「いきなり手の平返しやがってあのアマァァァ!!」
小十郎はドスっと音が聞こえるほどに木に蹴りをかました。
「やりすぎて怪我しないでくださいよ?」
は近くの岩に座り込んで鬱憤を晴らす小十郎を眺めていた。
「はイラッとしねぇか!?同盟した途端に!!食事だ!?政宗様を翻弄して!!」
「翻弄って…お母様じゃないですか。それになんか小十郎さん尋常じゃなく怒ってるから…」
続きを言おうとしてはっとした。
小十郎が怒っているから、自分には余裕があった。
小次郎様が、お母様に持たせたかった気持ちは、これなのだろうか?
「…私の分まで小十郎さんが怒ってるから…私は平気…」
「そうなのか?まぁ…の鬼のような顔はあまり見たくないがな…」
小十郎は木に向かっての暴力は止め、に近寄る。
「こんなことに付き合わせて悪かったな」
「誰かに打ち明けると軽くなりますもんね」
「ああ。内に溜めとくとイライラして仕方ねぇ。」
の隣りに座り込んだ小十郎の顔は、先程よりは余裕を取り戻していた。
「止めたり、しなかったんですね。」
「政宗様をか?」
「はい。」
「止められないさ。…本当は、喜ぶべきだって判ってるんだが、素直になれなくてな。」
「…そんなに、政宗さん…嬉しそうだったんだ…」
地面を見つめて、は唇を噛んだ。
その政宗の幸せは、勘違いで終わるかもしれないのだ。
そのの表情を見て、小十郎はなんと受け取ったか、ぽんぽんとの背を叩いてくれた。
「不安か?」
「不安…?」
「大丈夫だ。義姫様と政宗様が仲直りしたとしても、への態度は変わらないだろうよ。」
「あ、いえ…政宗さんのことは信用してます。その…そんなに、良い事だらけ続いて…逆に、怖いなって…」
小十郎に、もしこれから起こるかもしれないことを話したらどうなるのだろうと想像する。
きっと小十郎は自分を信じてくれる。
「……。」
だから、言わないでおこう、と思った。
「怖い、かぁ…しかしこの時期に義姫様が政宗様になにかするなんて考えられないだろう…」
「そうですよね!!」
「本当に仲良くなればいいが…」
政宗の姿を思い出したのか、小十郎がフッと笑った。
「弟の…は会ったことがないか。小次郎様というお方が居るんだ。小次郎様とも文のやり取りをしてな…」
「え、弟さん…?」
ここで小次郎の名前が出てくるとは思わず、驚いてしまったが、小十郎はそれを気にすることなく話を進めた。
「信玄公と謙信公と、小次郎様も交えて宴も行ってな。小次郎様の秀明さを気に入ってくれたんだ。」
「そうなんだ…」
「政宗様と小次郎様はそんなに仲が良いほうでは無かったんだが、伊達家の為ならと…。少しは近付けたようだ。」
「良かったじゃん…!!」
「このまま家族円満…まぁ悪いことじゃねぇな。」
小十郎はに話したことで前向きになれたようだ。
夜空を仰いで口元が僅かに上がっていた。
は地面を見つめたままだった。
小次郎様が…信玄様と謙信様と仲良くなった…
…準備じゃ、ないよね…?
政宗さんを殺す…準備じゃないよね…?
(そんなのやだ…)
用意周到にこんな計画を進めてるなんて、考えたくなかった。
(もっと…突発的なものだったら…まだ救われようがあるのに…)
にとって、今まで以上に非日常だ。
「…おい?」
「えっ、あ、なんですか?」
小十郎に話しかけられ、は勢いよく顔を上げた。
「疲れているか?すまねえ、もう部屋に戻ろうか。」
「あ…すいません…」
小十郎が背をの背を優しく押し、はゆっくり立ち上がった。
「疲れてる、のかもしれません。今日は早く寝ます…」
「そうだな。それがいい。」
が空を見上げると、星空の中に一筋の影が通り過ぎる。
小太郎だろうな、と思った。
とくに心配することもなくその方向に背を向ける。
「…ところで。」
「はい」
「どうして断った?」
歩きながら小十郎がそう問う。
政宗の誘いの事だろう。
「どうしてですか?」
「いや…ならそういうのは…どんと来い!!って勢いで承諾しちまうかと思ったぞ。そんなに恐ろしい人間として義姫さまは伝わってんのか?」
「そういう訳ではないですが…なんか、嫌だったんです…。そんな簡単に、間に入りたくなくて…。政宗さんと、義姫様の間…」
「正解だと思うぞ。」
小十郎の顔を見上げると、苦笑いをしていた。
「政宗様は珍しく焦っちまってな…俺が反対したら駄々っ子のように嫌だと言ったんだ。」
「焦ってる様子は無かったような…?」
「にまで俺と同じことを言われたら、さすがに考え直すさ。」
「そか…」
部屋に着き、小十郎に送ってくださりありがとうございます、と言おうと振り返ろうとすると、小十郎はの横を通り過ぎた。
中に入り、蝋燭に火をつけ、に手招きをした。
「小十郎さん?」
「…やっぱり、いいな。」
「?」
小十郎が穏やかに笑うので、も笑顔で首を傾げた。
「がここに居るのは、とてもいい。」
そんなことを言われ、は目を丸くした。
「また、明日な。」
「お、おやすみ、なさい…」
「おやすみ」
小十郎の背が見えなくなるまで見送った。
見えなくなったら、布団にもぐりこんだ。
「………。」
目を閉じて色々考えようと思うが、なかなか上手くいかない。
何も悩みたくないと、細胞が拒否しているようだ。
「…小太郎ちゃん…」
ぼそりと呟く。
「小太郎ちゃん、小太郎ちゃん…一緒に寝よ…」
聞こえているはずがないだろうと、冷静な自分が言う。
しかしトン、と小さな音がして、かちゃかちゃと甲冑を外す音がして、
すぐに隣にぬくもりが現れるから不思議だ。
「…ありがと…」
ぎゅうっと抱きついて、しっかりしろと自分に喝を入れる。
大丈夫だと、自分は皆と離れられると、言い聞かせた。
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ちょっとずつ、ちょっとずつの展開ですみません
小十郎とのお話でしたー