小十郎にはまだ言わないでおこう、今言ったら、あいついろいろ事がありすぎてパンクするぜ、という言葉に頷いた。

面倒なことは後でいいから、

今はずっと一緒に居たいと、政宗は真面目な顔で言ってくれた。


「…とか言って、小十郎さんに小言言われたくないからだったりして。」
「何だよ…」
「さっき厠行った時にすれ違ったけど…なんかピリピリしてたし。」
「……まあ、あのテンションの小十郎に色々言われるのは厄介だが…」

がにこっと笑うと、政宗は苦笑いした。

「…一緒に居たいのは本当だ。」
「判ってます。」

なんだろう、この空気。

ただ好きって伝えただけなのに

酷く心地よい。

「こっち来い、。」

書類を整えていた手を止め、政宗の顔を見る。

手招きをしている。

「何?」

判ってはいたがそう言いたくなった。
そして急いで傍に寄る。

政宗の顔を覗き込むと、指先で頬を撫でられた。

優しく何度も往復し、離れる。

そして今度は、勢い良く腕を引かれ、強く抱きしめられる。

どきどきして仕方ないのは、政宗が目を細めて笑っていて

いつものギラギラした光が見えなくて

いつもと違っていて…

自分は特別なんだと、そう伝わって仕方ないから。


も腕を政宗の腰に回した。

「…まだ、何も成し遂げちゃいねえのに…」
「政宗さん?」
「幸せだ…お前に、好かれて、幸せだ。」

その先に言葉が続いた気がした。


(たとえ、終わりが来るとしても)


着物を握っていた指先が、震えた。


「ずっと、好きなんだろうな。」
「……。」
「俺はずっと、お前が好きだろう。」
「………ん。」
「あー、幸村にも慶次にも、元親にも負ける気がしねえー!!!!」

HAHAHA!!!!と大きく口を開けてそう叫ぶので、あははと笑ってしまった。

「私も、ずっと…」
「ん?」
「政宗さんの幸せ、願っているよ。」
「おう…」

もう一度強く抱きしめてくれて、

よし、と気合を入れなおし、政宗は書類に向かった。

もまた、手伝いに取り掛かった。







報告に来た小十郎と入れ替わりで、は部屋を出た。

茶を淹れてくると、軽い足取りで。

「…何か、ありましたか?」

「ん?」

政宗の雰囲気の違いを察し、小十郎がそう問いかけた。

「…滅茶苦茶、びびってたことがあってよ…」
「…はあ…」

怖くて怖くて、最悪なことばかり考えていた。

が自分に惚れてくれたら、

俺を追い回してくれたら、仕方ねえなとあいつを構ってやって、

いつか別れなきゃいけなくなったとしても、泣きじゃくるあいつに俺が優しく声をかける。

そうなったら、ギリギリ俺には余裕がある気がした。

あいつ、俺が居なくて泣いてねえかなとか、そんなことでを思い出して、俺は平常心でいられる気がした。


好きになって欲しかった。


でもあいつは強かった。


一生の別れの時でも、きっとあいつは俺に笑顔を見せるだろう。

それが怖かった。

俺のほうが弱くて、

思い出しては、愛しくて愛しくて、何も無い場所に手を伸ばして、狂ってしまうんじゃないかと思った。

思いが通じ合ったら、余計に。


「…俺、が好きなんだ…」
「……存じておりますが?」

今更何を言うんだろうと、小十郎が首を傾げる。

「そうか、存じていたか。」

だよなあ、と楽しそうに笑った。


大丈夫だと思った。

もっと早く言えば良かったと、本気で思った。

近くに居ても、離れていても

あいつはずっと俺に、愛情をくれるだろう。

そして俺はそれを感じられるだろう。

俺はずっとずっと、あいつが好きでいられる。

それは自分の希望になる。

そんな事は綺麗事だと、誰に言われたって構わない。

「永遠を信じるような…poetになる気はなかったがな…」
「形あるもの、いつかは壊れると…」

小十郎の顔を見ると、ひどく言いにくそうな顔で俯いていた。

「…ならば…形無き想いならば…永久を生きることも…可能でしょう…」
「………。」
「見えぬからこそ不安で儚いものとも言えましょうが、その、小十郎としてはですね、政宗様との間なら、その、」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

