政宗は宿に着くとすぐに寝転がった。

小十郎は慌てて布団を用意してもらい、そこに横になるように政宗を誘導する。

「…何があった。」
「政宗様が武蔵を追い返すべく部屋を後にして間もなく、は小太郎とともに天井裏から現れました。」
「それで」
「私の受けた仕打ちを知らずに…許さない、などと口にし、政宗様の膳に向かって発砲を。」
「膳じゃなかったんだろ。」
「徳利のようでしたね。それに、成実様は、沈んでる、と。」
「……母上は…」

毒を、と小さく呟いた後、沈黙した。

「…俺は、結局憎まれていた。変わってなかった。それにを巻き込んだんだ。」
「政宗様…」
「あんなこと…したくなかったはずだ…」

元親は何かを知っているようだったが何も話さなかった。
小太郎だって何も伝えてこない。
ただ、向けられた視線は、の為に言わないというものではなく、お前は分かるだろうと、
お前はこれからどうするんだと、問いかけるようなものだった。

「俺はがいなかったら死んでたのか?」
「…は未来を知っています。政宗様が死ぬとしても生きるとしても、良くないことには変わりない。」
「そうだな、この件じゃ、死ななくても俺は…家督争いに蹴りつけなきゃならなくなってたからな…」

寝返りを打ち、政宗は小十郎に背を向けた。

「情けねぇな。俺は何て言ったよ…」
「なんのことで…?」
に銃向けられて、元親と共謀したのかやら最初からそれ目的だったのか、やら…んなわけねぇのに…」
「政宗様…」
「俺はまだのことをちゃんと分かってなかった。」

小十郎は目を穏やかに細めて言葉を待った。
続く言葉は悪いものではないことが、まるでさみしがる子供のように背を丸める政宗の様子から予想できた。

「もっと、のことを知って、俺は、あいつをもっとたくさん、好きになれるはずだったんだ。」
「そうですね…」
「ひでぇ泣き顔だった。でも、今の俺は笑ってるあいつの顔しか思い出せねぇよ…。」
「えぇ、小十郎もです。」
「俺はもっと、あいつのそばで…」

そこで言葉が途切れる。

政宗の心の中にも、きっとの心の中にも、様々な後悔があるのだろう。


「…今の政宗様を、他国の姫に見られるわけにはいきませぬな。」
「なんだよ…?」
「このように落ち込み、覇気の無い政宗様など、にしか見せられませぬ。」
「…わ、悪かったな…」
「…待ちましょうか…。」

小十郎が窓の外に視線を向ける。
漆黒の羽が一枚、ゆっくりと落ちていく。

「良い知らせを期待して…。」













織田信長は鷹狩りに出てしまい留守のようなので、客室に案内され、明智光秀と共にお茶を頂く。

「…こんなにまったりしてよろしいのですか…?」
「えぇ、信長公には連絡を入れましたのでご心配なく。かといって鷹狩りを早々に引き上げこちらに戻るようなことは致しませんでしょう。ですからゆっくりされると。」

…残りの人生の時間を…と続きそうだと感じる、ニタリとした微笑みを向けられる。

「い、いや、私別に信長様に咎められるようなことしてないし…」
「分かりませんよ?」
「ひ、被害者だし、詫びていただいたって、不思議じゃないし…!!部下の勝手な行動で、私鎌向けられたんだし…!!」

