どうしようどうしようと考えながら過ごしていたら頭が混乱した。

考えるのを止めてみたら眠くなった。

いいじゃないか。

事件には続きがある。

あの事件があって、政宗さんは確かお母さんと仲直りするはずだ。
私が介入しちゃいけない。
これも、政宗さんを成長させるものに違いない。
曲げちゃいけない。
…私に、曲げる事ができるのかどうかもわからない。

傍にいよう。
政宗さんが毒で苦しむ間、私はずっと手を握っていよう。
名前を呼び続けよう。

「…あ…」
だめだ。

月が満ちる夜だといっていた。
私は、居ない。
もう、来れないかもしれない。

「…どうし、よう…」

爺さんに、言えばよかった。

聞けばよかった。

戦国時代、好きだって。

やめたくないって。

何をすれば終わってしまうのか、教えてくれって。

「…傍にも、いられない…」

辛い。


「政宗さん…」

会いたい。
けど怖い。


「……」

ここに来て、何日経ってるんだろう…。






「!!」
足音がした。

自分への訪問者だと、何となく感じ取った。

予想通り、自分の牢の前で止まった。
ガチャリと南京錠が外された。

「出ろ」
「…」

立ち上がったら、ふらりとよろけた。

足の筋肉が衰えている。
ストレッチくらいはやっておけば良かったななどと思った。







外に出ると、馬が用意されていた。

「取り引きはここか」
「まあ、そんなに時間はかからんな。」

地図を広げて話す男がいた。


「お前はあっちだ」

籠など用意されていない。

あっちだと指差した方には馬に男が乗っていた。
頭にバンダナのようなものを大きく巻き、目も半分覆っていて顔はよく判らない。
近付くと、手を差し延べられた。

その手を取ると、引かれたので、その男の後ろに乗った。


「……」
しばらくはこのままでいよう。

逃げるにしても少しはこの場所から遠ざからないと。






「行くか」

この男達が何なのかは知らないが、リーダーらしき人間が声を掛けて、馬が走り出した。





乗り心地はよかった。
けれど馬に乗るのが久々で、足も辛くなったので、途中、道を確認するために止まった時に、足を揃えて座らせてもらった。

これはこれで腰が辛いが、止まる度に向きを変えて耐えた。







先頭を走る男がわずかに振り向いた。

「あと少し行ったところだな」

そんな声が聞こえた。

「…!!」

着いてしまう。
随分と出発した場からは離れた。

逃げなきゃ。

そう思うが馬から飛び降りて無事なわけがない。

でも…
「あなたはこれから売られます」

突然、男が話しかけてきた。

聞いたことがある声だ。

「どうして…」
「いいですか、取り引き相手は、あなたを買ったら一度町に寄って今日は一泊。あなたと一緒に一般客に紛れ込んでね。」
の声は聞こえてないかの様に話し始める。
独り言のように。

「そこに役人が来ます」
「え…」
「甘えてはいけません。役人からも逃げて。」
「そんなこと…」
「振り向かずに、東へ。すぐに大きな町があります。そこで休んで。それまで、耐えて、走り続けて。」
出来ない、という言葉を発する事は許されないようだ。
そうしなければ、逃げられない。

「あなたは…兄の傍に…」

僅かに振り向いた男の顔は、悲しそうに笑っていた。

「あなたのことを俺は知らない」
「小次郎…さま…」
「けれど…あなたは優しい方だ。俺は…人を見る目くらいはあります…」
が俯いた。
顔を見ていられなかった。

この人も。

この人も、知っている。

「いつだったか…母上が兄のことで父とすれ違い、上の空になっていたときに、兄のせいか?と問うたことがありました…。そのとき母は…違うのだと俺に言いました。」
「…?」
「兄は悪くない…そんな事を言ってはいけないんだ、そう、俺に言いました。あの時の母は、苦しい思いをしていたのに…」
「…」
本音を自分の心の中にしまい込み、我が子に自分の真っ黒な思いをひたすら隠していたのだろう。

「けれど、そのとき確かに母は兄を擁護した…。俺は…幼心に感じました。俺が、兄を憎めば、母の気持ちは、軽くなるんじゃないかと…俺が、母の暗い思いを全て奪ってしまえば…兄と母は、いつか、仲直りするんじゃ、ないかと…」
「あなたは…」
ずっとずっと、自分の心を殺してきたのか。

「だから、俺は…母の前で、兄を憎みました。時々、本当に兄が悪魔のように見えるときもありました。…今更、何を言っても、言い訳ですが…」
「そんなこと…」

小次郎がどんな思いでそんな役に徹してきたのか、には想像できなかった。
いつか仲直りしてしまったら、小次郎の望みが叶ってしまったら、孤立するのは、小次郎なのに。
小次郎が、政宗を批判するような言動をし続けてしまった小次郎が、政宗の統治する国で幸せに生きていける保障は無いのに。


「俺は、兄が、好きでした。憧れていました。…けれど、もう俺は、兄に甘えることなど、出来ません…」
「あ、諦めないでよ…」
「俺には、兄のような才もない…丁度いい」
「…やめてください…」
「伊達家の悪となり…居なくなるのは、俺がいい…」
「…違います」

どうしてこんなに苦しんでるんだろう。
どうしてこんな思いをしなければならないんだろう。

「いつかきっと…兄は母上と心が通じ合えると信じてます…その日が来れば、俺は満足です。まあ…その時…俺はまだここに居られるかなど…判りませんが…」
「やめてって言ってるでしょう!!!!」

が大声を出した瞬間、小次郎は乱暴に馬を止めた。
ざざっという大きな音が出て、の声はかき消された。

「どうした」
「すいません、なんか小さな動物が横切りまして、驚いちまった。」
「そうか」

は驚いて小次郎にしがみついてしまった。
二人の様子を見た男はにやりと口元を上げた。

「商品にゃ手を出すなよ?」
「判ってますよ」
小次郎も笑顔で返した。

この人は、私を助けるために、ここの集団に一時的にでも入ったのか。
取引が済んだら逃げるつもりだろうが…

「小次郎さま…」
「はい」
「…ありがとう、ございます…」

今だけじゃない。
ずっとずっと、自分を偽っていた。

小次郎だって泣いたはずだ。
小次郎だって、深く悲しんだはずだ。

兄が病に倒れてしまって、
右目を無くしてしまって、
母が、自分しか愛してくれなくなってしまって、
父が、兄ばかり見るようになってしまって、

兄には、喜多がいて…小十郎がいて…

その中に、入りたかったはずだ…

みんなで笑っていたかったはずだ…!!


(…どうして…)

この人の思いは、ただ、家族みんなで、仲良く在りたいって
そんな、皆が思うような、当たり前の願いだったはずなのに。

こんなに優しい人なのに。

どうして、この人が…

「忘れないで…」

はしっかり耳を傾けた。
小次郎という人間のことを知れるのは、今しかない。


「あなたは兄の味方で、俺の敵です」


は躊躇いながら、ゆっくりとかすかに頷いた。























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前のお話で小次郎様にあんな役させてしまったんですが、弟さんは絶対良い子だとおもいますよ!!