君…」
半兵衛が扉を開けると、大きな背が目の前に現れた。

「半兵衛さん、おはようございます。」
「半兵衛、どうした?」
「こっちの台詞だよ…秀吉…」

でんでん太鼓で遊ぶと、今度は飴をに与える秀吉がきょとんとして半兵衛を見上げていた。


「準備が出来たのか?」
「あぁ…」
「今行く。」
ゆっくりと秀吉が立ち上がった。

「先に行ってくれ、秀吉。僕は少し君に話がある。」
「そうか。」

秀吉は半兵衛の横を通り過ぎ、部屋を出て行った。

「鉄砲の試し撃ちって…大事でしょ?半兵衛さんも早く行かなきゃならないんじゃ?」
「…その前に君は、秀吉に気に入られてどうするつもりだい?」

は半兵衛のその言葉を聞いた途端、うっすらと笑った。

「秀吉様、私を気に入ってくださったんですか。」
「………。」

半兵衛は返事をしなかった。

「とても嬉しいです。秀吉様は、とてもお優しい方で…」
「良かったね。君を待女にしたいと言い出した。大成功かい?何が目的だ?君はここから逃げたいんじゃないのかい?」

半兵衛の口元がわずかに引きつった。
自分が、目の前のただの女の子に翻弄されるなど、あってはならない。

「‘そのお話私は受けたいと思います'」
「…?」

突然、の言葉が棒読みになった。

「‘誠心誠意、秀吉様にお仕えしたいと思います'…半兵衛さんには、嘘だと見破れますね?」
「…何が言いたい?」
「どうしますか?」

半兵衛はため息を吐いた。
そうだ、何を忘れていたんだろう。
戦略を考えるのに必死で、そんなこと頭に入れようともしなかった。

がずっと自分に投げ掛けていた疑問を。

この子の目的は、それだけだった。

「秀吉様に近付いて、何かするかもしれません。私を追い出しますか?でも、私は何もしないかもしれません。」
「そんなことを聞いてどうするんだ…」
「私を追い出したら、秀吉様は寂しがるかもしれません。なぜそんなことをしたんだと、あなたに問うかもしれません。…少し自信がありますよ?秀吉様、私に優しい笑顔を向けてくださるので。」
「…そうだろうね。君は第一印象は素晴らしいよ。毒になるようなものは全く見えないからね…」

半兵衛は自分に落ち着けと言い聞かせた。


「半兵衛さんは、私をどうしますか?」


の口調は、恐ろしいと感じるくらい、優しいものだった。


「半兵衛様!!」
「…何だい…?」
部屋の入口に一人の兵が血相を変えて現れた。

「た、大変です…!!前田慶次と名乗る、侵入者が…!!」
「…なんだって?」

半兵衛がから視線を逸らした。

「どうなってる?」
「報告によると、本丸近くの蔵から飛び出したと…!!事前に忍び込んでいたようです!!秀吉様は外に出て居た為無事ですが、奴等は秀吉を出せと、本丸で暴れております!!兵、負傷者多数…」
「…秀吉は?」
「…そこに、向かっております…!!」

半兵衛はギリッと歯ぎしりをした。

「止めるんだ…。秀吉が行くこと無い。銃で打て。」
「半兵衛さん!!慶次を殺すの!?」

が驚いて立ち上がった。

「…それが…先程の試し撃ちで暴発した銃がありまして…」
「何を怖がる!?いいから慶次君を止めるんだ!!」
「は、はい!!」
ドンっと半兵衛が壁を拳で叩いた。
兵が驚いて去って行った。

「……」
半兵衛はと視線を合わせることもなく、部屋から一歩外に出た。

「っ…!!待って!!」
「…な…」

は勢いよく半兵衛に飛び付いた。
足払いをして転ばせたが、自分も一緒に倒れてしまった。
半兵衛を下敷きにして。

君…!!」
「慶次の、邪魔させない!!」
「っ…何なんだこれは!!全て策略なのか!?君が僕に町で会ったのは…ここへ来たのは…この時のためなのか!?」
「違うの!!全部、全部偶然なの!!偶然だから、半兵衛さんは予想出来なかったんでしょ…!!」
自身も、このタイミングの良さには驚いた。
利用するのは勇気がいるが、には恐れている時間もない。

君!!退くんだ!!」
「きゃ…!!」
抵抗され、は半兵衛に押し飛ばされた。
半兵衛が秀吉のもとへ行ってしまうと、は慌てて立ち上がった。

「げほっ…」
「…あ、れ?」

予想していた半兵衛の走り去る背中は見えず、代わりに胸を抑えてうずくまる半兵衛がいた。

「半兵衛さん…?もしかして肋骨が…」
「ガハッ…ぐ…ぅ…」
は様子のおかしい半兵衛に駆け寄った。
顔色が悪くて、口に当てた手を離そうとしない。

「半兵衛さん…?」
「きみは…勘違いしてる…」

半兵衛の背中を撫でていると、半兵衛は辛そうな表情で喋り出した。

「僕だって…万能じゃない…起こること全てに対応することなんて…全て秀吉のためになることをするなんて…無理なんだ…」

ゆっくりゆっくり、半兵衛が手を口から離す。

は目を見開いた。

鮮血が、半兵衛の手のひらに吐き出されていた。

「肺、が…?」
消化器官ならば、こんな色にはならないはずだ。

「…君、僕はね…秀吉に天下を取って貰いたいって、それが…生きがいなんだ…生きる、目的なんだ…」
「半兵衛さん…」

「そのために…僕は僕ができることは全てやるつもりだ…けどね…僕は万能なんかじゃない…迷いだって…不安だって…ずっと胸の奥にある…」
「……」

は、黙って半兵衛の手についた血を近くにあった布で丁寧に拭き取った。

秀吉にはきっと、何も言っていないだろうから。


「想いだけだ…秀吉の…友のために…それだけ…でも…命をかけたいと思える、大切な想いなんだ…」
「半兵衛さん…」
「もがくだけだったとしても…僕の一方的だったとしても…それでいい…僕は、動きたいんだ…秀吉を天下人に…」
「…半兵衛さん…」
「笑うかい?」
「…聞きたかった言葉、ありがとうございます…」

半兵衛は、ははっと小さく笑った。

「こんな泣き言…何の為になる?」
「…私も…命をかけます…大切な人の為に…」
「…え…?」

はにっこりと半兵衛に笑いかけた。

「変えられないとしても…ただ道化師になるだけだとしても…」
君…」

は半兵衛の体を支え、立ち上がらせた。

「一方的でも…いいですよね…」
「…何を考えている…?」
「秘密です。」


二人は、慶次と秀吉のもとへと歩き出した。


















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今後どうなってくのか全く判らんのですけど…と思うかもですが
それでおっけいです!!
ぐちぐちしてた主人公の心境がなんとか回復してくかと…!!