祭の時だって、が殺される理由は無かったはずだ。
それを主張しても光秀は気にした様子もなく、構わず茶を飲んでいる。

「といいますか、お祭りの時、なんで私に向かって鎌を…」
「いやぁだって、面白そうではないですか。」
「は!?」

とんでもないことを普通に話す光秀に、は身を乗り出した。

「前田慶次がご執着されているようでしたし。あの豪快な男が絶望する姿、見てみたくありませんか?」
「見てみたくないです…」
「おや、気が合いませんねぇ…」

そんな理由で殺されかけた人と殺そうとした人が、のほほんと向き合って話をしているというのもおかしな話だ。

ふと、光秀が外に目を向けた。
徐々に、パタパタと軽い足音がこちらに向かってくるのが聞こえる。

「光秀ぇ!!」
「なんですか?今は客人の相手をしているので、蘭丸と遊ぶ時間はございませんが?」
「蘭丸だってお前と遊びたくないよ!!濃姫さまが呼んでるからそれを言いにきたんだ!!」
「あぁ、帰蝶はいらっしゃったのですね。」
「ところで客人て誰?蘭丸は聞いてないぞ?」
「私です…あの、お邪魔してます…」

蘭丸と呼ばれた男の子目をぱちくりさせてを凝視した。

「…誰の客?」
「秘密です。」
「なんだよ!!わけわかんないなー!!」

クスっと笑い、人差し指を唇に当てて秘密だと言った光秀に、露骨に眉間に皺を寄せる。

しっかりした子供だなーとは眺めていたが、どこかで会ったことがあるような気がしてくる。
それは蘭丸も同じだった。

「お前、名前は?」
です。」
「ふーん…」

名前に覚えはないようで、首を傾げた。

「蘭丸もお会いしたでしょう。京の祭で前田慶次と一緒にいた…」
「あの時は顔なんて見えなかったって言ったろ!!慶次のでかい図体に隠れて見えなかったって!」
「そうでしたね。でははじめましてですか。」

はじめましてじゃない気がして、二人はやはり首をかしげてしまう。

「きちんと自己紹介しましょうね?」
「うるさいなーわかったよ!名前は、蘭丸だ!!」

ぶっきらぼうに名乗られたが、そういう年頃なのだろうと思い、気にせず向き合った。

「蘭丸君ね?」
「ら、蘭丸はなー魔王の子って呼ばれるくらい強いんだぞ!!気安く君とかつけるな!!」
「蘭丸…さん?」
「様にしろっ!!」
「蘭丸?この方は信長様の客人と申しましたが?」

礼儀をしらない物言いに、光秀がため息をつく。
その言葉に蘭丸は敏感に反応しを凝視する。
「えっ…な、なんだよこいつ偉い奴なのか?」
「どうでしょうね?」
「…わかったよ…蘭丸さんでいいよ…」
「蘭丸君じゃダメなのね…」

なんてプライドの高い子だろう…とは逆に感心した。

「それで、帰蝶はどちらに?」
「自室だよ。なんか、見てほしいものがあるんだって。」

光秀は僅かに口元を下げ、困ったような顔になる。
何か心当たりがあるようだった。

「仕方ありませんね…」
「仕方ありませんじゃないだろ!!早く行け!!」
「あなたも来ますか?」
「え?」

まさか自分が誘いを受けるとは思わなかった。

「き、帰蝶様?えっと…」
「信長公の正室です。」
「知らないのかよ?濃姫様。失礼な奴ー」
「ご、ごめんなさい。えっと、よろしいのですか?」
「はい、嫌な予感がするので。」

光秀が苦笑いを浮かべるのが新鮮だった。
濃姫の頼み事は断れないのだろうか?

「でしたら、ぜひ、お会いしたいです。」
「素直に言う事を聞く子は嫌いではないです。こちらです。」

意外だったのは、先に立ち上がった光秀がに手を差し出したことだった。
手に触れるとあまりの冷たさに一瞬鳥肌がたったが、顔を崩さず立ち上がる。

そしてすぐに手を離し廊下に出て、光秀の一歩後ろを歩いた。









部屋の前で光秀は片膝をつき、頭を下げ、ゆっくりと言葉を発した。

「光秀、参りました。」
「入りなさい。」

中からは凛とした声が聞こえてくる。

「お呼びでしょうか、帰蝶。」

光秀が戸を開ける。
どのような方なのかは興味津々だったが、ここは我慢して光秀が紹介してくれるのを待った。

「えぇ、見て、光秀…。綺麗な反物でしょう。」
「とても鮮やかで。帰蝶のお召し物に相応しい。」
「是非、春の茶会にと持ってきて下さったのだけれど…困ったわ。種類が多くて。どれがいいかしら。」
「私に聞くのがお門違いのような気もしますが…。是非、信長公に。」
「あの方に相談など…。着た姿を見て頂ければそれでいいの。ねぇ、少し意見を聞かせて頂戴。」
「はあ…。まぁ、そんなことだろうと思いましたので、女性を連れてきましたよ。」

