いつの間に眠っていたのだろうか。
が人の気配で目を開けると、隣でがうずくまっているのでギョッとした。
「お帰り…?…」
「た、ただい…ま…」
「……。」
どんな風に別れを告げてきたのだろう。
辛かったに違いない。
泣いていることがバレバレなのに、強気な声で挨拶をするは可愛い。
「……あのさ」
「…何?」
「ぎゅーって抱き締めて頭撫でて、甘い言葉でも呟いて慰めたいんだけど…やめとくわ」
「……」
「……辛かったんだもんな…俺がそこに踏み込むのは…まだ図々しい気がするから…」
「…………」
「…今はただそばにいたいんだよなぁ…帰りたくない…。けど…こんな時くらい、わんわん泣いて欲しいんだけど、俺が居ると無理?」
「…みんな、なんでそうなの…?」
「ん?」
「私のことなんか…放っておけばいいのに、なんで優しいの?」
「そりゃ…」
のすすり泣く声が、徐々に大きくなる。
「ティ、ティッシュ取って、ティッシュ…」
うずくまったまま、手をふらふらさせてティッシュを探す。
「ほら、これ…」
「ありがと…」
「……。」
顔を上げようとはしない。
別に無理矢理泣き顔を見るようなことをしたいとは思わないから、がそうしたいならそうすればいいと思う。
「…紳士とか、そんな大層なもんじゃねぇしな…」
これくらいは許してくれるだろうと、片手での髪を撫でる。
「…から貰ったものを、返したいだけだ。少なくとも、俺は。」
「っ…!!なら…!!」
「ん?」
少しだけ、が起き上がった。
「う、裏切ったんだから、裏切り、返せば、いいのに…!!刀向けたら、いいのに…!!手を…伸ばすから、私…!!」
「?」
「政宗さんが…私…!!」
うずくまって涙を流して、本当は辛くてたまらなかった。
隣にいてくれる人に甘えられたら楽だった。
しかしは、そんなに器用ではなかった。
一度その名を発してしまったら、止まらなくなってしまった。
「…政宗さん…!!政宗さん!!!まさむね、さ…!!」
氏政は、複雑な気持ちで眺めていた。
『……』
彼女の幸せを祈りたくても、彼女の幸せが何なのかが判らなくなってしまった。
「…コーヒーが…美味しいなー…」
はベッドに座ってぼーっとしていた。
は学校へ行ってしまった。
出席とノートは任せろ!!だからお前寝てろ!!大学行ったら周りに心配かける!!と言って出ていった。
よく判らなかったが、鏡を覗いたら、瞼がパンパンに腫れて、誤魔化しようがない泣きっ面だった。
「……」
自分に好意を寄せてくれている人の前で、政宗の名前を連呼してしまった。
「…最悪だ…」
自分は、最悪だ。
「…最…」
悪にもなれなかったのだった。
「違うか…」
自分は、ただ中途半端なだけだ。
「結局、皆に助けられた…」
もう、どうしようもないのだろうか。
「…悔いが、残りすぎだよ…幸村さん…」
戻りたい気もする。
けれど、あんなにたくさんの人を巻き込んで、どうやって詫びればいいか判らないし、そもそも謝罪をする権利さえない気もする。
「本当に中途半端…」
かっこわるい、と思う。
『落ち着いたようじゃな』
「爺さん…」
遠慮してか窓から覗くだけの氏政に、おいでおいでをする。
効果があるのか判らない札は、起きたと同時に剥がしてしまった。
「話、少し…しようよ…」
『うむ…』
氏政は少し躊躇いながらに近づいてくる。
「…ごめんね、爺さん…」
『な、なぜお前が謝るのじゃ?』
謝ってばかりいるなという政宗の言葉は覚えている。
「せっかくチャンス…くれたのに…」
『…世の中、上手くいくものばかりではなかろう』
が俯いた。
『今日はとりあえず休め。疲れがまだ抜けておらぬだろう。』
「うん…」
『少し見てきたのじゃが、あの男、休み時間の度に外に赴きお前が好きそうなもの買っておったぞ。』
「…そ…なの?」
『じゃから…早く…』
氏政が言葉を詰まらせた。
後に何と続けたら良いかと考えてしまう。
『…早く、笑えるくらいには回復せい。』
忘れろ、とは、の泣き叫びを見た氏政には言えなかった。
出会いをもたらしてしまったのは氏政であり、責任も感じていた。
どんな別れをしたのかは理解できないが、大切な人になってしまったというのは、判る。
そして、離れたくないと今も考えていることも。
『、ワシはちと、ポチを見てくる』
「え?ポチ?」
『最近、縄張り争いで負けて、落ち込んでおるのじゃ。』
「そう…なんだ。」
手を振って、氏政は出ていく。
「あれ…爺さんにとって私って…ポチ以下?そ…そんなんじゃないよね?」
