明智光秀の馬に無理矢理乗せられ、目的地も告げられないままどこかへ向かう。
仕方なく背後から彼の服を掴み、大人しくしていた。
逃げる隙を伺ってもいたが、その度にまるで背中に目でも付いているかのように敏感に気づかれ、早死したいですか?と声を掛けられた。

「あの…」
「なんでしょうか?お腹でも空きましたか?我慢してくださいね。」
「いえ…。どこに向かってるか聞きたいんですが…」
「おやおや、せっかちな方だ。着いてからのお楽しみにして差し上げたく、黙っているのですよ。」
「嫌な予感しかしないんですよ…。心の準備させて下さいませんか…。」
「仕方のない方ですねぇ…。」

明智光秀の表情はずっと楽しそうに口角を上げていたのだが、さらに目を細めて微笑んだ。

「私の攻撃から免れ、伊達政宗と真田幸村とともに消えたお嬢さん…あの時何をしたのか、わが主織田信長公はとても興味をお持ちです。」

淡々と話す様子はまるでちょっとした用事で出かけるようだが、にとっては一大事だ。

「や、やっぱり向かっているのは…」
「現在の居城、安土城ですよ。お目通り願えるのです。名誉ですよ。」

この世界の織田信長像をは知らない。

だが、織田信長の命を受けていつき達農民は危機を迎えたのだ。
それを考えると、力で支配する暴君というイメージしか浮かばない。

「わ、私は忍でもなく、瞬間移動出来るわけでもありません。」
「ではあの時なぜ消えたのでしょう?」
「不可抗力です。の、呪われていたのです。その呪いはすでに解けたので、私は瞬間移動ができません。」
「それはそれは。誰の呪いでしょうか。ぜひお聞きして織田軍に取り込みたいところですね。」


全ての台詞が、真意にも冗談にも聞こえる。
表情も声の調子も、何を言っても変わらない。
この人の感情が、分からない。

「明智光秀さん…私、と申します…」
「そうですか。」
「お手柔らかに、お願いします。」
「私はいつでも優しくして差し上げますよ。」
「……そうですか。」

……わからない。







徐々に空に暗雲が増してくる。
小高い丘から、そびえ立つ城を見上げる。

「ここが、安土城…!!」
「ええ。さあ、もう少しですよ。今、お目通りの許可を頂きに家臣を走らせています。」
「織田、信長…様か…」

あまりに巨大な権力者に会うことになった。

いや、会える、のだ。

「…………。」

当たり前だが、自分の中に、ここで殺される予定などない。
前向きに考えると、もし、うまく取り入れば政の仕事ができるだろうか。
もっと、この世の仕組みが分かるだろうか。

「ポジティブに、考えよう。」
「なにか言いましたか?」
「いいえ…何も…」























近くにあった港の隅に停泊させてもらい、政宗、小十郎、幸村の3人は降りた。
元就は船の状態を調べるために船内に残り、元親は3人と話をしようと港に出た。

小舟に乗っていた慶次達ももうすぐ陸に着くのが見えていた。

「船の状態が確認出来たら俺らは行く。…の情報があったら、知らせるからよ。」
「すまぬ、元親殿…」

政宗はずっと背を向けて空を見上げ、何か考え事をしているようなので、代わりに幸村が応えた。

「あと―、おい、風魔!!出てこい!!」
元親が辺りを見回し叫ぶと、幸村の横に静かに現れた。

「…全て、お前の企み通りだな?やってくれるぜ…!!すら騙してたんだな。」
「………。」
「し、しかし…!!」

幸村は小太郎をかばおうと口を開くが、小太郎に手をかざされたため、言いよどむ。

「…乗りかかった船だ。俺はどうしたらいいだろうな?表向きは政宗と敵対したほうがいいか?」
「……。」
こくりと、頷いた。

「…しばらくそれで様子見しようかね…。」

そのやりとりだけをして消えようとした小太郎の腕を元親が勢いよく掴んだ。
少し視線を向けた小太郎だったが、そのまま大人しくして元親の言葉を待つ。

から、もうこっちにこれないって話もお前は知ってたか。」
「…………。」

その質問にはこくんと頷く。

「それを知った上で、の為に命張ったのか。のメンツのためだけにか?」
「…………。」
「お前だけが敵になろうとしたのか。あいつはお前にだけ全てを話した、その意味、その覚悟はどうなる。」
「…………。」