そう言うや否や、光秀はの襟を掴んで引っ張った。

「えっこんな感じの登場!?」
「光秀、その子は?」
「拾いました。」
「えっいい加減すぎる!!」

濃姫は眉間に皺を寄せてを凝視した。

「厄介事は持ってこないで。町の子かしら?」
「以前お話した、独眼竜、真田幸村、前田慶次と交流のある女性です。」
「あの…突然消えたという?」
「ええ」
「…間者なの?」
「まさか、自分がどこにいるのかも分かってないようで、しかもこんな簡単に捕まる人間を間者にするなど愚かな。」
「そう考えることを前提にしているのではなくて?」
「いいえ、予期せず現れてしまったのですよ。ここへ…そうでしょう?」
「っ…」
偶然見つけたように装っていたが、突然現れたのを彼は見ていたのかもしれない。

「臆病なところがありますので逆らうようなことはしませんよ。帰蝶がよろしければ話し相手にでも如何でしょうか?」

そう淡々と述べる光秀の口元はニヤリと上がっていた。
何か良からぬことを考えているというのはでも理解した。
濃姫はじっとを見つめたあと、光秀に顔を向けた。

「わかったわ。ではこの子と二人にしてね。」
「では私は部屋に控えておりますので、何かあればお呼びください。」

長い髪を揺らして光秀は去っていった。
二人にして、との言葉をしっかり聞いていた蘭丸もそれに続く。

「…あなたは、消えることができるの?」
ぼそりと、濃姫がに話しかける。

「明智光秀様とお会いした時、確かに私は消えることが出来ました。そして今回私は突如現れました。しかしもう…できません…。」

説明としては不十分だろう。
どうすればいいのか分からず、は眉根を寄せて俯いた。

「できなくなった?」
「最後の移動に、ここに来ました…」
「…そうなの。」

濃姫は、そう言うだけだった。

「…それで、あなた、着物の相談なのだけど」
「!!」

突然話を逸らした濃姫を見ると、優しい笑顔をみせてくれていた。

「あの…」
「私を侮らないで頂戴ね。たくさんの人間を見てきたわ。上総ノ介様に恐れる者、媚びようとする者、命を狙う者…あなたはどれでもないわ。」
「濃姫様…」
「ただの迷い子…そう考えていいかしら。」
「ありがとうございます…!!」
「帰るところはあるの?」
「いえ…」
「…少し位なら、許されるでしょう。」

優しくされて嬉しさがこみあげて仕方がなく、深々と頭を下げた。

「お着物ですがっ!!そちらの薄紅色のものが良いと!…濃姫様の美しいお顔が映えます!!」
「あら…私もこれが気になっていたの。ならばこれにしようかしら。」

首を僅かに傾げて微笑む濃姫は美しく、女のでも見とれてしまいそうだった。

「な、なにか、私に出来ることが御座いましたらお申し付け頂けたら…!私、誰かの役に立ちたいです!!」
「あら…」

視線を巡らせた後で、濃姫はに頭を上げるようにと言った。

「私の身の回りのこと、手伝ってくれるかしら?聡明で可愛らしい子が欲しかったの。」













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なんだか明智さんがね…とても好きになってきていてね…
アニメの影響でしょうか…明智さんがね…とてもいい…ゆらゆら
濃姫さま優しすぎてごめんなさーい!!