政宗は机に重なる書類を眺めながらぼーっとしていた。
室内には政宗と小十郎しか居なかった。
そんな主を見て、小十郎はため息を吐きながらも笑った。

「政宗様、機敏に動いて頂けると嬉しいのですが…」
「…は?」
「小太郎と散歩に行きましたよ。」
「ああそう…」

そしてまたぼーっとし始めた。

「…政宗様」
「ああ、やるって…今からやるって…」

小十郎の声が低くなったので、政宗はゆっくり筆に手を伸ばした。

「…を呼びましょうか?」
「いや、それはいい…」
「おや?」

と遊びたくてだらけているのかと思っていた小十郎は、首を少し傾げた。

「…小十郎…は…なんて言葉をかけたら、こっちに残りたいと思うんだろうな…」
「は…?いやしかし、あれは北条が関わっているもので…思ったところで…」
「小十郎…永遠にこのままだなんて俺には思えねぇんだ…開いた穴は…ましてや異質なものは…いつか塞がるんじゃねぇか?」

傷口が塞がる様に、ゆっくりと今も、消えているのかもしれない。

「…しかも、爺さんの一言で開いた穴だ…。それに、の体も気になる…」
「はあ…」
「時間の進みがかなり違う。はどうなってんだ?もし、の世界の時間に従ってるなら、俺達より早く年寄りになっちまう。」
「…そうですな…」






「……」

と小太郎は柱に寄り掛かってその会話を聞いていた。
足音をたてないようにそろりそろりと、その場を離れた。

「小太郎ちゃん、私、気配消すの上手くなってきたでしょう?」
こくりと、小太郎は頷いた。

「まぁ…政宗さんも小十郎さんも油断してるから判んなかったかもだけど」

十分政宗の部屋から離れると、は今度はリラックスして足音をたてて歩き出した。

「政宗さんに言いたい事あったけど…後でいっか…」
「……」

小太郎はの隣に並んで、に視線を向けながら歩いた。
表情は普通なのだが、気分は沈んでいる。

「…政宗さんに、こっちに残れ…って言われても私…」
「……」
「どっちも好きだから…このまま流されるまま生きるって…私、ずるいかな…」

大切だと思える人が増えていく。

その分、こっちにいたいと思う気持ちも大きくなるけど

まだ、

まだ、決定打がない。

だから戻れる。

私はまだ、みんなにさよならって言える。

「寂しいけどね」
「……」

の考えを察した小太郎は、の着物の袖をそっと握った。

「私は…いろんな事に首突っ込んじゃって…今さらだけど…ここにいるべき人じゃないし…」
「……」

小太郎が口をきゅっと結んだ。

「?」

は小太郎が何を考えているのか、今はまだ判らなかった。







時間が経つのは早くて、日が落ちて、夜になった。
いつものように、夕餉も食べて、風呂にも入った。

がとたとたと廊下を歩いていた。

政宗もとたとたと廊下を歩いていた。

「……」
「………」

二人は廊下でばったり会ってしまった。

「…よ、よお」
「あ、ど、どこいくの?」
「お前こそ」

これは困った。
ベタな会話すぎる。

「えーと、あの、政宗さんに…ちょっと…用が…」
「…そうか」

じゃあ、と政宗が背を向けた。

「大丈夫?」
「俺も、お前に用が。」
「そ、そうですか」
「俺の部屋でいいな?」
「はい」

は政宗の後ろをついて行った。





蝋燭に火を灯し、政宗が布団の上に座り込んだ。
政宗に手招きをされ、もその隣に座った。

「…で?」
「えーと、反省会。」
「反省?」
「あの、改めて、政宗さん…未来に連れてちゃって、ごめんなさい」
「今更だな」
「それで、あの、さらに…」

が俯いた。
政宗はそれを不快に感じることは無かったが、少し眉根を寄せた。

「…何でも、言え」
「凄い、頼っちゃって」
「…」
「申し訳ないって、いっぱい、皆に言ったけど…本当は…」
…」
「一緒に居てくれて、嬉しいって、ずっと考えてたんだ…」
「…そうか」
は顔を上げ、政宗に向けてへらっと笑った。
「ごめん…罪悪感は…あるんだけど、こうなって、良かったって…私…」
「同じだ。」
「は?」
「俺とお前は同じだって話だ。」

唐突にそんな事をいわれて、はきょとんとした。

「小十郎に、悪ィと思ってるが、色々な出会いがあって、こうなってよかったんじゃねえかって、思ってる。」
「政宗さん…」
「反省会は終了な。書類ももうすぐ終わりそうだし、明日は…」
「明日、手伝うから、終わらせよう。」
「…」
遊びに行くか、と言おうとしたが、がはっきりそう言った。

「普通に過ごしたいんだ。」
「普通…」
「特別な事は何もいらないよ。」
「…そうか」

いつものことだ。
自分が居なくなる事も、どこかに再び現れることもいつもの事で、特別なことじゃない。
そう思って欲しい。

政宗が立ち上がって、に、どけ、と言った。
畳の上に移動すれば、政宗が布団にもぐりこんだ。



自分の名を呼び、手招きをした。

「え…」
「特別な事じゃねえだろ」
「…うん」

は蝋燭の火を消して、政宗の背後に回りこんだ。

「ん?」
「たまには」

布団にもぐりこんで、横向きのままの政宗の腰に手を回して後ろから抱きしめた。
政宗は抵抗も、に体を向けようともせず、されるがままになっていた。

「政宗さんの背中好きだ」
「やっべーな、小十郎がいねえから背中が無防備か」
「違う。私の特権。」
「……の顔が、見えねぇぞ」
「見えなくてもここに居る」
「…そーかい」

が偉そうにしているが、たまにはいいか、と思える自分は随分甘いと、政宗はが気付かない程度に笑った。

「…明日起きたらどんな体位になっててもしらねえぞ?」
「は、早く起きるもん…!!」

そんな一言でびくっとするが可愛くて

「……」

背中が温かくて、うとうとしてきて

「…?」

「…俺のそばに…ずっと…いろ…」

政宗は自分の思いを声に出している事にも気付かず、眠ってしまった。

の口から、その返事が聞こえてくることはなかった。






「反省会…続きがあってね…」

政宗の背中に、ぼそぼそと話しかけた。

「こうなって、良かったって、思って…私…自己中で…」

ほとんど囁くような声だった。

「呆れて、いいよ…って…」

こんな言葉じゃ、政宗は突き放せないって、知ってた。

「だめだ…結局…いつも通りじゃないか…何してるの…」

嫌われたくない。


…離れたく、ないのかもしれない。


「私このままでいいのかな…」


この背中に安心したままで。


「…私、このままじゃダメだよね…」

















■■■■■■■■
暗めでごめんなさいー