小太郎は片手でを抱き抱えた。
地が近付いて来ると、他方で落下地点に生える木の枝を掴み、勢いを減らす。
張力を発揮する小太郎の腕が逞しくて、は安心しきっていた。

ザザッと音を立てて、小太郎は着地した。


「小太郎ちゃん、ありがとう」
「……。」

小太郎はをゆっくり下ろすと、の頭を撫でた。
よくできました、といった感じだ。

「飛び下り?へへ、ちょっと怖かったけど…」
小太郎ちゃんがきてくれるって思ったら、大丈夫だった、そう言いたいが、久し振りに対面するので口にしたら照れてしまいそうだ。

「……」
「大丈夫だったよ、あの…」
「…………」
「…信じてた。」

小太郎の頬に手を添える。

照れてる場合ではない。
一緒に過ごせる時間を大切にしなければいけない。

「…小太郎ちゃん…」
「……?」

はその場に座り込んだ。
小太郎は心配になり同じく座ってを観察した。

「私…小太郎ちゃんに勝手なこといっぱい言ったね…」
「?」
「友達になりたい…そう思ったのは嘘じゃない…今でも思ってる…」
「……」

小太郎は頷いた。
判っている、と。

「けど…今回は…」
「……」
「こんかい…は…」

は俯いていて、表情は見えない。
けど判る。
辛そうな顔をしている。


「私の忍になって…私の言うこと、聞いてください…」
「……」

小太郎は黙っていた。
黙って、の頬に手を添えた。

びくりと肩を震わせ、はおずおずと顔を上げた。

(もう一度)
「小太郎…ちゃん…」

目を見て
堂々と言ってくれと

「私の…忍になって…私の命令をっ…」
(泣かないで)
「き…聞、け…」

涙をためながら、自分に命令をする主。
あまりに頼りなくて守りたくて、小太郎はギュッと抱き締めた。

そしてそのまま耳元に口を寄せる。

自分の気持ちを知って欲しくて。
を安心させたくて。

(あの日…朽ち果てるはずだったこの命…)
「え…?」

(あなたが現れ…氏政様の命により…生き延びた…)

「…わたしに…恩義とか…そんなの要らないんだよ…?」

小太郎が首を横に振る。
そうではない、と。

「爺さんが…決めた事…わたしじゃなくて…」

(あなたを、守りたい、これは…意思だ)

は小太郎を抱き締め返した。
小太郎が自分に気持ちを伝えようとしている。
今の自分には優しすぎて甘すぎて、どうすればいいか判らなくなるような気持ちを。

(俺は、あなたが在るべき場所に帰るというなら…俺も共に行くつもりだった)
「!!」

予想もしていなかった言葉に、が目を見開いた。

「え…」
(俺の生涯を、あなたに捧げても悔いは無い)
「なんで…そんなこと…いつから…」

密着していた体を離すと、小太郎は穏やかに笑っていた。

(忘れてしまったよ)

伝える事ができてよかったと、小太郎がはにかんだ。

はそんな小太郎の顔をみて、涙が頬を伝い落ちるのを感じていた。

「なんでそんなこと考えてるの…」

(だから、畏れなくていい)

「小太郎ちゃん…は、嫌がっていいんだよ…?あれだけ偉そうに自分に語りかけて…結局これかって…」

(俺はあなたを守りたい)

「…こたろ、ちゃん…」

(あなたの為に、俺は動く。なんなりと…申付けください…)

は小太郎の服を強く握った。

「ごめんね…そんなこと言わせてごめん…」
「………。」

小太郎は喋るのをやめた。
随分と言葉を発してしまい、不思議な気分になっていた。

と会い、自分は本当に変わってしまった。

けれど、本質は変わらない。
が何を言っても、自分は動ける。


―…そうだ、動く。

自分はこの主を、守る為に動く。

それは自分の仕事であり責務であり、希望だ。

「………。」

けれど、今は少し、
を抱いて存在を確認したい。

「小太郎ちゃん…」
「………。」

見えているのに触れられなくて、
辛そうなに寄り添えなくて、ずっともどかしい思いをしていたから。

「…ありがとう…」

は優しく抱き締めてくれる小太郎に寄り掛かり、目を閉じた。

「……。」
しかし小太郎はすぐに口をへの字に曲げた。

人が近付いてくるからだった。

「…ちゃん…ねーちゃん、どこ―?大丈夫か?ねーちゃ―ん…」
「武蔵くん…!」

野生の勘、というものがこれほど鋭いとは小太郎も計算外だ。
大阪城から随分と離れ、隠れたつもりだったのに。

は慌てて小太郎から離れ、声のする方向を向いた。

「あ!!ねぇちゃん!!」

を見つけると、武蔵は笑顔で駆け寄ってきた。
しかしそばに来ると、の様子に顔を歪めた。

「おいこらあ!!おまえねぇちゃんに何したんだよ!!泣いてる!!」
「……」
「違うの!!小太郎ちゃんにいじわるされたんじゃないんだよ武蔵君…!!」

をは慌てて武蔵に手を伸ばした。

「だって泣いて…」
「ひ、久々に小太郎ちゃんに会えて…嬉しくて…」
「…そなの…?」

武蔵はまじまじとの顔を覗き見た。
は恥ずかしくなり、手で顔を少し隠した。

「…ねぇちゃん…おれさま、言ったな?」
「え?」
「ねぇちゃんの笑った顔好きって」
「…あ…覚えてる、よ…」
「………。」
小太郎は首をコキコキと鳴らし、腕を回した。
準備運動だった。

「おれさま、ねぇちゃんに笑って欲しい。なんかねぇちゃんつらそう…おれさまなにかお手伝いできる?」
「武蔵君…」

小太郎はの武蔵の間に入り、二人を抱き抱えた。

「え?」
「ん?」

そして3人揃って姿が消えた。



















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小太郎の心境は帰還編第11話とリンクです
一緒に行く、と言いたかったけど言えなかった小太郎、これを機会に発言させました…
補足入れてすいません…!!