しんとした部屋で、は着替える。
何度も何度も深呼吸をした。
「小太郎ちゃん…?」
先ほどから何度か呼んでいるのだが、現れないので不安を覚える。
だが、今回は天井裏から降りてくる気配があった。
「え、どうしたの?」
そう声を掛けたのは、小太郎がゼハゼハと息を荒くしていたからだった。
「何か、あった?」
首を振り、くるくると指を回す仕草をした。
「見回りしてきたの?」
こくりと頷く。
その直後、すぐに息を整えて涼しい顔をするものだから、はそれ以上は聞かなかった。
「このような場を設けて頂き、有難うございます。」
政宗は深々と頭を下げた。
「よい、よい、久しぶりではないか。堅苦しいことは無しじゃ。」
「はい」
控える小十郎と成実は緊張した面持ちでいる。
が、二人の緊張の種類は違っていた。
しばしの談笑の後、義姫が政宗に向けていた視線を外す。
そして、視線を受けた家臣が合図をすると、女中が現れ膳が運ばれてきた。
「腹が減ったであろう。口に合えば良いが。」
「母上が私のためにご用意して下さったとお聞きしました。口に合わないはずが御座いません。」
そんなやりとりをしていたとき、外からかすかに声が聞こえた。
それは徐々に近づき、叫び声に変わる。
「やい!!ここに鬼がいんだろ!!?鬼姫!!!!勝負しろおぉぉぉ!!女だからって手加減しねえぞおおおお!!!!」
政宗をはじめ、その場にいた全員が予想外の人物の登場にギョッとする。
「何奴?…無礼な…!」
「…母上、ここは俺にお任せください。」
政宗が立ち上がる。
「わざわざ、お前が行く必要が?」
「俺が瞬殺致しましょう。何も知らぬ者が母上をあのように呼んだ挙句、挑もうとしているなど、俺が許しませぬ。」
「…お前がそう申すならば、余興とするか。あのような者の相手、すぐ戻れぬような人間は筆頭などと呼ばれまい。」
「もちろんでございます。」
部屋を出る政宗を止める者はいない。
部下が3人付いていく。
おそらく政宗は、武蔵と話をつけ、逃がす。
首はと問われれば、価値が無くて捨ててきたとでも言うのだろう。
家臣が独断でそれをすれば政宗の管理不足。
政宗がすれば、許される。
しかし相手は武蔵。
腕が立つ上、子供で猪突猛進。
すぐに武装し、武蔵がいる場所を特定せよと命ずる。
「っつーかマジめんどくせえ…!!なんで今、ここなんだよっ!!」
なるべく屋敷から遠くが良い。
誰が見ているか判らないから、戦いながら、接近したところで話すしかない。
武蔵に絶命する演技をしてもらいたい。
「…俺の専門外じゃねぇか。出来る気がしねぇ。」
武蔵を操れるのはくらいだが、連れていくわけにもいかない。
やるしかない、最悪、気絶させるしかない。
政宗が出ていくのを、天井裏から見送る。
小太郎と顔を見合わせ、こくりと頷く。
そして移動し、ある部屋に降り立つと、書物を読んでいた部屋の主は目を見開いた。
「小次郎様」
「なんで…君がここに?」
「あのときのお礼を。私を逃して下さり、ありがとうございます。」
「また君がこの地を踏むとは思わなかった…危険じゃないか…!その忍が守ってくれるから大丈夫、ですか?…確かに、腕が立つようですが…」
「はい、彼がいるから私は大丈夫。小次郎さまに、もう一度お礼を言いたかっただけです。」
「それだけ、ですか?本当に?母上に復讐とか、考えていませんか?」
その言葉に、は笑った。
「小次郎さま…」
「え?」
「あなたはそう、考えていて下さい。お願いします。」
跪いて、頭を下げる。
そしてすぐに消えてしまう。
「っ…!」
尋常ではない空気に、小次郎は立ち上がる。
すぐに部屋を出て母の元へ行こうとするが、引き返し、襖を開け、家臣を呼ぶ。
(何もないかもしれないんだ、その時寝間着でどうする…正装をして、やはり俺も参加させてくれと言って誤魔化すしかないだろうっ…!
)
「でも…!」
ギリッと歯を食い縛る。
自分がこう考えて足止めをくらうことが、彼女に読まれている気がしてならない。
信玄公にひたすら頭を下げて、許しを貰った。
人気のない道をひたすら馬が駆ける。
「うおおおおおおおお!!!!!急げ急げえええええええ!!!!!」
「旦那ぁー!!!!ちょっと待ってよー!!!」
何を言うか!!!と横の佐助に向かって勢いよく振り向く。
「間に合わなかったら、もうと会えぬかもしれん!!!!」
「判ってる判ってる、でももうちょっと警戒しよう!?」
「案ずるな!!!している!!!」
幸村の言う警戒は、周囲への警戒だ。
他国の兵に見つかって、余計な争いを行うことを避けるのは当然。
佐助の思う所は違う。
「早すぎるんだよ…!!」
ぼそっと呟く。
「情報が、早過ぎる…。誰かが俺達に漏らしてるんでしょーが!!」
まあ、その辺は俺様が何とかしましょーか…と溜息をついた。
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鬼姫は、義姫様が『奥羽の鬼姫』と呼ばれていたことから取らせて頂きました