「おかしな娘じゃのう……。あの娘は……。」
「氏政、今はあの娘のことは忘れ、わしらにこれまでの」
「忘れてしまえばわしは何も話さんぞ。」

今までずっと逃げに回っていた氏政がここまで言う。

「何故だ。氏政。」
「よう分からぬわ。ただ、あの者に見透かされたような気がしての。ワシの、弱いところを。」
「そのようなことで降参するのか?」
「違うわい。指摘されて、何か気持ちが軽くなりおった。ワシの弱気を見てなお微笑むとは、おかしな娘じゃの。」
「人を動かすは、人情ということか。」
「世はそのように甘くないとそなたが良く知っておろう。しかし、ワシは、甘い方だったようじゃ。」

政宗はずっと黙って、腕を組んで会話を聞いていた。

「完全にを信用してるな……。調子いいぜ、ジイサン。」
「……殿、やるでござるな。」

氏政がひとつため息をはいて話し出す。
これまでのことを、これからのことも。








「暗っっ‼」

障子を開けると、会話もなく小十郎と佐助が背を向けて座り、とてつもなく気まずい空気が流れていた。
そしては佐助の隣にいるもう一人の人物に注目した。

「忍?もしかしてあなた風魔小太郎ちゃん?」
「!!」

うっかり、小太郎ちゃんて呼びたいよ願望が初対面で出てしまった。
怒られるかなと思ったが、顔を少しこちらに向けるだけだった。
深く被られた兜で口元しか見えないのだが。

ちゃん、小太郎の事知ってるの?しかもちゃん付け?」
「……。」

こんな奴知らないとか言われるかと思ったが、小太郎は静かに座っているだけだ。
全く何も喋らない。

「氏政爺さんに聞いてる。雇用関係だけどすごく強くて信用してるって。」
「……!!」

少し反応したようだが、これは褒められて照れているのだろうか?

「よかったじゃん小太郎、誉められちゃって」
佐助が小太郎の肩に腕を回して、にやにやと笑う。

「………。」
「……何でそいつ喋らねえんだよ。喉つぶれてんのか?」

小十郎は小太郎とは初対面のようだ。
様子を伺い、警戒している。

「あんただってここ来てから今初めて喋ったでしょ……。」
「え、そんなに沈黙してたの!?」
「そうなんだよ、なんか黙って座禅組みだすし、あまりに暇だから小太郎見つけて連れてきたの。」
「そ、そうなんだ……。」
「…………。」
まぁ、喧嘩してるよりはいいか、と前向きに考える。

、どうだった?」
「う……。爺さん協力してくれたんだけど戻れない……。夜にもう一回お願いする……。」
「おい、ここに泊まるってことか?」
「あ。」
何も考えていなかったが、そうなるような気がする。

「私一人残っても……。」
「そんな事できない。」

きっぱりそう言われて、嬉しくて、ぺこりと頭を下げてお礼を言った。

「となると、今は大将と真田の旦那と竜の旦那が……。」
「氏政……。逃げねぇと良いんだが」
「……。」

小太郎が小十郎の言葉に少し怒りの感情を表した気がした。

「……あの、爺さんは大丈夫!逃げないよ!」
「……!」
お、小太郎ちゃんがこっち見たぞ

……ん?近寄ってきたぞ?

「小太郎ちゃん?」
「……。」

小太郎ちゃんが右肩付近に鼻を近づけてきた。
くんくんと

「……く、臭い?」
ふるふると、首を横に振られた。
「……服が珍しい?」
洋服なので、観察されてるのかなとも考えた。
少し間を空けて、小太郎ちゃんがこくこく頷く。

買ったばっかりの上着
……に縫い目。
何でかって
小太郎ちゃんに初日にやられましたからね、あんたにね。

「小太郎ちゃ……ん―!!?」
「なにしてんだよ小太郎!」
「忍ごときが!」

突然触れられ、上着を脱がされた。
しっ、下、キャミソールだけなんですが!?

