「おかえり……なさい、政宗さん。」

政宗は近くに来ると手綱を引いて馬を止めたので、は駆け寄る。
しかし血臭を感じると、帰還を喜んだ表情も一気に曇ってしまった。
それに気づいているのかいないのか分からないが、政宗は馬上から笑顔を向ける。

「おう、帰ったぜ。外で待ってたのかよ?馬鹿。俺の部屋で待ってな。」

そのまま通り過ぎて行ってしまった。
それに続いて小十郎や成実達もの前を通り過ぎるが、小十郎は穏やかな表情で視線を向け、成実は笑顔で手を振ってくれる。

……兵の何人かがやたら私をじろじろ観察してるのはなぜだ……?












戦の報告は広間で行うと聞き、は言われた通りに政宗の自室で待っていた。
だが半刻もしないうちに家臣の一人に呼ばれ、緊張しつつも兵や幹部の待つ部屋に向かうことになった。

政宗や小十郎、成実の他にも鬼庭綱元、留守政景といった方々が座する中、案内されるまま正座をして、頭を下げる。

「改めてお帰りなさい。」
「おぉ、もちろん勝ち戦だったぜ。」

それを伝えるために呼ばれたのかと、単純に思えなかった。
には私情があるだけで、政に関係はない。
何より偉い人たちに囲まれて緊張する。

「何ビビってんだよ?」
「ビビりたい雰囲気じゃないですか……。」

そうか?と周囲を見て、政宗は足をくずせと声をかける。
正座がどうとかではないのだが、皆胡座に変えてくれるあたり気遣いを感じて緊張が緩んだ。

「俺に聞きたいことあるんじゃね―の?」
「たくあん似てたでしょ?」
「あぁ、lineがそっくり……って違ぇ!」
ノリつっこみだ!
さすが奥州筆頭!

……という冗談もさておき、聞くべきことを、知りたがっていると思われていることを口に出さねば。
覚悟したとはいえ、下を向いて、一度口を開いて閉じて、拳を握って、時間はかかってしまったが、皆それを静かに待っていてくれた。

「……爺さん、逃げなかった?」
「あぁ、むしろ好戦的だったぜ。」
「……なら、うん。」

好戦的な爺さんて考えられないや。
……小太郎ちゃんを助けてまで……。

「ちょっと……殿……。」
「……政宗様……。」
「?」

成実と小十郎が眉根を寄せて政宗を呼ぶが、本人はそれを気にした様子もない。

「あ、いいんですよ、爺さん……きっと成仏……。」
「勝手に殺すなよ、ひでぇな。」

もっと気遣え、ということかと思ったが、政宗の言葉は予想していたものとは大分異なり、何を言っているのか理解することができなかった。

「……は?」
「タチの悪ィ国境の騒動を理由にひとまずは禁錮5年。緩いかと思ったがなあ……老い先短いだろうなあ……。」

まだ決まってないんだ……。
……って違う!!

「爺さん……は……。」
「兵とともに限界まで戦って、後は潔く降伏しやがった。ああいうのは嫌いじゃねぇ。」
「生きてるんだ……。」

向かいにいるみんなが、少し笑っている。

マジで?
ちょっと
なにこれ
下向いていいよね?

「……う~……」
「うわ、泣きやがった!」

生きてるんだ
よかった
きっと会いたいと言えば会わせてくれるのだろう
小太郎ちゃんも、寂しくないね
あ……そうだ、小太郎ちゃんの事……


「ただなぁ、北条の財宝の一部分が見つからねぇんだよな。」

その言葉にぴたっと動きを止めてしまった。

「まぁ、んなとこにこだわる気はねぇけど」

……小太郎ちゃん……
給料いらないって
前払いで財宝貰ったのか…?

「織田との同盟はまだ公にされてなかったから、これをきっかけに織田と戦なんてことは無いでしょ。策が漏れてるなんて思っちゃいないはずだ。」

成実が喋りながら腕を組んで天井を見上げる。

「北条の土地使って奥州、越後と攻める気だったんだろうが、こうなれば作戦練り直しだろう。下手にごり押しすれば越後だって動く。」

綱元もそう言いながら天井を気にしだした。

「ね。……一気にウチらと対立なんてさすがの魔王もしないだろ。ただでさえ美濃と交戦中?浅井と睨み合い?うっわぁ、贅沢にも程があるね。」
「ちっ……つまらねぇな。」
「そういわないでください、政宗様。しかし警戒はしておくべきかと。北条との同盟後にすぐここへ攻め入ろうとしてた……それは国境の軍備から確実で」
「判ってるよ。」
「……政宗さん。」
「ん?」


