いました。そして濃姫様にもここに連れてこられるとは…なにかいわれのある場所ですか?」
「……。」
「あっ、濃姫様?」

に背を向け、歩き出してしまう。

「の、濃姫さま!!植物はよろしいので?」
「…いいわ。仕入れた香を焚くことにするわ…。」
「そ、そうですか…」

小走りで追いついたが濃姫を見ると、動揺しているようだった。

「…ここはね…」
「はい…」
「綺麗な場所なの。今は木も枯れてしまっているけど、春になれば桜も咲いて…」
「いえ、今でも綺麗だと思いますよ。冬には冬の良さがあります。」
「そうね…」
「??」

濃姫の様子がおかしいので、は先を促さずにそのまま黙って歩いた。

口に出して誰かに聞いて貰いたいような、秘めておきたいような、そんな気分になることはにもあるし分かるから、待つ。

馬を繋いでいる場所まで来ると、濃姫は口を開いた。

「嫁いで、間もない時にね…嫌なことがあったときは、光秀がここへ私を連れてきてくれたわ…。」
「…え…」
「か、勘違いしないでね、従兄妹なのよ。」
「あ、ああ、そうなんですか…」

光秀が濃姫に対し、仕える人間の正室だから、というよりはもっと親しみを込めている理由が分かった気がした。

「そう、光秀も、ここに来ることがあるのね。」
「………。」


ずっと変わらない思いがあるというのは良いと思う。
そして同じことを共有し、ずっと覚えている人がいるというのは素晴らしいことだと思う。

嬉しそうにする濃姫をみて、も嬉しくなった。




















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明智光秀と濃姫が従兄妹同士という説がおいしすぎるのでいただきましたえへへ