「邪魔が、入ったの…警備はどうなっていたのだ…」
「今報告が御座いましたが、異常が無かったとのこと。どこかに忍んでいたのやもしれませぬな。」

小十郎は政宗のまさかの不在に、俺がこの人の相手をするのかとげんなりしていた。

「梵は強いから大丈夫だよ!!ただ、ご飯が冷めちゃうのが残念です。義姫様が折角もてなして下さったのに。」

成実はあぐらをかいて、のんびりとくつろぎ始めた。

それを見ても普通にしている義姫は、成実の実力を高く評価しているように思えた。

(…それに…演技、得意だしな…)

成実は賢いので、敵に回さない方が良いと判断している義姫には愛想が良い。

(…うらやましい…)

俺にもその柔軟性分けてくれ…と思う小十郎だった。

「あの、今日は小次郎さまはいないの?」

会いたかったなぁという気持ちが込められた言葉だった。

「小次郎は体調が悪いようで部屋で休養をとっている。気にするでない。」
「そうなんですか。じゃあ後でお見舞い行くね。」
「喜ぶであろうな。是非そうしてくれ。」

成実の、無難な会話も限界が近づく。
退屈させてしまえば、政宗を待つ時間が長く感じてしまうかもしれない。

小十郎は控えていた家臣に目配せをする。

「では、義姫さま、しばし舞などは如何でしょうか。」
「そなたが舞うならばな、小十郎。」

いきなり挑発的な眼差しを向けられ、小十郎はピクリと口元がひきつる。

「…私、ですか…」
「そうじゃ。妾を楽しませよ。」

しばしの沈黙の後、小十郎が立ち上がる。
そして一歩踏み出そうとしたとき、天井から言葉が降ってくる。




「小十郎さんの舞?すごく見たい!!でも、ごめんね?」




ボッと音がし、煙幕が広がる。

「なっ…」
「何事なのださっきから…!!」

深い霧のように部屋を包み込む。
先ほどまで近くに居た人間すら見えない、濃い霧だった。
家臣を呼ぼうとした義姫の前に、ストッと軽い音がした。


「義姫様、お久しぶりでございます。」


睨み付けたままの義姫だったが、見覚えのある顔を見て、あぁと一言呟く。

「妾に復讐しに来たか。ご苦労なことだ…」
「いいえ、私は貴方に頼まれて、ここへ。」
「笑わせる。お前は頭がおかしいようだな。」
「おかしくて結構。」

義姫を助けに来た家臣が倒れる。
横に小太郎が静かに立っていた。
義姫を探し始める者達を静かに静かに倒していく。


「最初は、輝宗様かと思いました。」


強く強く私を引いたあの想い。


「この場所が、教えて下さいました。貴方は、後悔した。」
「何を言い出すかと思えば…」
「もう一つの物語を、貴方が、望んだ。」
「お前、妾のしたことを覗いておったのか…そんな言葉で妾が揺らぐと?」
「邪魔して欲しかった。最悪の結末を…ならば、私は…叶えますよ。」
「最悪だと?政宗が死ぬのが最悪だと言うか?それはそなたの考えではないか!!」
「政宗さんは死にません。」

難しいなぁと思ったら笑みがこぼれる。
どうしたらいいかな、輝宗様、と呟いてみる。

「政宗さんを殺し損なえばその先は…まあ、想像にお任せします。」

私の言葉は義姫様の耳に入っているようで、微かに唇が震えた。

全て言う必要は無いと思っていた。
もしかしたら、義姫自身が政宗に殺されることを想像しているかもしれない。
それならそれでいいと考えていたが、僅かに口が開く。

「…小次郎、か?」
「やはり政宗様の母上様。聡明で。」
「はは…鬼じゃ…まさに鬼…!!実弟を、殺すとは…そうであろう?よくぞ教えてくれた。やはり妾は、殺さねばならない。あの男を、ここで!!!」
「待ってくださいよ。あなたは、政宗さんをそんなに嫌いじゃないんですよ。」

さらっと言うと、義姫はきょとんとする。
失礼だが、人間らしいところが見えたのが嬉しく思えた。

「この場所で、誰かが憎まれる。誰かが死ぬことになる…いいえ、誰かは、死なねばなりません。」

ずっと見下ろしていたが、は片膝立ちになり、義姫と視線を合わせた。

「ならば、」

にこっと笑う。

「私が、死にましょう。」


義姫の頭に何かが流れ込む。
細胞全てが熱を持ったような感覚になり、めまいがする。


あのとき

許せていたらよかった

どうか、もしもう一度

戻れるならば…


「こんな歴史があったって、いいでしょう?」


今生きている者たちで

懸命に生きて

笑って



見開いた義姫の目から、涙が一筋零れる。

拭うことはない。

自分が泣いていることに、気がついていない。


「て…」

開いた口から漏れた言葉は、あまりに弱々しかった。


「…輝宗…様?」


「……輝宗様では、無いのです。」

ゆっくり立ち上がる。


「貴方の、想いなんですよ。」


小太郎が構える。

もうすぐ、霧が消えてしまう。


「…私を、恨んで下さいね。」

懐にゆっくり手を伸ばす。

そして、脱力する義姫に、銃を向ける。




家臣の持ってきた防具に身を包んだ小十郎と成実が目にしたのは、


冷酷な眼差しで、引金を引こうとするの姿。











「くそっ…なかなか強いよな独眼竜はっ…!!」

「引け、武蔵っ…」

刀を交えながら、二人の攻防が続く。

「何でここなんだ…!!本多忠勝、鬼島津…沢山いるだろ!!ここである必要があるのか!?」

「うるさいな!!俺様が決めたんだ!!」

「聞き分けねぇ子にゃお仕置きが必要になんぜ…!!」

政宗が刀を引き、後方に飛び退く。

時間が随分たってしまった。
何故か武蔵は譲ろうとしない。
最初は意地かと思ったが、ここでなくてはいけない理由がある。

その理由に心当たりがなく、政宗は戸惑った。
だが、本気で来るなら容赦はしない。

「武蔵!!歯を食いしばれっ…」

武蔵にだけ聞こえる声量で発する。
そして地を蹴り、武蔵の腹に一撃を食らわそうとする。

が、一発の銃声が、それを止める。


戦いの最中ということも忘れ、振り向いてしまう。

「なんだ…!?」

しかし、すぐ武蔵の存在を思い出し、振り返るが、武蔵も目を見開き驚いていた。






武蔵は疑問を感じていた。

成し遂げたいことがある。
だから、政宗さんを足止めして欲しい。
義姫という人は、鬼姫とも呼ばれている。その人に戦いを挑めば、政宗さんは絶対出てくるから…はそう、武蔵に言った。

そんなの簡単だ。
むしろ頼ってくれて嬉しかった。


でも


姉ちゃんのやりたいことって何?

俺がいないとこで、

独眼竜がいないとこで、

こっそりやりたいことって、楽しいの?

それはほんとに、姉ちゃんが望んでることなの?

俺は強いやつが好きだけど、

戦場が似合わない、優しい姉ちゃんもすきだよ

笑ってる姉ちゃんがだいすきだよ




疑問が音となる。


「ねぇ、ちゃん…?」


それを耳にしたと同時に、政宗は走り出した。
























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