成実が率いる事となった一団の後を、武蔵はなんとかこっそりと付いて行っていた。
こそこそせずに暴れたい衝動もあるが、ここは我慢だ。
「このおにぎり、姉ちゃん作ってくれたのかな…しょっぱいのがちょうどいい…あ、味噌!!味噌はいってる!!」
前日、小太郎が無言で大量におにぎりや漬物、竹筒いっぱいに入った水を、からの手紙と一緒に持ってきた。
ありがとう姉ちゃん…と叫び出そうとしたのをはっとして口を両手で塞ぐ。
「こっそり行くんだ…おれさま、にんむがあるんだからな!!」
そう口に出すと、自分が偉くなったような感覚。
へらりと笑ってしまう。
「姉ちゃんに会ったら、おれい言わなきゃ!!」
そしてまた、とある村で借りた小柄な馬を走らせる。
はかつらを被り、メイクをした。
政宗の世話をするに相応しい気品のあるお化粧しなきゃ…と、政宗と小十郎の居る前で呟き、楽しそうに化粧をする。
完全に判らないように変装出来る自信はない。
義姫に会うようなことがあれば、小太郎に何か術を使って自分を気づかせない様にしてくれとは頼んである。
「、そんな気張らなくていいからな。」
政宗は障子にもたれ掛かって庭を見ていたが、こちらを振り返り、早く済ませろといった顔をする。
「政宗様は、はそのままでも十分映える顔をしている、と言っているんだぞ。」
「余計な事いってんな!!!!!!!!」
小十郎がそう言って笑い、政宗が手元にあった本を投げた。
そのやりとりを終えると、小十郎は優しく笑い、では半刻後に、と言ってその場を去った。
「…ねえ、政宗さん、小十郎さんに何か言った?」
「NO」
「なんか…なんか小十郎さん…なんか…」
ごにょごにょと呟き始めるの言いたい事は嫌でも伝わっている。
「…気付いてんのか?俺らのこと…」
その言葉に、は振り向いて政宗に向かって身を乗り出した。
「普通にしてたよー!!いつも通りにしてたよー!!」
「俺だって気遣ってたってーの!!!」
二人の関係が変化した、なにか雰囲気が出ていたのだろうか?
顔を見合わせると、自然と脈が上がってしまった。
「…まあ、小十郎なら、いいよな。」
「い、いいんじゃないでしょうか?」
は鏡に向き直り、化粧の続きを始め、政宗は義姫への贈り物の確認をし始めた。
互いに瞬きが多くなり、集中力が散漫になりそうになるのを必至にこらえるのを気付かれないようにしている姿は、傍から見れば不自然極まりなく笑いを誘うものだった。
政宗もずっと暇をしているわけにはいかない。
と忙しく庭を回った後、挨拶へ向かう。
「終わったら戻る。俺が茶を立ててやるよ。」
その言葉に、ありがとうございます、いってらっしゃいと言うと、ぽんぽんと頭を撫でられる。
後ろ姿を見送った後で呟く。
「お手伝いさんは、あまり一緒に居られないようで…」
天井から小太郎がぶら下がり、こくりと頷いた。
「…毒物は…」
またこくりと頷く。
見つかったようだ。
「そっか」
安全なものにすり替え、政宗は死なずこの場はただの食事会にすることは十分可能だろう。
でも、そうしたらいけない。
これは、政宗の身に起こるべくして起こる事件だ。
は政宗の味方だが、それが判らないほど心酔してはいない。
「でも、恩は返したい。」
もしかしたら、自分の前世は武将だったのかもしれないな。
そんなことを考えてしまうくらい、今のは冷静だった。
「私は弱いけど、心は…少しはみんなに近づけてるんだといいな…。」
笑顔で身を翻す。
その笑顔はどんなの泣き顔よりも、悲しい表情に小太郎には見えた。
「……………。」
の隣に並び、一緒に歩き出す。
そして前に屈み、大袈裟にの顔を覗く。
「何?」
「……。」
「あんまり出歩くなって?」
「……。」
こくりと、頷く。
「…うん。政宗さんのお部屋なら誰も来ないかな?じゃあそこで大人しくしてるよ。」
「……。」
その言葉に安心したように、小太郎は笑顔になった。
そして消えてしまう。
