朝、起きると知らない人が私の居る牢を覗いていた。 話かけようとしたら行ってしまった。 「……」 きっと、品定めだ。 「…大丈夫…」 外に出られるなら、逃げる機会はたくさんある。 このままここに居るよりはいい。 「大丈夫…」 「顔色が悪いな」 いつの間にかうなだれていた頭を起こすと、義姫が立っていた。 背後には若い男の人が一緒だ。 誰だろう。 「なぜこんなことをするんだ…と私に聞いてみるか?」 「…私が、嫌いだからでしょう?」 「そんな感情はどうでもよい」 義姫が鉄格子にしがみついていた自分に近付いて来た。 屈んで、至近距離で視線を合わせた。 「良く判らないものがいるというのが気持ち悪くての…」 その気持ちは…判らなくもない。 「安心せい…外に行けばそのうち政宗がお前を見つけてくれよう」 それを知ってなぜこのように 「汚れたお前を、政宗は見つけよう…」 「……」 この人は何も知らない。 私には小太郎ちゃんがいる。 大丈夫… 「…そのお前を政宗はどう見るであろうな…」 私は…大丈夫… 「…母上」 ははうえ? はその言葉を口にした男を見た。 先程から大人しく立っていた人。 この人は… 「どうした?小次郎…」 政宗さんの、弟だ… 「その者は、何者なのです?」 「どうでもよいわ。そう思わぬか?」 義姫の言葉が納得いかないようだ。 小次郎は口をきつく結んだ。 「…妾にも詳細は判らぬよ」 「母上…」 「しかし小次郎…政宗の傍にいた女が一人ここへ来た。妾は…その事実だけで良いのよ…この娘を…こうしたいと思うのよ…本当に気持ちが悪い…」 「ならば、なぜ俺をここに…俺にこの娘を処罰しろと…?」 義姫がの前髪を指で絡めとった。 は身を引く事もせず、この二人の会話をじっと聞いていた。 「…ふむ、お前が望むなら、この娘で遊ぶのもまた良い。」 「あ…!!」 義姫は指で弄んでいたの髪を突然握って引っ張った。 小次郎にどうする?と問いかけた。 「…そのような、兄のお下がり、要りませぬ」 「そう申すな…。良く見ろ、小次郎。なかなかこの娘、顔は整っておる。妾は好きじゃ…」 「…!!!」 はその言葉に驚いた。 自分の、顔… ―俺はお前の顔は好きだぜ。それは最初からだ。顔は殴らせねぇ… 政宗が言った言葉。 政宗が気持ちを自分にぶつけてきてくれたときの言葉。 「……」 ああ、目の前の人間は、本当に政宗と血が繋がっているのだと、再認識してしまった。 自分は、政宗の親に、このような仕打ちをされているのだと、頭が理解してしまった。 「は、離して、下さい…」 途端に、怖くなった。 自分が一番恐れているのは、政宗に嫌悪感を感じてしまうことだった。 似ているから、似ていると感じたくなかった。 つかつかと小次郎がの牢に近付いた。 「!!」 は咄嗟に鉄格子から手を離した。 義姫はから手を離し、すくっと立ち上がった。 がぁん!!と小次郎は鉄格子を蹴った。 「兄に気に入られてるからといって、貴様のようなものを俺は認めてはいない」 「…小次郎…様…」 「何しにここへ来た!?」 「わたし…わたし、は…」 小次郎が思い切り自分を睨みつけている。 どうして、こんなに嫌われなければならないのだろうかと、疑問に思ってしまう。 「政宗様の、母君にお会いしとうございました。そして、勝手に、勝手に尋ねてしまったのです。政宗様は、関係ありません…!」 「それが気に食わぬというのだ!!!母に、どのような思いをさせるか、貴様には何も想像できまい!!!」 「っ…!!」 思い切り、小次郎が怒鳴った。 彼の体には震えるほどに力が入っていた。 「兄は!!…兄の存在は、母上を悩ます…!!苦しめる…!!」 「そ、んな…」 「判っている…兄は立派な領主だ…!!しかし俺は…それだけは、許せぬ…!!」 小次郎は…母の、味方…なのだろうか… 政宗のことを、一緒になって憎んでいるのだろうか…? 「…これ以上…貴様が兄の名を口にすることは許さぬ…!!」 くるりと背を向け、小次郎は行ってしまった。 「……」 「そういえば、川中島で戦があっての…」 義姫は何もなかったように静かに話し始めた。 「戦…」 過去形。 もう終わったのだろうか。 聞きたい。 「妨害があったらしく…政宗はそこに目をつけたらしくな…近々…奥州と三国同盟を組むそうだ。」 「…三国…」 妨害とはなんだろう。政宗が仕掛けたのかと考えたが、それでは同盟を組む、ということにはならないだろう。 「まぁ…これはこれで目出度い…」 「…はい…」 政宗さんは、どうやって同盟を持ち掛けたんだろう。 それは政宗さんの口から聞きたい。 いたずらが成功した子供のように、にっと笑いながら話してくれるだろう。 「…政宗を…呼ぼうかの…」 「…え?」 「そうだ…祝ってやろう…久しく会っておらぬし、あの子は喜んでくれよう…」 これは…? 「手料理を振る舞おう。そうだ…月が満ちる夜がよい…」 何… 「小次郎も、喜ぶであろうな…」 始まる。 あの事件が始まる。 義姫が、毒を盛る。 政宗さんが築いたものを、小次郎に渡したいのだろうか。 「楽しみだ…」 義姫が去って行く。 はただ見つめた。 涙が出そうだ。 「…違う…」 義姫は、私のことは、憎んでいない。 憎んでくれない。 義姫の頭には政宗さんへの思いしかない、それだけ。 それだけで人を売れる。 それだけがあの人を動かしている。 「…違うよ…小次郎様…」 胸が苦しい。 義姫の想いが、悲しい。 「悩みも、苦しみも、すでに、通り過ぎてるでしょう…」 私にはどうにも出来ない深い想いなんだと伝わっていた。 私よりもずっと義姫の方が冷静だろう。 義姫は何もかも知っているのだろう。 片目を失ったのが、仕方ないことなのも。 政宗さんが父を撃ったのが、苦渋の決断だったことも。 知った上で憎んでいる。 「どうしようも、ないじゃない…」 時間が経ちすぎている。 自分の事も、政宗さんのことも、義姫はしっかり見えている。 自分の子なのだと、憎んでいても自分の腹から生まれた子なのだと判っている。 「かける言葉が、見つからない…」 何よりも、名を呼ぶ声が優しかった。 表情が柔らかった。 義姫は政宗さんを愛している。 愛して愛して 殺したがっている。 ■■■■■■■■ 毒盛る事件については諸説あるようですが、ウチはふつーに盛ったよ路線で… そして小次郎さまは政宗より1歳下ということで 義姫さまと小次郎さま好きな方、すいませ…でもまだまだ話続きますんで…見守ってくださると嬉しい… |