取り引き相手は2人組だった。
小さな袋にいっぱい詰まったお金で私は買い取られた。
とてつもなく怖かった。
仕事が終わって先ほどまでの男達が立ち去るとき、私はつい小次郎に目を向けてしまった。
彼は悪役を演じきるだろうと、私はなぜこんなに臆病なのだろうと考えたが、小次郎も僅かに振り向いてくれた。
それだけで、勇気がでた。
小次郎が言った通り、取り引き相手は私を連れて町に寄った。
1人は中年の男、もう1人は、25くらいの男だった。
私は若い方と痛いくらいに手を組まされて歩いた。
逃げないように。
「なーんか、賑わってるな…」
中年の男が町をきょろきょろ見回しながら声をだした。
「兄貴、ちいせぇけど祭があんですよ。親分が言ってたでしょ。それに紛れて宿とったんすわ。」
…さらに、それに紛れて役人が来るのだろう。
私はこの観光客に紛れて逃走、か…。
出来るかどうか、不安だがやるしかない。
宿に着いて、部屋に行くと、もちろん3人で一部屋だった。
は窓がある壁の隅にちいさく縮こまった。
「良かったのぅ、嬢ちゃん。相手は金持ちだ。食いもんには困らんよ。」
中年の男がにやにやしながら私を見る。
気持ちが悪い。
「……」
「…反応うっすいなぁ…。愛想笑いでもしな。」
そんなことする余裕もない。
「あ…そだ…」
ごそごそと荷物を漁る。
何を取り出すのかと思えば、剃刀で、は驚いた。
「…なに…」
「綺麗にしねぇと!!下の毛剃ろ!!」
「!!」
本当に、商品扱いだ。
「兄貴、だめですよ。」
「あ?」
「自分でそういうことはしたいて言う変態だって、親分言ってたでしょ」
「あー…そうだったか…」
「……」
なんて世界なんだ、と思う。
「しっかりして下さいよ、兄貴…」
「仕方ねぇだろ…最近忙しかったんだからよ…混乱するわ…」
一体何人の女の子を、こいつらは売り飛ばしたんだろう。
は恐怖よりも、怒りで震えそうになった。
ぎりっと歯ぎしりをして耐えた。
シナリオ通りにしなきゃ。
ここで暴れたら、台無しだ。
しかし、いつ来るかもわからない役人を待つのは疲れる。
はずっと緊張していた。
…役人が、来たら…
襖を開けて来るだろうし…窓から逃げる…のは…
足場が少ない。
「……」
ごくり、と唾を飲み込む。
なるべく足場を辿ってから降りて着地をしても、骨折するかもしれない。
怖い。
怖いけど、逃げなきゃ…
なぜ、逃げろ、といったのだろう。
しばらく身動きが取れなくなるからだろうか。
いや、自分は売られる身だが、役人が同情するかどうかも判らない。
金のためならなんでもする女、と、そういう目で見られるかもしれない。
今は人権尊重など、求めるほうが間違ってる。
どんな理由で処罰されるかもわからない。
ここは、なんとしてでも逃げなきゃ。
「!!!」
どこからか、かすかに女性の驚く声がした。
「なんだ?」
来た…
数人の足音が迫ってくる。
「失礼するよ、お客さん」
ばあん!!と勢いよく、の予想通りに襖が開けられた。
立派な羽織を着た男が3人、部屋に入ってきた。
「な、なんですか…」
「ちいとあんたらに話が聞きたくてね」
「………」
役人、なんだろうが、思いのほか顔も声も怖い。
「!!」
ははっとした。
怖がっている場合じゃない。
逃げなきゃ…
窓を見る。
「…あ…」
神輿が出ている。
そうだ、近くを通るタイミングで飛び降りて、そこめがけて…
「…って」
出来るわけない!!!!!!
私は…これから…
「走り続けなきゃならないんだー!!!!!!!!!」
は青春っぽい叫びをして、近くにあった台を役人に向けて力の限り投げた。
それと同時に急いで走り出し、は部屋を飛び出した。
てめえ!!とか、待ちやがれ、という叫び声が後ろからしたが、は振り向かなかった。
外に出ても、ただ走った。
足が、自分の足じゃないみたいだ。
震えそう。
転びそう。
でも、走らなきゃならなかった。
「怖いっ…」
祭りを楽しむ人の群れでは目立ってしまうから、人通りの少ない暗い道を走った。
観光客になりすます余裕もなかった。
「怖い…怖いよ…!!」
あの2人を捕まえて、一件落着、になっているのかもしれない。
でも、私は追われているかもしれない。
怖い。
「そうだ、東…、東…!!」
太陽を見ようと、周囲を見回した。
右側に見えた。
「こっち…?」
咄嗟に判断してしまった方向へ走ろうとしたが、足が止まってしまった。
「だめ…もう、走れない…」
まだ町も出れていないのに。
「むり、だ…」
「そうですか?」
「え…?」
独り言を呟いたはずなのに、返事が返ってきた。
驚くくらい、すぐ近くから。
「!!」
の腰に腕が回され、足が宙に浮いた。
「誰…?」
全身黒い衣装を身にまとっていた。
忍だ。
「運のないあなたへ同情です」
「…え?」
「わざわざ、あの方に仕える忍に見つかるなんて」
それは、義姫のこと…?
忍が勢いよく飛び上がった。
「まあ、あの逃げっぷりはお見事でしたよ。侵入せずに済みましたし。」
「………」
はどんどん過ぎる周囲の景色を見回した。
後ろを見れば、先ほど居た町が小さく見える。
「ありがとうございます…」
「私の意志ではございません」
「そう、伝えて、ください…」
自分で、何とかしなければならないのだと、思ってたのに。
最初から、こういう計画だったんだ。
見張りを、付けていてくれたんだ。
「小次郎、さまに…」
優しすぎて、泣きたくなる。
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バサラキャラが出てこないという悲劇
次からは!!