「ちょっといろいろ見て回りたかったけどなあ…。まあ、小太郎ちゃんが心配してくれてるの裏切るわけにもいかないか…。」
その呟きを小太郎が聞く事は無かった。
の性格を知っていたから、を大人しくさせるのはそれで十分なのだと知っていた。
下手に強く言えば、自分は小太郎ちゃんに信用されてないのかな…と落ち込んで、本人も気付かぬうちにふらふらするに決まってる。
は弱いから。
…俺が、弱いんだと思いたいだけなのかもしれない。
の弱さを補うのは自分の役目。
そう思ったところで、のことを考えるのをやめる。
小太郎を囲むのは高い木立。
その中でも一番太い木の枝に立ち、空を仰ぐ。
「……。」
ち、と小さく舌打ちをする。
正直、今はと離れたくは無いが仕方が無い。
小太郎は急ぎ港を目指した。
挨拶を終えて戻った政宗さんは、少し緊張していたようだった。
自分に向ける笑顔に違和感を感じた。
約束通り私にお茶を立ててくれる政宗さんは、私のためというより自分の精神を落ち着かせるため、のように思えた。
口に含んだお茶は苦かったように思えるが、一気に飲み込んでしまった。
それにより、自分も緊張し、喉の乾きに気づいてなかったことを知る。
「お前は夕食はどうする?」
「ここで余り物でもいただくよ。」
「そういうわけにもいかねぇだろ。本当なら成実に一緒にいてもらおうかとも思ったんだが、あいつも参加したいって言い出すし…」
「えっと…?」
あまり事情を知らないので、首をかしげながら説明を求める。
「ちょっと前まで絶対行かないって言ってたのに急に心変わりだ。なつかしいから行きたいとかいってたが…」
政宗の表情から汲み取れる感情は、戸惑いだった。
「成実さんは、裏切ったりしないですよ。」
成実が何か行動を起こすのではないか、その前触れではないかと、僅かに疑惑を持ってしまっているのかもしれない。
政宗は苦笑いした。
「そこまで考えちゃいねぇよ。ただどこか、遠くの土地の守りにつきたいとか言い出すんじゃねぇかってよ。その前に故郷を見ておきたかったみてぇな…」
「聞いてますと、深読みしすぎ、の気がしますが…」
もっと真剣に一緒に考えるべきかと思ったが、答えは本人しか知らないだろうと思う。
政宗はその言葉が欲しかったようで、柔らかく笑った。
「だよなぁ。俺も自分で言っといてあれだが、考えすぎと思った。」
「もっと単純に、町で遊ぶ子供を見てたら懐かしくなって行きたくなったとか…有り得ません?」
「あいつ気まぐれなとこあるからな。」
今頃、やっぱ帰りたい〜とか言ってそうだ、と二人で笑い合う。
政宗の手がの頬に触れたとき、この会話は終わりだと告げる。
「。」
「は、はい?」
政宗の優しく細められる目にまだ慣れていない。
返事は情けなくも上ずっていた。
「来い。」
「えっあっあの、は、はい…」
一気に心拍数がはね上がり、真正面に近づくのは躊躇われ、隣に並ぶ。
肩に腕を回され、引き寄せられる。
「政宗さん…」
「今の俺は、大事なモンを1つに絞るなんて出来ねぇが…」
政宗さんが自分を思ってくれるのは嬉しく感じるが、彼の1番になりたいなんて思ったことがない。
民や家臣を大事にする政宗さんが自分は好きだ。
だからそんなこと言われたって、傷つくことはない。
「いつか、お前が一番だ、なんてなぁ…。言えたら良いな…。」
「…やめてくださいよ、政宗さん。そんな贅沢な言葉。」
「言いたいんだよ。俺が。」
「政宗さんてなんか…」
「何だよ」
「…思考が乙女…」
黙れ馬鹿野郎と言われ、髪が引っ張られる。
が、その手はすぐに優しく髪を梳いていく。
「一番…か…。」
「…なんだよ」
この先、どんなに馬鹿な女だと思われようとも
「私は言えるみたいよ。政宗さんが、一番。」
「俺の先を越すとはいい度胸じゃねえか。」
自分はこの思い出だけで、生きていける気さえした。
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