一人になると、また自分と向き合うことになってしまう。
「……」
考えれば落ち込んでしまうことが判っているのに。
「落ちるとこまで落ちたら、あとは上がる…かな?」
徐々に手が震えてくる。
「私、さっき何考えた?」
もしかしたら、
何か言えば、氏政は、仕方ないな、もう一度行ってこいと言ってくれるんじゃないかと期待して
「子供か私は…」
人に頼ろうとする情けなさにまた涙が出てきた。
『どうしたらいいんじゃあワシは…』
氏政は行く先定まらずふよふよと浮きながら考える。
『…ワシ次第だったはずじゃ…ワシが覚悟を決めて、そして終わりだったはずじゃ…』
元の生活に戻り、この世界で生きるのがの幸せで、それは彼女にとっても異論のないことだと思っていた。
けど今のの意識は向こうに向いてしまっている。
『はっ、子供なのじゃ…!!恋に溺れて人生無駄にするなど愚の骨頂じゃ…。こちらには親や友人や、築き上げてきたものがたくさんあるのじゃぞ…!!ワシが悟らせんと…!!』
氏政の思いが揺れる。
『ワシの前で…弱音を吐かんでくれ…』
自分まで望んでしまいそうだから。
今のままの状況を、望んでしまいそうだから。
『…後をつけても、無駄じゃぞ…』
ため息がもれる。
今まで一度も自分に姿を見せなかったくせに。
『ワシは、覚悟を決めたのじゃ。邪魔をするな。…生前は散々情けない姿ばかりさらしたのじゃ。今からぐらいは、潔さをみせたいのじゃ。』
氏政が言葉を向けた相手は、全く反応を示さない。
『一つだけ、教えてくれんか。』
ゆっくりと振り向く。
見知った男の姿が、穏やかな雰囲気でただ立っていた。
『お主は…どの歴史を通ってきた風魔なのじゃ?』
夕方、インターホンが鳴る。
「はい。」
「俺だよ。お届け物。」
「心配で会いに来たよぐらい言ってくれても…」
がちゃりとドアを開ければ、不服そうなが荷物を抱えて立っている。
「そんな事軽々しく言えねえんだけど…」
「そういうところがの良いところだとおもうよ。」
「…腫れ、引いたな。良かった。」
中に招き入れ、お届け物の内容を見る。
「ノートのコピーね。あとこれ資料。」
「ありがとう。」
「残りは…はい。」
「ぜ、全部食べ物?」
「しっかり食べないと。あと水分もな。」
にペットボトルを渡し、はキッチンに立つ。
「え?」
「借りるぞ。なんか作る。」
「ええ!?そんな…」
「コンビニ弁当とか思ったがダメだな。今のは愛情不足中だもんなー。俺がしっかり元気出そうなもん愛情込めて作らないと。」
「いいの…?」
「そりゃ、もちろん。」
“愛情不足”と表現した。
彼には自分の気持ちが分かっているのだろう。
「ありがとう…。」
なのに、そばで支えてくれる。
心の底から、嬉しかった。
日中、ひたすら、情けない、最低だと自分を嫌ったことを恥じた。
「私…また…頑張るよ…。」
「は?何言ってんだ。はいつも頑張ってるじゃねーか。」
「そ、そんなことないし…!!怠けたり、するし…」
こみ上げてきた涙はすぐに拭った。
前を向くと、調べたいことや気になることが次々に頭に浮かぶ。
「あ…ありがとう…!!」
「ちょ、どうした!?言いすぎじゃねえか!?」
の様子を伺おうと顔を覗かせたに、笑顔を向けた。
は次の日大学へ行った。
真っ先に図書館へ行き、歴史書物を読み漁った。
ダメ元だったが、嫌な予感がして必死に探し、見つけてしまった。
「…!!」
―伊達政宗は、お東の方に晩餐に呼ばれ…
「……!」
…そして仲間の裏切りに遭い―
「……っ!!」
驚きで、バンッと勢いよく本を閉じた。
頭のどこかで、あそこはパラレルワールドだと決めつけていたのだろう。
歴史が、変わった。
「私は、本当にあそこにいたんだ…」
今更だ。
「じゃあここにいるのは?本当に私?」
傷がついたら、すぐに癒えたらどうしよう。
「…っ」
自分が判らなくなり、気分が悪くなる。
回りに気づかれないように自然な足取りで椅子に座り、本を広げた。
向こうで暴れて帰ってきた、それだけだ―
簡単明白な答えだ。
「……。」
近くでひそひそと話す女の声がの耳にやけに響く。
「…で、結局、彼氏は浮気してたんだって…!」
「マジだったんだぁ…!!女の勘て当たるねぇ…」
そう、女の勘は当たるのだ。
「……。」
ゆっくり立ち上がり、また棚に向かう。
薬草と外傷処置の本を借りた。
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もやーん