元親の言葉が耳に入るも、無反応でピクリとも動かなかった。。


は何度も、これは私の我儘だといっていた。

正義も悪もない、政宗の為とも小次郎の為とも、義姫の為とも表現しなかった。

らしくて、でも支えたくなる理由だった。

皆の中に息ずくの記憶が、『裏切り者』になることだけは許せなかった。

「…………。」
「……風魔。」

小太郎は何も発しない。
けれども微かに下を向いた。


の意志も覚悟もどうでもよかったのだ。

小太郎もまた、自分の我儘を通しただけだ。

この時代に、が一番居たい場所に、の帰る場所を作りたかった。
政宗の中のとの思い出が楽しかったものだけで埋めつくされればよかった。


「……。」
「あっおい!!」

理解されたいなどと思わない小太郎は、飛び上がって近くの民家の屋根に乗る。

「あの野郎…!!」
「元親殿!風魔殿は、きっと純粋にの為を思っていたのだ!!そうでなければ…」
「分かってる!!風魔ぁ!!俺んとこ来るなら歓迎するからな!!いつでも来い!!」

元親の叫びに、小太郎はわずかに肩越しに振り返り、消えていった。

「責めてたわけじゃねえ。それが本当なら、大した奴だ。」
「雇いたいと…?」
「変な奴に雇われて利用されるくらいなら、俺が雇いてえって話だ。」

なるほど、と幸村は呟いた。
自分の命をかけたことが後先考えないものではなく、真にの為の行いだった。
それを今のやり取りで確認し、元親は小太郎を認めたのだろう。

「…元親殿、舟が着いた。」
「おお…」
「ただいま、旦那。」

佐助が応急手当てをされた肩に振動がいかないようかばいながら歩いてくる。

どんなやり取りがあったのかは分からないが、武蔵はぴょんと舟を降りると、さっさとどこかへ走り出してしまった。
それを見送り、ため息をついたあと、慶次も舟を降りる。

「や。…に会えなかったよ。俺は…」
「悪いねぇ、俺様の容体看てもらっちゃって…」
「何のことだよ?」

慶次だってに会いに行きたかったろうに、ずっと佐助の様子を看ていてくれた。
俺は竜の兄さんたちがを連れてここに戻ってくるって信じてるよ、と言い、舟をコントロールしながら待っていた。

「本心で、動かなかったんだよ。」
にこりと笑うのは、相変わらずだ。

「で、どうだったの?」
ちらりと、政宗に視線を向ける。

満足いく結果では無かったことは、一目でわかる。

「俺はと話す時間があったが…政宗殿は…」
「そう言う旦那も悔しそうだけど?」
「…話せた、が、もっと、もっとたくさん伝えたいことがあったはずなのに…」
「そんなもんさ。」

佐助がへらっと笑う。

「話せなくても話せても、結果がこれなら同じ気持ちだ。俺たちが満足いく結果なんて、がどこにも行かずに俺たちの傍にいて、今回の事件を平和的に解決できること…それ以外なかったんだ。」
「うむ…。」
「旦那、とりあえず俺たちは、戻らなきゃ。」
「そう、だな…」

元親は二人に待ってろと一言言い、部下に指示をする。

「馬を用意させる。…五頭でいいのか?」
「…俺と小十郎はこの町に一泊する。」

ぼーっとしていると思っていた政宗はいつの間にか振り返り、そう一言答えた。

「大丈夫なのか?あんたらの方が早く戻った方がいいんじゃねえか?」
「今後について話し合いたい。一泊くらいならまだ言い訳がきくだろ。向こうは大丈夫だ。信頼できる奴が残ってるからな。」
「そうかい…。連絡寄越せよ。」
「ああ。」

姿を消していた小十郎は小走りで町の中から現れ、政宗に、今宵の宿を取ったことを告げた。

「…まあ、話から大体の概要は掴めた。あとは任せろ。」
「ま、政宗殿!!某にも、今後の方針が決まったら教えて下され!!」
「ああ。文を出そう。」

ひらひらと手を振り、政宗は小十郎とともに行ってしまった。


「…どのように、考えているのだろうか。」
「さあな。しかしありゃすげえ沈みようだな。復活はいつになるかねえ。」
「竜の兄さんは、大丈夫さ。」

慶次は腰に手を当て、相変わらず笑っている。

「…俺とは違うから、大丈夫じゃないかな。」

沈んではいる、だが、しっかり前を見ているように思う。
今日くらいは、沈んでいんじゃないかな、と三人に言うと、慶次も歩きだした。

「武蔵がさあ、ねえちゃんがどっか行っちゃったから探さなきゃ!!って行っちまったよ。あの神経が羨ましいねえ。俺も何かしよっかなって思うよ。」

それが何なのかはきっと本人も分からない。

「何か、か…そうだな…」

心に生まれた虚無感を何かで埋めたいと思うのは、皆同じだった。












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