レポートが終わり、は頬杖をついた。
隣に座る友人は背伸びをした。

「もーすこしなんだけど…考察が足りないかなー…」
「頑張ってー」
「手伝ってー」
「だめー」

即答されて、えー、と言いながらうなだれる友人に笑ってしまう。

「提出、今日までなのに…」
「もう少しなんだって!!教授、今日は遅くまで残るって言ってたよね…だから大丈夫…。」
「私、先に提出してくる。」
の薄情!!」
「んで、教授に、今日の帰宅時間聞いてくる。」
ってば神!!」

調子の良い答えに笑いながら席を立つ。

「早く終わらせて帰ろ。」
が戻ってくる頃には終わってるかもよ!!」
「かもじゃなくて終わらせて!!」

あははと笑って、廊下に出る。


階段を上がって、研究室にたどり着くと、丁度見知った顔が部屋から出てくる。

…」
「お、。今提出?お疲れ。」
「うん、ギリギリになったけど…」


彼には答えを出した。


中途半端な自分を心配してくれる彼の気持ちに応えられない心境にあるのが申し訳なかった。

私はの彼女になれない、と言った。
友達ではいたかった。
友達でいてほしいと言いたかった。
でもそんなことを言う権利などないと、頭の中がネガティブな気持ちでいっぱいだった。

それでも彼は、優しかった。


「教授、いる?」
「まだまだ残るみたいよ。」
「そっか、良かった。まだ出来てない子がいて…」
が手伝えば終わるだろ?」
「レポートくらい自分でやるべき!!」
「ははっ!!そうか。」



今と同じ笑顔で、

んじゃあ、俺達は秘密を共有してるんだし、友達以上恋人未満か、なんかわくわくする関係だよなぁ

と、おどけたのだった。

ああ、これからも話せるんだと思ったら、涙が出てきた。
拒んだくせに失うのを恐れていた。

彼に何度もありがとうと言っていると、言うたびに精神が安定するのを感じた。



「ありがとうね…」
「ん?何だよ、急に。」
「言いたくなった。」
「このタイミングでか?変な奴だな。」


















『風魔?どうしたのじゃ』
『…………。』
『まぁ、そなたのことは良く知っとるわ…言葉で返す気はないのじゃな…』

氏政は、木の幹に寄りかかり、小太郎の体を観察する。

『一昨日、昨日、今日…徐々に身体が薄くなっていっとるぞ…』

今に始まったことではない。
初めて小太郎の霊の姿を見たときからだ。
こんなに透き通った体を持った仲間など今まで見たことがない。
成仏する前触れだろうか。
そもそも小太郎は何かを悔いてここにいるのだろうか?

『……。』
『ほっほっほ。しかし今頃お主と一緒にいる時間が持てるとはのう。』

氏政は、嬉しそうに目を細めて笑った。

『お主には、感謝しとるのじゃ。今でも…』
『…………。』
『む…?』

小太郎は口を動かす素振りすら見せない。
なのに、頭に響く。

氏政は、手を頭に添えて、ゆっくりと脳を流れる言葉を聞いた。


守れなかった、から


『何を…?』


誰を守ることも、出来なかったから



ザァっと風が吹く。

黒い粒子が風にのってフワリと浮いた。
その粒子は、小太郎の体からどこかへ向かって流れていく。

言葉が続く。


を、奥州に、戻せなかった


小太郎の体が更に薄くなり、そして消える。

粒子の流れが向かう先には、小さな人影があった。


「氏政じいさん」

…!!の…中に…』

「え?何?」

は気付いていないようだった。


これから色々としなければいけないのに、今の出来事に混乱してしまう。

「ねぇ、じいさん、まだ、道塞いでないでしょ?」
「あ、ああ…」
「やっぱり。私も考えてみたんだけど、道を塞ぐ方法ってあれかなぁって…」

が空を指差す。


「じいさんが、逝くってことでしょ?」


氏政が成仏をして、ご先祖様と同じところへ行く。
そして止める。
それ以外に方法があるように思えなかった。


静かに瞼が伏せられる氏政の姿が、その通りだとに告げる。

「そんなにすぐ出来るもんですかねぇ。じいさん、今日が新月だよ?」
『わしをなめるでないぞ、…まだ時間はある。』
「じいさん、あのね…」

その先の言葉は、聞かなくても分かる。
きっとは、政宗のことが無くてもあちらの世界を選ぶのだろう。

「歴史が、変わったみたい。」
『…そうじゃな…』
「ということは…私が消えたら、行方不明じゃないんだよね。最初から居なかったことになる。みんなの記憶は書き換えられるんだね。」
『…そうじゃろうな。』
「それだけが気がかりだった。親に、友達に、心配かけてしまうことが。」
『それだけなどと申すな…のう、…』
「何?」
『向こうで、体に異変は無かったか?』