「武器を出すな後ろの二人―!」
小十郎が抜刀し、佐助が懐に手を入れたのが見えたので、慌てて叫ぶ。
何となく小太郎のしたいことが判っていたが、突然されては驚いてもしょうがないと思う。


肩の傷が露わにされる。
小太郎がそれを見つめる。

「……、もしかしてあの日攻撃してきたのは」
「小太郎ちゃん……だよね?」

小太郎が傷を指で撫でた。
こくんと一度頷いたあと、ぺこりと頭を下げた。

「え、だって私の方が侵入者だったわけだし……。忍のくせにそんな事していいの?」
「小太郎~、ちゃんのが男らしい発言してんぞ~?」

小太郎ががばっと頭を上げて、挙動不審になった。

……小太郎ちゃん、言葉以上に態度で語るなぁ……。
……可愛いぜ……。

「気にしないでよ!」
「っ……!!」
頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。

「……~!!」
「わっ、と!」

の手を振り払って、小太郎が佐助の背後に逃げる。

「ちぇっ」
、人の忍で遊ぶな……。」











日が落ちてきた頃、すっと、障子が開いた。

「話し終わったぜぇ。」
「政宗様、お疲れ様です。」

「佐助ぇ!殿!終わったでござるよ!」
「ん~?ご苦労さま、旦那」
「佐助!もっと片倉殿みたいにしっかりせぬか!」

信玄の姿はない。

「信玄公ならジイサンとまだ話てんぜ。世間話だけどな。」
私の様子を見て気づいたのか、政宗さんが教えてくれた。
「そうなんだ。」

さっきまで居たのに小太郎の姿は消えている。

殿、夜また試すのであろう?今夜はここに泊まる事を許可していただいた。がんばるでござるよ!」

がんばるのは爺さんの方だが。

「うん!」

軽く流しておいた。


「政宗様、氏政はどうでしたか?」
「……全部吐いた。関係ないことまでな。変更なしで北条を攻めるぜ……。信玄公も同盟破棄だ。」
「政宗様!?」
小太郎が聞いてるかもしれないのにそんな事言うって事は―……
「攻めるって爺さんに言ったの?」
「あぁ、受けて立つと意気込んでたぜ?」

なんと。
やるな爺さん。
こんな展開ありかよ。

政宗さんと幸村さんが私を見てにやにやしてる。
ど……どうしたんだ?







そして夜
下弦の月が輝いていた。

爺さんがはちまきをして桜の木の下に立つ。
……いや、そんな気合い入れなくても……という突っ込みはなんとか抑える。

「ご先祖さまが応えてくれたら、真っ黒い空間が現れるはずなの。」
「うむ、いくぞ、。」
周りで、みんながその様子を見てるというのが恥ずかしい。
荷物を抱き締め、それに耐える。

「ご先祖さま、この者はここにいるべきではない。」
爺さんがはっきりした声で話し出す。

「しかし、わしはに会わせてくれたことに感謝しておる。」
「じ、爺さん?」
「未来へ、お返しします!ご先祖さまああああ!!」

爺さんが天に向かって叫ぶ。
その瞬間


「いっ……つ!」

頭が痛くて、手で押さえた。

「え……?」

目の前が見えない。
浮遊感があって気持ち悪い。


戻るのかと思ったが、だんだん、闇の中に満月がぼんやりと見え始めた。


月は好きだ……
太陽に照らされて……



ばちっ!!

「っ!……あっ……。」


突然冷水を浴びせられたような感覚。
気がつくと、みんなに囲まれていた。
無意識に地に膝をついていた。


「……大丈夫か?」
「政宗さん……。」

政宗さんが私の背に手を当て、顔をのぞき込んだ。


「だめ……だった……。」

戻れなかった。
方法が違ったのだろうか。
でもこうする以外、何をすればいいのか分からないのだ。

なぜだろう。

……私の意志が弱かった……?
……かっこ悪い……

「……泣くなよ。」
「すいません……。」

爺さんが私の顔をのぞき込んだ。(政宗さんを押し退けて)

「すまぬ……。わしじゃやはり役に立てぬのか……?」
「じ、爺さんは悪くないよ……。協力してくれて、ありがとう。」
殿も悪くない!」

正面に幸村さんが立ち、私に手をさしのべた。
その手を取って立ち上がる。

「あーもぅ……政宗さん、もう少し伊達軍にお世話になっても良い?」
「改めて歓迎するぜ。」
「竜の旦那に拒否されたら武田軍が歓迎するよ?」
「もちろんでござるよ!お館様!良いですよね?」
「うむ!わしの娘になっても良いぞ?」
「むむむむむ娘!?」

予想外の申し出に、は目をぱちくりさせた。

「拒否なんかしねぇ!なぁ!?小十郎!?」

小十郎さんの顔を見ると

クックッと笑っていた。

「未来に帰れないなら俺達の仲間だというのは、すでに決定事項ですよ。信玄公。」

正直言って

ぐっときた。













■■■■■■■■
帰還失敗と言う事でもう一悶着を