俯いていた顔がさらに俯いた。

恥かしくてしょうがないようだ。

「こじゅ〜〜〜〜〜ろ〜〜〜〜〜」

にんまりと政宗は笑い、小十郎の肩に腕を回す。

「な、なんですか…」
「お前も随分乙女なこと言うじゃねえか!!!」
「ちょ…からかわないでください!!」

「…ど、どうしたの?」

盆を持っては入り口で立ち尽くしていた。

「な、なんでもない。」
「だとさ。」
「う、うん…」
は明日のために早く寝なさい。」
「はい…それは言われなくても…。」

小十郎は慌てた口調でお母さんみたいな事を言う。

政宗は微妙な顔をして、う〜ん…と唸った。

「………。」

自惚れも入っているかもしれないが、政宗は自分の部屋に侵入しようかどうか悩んでいるのだろうと思った。

「じゃ、じゃあ…」
「おやすみ、。」
「後でな〜、。」

あはは〜と苦笑いしながら背を向けると、政宗さまあ!!と怒る小十郎の声がした。

くすくす、と笑ってしまったが、歩みを進めるごとに笑みが消える。

振り返ってはならない。
足を止めてはならない。
1分1秒が、試練の連続だ。














「あ、やっと出てきた、小太郎ちゃん。」

呼んでもなかなか現れず、外をうろうろしていたの前に、見知った影が現れる。

「もうすぐだよ。」
「………。」
「もうすぐ、私の護衛…終わり…」
「……。」

頷くことはなかった。

「先に言う…今までずっと、ありがとう…。」

こんな言葉じゃ足りないのは判っていた。
しかしこんな陳腐な言葉しか口に出来ないほど、感謝の気持ちがあふれていた。
それはきっと、感じてくれている。

「…生きてね…」
「……。」
「少しでも長く生きて…」

なぜそんな言葉を投げたのかは判らなかった。
小太郎のこれからを案じたわけではない。
そんなに容易く死ねる程度の実力じゃないことは知っている。

ただ何となく、そう言いたかった。

小太郎に倫理を説きたいわけではなかった。

「…ただの、私の、わがまま…」

と1本の木を、黒い影が覆った。

今まで居た場所から隔離され、深い地底に閉じ込められたらこんな感じなのだろうかと考える。

(行き来する闇とはまた違う…)

は懐に手を伸ばす。

銃に弾を込める一つ一つの音が、闇に吸い込まれる。

(…優しい…包んでくれる闇…)

これは、小太郎だから。

銃を構え、引き金を引く。

木の幹を掠る。

(…じゃあ、あの闇は…)

北条家の先祖が私を呼んでくれた闇。

…何か

何か忘れていないだろうか?

(…そういえば…)

今回は違和感を感じた。

違和感なのだろうか?

考えすぎじゃないか?

(…必死、だったんだ…)

今までは飲み込まれる感じだったのに、引っ張られる感じ。

(何だったんだろう)

…誰、だったんだろう。



何度も何度も引き金を引き、指も腕も肩も足も辛くなってきた。

小太郎がを案じて姿を現し、そばに立った時には、木の幹に多数の小さい穴が出来ていた。

「当たるようにはなったよ…見てよ小太郎ちゃん、2発、あれ、ほぼ真ん中って言って良いよね?」

ちゃんと小太郎に笑顔を向けることが出来ているのか、不安だった。

小太郎は静かに頷き、の背に手を添えて、城に向かって歩き出した。

「不安だな…政宗さんみたいに、自信満々に振る舞えない主人でごめん…」
「……。」

小太郎が首をゆっくり横に振る。

「…もうすぐだよ…」

何度も同じ言葉を小太郎の横で反芻した。


その姿を、少し離れた塀に身を寄せながら、成実が見ていた。













部屋に戻ると、急ぎ、読みやすく平仮名多めに文を書いた。

武蔵が、きちんと読めるように。


「…小太郎ちゃん、これ…お願い…」
「……。」こくり

小太郎が消えると、廊下に別の人間の気配。

「…。」
「は、はい!!」

返事が慌ててしまったが、この状況ではやましいことをしていたというより政宗が来た事に驚いてしまったと捉えられることの方が自然だろうと考え、気にしない。

「いいか?」
「うん…」

そして神妙な面持ちをした政宗が部屋に入ってくる。
「え…えと?」
まさか、夜這いに来たのでは…という思想はの中にあるのだろうが、それよりも、どうしたんだろう、という気持ちの方が大きい。
政宗と男女の関係になるかもしれないということを、頭ではまだ想像していなかった。

「まだ横になってなかったのか?」
「なんか、まだ寝れなくて。」
「何か書いてたのか?」
「うん。そういえば、まつさんに改めて御礼言ってなかったなーと思って、お手紙。」
「マメだねえ…。」

そして政宗はの布団に向かう。

「政宗さん?」

もそもそと、そこに当たり前のように横になる。

「よし、来い。」

掛け布団を捲り、ぽんぽんと布団を叩く。

「あ、あの…」

心臓がばくばくして、どうしようどうしようと、頭が混乱する。

「いいから来い。早くしろ。」
「りょ、了解です。」

返事はしたが、おずおずと近寄る。
それが気に食わなかったのか、政宗は口をへの字に曲げて、起き上がり、を押し倒すように無理やり横に寝かせる。
「政宗さんっ…!!」
「落ち着け落ち着け、寝るんだよ。」

政宗は笑いながら、の背をぽんぽんと優しく叩く。
それに安心し、大人しくなる。

「おやすみ、。」

ぎゅっと抱きしめられる。
それだけ。

それだけなのに、どきどきする。

初めてではないのに。


「…おやすみ。」


明日の朝、

起きたら髪がぐちゃぐちゃだったらやだな

私の寝顔ってどんな感じなんだろうな

寝返りをしてしまい、政宗さんに背中を向けてしまったらやだな



今更ながらそんなことが気になる。

まるで、恋する女の子だ。

普通の、恋する女の子だ。














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書いてて恥ずかしくてすいませ…
この程度で恥ずかしいすいませ…