急にそう問われ、は首を傾げた。


「…傷が、早く治った。北条のご先祖様か、もしくは私を呼んでくれた霊が任務を達成しろ!!ってことで守ってくれてたのかと思ったけど…」
『それ以外はどうじゃ?危険な目に遭ったりしなかったか?』
「危険な目に…?」

傷の治りが早いから、どこかで自分は死なないだろう、神がかり的な力で守られているのではないかという気持ちがあったため、すぐに思い出せなかった。


「あ…?そうだ、小太郎ちゃんと初めて会ったとき…気配感じられたんだよね。あれはわざと気配を出してたのかな…?」
『……他には?』
「幸村さんに誤って攻撃を受けたとき、なんか避けられたんだよね。よく覚えてないけど…」
『そうか…』
「あはは…でもほとんどヘタレな場面が多いかもなぁ…私…」


お主が、に力を与えておったのか…



「私、向こうで何が出来るか分からない。けど、やりたいことがあるよ。」

迷いのない顔で、が笑う。

『ならば、約束せい』
「うん、何?」
『風魔と、離れてはならぬ。』
「え?」

がきょとんとした顔になる。

『そなたの力を引き出せるのは風魔しかおらぬ。そうじゃ、わしの記憶は書き換えられた。ならば風魔はそなたのそばにおるのだな?離れては、ならぬぞ…!!』
「え…力…?」
『そして、生きるんじゃ…。』
「……?意外。反対されるかと思った。」

は、自分の選択を尊重してくれたのではなく、氏政の真意が別にあるのではないかと予感し、表情を伺った。

「歴史が、変わっちゃうんだよ?」
『お主に人は殺せまい。』
「こ、殺す気だってないよ!!」
『ならば良いのだ。歴史は変わらぬ。記憶が変わるのだ。』
「どういうこと…?」

は、実際に本で見た。
小次郎は政宗に殺されていなかった。
確かに変わったはずだ。
「じいさん…?」
『そうじゃ、楽しかった。楽しい余生じゃった。そなたと風魔と…花見をして…』

氏政が空を見上げる。

いってしまう、そう、には感じた。


『伊達の小倅も甘いものじゃ。わしを老人扱いしてまともに監視もせぬ。おかげで城に戻れた。城で…ゆるりと茶をすすり…城下の賑わいを見たのじゃ…』
「じいさん、待って…それは…」
『今度はわしがそなたを守ろう…』


氏政の体が空に昇る。
この瞬間、は感じた。

「私が戦国の世に生きることが、‘正解’になったね…」

もう迷わなくていい。
懸命に生きればいい。

「…私まだ、じいさんと花見してないよ…」

それは、これからのことなのだろう。


背後からズルズルと音がする。

の体が闇に飲み込まれた。












眺めていたノートにぽたりと雫が落ちて、文字を滲ませた。

「おーい?聞いてる?」
「えっ…?何…?」
「だからー明日の合コン行くだろ?って話!!カワイイ子いるからよ!!」
「ご、合コンなぁ…」
「いるだけでもいいって!!お前がいると盛り上がるし…って、おま…何泣いてんの!?」

携帯をいじりながら話していた男が顔をあげてを見て、驚きの声を上げた。
慌てて涙を拭い、友人に笑顔を見せた。

「か、乾燥したっ…!!瞬き忘れた…!!」
「はぁ?ま、まぁいいや…。で、行くの?」
「合コンか…あんまり興味ないな…」
「もったいねーよお前…。そのツラその性格で彼女どころか好きな女もいねぇとか…」
「好きな、女…が、いない…」

大切なものを


とても大切なものを失った気がする。


…?」
「ん??何それ、誰?」
「誰だっけな…?なんか、すごい…大事な名前だったと思うんだけど…」

どうしても気になって携帯電話を取り出して、アドレスで検索しようとしたが間違えてメール画面を開いた。
未送信のメールが一通ある。

「…?」

宛先の記入がない、妙なメールだった。


『俺、もう少し待っててもいいかな。もし   があいつのこと吹っ切れる時が来たら、  にもう一度告白したい。』


「なんだこれ…女々しいし、名前書いてないし…」

削除しようとしたら手が震え出す。

「……なんなんだ。あ…」

メールが届き、バイブが鳴る。
宛先は自分。
差出人は空白だった。

「ちょ…なに…怖いし…。ストーカーとかじゃねぇよな…。携帯ってこんな裏技あんの?」

恐る恐る、開封する。


『本当に嬉しかった。私はあなたを忘れないよ。』



また涙が溢れそうになるのをこらえる。


「わけわかんね…」

こんなメールを保護して、自分は何をしたいのかが分からない。

…?」

どうして自分は、という名の人間の幸せを願っているのかも、分からなかった。

























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そしてまたトリップという…