目の前の光景が信じられなくて、小十郎は動けずにいた。

の撃った弾丸は、政宗の膳を貫き、器が無惨な形で床に転がる。

「この女が、私にした仕打ち…」

もう一度、打ち込む。
さらに、もう一度。
パリンという音が部屋に響いたところで、銃声は止まった。

「何も知らずに、このような宴…。何も知らず、のん気に…。私がどんなに辛い思いをしたかっ…!許さない、この女、この女と共にいる人たち…全員…!!」


の口から出る言葉が自分達に向けられていることが信じられない。

そこに、一人分の足音が近づく。
急ぎ慌てる足音。

部屋に飛び込むと、何も言わず、驚愕の表情でを見つめる。



「奥州…筆頭…」



冷たい、冷たい声だった。



銃口を政宗に向ける。



十分すぎる、背徳行為だった。




そして、あらかじめ小太郎の仕掛けていた小さな爆弾が外の安全な場所で爆発し、

それに驚いたと小太郎はその場から去る、という計画だった。

しかし、爆発は起こらなかった。

その代わり



お邪魔するぜぇ!!!!


ドガァと、

閉まっていた襖を派手に蹴り飛ばし、白髪を揺らして男が現れる。

そして驚くを軽々と抱き上げ、叫んだ。


「この女は我ら長曽我部軍の命の恩人!!狙う奴は俺達を敵に回すぜぇ…!」
「えっ!?」

は抵抗も出来ず肩に担がれてしまう。

そしてもう片方の手は碇槍を振る。
それと同時ににだけ聞こえる声で話す。

「大人しくしてくれると助かるぜ。舌噛むなよ?」
「そ、それは…?」

嫌な予感は的中する。

飛び上がり、碇槍に乗り、弩九を発動させる。

そして障子があるのも気にせず突っ込み、庭に出ると、急に方向転換をし、門を目指す。
の体は大きく揺れる。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「頑張れよォ!!!!!!」

衝撃に耐えるは、それを追いながらの心配をする小太郎に気付くことも出来なかった。














呆然とする政宗に、小十郎が駆け寄る。
背に手を添えると、政宗は膝をついて座り込んだ。


「…何が」

小十郎の着物を掴み、答えを求める。


「何があった?俺のいない間に、何が?」

頭の回る政宗だ。

ただの家臣の裏切りなら、素早く反応できる。対処が出来る。

今回は相手が悪かった。

小十郎でさえ混乱し、状況の把握が難しかった。
けれども政宗の表情を見てしまったら、自分が動くしかなかった。

「政宗様…俺は…」


必死に考える。

しかし、小十郎の頭には1つの事実しか浮かばない。


ならば、それを信じる。


「俺は、信じます。を。」


だから行動する。

家臣に向かって叫ぶ。


「今の奴らを逃がすな!!!!追え!!!!捕えて牢にぶち込め!!!!!」

が予想できる、このような状況で自分がするであろう行動をする。
表向きは、の手の平で踊ってやる。

ぼーっとしていた家臣が、慌てて外に出るのを見送った後、政宗に声をかける。


「政宗様!!」
「…なぜ、は…?全部、全部嘘だったのか?いつからだ…?元親と共謀してたのか?まさか…最初から…」
「っ!!!」

聞きたくない。


一番を想っているから、一番動揺しているのは判る。
だが、自分が信じると決めたのだから、政宗にはもっと信じていて欲しい。


「政宗様…」


両肩を掴んで、まっすぐ見つめる。


「今、を追わねば、後悔します。」

それだけは、確信できる。

の心境がどうなっていたとしても。


「このまま別れてしまっては、後悔します…!!!」


小十郎の瞳に映る強い光を、政宗は見つめた。

「会いたい…」

呟く声には強い力が込められる。

に、会いたい」


安心した小十郎は、壊された障子から覗く人間に気がつく。


「小次郎様…」
「何が、あったのです?」

そして座り込んでいる義姫に近づいた。

「母上…!!」

義姫は一点を見つめたままだったが、小次郎が横に座ると、縋りつくように身を寄せた。


「小次郎様、体調は?」


部屋の雰囲気には合わない質問をしたのは成実だった。

「あ、ああ、一眠りしたら、良くなってきまして…やはり私も参加したいとここへ向かっていましたら…」
「そうなんですか。」

にこっと笑うと、小次郎は察した。
小さく、こくりと頷く。


「今、義姫さまとうちの筆頭に銃を向けた奴がいましてね。」

成実は、ぐちゃぐちゃになった政宗の膳に寄り、破片を拾い上げる。

「けど人を殺める勇気は無かったのか、頭に血が上ってしまっていたのか、これにばかり3発も。」

そして、最後に割った徳利は上半分が粉々になり、下は残っていた。
覗けば酒が残っている。

「これにばかり3発も?いやあ違うかな。ここにばかり3発も、だ。」

弾丸の軌道は、徳利ばかりを狙っていた。


「壊したい理由があった?これ、調べさせて頂きますよ。これだけ残ってりゃあ…沈んでるでしょうし。」


ああ、そうだったのかと、小次郎は瞼を伏せた。


成実は単独で動き、その確信を得ていた。
自分が動くべきなのなら、それは政宗が酒を飲もうとしたとき。
止めることしか出来ないから、それ以外があるのならと、黙って成り行きを見つめていた。


「母上…」


義姫は頭痛がするのか、頭を抱え、目をぎゅっと瞑り苦悶の表情をしていた。


「もう…やめましょう…もういいでしょう…。一番苦しんでいるのは…母上なのでしょう…?」


本当は一番、平安を望んでいた人だったのだ。
いつからおかしくなってしまったのだろう。


「まだ、やり直せますから…きっと…」
「…なぜ私は、この時を望んだ…!!!」


搾り出された声に、義姫が泣いていることに気付く。


「あの人が生きている時にっ…その時に戻れば…あの人の死を邪魔してくれれば…!!!」
「母上?」


「なぜっ…私は…あの子が憎くて…運命が違えば私はあの子を…」

―矛盾している事には気付いていた。

邪魔をするな、政宗を殺したいのだ。
邪魔をするな、邪魔をするなら、あの日に戻って輝宗様を生かし、政宗をずっと愛させてくれ…


「母上…なぜ泣いて…?」


政宗は義姫の姿を見て問いかけるが、部屋に入ってきた怒号がそれを掻き消した。

お前ら何してんだよおおおお!!!姉ちゃんがさらわれた!!!お、おれとめられなかった!!!!くやしいから追うんだよ!!!みんなもそうだろ!?

武蔵は余程悔しかったのか、おかしな言葉になるが構わず叫ぶ。

「馬、外にいるから!!!おれさま先行っちゃうからな!!!」

政宗がすぐに立ち上がり、走り出す。

「よくやった、武蔵!!」
「あっ!!なんだよ!!!おれさまより早くいくんじゃねえよ!!!!」

小十郎は、成実にこの場は任せると一言残し政宗を追った。



















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ツンデレ義姫
実は一人称「私」だったりとか妄想…え、いらない?