頭を深々と下げた。
畳に額がついたが、もっともっと頭を下げたい気持ちだった。

「ありがとうございます。」

成実が慌てたような声で、頭上げなよ!と言うのが耳に届いても、構わずそのままでいた。

隣にストッと軽い音。

見なくても判る。小太郎ちゃんだ。天井裏にいたのか。
視線を向けると、片膝立ての格好で、同じく頭を下げる。
みんな驚いてるだろうか。

正面を見ると

……みんな目を丸くしてます。

「な……。」
「政宗様!お下がりください!」

小十郎が政宗の前に立つ。
気付いてはいたのだろうが、この無防備な状態、慌てて警戒するのも最もだ。
だが小太郎がそれ以上動く気が無いのは、雰囲気で察した。
政宗がすぐに冷静になった。

「俺としたことが、あの時斬ったのは影だったか。」
「え!?」

政宗さんと戦ったんだ……。
負けて、こっちにきたのかな……。
それが条件だったのかな……。
負けを悟れば、引いて私の護衛。

……罰ゲームかこら。

じゃないとすんなり爺さんのとこ離れたりしないよね……。


「小太郎ちゃん……。」

畳についた手を握ると、握り返され……
るどころか腰に抱きつかれて体勢を崩した。

「あぁ!?ちゃん!」
「よよよよかったね、小太郎ちゃん!政宗さん、小太郎ちゃん嬉しいって!喜びすぎだよもう!あはははは…!」
「そうか、それはよかった。小十郎、そいつぶった斬れ。」
「いや―!やめてあげて―!こら!小太郎ちゃん!殿の御前ですよ!?」
「……。」(ぺこり)

かすがのアドバイス、役に立ってますよ……。
こいつには教育が要る……。

「それで?何でそいつはここにいる?小十郎、下がれ。」
「……はっ。」
「こ、この手紙を見てください。」

懐にしまっていた氏政からの手紙を取り出す。
政宗は受け取ると、黙って目を通す。


「……。」
「はい。」
「お前の事は俺が守る。」
「へ……。」

ひぇ~と成実が叫んで頬に手を当てた。
小十郎は首を掻いている。

「それでも、そいつを側に置くのか。」

政宗の言葉を聞いて、何も答えは思いつかなかった。
その答えを持っているのは自分ではないと思い、隣に視線を向ける。
小太郎に向き直り、ゆっくりとした口調で呼びかける。

「……小太郎ちゃん。」

政宗に頭を下げた時、氏政への想いが溢れていたように見えたが、今の小太郎からは全く感情が見えない。

「氏政爺さんは生きてる……爺さんの所へ戻ったっていいんだよ?小太郎ちゃんはどうしたい?」
「……。」
「小太郎ちゃん……。」


なぜ?と逆に問われている気がする。
あなたが命令すれば俺は何にでもなると。
聞く必要なんか無いんだよ、と。


「……私……小太郎ちゃんと友達になりたい。」
「?」
「だから、小太郎ちゃんの気持ちが聞きたいんだよ。尊重したいんだよ。」

困ったように、口が開く。

……友達って、何?

判らなくて戸惑っている。

「私と、小太郎ちゃんは対等なの。」
「……。」
「……おい、何とか言えよ。」
「黙ってな、成実。」

すいません、政宗さん。
これはちょーっと長期戦になりそう……

「うお!?」
そう覚悟してたら突然、小太郎ちゃんが私の頭を両手でがしっと掴んで引き寄せた。
耳の近くで小太郎ちゃんの吐息を感じて少し肩をすくめた。
昨夜もありましたなこんな事……。
いや、昨夜はもう少しときめきメモリ●ルだったような……。

「!」

聞こえてきたのは小太郎ちゃんの意志。
すごく嬉しかった。

「小太郎ちゃんっ!」
あまりに嬉しくて両手を広げて抱きつこうとしたら

「ぎゃ―!」
「そいつ、何だって?」

いつの間にやら後ろに来ていた政宗さんが思い切り私の着物の襟を引っ張った……



『氏政様に一度会いたい。
……そしてここへ戻ってきたい。』










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み、みなさんに小太郎へのコメントたくさん頂きまして……
主人公ちゃんの隣でそわそわさせたままのほうがいいのかとは思いましたが
話の進行上どうしても引き剥がしたくて……
すいませんです!一度お別れです!

うちの信長様はどうも北が欲しいらしい。