夢吉に引っ掻かれたところがじんじんと痛む。

「何やってんだろうな〜…自分…」

冷静になろうと、深呼吸をした。

「…ここにいたままじゃ…ダメなんだ…」
それは判っている。

「私…何がしたいのかな…」

ずっと自分に問い掛けてきた疑問だと思う。

「…政宗さんに…会いたいな…」

笑顔が見たい。
声が聞きたい。
いつものようにからかって欲しい。

「政宗さん…何してるかなぁ…」

そう呟きながら眠りに落ちた。

夢に政宗が現れる事はなかった。











朝起きると朝餉が用意してあった。

食べ終わりしばらくぼーっとしながら過ごして居たら、半兵衛がやってきた。

「どうしたんだい?頬の傷は。」
「…閉じ込められて発狂して自分で。」
「はは、そんなに弱い子には見えないな。」
一発で嘘だとばれたが、半兵衛はそれ以上は何も聞いてこなかった。

「さて、君。」
半兵衛がのすぐ目の前に腰を下ろした。

「これ何だか判る?」
そういって、一枚の紙を取り出して広げた。
内容はもちろんの苦手な達筆で書かれている。

「……とりあえず…嬉しい報告には見えませんが…」

は読める漢字を拾って意味を大まかに理解した。

政宗宛ての文で、を人質として預かっている、という内容。

「脅しですか?」
「無事に返して欲しかったら、同盟を白紙に戻すこと…この文が政宗君の所に送られることは、君は本望かい?」
「半兵衛さん…」


義姫のことを言うか、この文が政宗の元に届けられるのを黙って見てるかだって?
どちらも選びたくないに決まっている。


「半兵衛、その娘が例の…」
「!!」
が返事をためらっていると、部屋の外からゆっくりとした声が聞こえて来た。

「あぁ、来てくれたんだね、秀吉。」
「うむ…」
「秀吉…様?」

まさか豊臣秀吉に会う事になるとは思わなかった。

二人を相手にしてだんまりを決め込むのは難しいのではないかとは不安になる。

声のした方を見れば、体格のいい男が仁王立ちをしていた。
その貫禄は一目でこの城の頂点である人間だと判る。
は秀吉の持つ迫力に、息を呑んだ。

「秀吉、この子が前に話した君だよ。」
「独眼竜のところにいた…小さい子と言っていなかったか?」
「あぁ、小さいだろ?ほら、秀吉と比べても僕と比べても随分…」
「…体が、小さい、という意味だったのか…」

秀吉はどかりと座ると、しばし俯いてしまった。

「と、豊臣…秀吉、様…初めまして…!!」
「うむ…」
は頭を下げたが、秀吉は困ったようにそわそわしていた。

「どうしたんだい、秀吉…幼い子と勘違いしてたのかい?ごめんね、でも安心だろ?ちゃんと話は通じるし…」
「…子守を、せねばならぬのかと思い…手土産を買ってきたのだが…」
秀吉はおずおずと懐に手を伸ばした。

そして取り出したのは
「…でんでん太鼓…」
「…必要なかったな…」

大きな手に、小さな玩具。
出さなくても隠して置けばいいのに、わざわざ見せて恥ずかしそうにしている。

「…あはは!!」
は笑った。

「む…」
「秀吉、僕がちゃんと言えば良かったね、まさかそんな風に考えるとは思わなくて…」
半兵衛もそんな秀吉がツボらしく、顔はニヤニヤしていた。

「秀吉様、ありがとうございます…!!」
「欲しいのか?」
は頭を下げた後、両手を差し出した。
「はい、可愛いので、是非。」
「そうか…」
秀吉はほっとしてにでんでん太鼓を渡した。

はくるくる回して音を出した。

「見ろ、半兵衛、どうやら間違えてはいなかったようだ!!」
「…そ…そうだねひでよし…」
えっへんと偉そうにする秀吉から目を逸らし、半兵衛は抱き付きたい気持ちを抑えた。

「…それで、何か喋ったのか?」
「この子には喋らなくてもどんな策にも利用できる。でもとりあえず今、君に選択肢を与えたよ。」
「ふむ……」
「はい…」
「独眼竜のことはどう思っているのだ?」

秀吉にそう問われ、は慌ててしまった。
この人間はまた半兵衛とは違う。
有用な情報だけを求めているわけではなく、秀吉はの心境を探ろうとしていた。

「…政宗さんは、私の居場所です。だから…政宗さんを裏切るような行為は出来ません…」
「居場所…か…居なくなれば自分が困る…か?」
「困ります。政宗さんがいなくなったら…私は…」
「それが、独り善がりだとしても、独眼竜を想うか?」
「もちろんです、今までだって私はそう…」

そこまで言っては止まった。

今までは、何だ?

(ちょっと待って…)

自分はずっと、政宗の背中を追いかけて居たというのか?

(政宗さんに、たくさんの言葉を言わせて居たのは誰?)

自分はいつまで、鈍い振りをするんだろう。
どこかで、怖いと想っている。
気持ちが通じ合うのが怖いと想っている。

(もう遅い…)

今、こんなに会いたいと想っているのに

『恋人』という形になったら、別れが辛くて、悲しくて、耐えられないと考えていたのか?

(もう…遅いのに…)


ならばもう、恐れるものは何もないだろう?


(私が…したいこと…)

小次郎の顔が浮かぶ。
死なせたくない。
私は、恩を返したい。
政宗にも、小次郎にも…

どんな形になったとしても…


「ならば、独眼竜の身に危険が及ぶというのら、なぜ大人しくここにいる?大事な人間ならば、救おうとは考えぬのか?」
「そこがよく判らないんだよ。何でもその危険は、政宗君には必要らしい…」
「ふ…あやつが己の無力さを自覚せねばならぬとでも…?ならば必要だな…」
「それもそうだ…なかなか聡明だね、君…」
「………」

は俯き、無言になった。

扉の向こうから半兵衛様、と呼ぶ声がした。

「あぁ、時間かい?」
「鉄砲が届きましたんで、確認してください。」
「判った。じゃあ秀吉…」
「我はもう少しに話を聞く。」
「あぁ、頼んだよ。」

半兵衛が出ていき、室内は秀吉との二人きりになった。













商人にもっと火薬の量を増やせないかと交渉していたら時間がかかってしまった。

君は喋りそうにないな…文を政宗君に送るとするか…」
しかし、拷問という手もある。
「一度、吊してみるか…?」
しかし、それは可哀想かななどと考えながらのいる部屋に来た。

「…?」

何を話してるのかまでは聞こえないが人がいる。
…まだ、秀吉がいるというのか?

「とっくに出ていったかと思った…」
扉を開けると、と秀吉は二人で笑っていた。
それに半兵衛は驚いてしまった。

「…秀吉?」
「半兵衛、遅かったな。」
「というか、まだ居たんだ…?」
「ああ、の話は興味深くてな…」
「秀吉様の仰ることも、とても面白いです!!」
「…?」

が笑顔になり、秀吉に心を許している。
今度は半兵衛が違和感を感じる側だった。

「秀吉…明日…鉄砲の試し打ちをしようと思うんだが…」
「そうだな、ああ、、立ち会うか?我が軍もなかなかのものだぞ?」
「宜しいのですか?」
「っ…!!秀吉!!だめだ!!その子は人質なんだ!!外に出しちゃいけないんだ!!」
「しかし、逃げ出すようには…」
「秀吉!!」

これだ。
の恐ろしいところは。

「ご、ごめんなさい…私、大人しくしています…」
怒りだした半兵衛に、は頭を下げた。

君…!!」

演技だ。
秀吉に気に入られようとしている。
目的は、脱出するためなのかそれは判らない。

「何を考えているんだい…!!?」
「半兵衛さん…?」
は、何のことだか判らない、そういった顔をする。

「半兵衛、どうやら、この娘は…独眼竜に惚れているようだ。仕方が無かろう。文を出し、独眼竜の様子をまず見よう。」
「そ、そんな…お願いします…もう少し…!!もう少しだけ…待って…秀吉様…!!先ほどまで…優しくしてくださったのに…」
「もう少し待てば、お前は喋るのか?」
「う…」
違う。ならばそんな反応はしない。
半兵衛はのことを多く知っているわけではないが、そう確信していた。

「政宗さんに、迷惑かけたくない…!!」
本当にそう思うなら、言う前にとにかく行動を起こすはずだ。

「……君は…」
「いくぞ、半兵衛」
「まって!!」

秀吉に腕を引かれ、半兵衛はに視線を送りながら部屋を出て行った。


「秀吉…君と、どんな話をしたんだい?」
「何のことは無い、好きなものの話だ。は、医学に興味があるらしくてな」
「医学…?」
「傷の治療法や衛生状態の管理の仕方など…なあ、半兵衛…」
「なんだい…?」

半兵衛は、嫌な予感がした。
眉根を寄せた顔のまま、秀吉の言葉を待った。

「独眼竜があの娘を見捨てた場合、もしくは独眼竜が我らに敗北や降伏した場合…あの娘を、我の侍女にしようとおもう。」
「…な…」

半兵衛は秀吉の腕を掴んで自分の方を向かせた。

「なんでそういうことになるんだ!?そんな、話が早すぎる!!」
「早すぎる…とは…半兵衛…、何も、嫁にするわけではない。あの娘は我に気を許してくれた。目に濁りも無い。独眼竜がいなくなれば、あの娘に居場所はなかろう?あの娘の知恵、我が軍で利用しよう。」
「演技だ!!君は何か考えている!!」
「半兵衛…?どうしたんだ?そんな策を考える頭があるのならば、ここに来る前にお前を騙しにかかるだろう…?我はそんな報告は受けていない。」
「それは…」

必死になる半兵衛に、秀吉は笑いかけた。

「考えすぎだ、半兵衛。それに、もしそうだったとしてもお前の頭のほうが上だ。先回りはいつだって可能。そうだろう?」
「秀吉…」
「さあ、に何かされる前に、文を送ってしまおう。」
「うん…そうだね…」

秀吉は半兵衛を安心させようと、廊下を走り出した。
半兵衛はクスリと笑い、それを追いかけた。
しかし、半兵衛の不安は拭いきれなかった。
















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秀吉さままで阿呆にしてごめんなさい
でもあの人は阿呆の素質があるとおもうんだ(なにそれ